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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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カテゴリ: (10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 の記事一覧(作成順)

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島野自身の治癒過程を振り返って-7・復帰のポイント(中)
「愛への望み」に向かうと現れる「嘘」に心を晒す

「人生さま変わり」2つ目のポイントに対応する、「復帰」のポイントは、すでにその説明の中に入れている通りです。
「愛への望み」に向かい「真実と嘘の錯綜」が現れた時の話になります。

そこで自分の嘘叩くことから、さらに進むことへ。


ただし、まず私が通ったのは、「さらに進む」ことはできず、「真実と嘘の錯綜」ありのままに見つめることだけができる段階です。

これも先の表現が示す通りです。
望みは真実であり、一方で、望みに向かう自分には、嘘があり、真実が何よりも必要である一方で、嘘が何よりも許せないものになる・・。

ここでの「嘘が何よりも許せない」における変化が、2つ目のポイントになります。

嘘をまとう自分叩くことを、やめることです。
もちろん嘘を許すというか、そんな自分でも愛する、なんてことはできません。

もしそこで嘘をまとう自分叩いた時、それはもう「望み」には向かないことを意味します。高潔な自責の感情だけが残ることになるでしょう。
それはもうしない。内面の理想という蜃気楼を、捨てているからです。ただ望みに向かうしかない。
しかしそこには、嘘をまとう自分がいるのです。

これは苦しい状態になります。ただそれに、心を晒すのです。


先の『島野自身の治癒過程を振り返って-5』『悲しみの彼方への旅』P.278あたりの話を引用しましたが、それが該当します。
望めば望むほど、自分の嘘が現れ、それへの嫌悪によって、得ることは不可能になる・・。
その先に、「意識」行き先を失い、「崩壊」します。

それが私自身に見えるようになったのが、その描写の場面です。同じことが、私自身にその全体が見えないまま、より巨大な「崩壊として起きていたのが、この自伝小説の山場場面です。


望めない望みを望む自分・・

ここまでの2つのポイントは、「復帰」への段階としてはあまり大きな違いはないもののようでもあります。
それもかなり中途半端な段階としてです。

「望む前に理想に満たない自分を叩く」から、「望む自分を見つめる」そして「望む先の自分の嘘への嫌悪を見つめる」


これは要は、「望む前に自分を叩く」という「人生を見失う道」端的な姿のベールを少し取った時、そこに見えるのは、望む自分を自覚したなら、それは望めそうもない痛い自分の姿が見える、といった場面の話です。

それでも、後者は、心の成長につながるという話です。「望み」を感じ取っていることにおいて、ということになるのでしょう。
そしてその「望み」とは、「愛への望み」であることにおいて、ということなのでしょう。それを直接感じ取るということです。その望みを飲み込んだまま、表面に現れた硬い理想主義の思考ではなく、ということです。


しかしなぜそこで、「望めそうもない痛い自分の姿」なのか。「望めそうもない」という審判下したのは、なのか。

もちろん、自分自身です。
自分自身が、絶対的な審判者となってです。自分がであるかのように。


次が、絶対的な審判者となるのをやめるポイントです。
また次の記事で。やっぱ前中後の3本立てということで^^;


そこでがらっと心の風景変わります。もう「望めない望み」ではなくなる。


理解への補足

取り組みをする方におかれては、視野に入れて頂きたいのは次の段階です。

ここで書いた中途半端段階は、なくて良いものかも知れません。それに越したことはない。そうとは言えない面もあるのかは、ちょっと次のポイントを書く中で考えてみます。


まあ読む側の方には少しじれったい説明が続きますが、このように流れ精査しながら、実践の上で意識して頂くのが一番いいスイートスポットを選ぶ作業を、こうして8年間も続けて次第に分かりやすくしてきたのがハイブリッド心理学です。
このブログでそれもかなり最終段階になってきてますので、ここはちょっとおつき合い頂ければ。

というか、
実際のところ何を実践すればいいのかは、『人生を豊かにする思考法行動法と価値観』カテゴリーに結論だけ平易に出したいのが本来のところです。

でも
「心の障害」の傾向深刻になるほど、スンナリ実践できなくなります。そこで、こうした緻密な心理をていねいに解きほぐす場面も出てきます。
そんな意味で、ここしばらくの話は
特別補習講座みたいなものと、さらっと眺めて頂く程度でokです^^。

実践の上で重要なポイントはまた青の太字文章全体を強調しときますので^^。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
島野自身の治癒過程を振り返って-8・復帰のポイント(後)
「今の全てで良い」

「人生さま変わり」3つ目のポイントに対応する「復帰」のポイントは、もう「愛への望み」には直接関係ない、「生きる」ことの全般にかかわるものと言えます。

「こうできればいいとすぐ分かってそうできない自分」叩くというものから、「今の全てで良い」というものへ。

自分が神になるのをやめることにおいてです。


この「今の全てで良い」という心の未知の境地への到達は、あくまで、今何かの「現実的な危害」が自分に加えられようとしていることが現在進行形ではない場面において、問う意味があるものです。

今何かの「現実的な危害」が自分に加えられようとしているなら、まずそれに対処できないとどーしようもない。
それがもうないことを心が感じ取っている場面において、それでも何か、自分を叩こうとする衝動が自分の中に現れた時、これを問うことが意味を持ってくるかも知れません。

人生を根本的に変える、大きな扉を開ける意味をです。


「現実的な危害」が自分に向かってきているのではなく、「空想」の中で、自分が自分を叩いているのです。

それは、自分が神になろうとしているからかも知れません。


ありのままの人間としての成長へ

自分が神になるのをやめることにおいて、今の全てでいい

この心の未知の境地の扉を開けたことが、人生の全てを変える歩みへの、綱を切ったように感じます。
硬い氷の中に閉ざされていた心が、流動する水となり、さらに気体として大空に解き放たれるように。

重く沈んだ感情が普段の気分であったものが、軽く軽快な気分が基調になるものへ。

すべての「望み」が、もう「望めない望み」では、なくなったのです。
何でも望むことができます。問題現実のハードルの高さです。それに向かって頑張ることができます。ちょっと無理だと思ったら、後悔もなく諦められます。できることを試みた分の、満足感と共に。
そしてその後、成長している自分を感じます。


神になるのをやめた時、ありのままの人間としての成長が、見えてきたのです。


「愛への望み」はどう変化するのか。

それはやはり「望めない望み」であることをやめます。
しかし、そこに現れる「自分の嘘」への嫌悪は、変わりません。

そこにまた苦しみと、「意識の崩壊」の谷間が訪れるのですが、今度は、それを超える導きが、現れるのです。
それが「魂の感情」です。


「愛への望み」「怖れの克服」「人間の善悪と価値の選り分け」・・

ハイブリッド心理学では、こうした心の転換の流れを踏まえて、「愛」「能力」という人生課題への望ましい姿勢の結論を言うことができます。

それは改めて『人生を豊かにする思考法行動法と価値観』カテゴリーで、その結論部分だけを平易な表現で書いていこうと思います。
今書いているような、復帰への転換の話は、望ましい姿勢がとれない場合の、根源を深堀りするための話です。


望ましい姿勢結論にせよ、根源を深堀りした時の流れにせよ、それはおおよそ、「愛」についての話と、愛には限定されない人生問題一般の話と、2つの流れの形になります。

人生問題一般については、「怖れの克服」が、心の成長変化の全体を支える重要なものとして、スポットライトが当たるものになります。

「愛への望み」の問題がどのような形で人生問題になるのかは、、人によってもう一般論のないバラエティが出てきます。


それでも、根底ではやはり大きなものとして、「愛への望み」の問題に向き合うことが必要になるのではないかと。
神になるのをやめ、ありのままの人間としての成長に復帰するという、このハイブリッド心理学の目指すもののためにはです。

なぜなら、神になるのをやめるのを問うのは、「人間の善悪と価値の選り分け」を自分がやめることを問うことだからです。
そして「人間の善悪と価値の選り分け」の根底には、「愛への望み」があります。


この辺の大きなテーマ絡み合い方は、一度たどり始めるとキリがないですが、詳しくは『理論編』などに譲りましょう。

ここでは、実際のところ私の体験においては、どんな流れでこの人生の大きな扉を開けたのかの状況を書いていきましょう。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
心の異次元への3段階-1
今シーズンはずっと週に1回以上スキーに行くペースを続けており、今日もまたスキーに行こうかと思っていたのですが、どうやら今シーズン用の体力が終わりに近づいている(^^;)のを感じ、ちょっとやめときました^^。あと1回はハイキングの父と一緒にの予定を残し。
ミニバイクで野山道を走るのが気分よい気候ということで、今日さっそくひとっ走りしてきました♪



さて、「行動学」については、今後つれづれモード記事を豊富にしていきたいと思います。すぐにもっと学びたい場合、『実践編』(未刊行ですが原稿を収録しています^^)サイトの旧原稿にも探すとありますので^^。


ともかくこれで、「未熟」「心の病み」からスタートして、健康で豊かな心と人生へと向かう歩みに登場する、全ての歯車が出揃ったことになります。

そこで再びカテゴリーを『心の成長と治癒過程の理解・詳細編』に戻し、今までの話を振り返るとともに、心の未知の異次元の世界へと向かう、ハイブリッド心理学道のりをざっと説明したいと思います。


心の異次元への3段階

それは大きく3段階で、心の異次元へと向かうものになると、ハイブリッド心理学では考えています。
まず列記しましょう。
第1段階 「最初の一歩」
第2段階 「内面と外面への向き合い」
第3段階 「ありのままの人間としての成長へ」


第1段階 「最初の一歩」

第1段階は、「最初の一歩」です。
今までの、心を病む道一直線(^^;)からの基本的な方向転換と実践です。これは誰もがすぐに進めることができる局面です。


「感情と行動の分離」基本姿勢に立ち、外面においては「一歩一歩の向上思考」内面においてはまずは「心の力み」を捨てることに取り組み始めることだと言えるでしょう。

また外面と内面にまたがり、「感情による決めつけの解除」というのがとても大切な実践になります。

説明記事につきましては、『記事一覧・「最初の一歩」まで』から探せますので^^。


「本格的な歩み」へ

ここまでは比較的分かりやすい話かと。
揺れ動く感情鵜呑みにせずに、向上への着実な思考をする。その結果、感情が安定してきます。


問題は、「向上への着実な思考」というものも、深いところそれを目指したいと感じる、プラスの感情支えが必要になります。
それが元からあれば、最初の一歩の知恵だけでも、大きく前進に転じることができるでしょう。
しかし、深いところで、自分から前に進む感情妨げられていた場合は・・。
また、自分から前に進むことを妨げるような感情動揺として立ちはだかる場合は・・・。


事実、「感情と行動の分離」とは言っても、完全に理屈だけで行動するロボットには、私はなり得ません。

「感情」を越える「意志」、一つの「気持ち」を越える、別の「気持ち」。そうした、より深い心の仕組みにおいて、私たちの「選択」を考える必要が出てきます。


そんな取り組み視界に入ったら、すぐ次の段階の始まりです^^。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
心の異次元への3段階-2・「心の開放」
ハイブリッド心理学が考える「心の開放」

ハイブリッド心理学道のりの、「段階」「実践」のまとめを説明し始めていますが、「目的」つまり「目指すもの」についても、同時に説明しましょう。

この歩みによって、どのように良くなれるのか考え方とも言えます。


ハイブリッド心理学の「目的」は、「命」の開放です。
「命」の力を解放して、伸び伸びと、思う存分に、この人生を生きることです。



実践の歩み3段階は、この「命の開放」に向かって3段階でもあります。

3段階それぞれによって、3段階での「開放」を、私たちは得る。あるいは成す、という形になります。
次のように。

第1段階によって成すのは、「心」の開放です。

第2段階によって成すのは、「魂」の開放です。「神になるのをやめるひらめき」が、これを決定づけるものになります。

そして第3段階によって成すのが、「命」の開放です。

「心の開放」は、さまざまな心理学人生哲学において目標にされるものだと言えるでしょう。
それがこのように、全く異なる次元へと向かうものになる。

ここがまさに、ハイブリッド心理学が向かう先が「心の未知の異次元」世界になる、と言っているゆえんです^^。


「心」の開放

第1段階「最初の一歩」の中で、「心」を開放します。


この言葉はちょっと違和感を感じる方が多いと思います。ほとんどの方がそうでしょう。自分の心はまだ全然伸び伸びとはなれていない、と。
だから一刻も早く第2段階の完了の節目と言われる「神になるのをやめるひらめき」行きたいのだ、と。

実はそれは、第2段階一歩すらまだおぼつかない段階です^^;
絵に描いた餅の「伸び伸びとなれた心」自分に当てはめ、枠をはめようとしている段階です。時に、力づくで^^; まこういうのを「パラドックス」と言うんですけどね。


「伸び伸びとなれた心」なんていう、絵に描いた餅のような「心の姿」を自分の心に押しつけるのをやめ、もう勝手に心が動くままにしてあげられるようになるのが、第1段階の実践の役目です。

怒り悲しみも、一人相撲の惑いもです。そして、そうした心の揺らぎで、自分がいったい何をどのように感じ考えているのかもです。
こんな気持ちになってはいけない、こんなことを考えてはいけない、という自分への禁止と枠はめ捨ててです。


そのために、外面行動とりあえず建設的なもののみにする、という「感情と行動の分離」が、安全弁となるのです。
「原理原則行動法」などの「行動学」も、もちろんこの役目大きく果たしてくれます。

一歩一歩の向上思考などによって、外面安全にすることによって、逆に内面荒れるに任せても(^^;)安心でいられるように、まずはなるのです。


「心の開放」について、あと少し説明を加えましょう。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
心の異次元への3段階-3
引き続き、「心の開放」について^^。


心と体を整える

身体の健康面生活のリズム整えるのも、最初の第1段階からじっくり取り組みたいものです。


「生み出していく」ことが大切だと言っても(たとえば参照:5/2『「心の良さ」によって何かを求めてはいけない』)、ロボットのように24時間働き続けるような姿でのそれとは、全く話が違うことを、もともとお話ししています。
私たちは、生きているのですから。


「休息」が、生み出すためのパワーを生み出します。「休息」は、生み出す営みの、一部です。

そのための、一日24時間使い方は、人それぞれです。
自分に合ったもの模索しながら調整していくのがいいでしょう。食事運動の習慣を考え、生活のリズム整えます。


頭をからっぽにする・悪感情を放置する

頭をからっぽにする時間も、とても大切です。大自然の中で体を動かすのが、もっとも気持ち開放されます。


自分から心を駆り立て蒸し返すような思考の姿勢はやめ、まず考えるべき問題は何かをつかんでから考えるという姿勢を、ぜひ心がけて下さい。
「考えるべき問題」というのは、無理に探そうとしなくても、外から、または心の内から向こうからやって来ますので。

そしたらまた、「感情と行動の分離」でそれを考えます。
内面感情ありのままに流し心の成長におけるその位置づけ理解する。
気持ちはいったん心にしまった上で、外面建設的行動法を考えます。適宜、「行動学」駆使して。


そこまで考えたら、あとはもう悪感情は放置することです。それをさらにどう解消するかという「実践」は、ハイブリッド心理学にはありません。
そうして残る悪感情そのものを自分の意識努力で消そうとするのは、「心の力み」以外の何ものにもなり得ませんので。


外面
建設的行動法外堀埋めておいて、悪感情もう放置します。

それによって、悪感情「命」の力によって根底から解消へと変化していきます。
まあ場合によっては、その際にに流れる淀んだイメージによって多少はうなされる(^^;)ような感じにもなるかも知れませんが、「膿」が流れる治癒ですので、ご心配はいりません^^。


そうして、やがて感情の揺らぎ消えている間は、頭を空っぽにして、今の生活にまい進するのでいいのです。あらたな気持ちで。
そして少しすれば、考えるべき問題が、向こうからやってくる。

内面外面ともに、こうした生活のリズムをつかんでいきます。


「自分を知る」という心の開放の入り口

人によっては、もうこれだけでいいような気がしてきた・・という感じになるかも知れません。かなりの少数派かと思いますが。
「価値観」の話は、ざっと読んで多少感銘を受けた。でも自分の価値観についてじっくり検討し、転換に取り組むというほどでもない・・。

それでいいじゃないですか。しばらくそれで、生きてみることです。
自分で意識しては第2、第3段階取り組まなかったとしても、ここですでに「魂」そして「命」は開放されているかも知れません。

そうかどうかは、私たちがあまり頭で判断することではありません。「魂」と「命」の開放とは、そもそも私たちが頭で自分をどうこう考える狭い世界から、外へと踏み出ることなのですから。


多少躓きの時は、行動学や、この第1段階で取り上げた知恵が再び、何度でも役に立つでしょう。

それでも多分、2、3年と経つ中で、人生の節目のような場面も出てくるでしょう。そこで、どうも心地よく通れない心の構図が、見えてくるかも知れません。ここまでの進み方では、どうもスンナリと済まないようなものが、自分の心の中にはある・・。

それが、第2段階の取り組みはっきりと深めるべき時の訪れの、サインです。


こうした第1段階の歩みを通して、一つ、重要な心の課題獲得と達成が、ようやくその最初の形取り始めるようになってきます。

それは、「自分を知る」ということです。
そして、「自分を知る」ことが、「自分を受け入れる」ということに、つながってきます。この心の境地については、別途また記事を書こうと思っています。


「内面の力」の湧き出し・「開放感」

私はこれが、「心の開放」が成された、最初の姿ではないかと思っています。

絵に描いた餅のような心には、まだ決してなれてはいません。しかし、「自分を知り、受け入れる」ということが、その本当の形で私たちの心に起きた時、心の表面と心の心底の間で、心の血が循環し、特に何がどうなれたという意味をとらない、感動にも似た「内面の力」の感覚が、湧き出るのです。

これは、大きな「開放感」として、私たちに自覚されます。


こうした「開放感」は、一時的なものであり、長続きはしません(←断定調^^;)。しかしはっきりと、今までとは違う感覚と共に、人生を歩む時間が、これから始まるのです。

それは「自分自身とともに歩む」という感覚です。
今までの、何か得体の知れない、見慣れない動物のような自分の心をもてあましていたのとは、一枚違う感覚の中で。


もう一つ言うならば、ここで、「心の障害」という呼び名で呼んでいた、手にあまる「症状」は、かなりの程度消えます。
それはもうはっきりと、「障害の症状」ではなく、自分の生き方や価値観の問題に、なってくるのです。


「価値観」への向き合いは、人生の節目節目感覚が変化していくような、長丁場のものになりますが、それが「神になるのをやめるひらめき」へと結びつく流れを、引き続きざっと追っていきたいと思います。

その「つながり」理解は、「自分を知る」というこの最初の目標のためにも、もちろん決定的に重要なことですし、人によっては、もし心の準備がすでに成されているならば、今すぐにも心の蓋を大きく開けるための、決定的な鍵になるものです。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
心の異次元への3段階-4・心の深さと広さへ
第2段階 「内面と外面への向き合い」

ハイブリッド心理学実践第2段階は、「内面と外面への向き合い」です。


実践することの項目内容は、第1段階とほとんど変わりはありません「感情と行動の分離」姿勢に立った、外面内面への取り組みを、そのまま続けます。

この段階とは、それを、「自分を知る」「自分を受け入れる」という姿勢と共に、より深く、そしてより広く進めていく段階と言えるでしょう。


実践することの項目内容は、第1段階とほとんど変わらない。

これはつまり、人生とはもともと、今を原点とした「最初の一歩」の繰り返しそして積み重ねなのだということです。最後までです。

「魂の開放」によって始まる第3段階になると、さらにそれが明瞭になってきます。
毎日新しい人生の一歩のように感じられるようになります。「感情と行動の分離」姿勢では、外面より積極的に、内面より深い自分との向き合いになっていきます。


ゴールの段階とは・・

ちなみに、「命の開放」に至り、その先の「第4段階」になるとどうなるかと言うと、私の感覚では、全ての惑いと怖れが消えます。
心は、「満たされた無の状態」になるという感じ。


「感情と行動の分離」という歩み方の必要性も、ここでもう消えるという感覚です。

まあその姿勢もう十分心の芯定着しているので、その歩み方をやめるというより、その姿勢を必要とするような問題がもう道のりの向こうからもあまりやって来なくなるという印象です。

あとはただ、「命」のままに、大きな河が流れるように生きていく人生がある・・。そんな印象を受けています。


これがハイブリッド心理学最終的に目指す、心の境地であることを、遠くの山の頂きを望むように心の懐に入れておくのは良いことでしょう。多少の説明をまたあとでしたいと思います。


「目に見えるものは変わらないまま足元が強くなってくる」

一歩一歩歩み方は、基本的には最後まで同じです。

大きく違ってくるのは、道のり向こうから訪れるものです。心の風景です。

それをあらかじめ知っておき、視線向ける方向をうまく定めることが、道のり先へとより早く向かうことにもつながるでしょう。


一方それは、自分がもうかなり成長できたと思い込みたくなり、また実際しばしば、自分は成長できたと錯覚し安い話にもなります。

それでいいんです。それがどこまで事実か、それとも錯覚だったかは、生きていく中で向かうからやってくる人生課題の中で、自ずと示されます。

錯覚であった部分は、自分はまだ前と同じままだった・・という幻滅に変わるでしょう
しかしそこで自分の心に起きたこと振り返ることが、何よりも、「自分を知る」そして「自分を受け入れる」という最初の心の開放を、深めていくのです。


第1段階では、何度も「自分はまだ前と同じまま・・」と感じる動揺が繰り返されます。変化してくるのは、まず、そうした自分の内面に向き合うための、足元の強さとも言えるものが増してくるという変化です。

これを私はよく、「目に見えるものは変わらないまま、まず足元が強くなってくる」ご相談者に説明しています。


そうして、足元から始まった「強さの増大」が、足腰からへ、そしてに届いた時、「これが自分を知るということなのだ・・」という実感、そして「自分を受け入れる」という感覚として表れてきます。

そこからが、この歩み第2段階へと深まる時となるでしょう。


「魂の感情」という大きな鍵

このように歩みそのものは同じですが、見えるもの少しづつ変化してきます。

第2段階は、「自分を知る」そして「自分を受け入れる」という感覚を携えて、「価値観」そして「信仰」に向き合う、静かで長い歩みになります。
外面においては、「行動学」より力強く実践していく方向へ。

こうして、この歩みは、心の深さと広さへと向かうものになります。


ここで、「心の未知の異次元」に向かうにあたっては、見えるもの少しづつ変化してくる中で、あるものとても重要なになってきます。

それが「魂の感情」です。


これとともに歩む時間を経た先に、「神になるのをやめるひらめき」へのつながりが、心の中でその導火線を用意し始めるという流れになると、ハイブリッド心理学では考えています。

「自分を受け入れる」こと、そして「魂の感情」について説明など交えながら、この流れをざっと追っていきたいと思います。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
「神になるのをやめるひらめき」の扉-1
最も苦しかった時・・

私が37歳を前にした時に起きた、「神になるのをやめるひらめき」意味は何なのか・・。

それを今回、このブログでどう説明するかを考えていて浮んだ、鮮明な記憶があります。
人生で最も苦しかった時の自分の心の状態です。


『悲しみの彼方への旅』で描写した大学4年の頃もそうでしたが、大学院に行ってからもかなりの波が続いており、一方、日記につづられる私の内面は、何が起きているのかより分かりやすいものになっていました。

執筆専念するようになってから、日記を一通り読み返す作業を進め、大学院のその頃のものを読んだ時、私は自分でも唖然とする文章を、日記の中に見つけました。

そこにいる全ての人間を殺してしまいたかった、と。


自分にもそんな思考をした時があったとは・・と思わず感慨


心の病の根核 「望みの圧殺」

その時の感情そのものを、今はもう感覚的には思い出すことはできません。

思い出すのは、に書けるような構図です。私は、自分を、自分自身で、押し殺そうとしているのです。
なぜなら、そんな自分だからです。


そんな自分の代わりに、あるべきだった自分とは、こんな自意識などなく、どんな異性とでも気さくさで馴れた楽しいお喋りをできる、自分だったのです。

そうでない自分にさせた、全てのものへの憎しみの血が、私の頭にうっ血し、爆発寸前だったのです。
こんな自分自分自身が見る目と、同じ目で自分を見るであろう、その場にいる全ての人間を、殺してしまいたい。そんな衝動の地獄の穴に、私は落ちていたのです。


そんな心の構図だったことを思い出し、私は日記の余白に、こう記しておきました。
「望みの圧殺」が起きている」。


「望みの圧殺」のメカニズム

今、こうした「望みの圧殺」が起きる心理メカニズムを言うことができます。


受け身の姿勢、つまり「受け身の価値観」「受け身信仰」「他人依存信仰」の中で抱く自己理想像は、まず絵に描いた餅の理想像になります。
なぜなら、どうやって自分からそこに向かえばいいかという、一歩一歩の能動思考を、もとから失っていますので^^;


それはそうとして、とんでもない心の歯車がそこから回るのです。

自己の理想像は、自分が何か「人間の魅力の身分」の序列の最高地位になるような姿として描かれるのですが、同時に、「現実の自分」に対してその望みを「圧殺」することへと、仕向けられるのです。

最高地位を望んでいるという、まさにその精神的な低劣さによって、その望みは叩きつぶされなければならないのです。そんなものを許してはいけないことが、この望みの一部であることとしてです。

自分はそんな望みなど望めないのです。なぜなら、そんな望みを抱いているような人間だからです。


こうした歯車が回っていたことを思い出しながら、私はしみじみと、こんな言葉を思い浮かべました。

まさに、望むことによって、自らの望みをくじくのだ・・と。
丸沼高原スキー場リフトの上で。(どーでもいい^^;)


これが、心の闇の、根核です。


「受け身信仰」の上に芽が出た「望み」は、こうなる運命にあるようです。
本人にはこの流れがほとんど見えないまま。感じるのは、「意識」の全てが重い壁のように自分を押しつぶしてくる苦しみです。


抜け出し

意識が一度この溝にはまると、もう理屈では抜け出せない、というのが私の体験からの印象です。

気分転換などを図り、感情が悪化した発端の場面にいったん思考を戻して、行動法この心理学などを参考に考え直す。
まずこれが最も効果的ではないかと。


その上で、より長い目では、「受け身形の望み」そのものを疑う目を持つことが重要になるかと。

この辺の考慮点を幾つか次に書こうかと。
あさって以降となり、天候なども見ながら多少流動的な予定ですー。

(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 |   コメント(0)
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