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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」が完全に消えるまで-8・内面の転換(前)
読者広場で以下にコメント入れてあります^^。
どちらも、「心に取り組むのではなく外界現実に取り組む」材料代表的な話になりますね^^。
『社会を生きる上でのスキルとは。。』 Cさん No.425 2012/01/17
『アドバイスありがとうございます。』 irohasuさん No.429 2012/01/19



アンビバレント完全消滅までの内面転換

では最後に、アンビバレント「基本形」から完全消滅に至るまでの、内面のみで行われる転換についてまとめます。
まあ「転換」というか、内面だけで成される変化ですね。

前記事でも述べたように、外面向け学びを得て向かい直すことで、内面への深く本格的な向き合いあまり意識しないまま問題解決に至れれば、それに越したことはありませんが、根深いアンビバレントを抱えたケースほど、根本克服これを通るものになると言えるかも知れません。


「外界現実への向かい方」が準備されたとき内面転換が起きる

それでもやはり、ここでも、「外界現実」への向かい方における前進が、内面転換準備前提として重要になることを言うことができます。
思考法行動法と価値観の転換とまで言わないとしても、まずそのための心の足場からです。

「深刻形」からの抜け出しからしてそうです。外界現実を、心が健康で自立した世界として捉える視野と、そこで自分の本心で生きていこうとする強い意志を持ち始めた時、アンビバレント原因他人の側の問題と感じる心の言い訳メカニズム自ら打ち破る「抜け出し」起きるのです。
自分の問題であるからこそ、そこには出口があるという可能性を、遠くとして捉える、この道スタート地点に立つこととしてです。

同じように、心の強さと豊かさ準備された時、心の弱さと未熟と病みに根づいていた思考法行動法と価値観の、根本的な誤り自覚し、捨て去り新しい思考法行動法と価値観へと転換する、内面の選択が成されます。
そして心の底埋もれたまま悪影響をおよぼしていた膿のような感情さらけ出され消えていくカタルシスの治癒と、さらにそのに眠っていた「命」の力「魂の感情」として引き出されることが起きるのです。
そこに、「命」が燃焼することで「心」が成長成熟していくという、もはや私たちの意識努力など必要もない、また意識努力などおよぶものでない、「命の生涯」という全ての前進原動力への回帰が、起きるのです。


3つの根源的な流れ

ここでは、そうした内面変化流れの仕組みといった面倒な話(^^;)はやめ、「こんなこともある」という感じで内面見える、あるいは起き得る感情として要となるものと、それへの向き合い方についてざっと書いていきます。

それでも、そこに3つ根源的な流れがあることを、ここで理解しておくのは無駄ではないでしょう。

・幼少期における「和の中で愛が与えられる」ことの役割
・それにしがみつくことが生み出す「自己中心性」の心の業
・置き去りにされた魂の望みの感情の回復

・・と言いつつ以下書いていると、かなりがっつり長い解説になっている感じ^^;


幼少期における「和の中で愛が与えられる」ことの役割

さて、先のその7では、「より深い学び」として、「和」とは「個の確立」の上に、またはそのためにある、「個」を補い合い高め合うための場だと書きました。「和」「個」「愛を与えられる」ための場ではありませんと。「和」がその仲立ちをするとしても、「愛」はあくまで「個」と「個」との間でどう築くか問われると。

もちろんそれが全てではありません。そうではない、人生の時期があります。
「幼少期」です。

幼少期においては、明らかに、「和」がその「愛」によって「個」を支え、「個」がその安心感を支えに、「自分」へと旅立っていくという構図があります。そこからはあまり「和の愛」頼ることなくです。
それが健康な姿と言えるでしょう。その「和」の代表が「家族」としてです。

問題は、それが崩れた時です。幼い「個」が、「自分」旅立つための安心基盤とできる「和の愛」を、得られないまま過ごすのです。そして「自分」旅立とうとした時に、「自分になる」「自分でいる」ための最も重要な基盤となる「安心」を、心の底持たないのです。
かわりに、「不安」があるのです。「自分になる」「自分でいる」ことへの不安がです。

かくして、自分になれなくなのです。自分でいられなくなるのです。力づくで、自分ではない何者かへ。「和に受け入れられる」ために。
もちろん「外界現実」でこのようなことが起きるのではなく、本人の心の中においてです。深く、ありのままの自分置き去りにされたまま。


心理発達課題へと求められる向かい方は変わらない

こうした心の事態観察し、さてどうしたもんだとさまざまな心の取り組み模索されます。

一つの考え方はこうです。得られなかった「和の愛」を、まずは思う存分与えてあげられる場が必要なのだ、と。もう幼くはないこの人にとっての、そんな場が、と。「育て直し療法」といった発想になるものです。

ハイブリッド心理学の考え方違います。たとえ幼少期「和の愛」が得られなかったというハンディがあったとしても、もはや幼少期ではなくなった時、「和の愛」頼ることなく「自分」を確立していく道へと向かうことが、心のDNAからの指令として課せられている、と。
これは専門的には、人が年齢に応じて向かうべき心理発達課題、そしてそこで求められる向かい方は、途中でどんな躓きがあったとしても、心の健康視点からは変わらない、という考え方の立場です。

この考え方については、既存の原稿としてはサイトの『過去原稿』埋めてしまっていますが、『心理障害の感情メカニズム』の中の
2 二次心理過程 2.1 思春期要請とその帰結感情 (2)思春期要請の帰結感情
で書いています。
色づけし直して抜粋しましょう。

最後に、このような思春期要請その結果が、今だ吸収消化されることのない愛情要求の中で起きていることを考える必要があります。
 愛情への要求はこれまでの心理過程全ての原点とも言えるものです。
 健全な心理発達においては、それが満たされることによって、基本的安心感が根付き、「それがなければ生きていけない」という必須性はもはや消え去って行きます。
 一方基本的不安から発達した個人の場合は、自分への自信未発達である程度において、「生きるために必要なもの」という形での愛情への要求が残り続けるものと考えています。

 持続する愛情要求心理障害の方本人、そして治療者の双方によりしばしば自覚されます。
 これがどのように克服されるべきものであるのか考えることの違いによって、心理障害治癒についての基本的な考え方大きく変わってくるでしょう。
 私たちが取りえる考え方の選択肢2つです。
 a)児童期を越えて残る愛情要求についても、遅まきの形ではあるが偽りない愛情を充分に与えられる必要がある。それが得られて安心感が根付くことで、障害が回復する。
 b)児童期を越えて成長した個人は、その年齢に応じた発達課題が、やはり心理障害状況においても課題である。それは愛情を与えられることではなく、人格を統合し、社会の中で生きる主体性を確立することである。それに応じて変形持続した愛情要求は消え自然な愛情への潜在力が生まれる。もしそこに愛情が必要だと言うのならば、何よりも必要なのは自分自身への愛情である。
 このサイトでのスタンス後者です。理由は、正確治癒事例観察では、前者のようなケースはなく後者のケース一般的だからです。

ここでは「正確な治癒事例観察ではそれが一般的」だからと書いていますが、今ここでその理由を、もっと鮮明に言うことができると思います。
それは受け身に盲目的な愛を与えられなければ自分の足で立って歩けないと主張する自分の嘘が、なによりも心の底でこの本人をさいなみ、すさませているのだということです。
そうして自分についた嘘による苦しみを、再び、表の意識「愛されることで救われることが必要」だと解釈するという悪循環が起きているかも知れないこととしてです。

またそもそも、健康な心理発達における社会の中での自己の確立にしても、幼少期に愛された安心にあぐらをかいて得られるようなものでは、全くないのです。
自分から生み出す価値を見出すこと、自分から愛することに、見出すものなのです。この転換は、愛されることにハンディを抱えてこそ、むしろ鮮明に見えてくるかも知れないのです。


「和の愛」にしがみつくことが生み出す「自己中心性」の心の罠

実際のところ、もう幼くはないこの人が、それによって支えられるような「和の愛」を求め続けた時、そこに起きるのは、そうした議論とはまた別の問題に思われます。

それは、和の一人一人とは親愛を築けないまま、和の愛の中にいられる満足だけを得ようとする、「自己中心性」姿です。

先日の『写真と言葉』『「和の行動」とは「個」と「愛」のコンパスで描く円』での表現とは逆に、「愛」を支柱にして「個」を振り回そうとするというになるでしょう。そこで「個」を振り回すことがいかに自分勝手に他を無視する自己中心的なものかはさておき。

他を無視して自分の満足を通そうまでするものではなくとも、私たちは人の和惹かれて入った時陥りがちな自己中心性のに、自分でも気づかないままはまる傾向があります。
の中では、誰もが、誰に対しても、親愛を向けています。その親愛自分にも向けらることで、自分からも人に親愛を返すことができる。というかできそうなお膳立てが、そこにはあるわけです。
それは確かにそうなのですが、それは個々人の間で親愛を築くのとは、ちょっと違うのを知るのが良いことです。その一度解け、再び人々が集まり始めた時、自分だけ誘われないかのような事態が起きると、心外に感じる。しかしもしその人々とそれぞれ一対一で面していても、自分はその行動を二人だけでもできるだけの親愛を実際築いているか。
それを築いている人が、まず再び集まり始めるのです。それなしに、後から迎え入れられる形でだけ都合よく和に加わることを期待し、和ができてから誘われない時に湧く怒りとは、「自己中心的な怒り」です。この私自身結構最近自覚して抜け出たりしたものでもあります。

いずれにせよこうして図らずも生み出される「自己中心性」が、人の和へのアンビバレントに際して必ずその一要素になるものであるところの、人の和から自分に向けられる「白い目」イメージ原因であることは、まず疑いのないことでしょう。
つまり心の底は、自分が個々人との愛を築けないまま和の愛を求めていることにおいて、それがもはや幼くはない者同士の和においては多少とも稚拙な「自己中心性」であることを分かっているわけです。
その結果本人がそのことを自覚できない間は・・・より正確には、個々人の間で自ら築くものとして愛を捉えることができない間は、自分自身親愛への姿勢の問題としてではなく、外部にある「白い目」の問題として心に映し出されることになります。


硬直した「和の理想」イメージ

少し話が膨らみますが、そうした「無自覚の自己中心性」への反動が起きるメカニズムが考えられますので書いておきましょう。

その一つは、硬直した「和の愛」の理想イメージを抱くようになることです。典型的に言って、「なごやかな談笑」といったもの^^;

これは「心に取り組もうとして心に取り組む」という誤った姿勢によって自己否定が逆に膨張することと合わさって起きがちであり、「深刻形」段階のものと言えます。
他ならぬ私自身がこれが原因となった起こした、鮮烈な自己否定思考エピソード記憶にありますので書いておきましょう。それは大学院当時、同じゼミ一つ下に心惹かれる可愛い女性(また『悲しみの彼方への旅』と似たパターン?^^;)もいる小部屋での談笑の和に、絶望的に惹かれながら、その和にそぐわないであろう自分が入らないことが、和のために自分にできることといった思考の中で場を離れたといった出来事です。
それによって私の心はさらにすさみ、「無自覚の自己中心性」を膨張させ、さらに和に入ることへの困難を膨張させるいった悪循環火を見るより明らかです。精神状態極めて悪化した、もう一つの時期という感じでした。

深刻形からの抜け出し視点からは、そんな言い訳せず素直に自分に自信がないと認めた方がいいという話になりますね^^。
もちろん、当時の私には得ることのできなかった、「未知への成長」のための心理学が、何よりも援軍になるだろうとして。


「圧倒的な魅力」への願望

また、人の和からの「白い目」への不安何とかカバーしようとして心が生み出す、ある要求というのがここで自然と浮かんできます。

それは「圧倒的な魅力」です。
これが一体どんなものか改めてするような説明は不要でしょう。少なくとも人の和へのアンビバレント体験した人には。
それは幼い子供が、楽しそうに遊んでいる友達達の輪に入りたくて、でも自分からは怖くてそうできないでいるのを、大人「誰々ちゃんも入れてあげて」取り持ってくれることで輪に入れるのと全く同じ構図で、もうそうしてくれる大人いない代わりに、何か絶対的な魅力を、取り持ってくれるためのものとして求めるという形になるのでしょう。

ただこうした「自己中心性」も、「圧倒的な魅力への願望」も、「より深い学び」として示した「輪と個と愛」位置づけ心得て行動法を見直すことができれば、もうあまり害のあるものではありません。
私自身、結構最近までそうした願望は流れるのを感じたものでもあります。スキーがだんぜんうまくなってクラブちやほやされるとか^^;


一貫とした「感情と行動の分離」による向き合い

またそうした「圧倒的な魅力への願望」が、実際に向上につながるのであれば、それは良い面です。

それが一貫とした「感情と行動の分離」による向き合いです。内面感情には、手を加えません悪い感情と感じた時それをかき消し蓋をし、良い感情と思えるものを自分の心に芽生えさえよう、あるいは粘土をこねくるように作り出そうとするのは、誤りです。それをすると、心が病むのです。

個々人との愛を築けないまま、和の愛の中にいる満足だけを求める感情にしてもそうです。それが個の確立の上にある和の行動のためにはもう何の原動力にもならないということを、外面現実向かう目捉えたら、あとは内面においてそんな感情があるのを、ただ見つめるだけです。

もはや役に立たない衝動があれば、ただそれがあるのを見るだけですし、未熟と病みによる衝動、たとえば中身が全くないまま「俺を見ろ!」「ワタシを見て!」というような自己顕示欲に駆られながら、いざ人前に出るとなると緊張でブルブル震えだす、そしてしどろもどろになった自分敗北感(^^;)といった感情が流れるなら、自分の中にそんな未熟病みがあるという、痛みと共に見るのがいいでしょう。
とにかくそれを感じるのであれば、それは「ある」のであり、ただ「ある」ものとして、それに手をつけることなく、感じるままに、感じるのです。

冒頭に書いたように、その時準備された、外界現実に向かう強さに応じて、そうした向き合いの中で、感じただけの量に応じてとでも表現できるような形で、それは心の根底から消えていきます。

建設的な行動つながる感情があるのであれば、それをガソリンにして行動する建設的な行動つながらない感情であれば、エンジンルームの中ただ燃焼させるだけで、車輪の回転にはつなげません
ガソリンの燃焼前進になるのではありません。それをどう車輪の回転つなげるかの意志が、前進になるのです。
ガソリンなければ前進もしません。ガソリンそのものには手を加えません。「感情」と「思考」そして「意志」それぞれが、別々の役割のものなのです。
これが、「感情と行動の分離」です。


置き去りにされた「魂」と「命」へ

一気に書き上げたいところでしたが、さすがに長いのでここでいったんアップしましょう。
明日スキーに行くかもだしー。「最強寒波」による雪がちょっと心配ですが・・。

ここまでは、和の行動個の確立の上にあるものとする外面向け行動法の下、一貫とした「感情と行動の分離」姿勢の中見えてくるかも知れないものをざっと書いてみました。

まずはその外面向け行動法確立に向かう段階であり、これが前半になります。
そこで動揺原因となる、未熟と病みに根づいた感情も、向き合いの中で減少していき、実際のところ和の中の一員としての行動結構スムーズにできるようになってきます。

一方、幼少期「和の愛」が失われたことへの根本解決は、ここではまだはっきりとは見えていません。

次の後半では、こうして得た外面行動法による「安心」によって・・・「和の愛」に支えられる安心によってではなくです!・・・支えられることで、内面「開放」深まる先に、幼少期における「和の愛の喪失」への根本解決が訪れる、後半について書いていきます。

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