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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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  2011-09-09『お願いです(島野の最新執筆姿勢も^^)』
  2011-12-17 『再びお願いです^^ゞ』
  2017-10-14 『読者広場でコメントその他^^』

初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-1
というわけで、まずは今回初冬の北アルプス行でのパノラマ写真から^^。

登りの日11/19(水)夕刻写真を載せた11/22記事でも触れたように、燕岳山頂での日の入り間に合わなくなるかと死に物狂いに登って何とか間に合い絶景に感動する余裕もないままシャッターを押し続けたものからのパノラマ写真です。
これはごく自然にコントラスト調整を加えただけのもので、おおよそこんな風景だったという次第。
輝く夕日とがった山槍ヶ岳です。

なお今度自動スクロールスムーズ型ではなく、パッパッとずらしていく紙芝居型(?)に変更しています。スムーズ型の表示をすると画像が全体的にボヤけるので。あとで今までのもそう変更しておこうかな・・。

2014.11.19夕刻 燕岳山頂からの360度パノラマ

↑クリックにて別画面の自動スクロール表示 画面下に方向変更と停止のボタン
 PF11を押して全画面



さて今回の冬山行では「モルゲンロート」と呼ばれる、山が朝日をあびて赤く染まる光景(空の青との見事なそのコンビネーション)撮りたいのがメインの目的で、天気予報ではしばらく好天見込まれる中で、朝に高気圧の中心が真上にくるという天気図予報20日(木)山頂にいるようにという狙いで、18日(火)車中泊19日(水)登り20日(木)下るという日程を組んだ次第でした。
それで19日(水)快晴夕日の光景(この場合は「アーベントロート」と呼ぶらしい)も目的のものとほぼ同等であり、この時点今回の山行の目的をそこそこ果たせた感がありました。

翌日20日(木)早朝今度はあわてないようにということで、日の出6時半頃ということで、まだ暗い朝5時過ぎから行動開始
ところがどっこい、空模様が芳しくなく、上空結構な雲が広がりやや強く日が昇る時間になる頃にははっきりと、本日の空は曇天ということが確定してきた次第でした。
こうなる可能性一抹の不安として実は最初からありはしました。山専門の天気予報そうした可能性を指摘していたり、山小屋で見た天気予報でも、麓の町の予報として6時頃曇りその後晴れマーク曇りマーク交互といった情報としては気圧配置予報高気圧が真上というのを重視してのこの日程でしたが、ちょっと崩れがあるかもというそれらの予報が、悪い方に当たってしまったわけでした。
肝心槍ヶ岳雲の中です。



山頂で、再び晴れるという予報翌日21日(金)まで「連泊」をしようかと、かなり本気で考えました。
ここで今回向き合いつながる1つ目の歯車(と言ってはっきり2つ目、3つ目の歯車というのがある感じでもないのですが^^ゞ ま言葉の響きが良くて^^ゞ)動きます。には木曜に帰るという予定だけ言っておいたので、連泊するなら連絡入れるのが良いのですが、山小屋からは携帯がいまいちつながらず山頂の方が電波状況が良くつながることが考えられるのですが、この時携帯を小屋においてきていたのです。
もしこの時父と兄に連絡を入れたら、連泊決行がほぼ決まっていたかも。でもそうはしなかった流れとなり、は再び小屋に戻って、さてどうしたものか改めて考えながら、朝8時頃遅め朝食を取ったのでした。

(続く)

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初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-2
続きです^^。

計画上下山の日20日(木)遅い朝食を済ませ、「連泊」が浮かぶもののさてどうしたものかと考えるに、2つ目の歯車(というほどのものでもない^^ゞ)働きました。
時刻9時頃とりあえずやることと言えば、汗をかいたアンダー類着替え、荷物を整理。ここでもし連泊をするなら行動が違ってくるのですが、どう違ってくるかというと、「何もしない」という方向へ。つまり「やることがなくなる」
一方計画通り下山する場合は、さらに荷物をリュックに詰めていく、と、「やることがある」パターン。
連泊するかしないか決心がつかないまま、自然荷物をリュックに詰めていく方向へ。まこれは僕の性格的な要因もあるかもですが、とにかくいつも「何かやっている」のが好きで、連泊をするとなるとそれがしばらくぽっかり消えてしまう一方、計画通りの下山であれば、このあとリュックを背負って歩き出すと、しっかり「やることがある」

さらに言えば、山小屋での滞在というのは、もともと結構不便なことも多くそう快適なものではない。下手をする日中外に出ないまま山小屋にいるというのは、「牢屋に閉じ込められる」ようなという比喩さえ浮かぶ話でもあります。
あまり思考をめぐらすこともなく、自然計画通り下山へと行動を進めていたのでした。
リュック山小屋の玄関置いて一段落していると、他の登山客の、「天気いよいよ悪くなってきたよ」とかの声ちらほら。ま雪が降ってくるほどの話ではなく、風が強くなり雲が流れてきたとかのですが。
予報では結構早めに天気が回復するとのことでしたが、そうでもなく、雲が切れ目なく流れてくる空の様子を見ながら、こうなるともう大抵一日中雲は取れないんだよなー、と、もう計画通り山を降りる気持ちすっかり固まっていたのでした。

風景が見えてさえいれば、多少の曇天であっても、山歩きとても楽しいものです。
いつものように、何度も立ち止まっては、「おっこれは」といった風景構図カメラに収めながら下って行ったのでした。
ということでこれそんな一枚雲の間からの日を浴びて輝く『針ノ木岳』遠望写真に、ちょっとお遊びで太陽を入れてみた創作モノ的一枚^^。



今回「燕(つばくろ)岳」への登山ルートちょっと紹介しておきますと、麓の登山口から、登り30分~1時間弱程度間隔で、登山者が休憩を取れるよう「第1ベンチ」「第2ベンチ」「第3ベンチ」、そして富士山が見える「富士見ベンチ」という4つのベンチを経て、には売店営業する「合戦(かっせん)小屋」と来て、さらに1時間ちょっと程度「燕山荘(えんざんそう)」に着くというものになっています。
で、そうして楽しく下山していき、「第1ベンチ」まで来て、もうアイゼン(登山靴につける鉄の爪)不要かと、装備変更軽い食事のための大休止入った時でした。

僕の中に、「幸福感」が大きく湧いてきたのです。それはまるで春一番強い風のように。
それは言葉では表現し難い「幸福感」です。何が得られたからとか、何ができたからとかの、「対象」のない幸福感だと言えるでしょう。言うならば、「存在への幸福感」です。

少し話が膨らむ余談ですが、これと似た、実に印象的な「幸福感」体験を3つ、スキー歴で持っています。そのあまりに特殊な状況と、あまりに強烈な幸福感組み合わせが、あまりに印象的3つの体験です。
どれも30台前半で、僕のスキー活動ピークの時です。

一つは、「競技合宿」参加していて、厳しいコースを滑っていて・・ではなくその後の遊びの滑りの中で、ゲレンデちょっとしたコブを利用して思い切りジャンプして着地に失敗し、左足膝の靭帯損傷の怪我負った時。その怪我直後合宿終了しフリーの時間になってから、あまりの天気の良さに、競技用ウエアからお気に入りのお洒落ウエアとサングラス着替え少し痛む膝をおして一人ゴトゴトと古いリフト乗ったのです。
その時、あまりに大きな幸福感が、包みます。最高だ・・、と。まあその後滑り滑りにならないようなもので、怪我をしたのが幸い左足だったので、自分の運転で無事帰宅翌日医者に行って靭帯損傷だと判明した次第。
もう一つは、「スキー1級」受験した時、実技の緊張から開放され、リフトで山の上まで行ってその先に広がる光景見た瞬間に、やはり「最高だ・・」と。この後の結果発表では不合格でしたが・・。
そしてもう一つは、プライベートで一人川場スキー場でだったか、これ以上ないような吹雪と豪雪頬に当たった雪層を成して凍っているような中、フードをかぶって真っ白な視界と音のない静寂の中で、やはり「最高だ・・」という幸福感湧いてきた体験

その3つとも、あまりに過酷な(というほどではない部分もありますが^^ゞ 特に検定など^^ゞ)状況中でこそ湧いた幸福感ということで、極めて鮮明記憶に残っている体験です。
そうした過酷さを、内面から突き破って湧いてくるものであるというのが、そうした鮮明な幸福感ポイントかも知れませんね。

(続く)

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初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-3
いったん解説補足^^。


「幸福」への答えが出る道と出ない道

さて、初冬北アルプスからの下山終わろうとした時僕の心大きく湧いた幸福感、またそれに類する僕のスキー歴体験した、3つあまりに特殊な状況の中で湧き上がった鮮明な幸福感について触れたところで、が今「幸福」について思うところを、ちょっと書いてみようかと思います。

まず、それを、つまり「幸福」人が求めて、答えが出ない道と、答えがやがて出る道という、2つがある、と。

答えが出ない道とは、「幸福」「基準」で考えようとするものです。外面的な基準も、内面的な基準含めて。経済的裕福さ友人の多さ心の安定、などなど。
得てしてそうした「幸福の基準」について、さらに「人が言っている」ことを基準に考えようとするとなると、もう全く、答えが出なくなる。
なぜ答えが出なくなるのか。と問い浮かべ即座に、それは答えが出る道ではないからだ、と浮かびましたがこれは言葉の繰り返しですね^^ゞ

まあまずは、「人が言っている」ことを基準に考えても、幸福正確な基準は、人それぞれ唯一無二であること。
さらに「幸福」「基準」があるという前提思考でいた時、我々必ず「不幸」になる存在のように思えます。なぜなら我々人間不完全な存在だからです。「こうであれば幸福」という「基準」において「完璧」はあり得ず、不可避的に、我々の心はその不完全性が「完璧な基準」を損なうのを知覚する。と、「自分は不幸なのか・・」という感情湧いてしまいます。

一方答えが出る道とは、対比的に言えば、「幸福」を、「経験」を通して考えていくものです。実際自分どのような時幸福を感じどのような時不幸を感じたのかの、実際の「経験」を基にして考えていく。
まあもちそんそれで全て正しい答えが出るとは限らず、によってはそこから再びやはり金があるのが、友人がいるのが、内面の平安が、幸福の条件なのだ、といった断片的な思考に行くかも知れません。
でもまあ、まずは「人の言う幸福の基準」に惑い続けるのからは、一歩前に踏み出すのがこの姿勢です。

その先にまた、人それぞれ考えが出てくるでしょう。ハイブリッド心理学も、その一つだということになります。「体験」を基に、「幸福」への向かい方論じる心理学一つです。


「幸福」とは何か

ハイブリッド心理学どう考えるかを書くならば、まずハイブリッド心理学以前基礎心理学からは、こうなります。
「幸福感」がより多く、より恒常的に心に流れる状態が、「幸福」である。
と。

があるのが幸福」でも「友達が多いのが幸福」でもなく、幸福感が恒常的に多いのが幸福」これは単純ですね。
ですので、もし麻薬最高の幸福感が得られ、それが恒常的になり得るのであれば、麻薬得ることが幸福、でいいんです。でも現実はそうではない一瞬の最高の幸福感の後に、むしろ恒常的な苦痛が待っています。だから麻薬などやらない
これは『概説』で、
・感情テーマにおける「選択思考」とは
にて話したことですね。

そんなものではなく、そこにたとえば、今回初冬の北アルプスからの下山の時や、スキー歴の中であまりに特殊な状況で感じた、鮮明な幸福感といった「体験」が、「幸福とは何か」材料にもなってくる。
僕のその体験言えるのは、まず言ってそれは「これがあれば」といった決め打ちできる「基準」があるものなどではない、ということです。
そうではなく、それを生み出している状況とは・・といった細かい話は省略し、結論を言えば、こうなる、と。

「幸福」とは、「自己の成長」と「望み」に向かう歩みの先に、心の内面と外面にわたる豊かさとして、訪れるものである。
その一部、特に内面における豊かさは、私たち自身の意識を超えて訪れるものとして。

と。

これがハイブリッド心理学としての「幸福」考え方ということになるでしょう。
「望みに向かう」だけではなく、というかその前に、まず「自己の成長」向かうことが大切ですね。「成長」とは「自らによって幸福になる能力の増大」として。
ではその方法とは、ということで、
「学び」の主要テーマ
のようなものを内容とする、「取り組み実践」始まる、ということになりますね。


「自己分析」

そして「取り組み実践」においては、内面側実践として「自己分析」というものがあり、それがどのように重要として、『序』言ったことがつながります。
私たちの心において、「本当に望んでいること」と「意識の表面」には多少のズレがあり、そのズレを感じた場合は積極的にそれに向き合い、「自分が本当に望んでいること」を浮き彫りにし引き出すための「自己分析」のメスを入れるのが良い。
と。

そこで起きることを、このように言えます。
自分幸福を感じ不幸を感じたのか。その「体験」に、「自己分析」メス入れるのです。「言葉」武器にして。
それが、「本当に望んでいること」「意識の表面」とのズレ解きほぐした時「望み」変化きるのです。自己分析結果から頭で考えて意識的に変えるというのではなく、から湧く「望み」方向性が、湧いてくるその大元において、自然にです。
自己より確かに、「幸福」へと向かわせるものへと。

手短に、こう言えるでしょう。
「体験」への向き合いの真摯さと深さによって、「望み」に変化が起きる。
と。
「真摯さ」とは、真剣さと、自分が本当に何をどう感じてるのかを、ありのままに感じ取る、自分自身への嘘のなさです。
そして「深さ」とは、より深いところで感じていることを明瞭化するという、その深さです。

そしてそこで意識の表面より自分が感じていること明瞭化するための「言葉」とは、こんな場合はこんなものとあらかじめ決めうちしておけるようなものではない、その時その場面に、唯一無二のものになる。

がこれから『日記ブログ』など伝えていきたいと思っているのは、「愛」という本流の「望み」において、この人生体験したもの全て、ということになります。
山登り「望み」については、
・「望むこと」そのものにある豊かさへ
でも取り上げ触れましたが、いわば傍流「望み」として、上述のような、「自己分析」において「体験に向き合うための唯一無二の言葉」どう出てくるか分かりやすい例になるかと、今回こんなエッセー記事など書いている今日この頃です。

ということで、引き続き初冬の北アルプスからの下山で、「向き合い」歯車回り始めるところを続けます^^。


写真はいったん北アルプス場面から一服ということで、先日日曜9/30トレーニングの近所の山紅葉「もみじのじゅうたん」状態が見れたので撮った写真合成プラス加工創作画像です^^。



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初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-4
「向き合い」つながる3つ目の歯車は、初冬の北アルプスからの下山終え一路家路向かおうとした車中動きました。
道を間違い安曇野インター乗り損ねて松本近くまで行ってしまったのです。

これはまず登山口から長野方向へと東に向かってから、国道148号線右折して少し南下して安曇野インター乗ればいいところを、国道148号線行く前に右折してそれが148号線だと思い込んでいた結果、インターへの入り口タイミング見逃したため。
その誤り気づき、いったんUターンして戻る時間を含め、結果40分くらいはロスしたと思います。

時刻午後4時過ぎ頃になっていました。
それが今回「向き合い」につながる、3つ目の歯車になりました。
おさらいしときますと(どーでもいい^^;)燕岳山頂携帯を持っていかず、連泊する気になった瞬間に父と兄に連絡を入れるというのを逃したのが1つ目山頂から山小屋戻る「やること」と言えば下山しかなく、自然とその行動へと向ったことが2つ目
そしてこの帰路少し間違うという3つ目の歯車によって、時刻4時過ぎ日の入近づいてくる頃、まだ高速に乗っておらず北アルプス方面様子がまだ見える場所にいた、という状況になったのです。

その時になってようやく、天候が回復し、雲が取れてきたのです。
するとまた雄大北アルプスの光景が見えてきます。
こんな感じです。もう薄暗くもやっとしていますが、いい雰囲気。もし道を間違えず順調に走っていたら、これを見る前進路完全に東向きの高速上になっており、見ることはなかったでしょう。



ちょうど夕日の時雲が取れていくという構図です。山の上ではまさに絶景かも知れない・・。
はまだすぐそこです。今から戻る・・なんていう思念一瞬浮かびますが、もちろん意味のない思念です。山の上までは少なくとも5、6時間かかります。夕方でそれはあり得ない^^;

こうして、高速に乗ったの中で、「向き合い」始まったのです。
連泊をやめた自分の判断は、正しかったのだろうか。僕はなぜその判断をしたのだろうか・・、と。

(続く)

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初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-5
『読者広場』で以下コメント入れてあります^^。

『学生時代に置き去りにしていた問題の発見』 蓮さん No.1003 2014/12/02
『Re: 学生時代に置き去りにしていた問題の発見』 しまの No.1006 2014/12/06

『裁量』 コトさん No.1004 2014/12/03
『Re: 裁量』 しまの No.1007 2014/12/06


続きです^^。
日の入になって雲が取れた北アルプスの光景思い浮かべながら、の中しばし「向き合い」時間訪れました。
連泊をやめた自分の判断は、正しかったのだろうか。僕はなぜそのような判断をしたのか・・。

「失敗したぞ!」自分を責め叩く感情湧く機先(「きせん」と読むようですね。「きさき」だと思っていた^^ゞ)を制しようとするかのように、連泊をやめた判断肩を持たせようとする思考まず湧きます。
こんな風に水蒸気の多い状況では、そんな綺麗には焼けないのでは。だから下山して十分良かったのでは。

これがあまり意味のない思考であるのは明らかです。問題僕が憶測をどうめぐらすかではなく、山の上では実際にどんな夕焼けになったのかです。
もしそれが得がたい絶景であったのなら、僕は判断を誤ったことになります。
いえ、そうではないのです。下山を決めたことには、もし翌朝に素晴らしい「モルゲンロート」が見られたとしても、それを見るのは他の人に任せればいい、といった観念浮かべながらでした。まこれは登りの日昨日夕景これ^^)でかなり満足したことの表現です。
つまり、絶景となる天候であれば連泊そうでなければ予定通り下山、という天候の判断の問題として、判断ができたかできなかったかの問題ではないのです。自分この心の揺れは。
ではなぜ僕は連泊はしないという判断をしたのだろう・・。

天候の判断の問題ではなく・・。ちょっと間を置いて、それが何の問題であるのかの「言葉」が、出てきました。
もう一日増やしたとして、僕はそれをこの2日間以上に良い一日にできる自信がなかったのだ・・。

この「言葉」に、自分自身結構な納得感を感じました。


自分で出した言葉自分で納得感を感じるというのは、あまり日常的なことではないように感じるかも知れませんが、結構重要です。

私たち基本的に言って、自分自身のことを良く分かっていない存在なのです。だから、自分はこう感じるんだからこうすればいいはずだ!という短直的な姿勢でものごとを考えると、しばしば人生の選択を誤ることがあります。
ですから、自分の心細かいヒダ探り捉えるための「言葉」普段から豊富に引き出しに備えていき、ちょっとした心の揺れ感じた時自分が感じているのは本当はどんなことなのか、と自分自身向き合う、「自己分析」重要になってくるわけです。
日頃から『日記』を書くことが、そうした実践良い習慣培うものとして、お勧めになります。

上記向き合いで、自分が本当に何を望んでいるのかを、僕自身に対して明瞭化したことになります。
ただ絶景とその写真の出来栄えだけを望んでいるのでは、ないのです。カメラを持って山登りに出かけ、力強い自分の体の動き感じ取り(なお山歩きは力任せではなく疲れず歩くためのかなり技術があります^^)歩むたび出会う新しい風景喜び、それを写真に撮って、帰ったらそれを素材創作なども楽しむその全体が、好きなのです。
だからカメラそう高級なものでなし、写真コンテストに応募するでもなし、ブログにアップするのを楽しむという僕のスタイルになっている次第です。

それを、ただ天候の判断の問題として考える思考では、「次につながらない」のです。同じように、天候の判断が正しかったか誤りだったかで、心がもやもやした山行続き得る
しかし問題が、「また良い一日にできること」であるなら、考えるべきことが違ってきます。どうすれば連泊一日追加して、その全体楽しめるか。「次につながってくる」のです。

車中ではとりあえず、問題がそこにあることに納得感感じたところまでで、そこでの向き合い時間一服し、僕の思考帰ってからの食事の内容とか、更新中だった『概説』の原稿のこととかに移っていたと思います。


「自分が本当に望んでいること」「意識の表面」とのズレ解きほぐすために、自分自身で見出す「言葉」。それはあらかじめこんな場面ではこんな言葉というものなどない、唯一無二のものになる。
今回初冬の北アルプス行でのそれが、上のものになるということになります。

そうして自分自身に対して明瞭化した「望み」に向って、実際何ができるか検討が、後日談として少々続くことになります。それを手短に書いてこのシリーズ締めましょう^^。


ということで写真登りの日19日(水)、見えてきた槍ヶ岳一枚^^。



ちなみに、とちょっと話が膨らみますが、この夏話題だった山ガール小説『八月の六日間』今読んでいるのですが、冒頭の方に、この燕岳への途上で見える槍ヶ岳について触れている箇所があります。おっこれ分かるなーと感じたもの。(P.17)
 この九月の休暇は、本来、わたしはトルコに行くつもりだった。山に行き出す前、まとまった休みには海外に行くのが普通だった。そのつもりで、予約まで入れておいた。
 ところが、八月に一泊で北アルプスの燕岳に行った。その時に、見てしまったのだ。夏の空を背景にした---あれを。

「見てしまったのだ。あれを」
とは何とも秀逸な表現ですが、まさにその表現のが燕岳への登り見えてくる槍ヶ岳ですね。
今回初冬空気が澄んでいることもあったでしょうが、今までの印象にあったよりもずっと近くに見えました。
そんな、まさに「あれ」という風情写真など追加しておきましょうかな。2つ^^。
まさに「日本のマッターホルン」ですね^^。





(続く^^)

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初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-6
予定通り下山した山の一日の様子どんなだったかは、登山記録投稿サイト『ヤマレコ』で、後日すぐ分かりました。

どうやら僕が危惧した(という表現は不適切ですね^^)最高のパターンだったようです。
特にから雲の取れた北アルプスの山並み遠く眺めた時、燕岳にいた眼前には、滅多にない絶景繰り広げられたのです。
ちょっと際どかったようでもありますが、日の入りぎりぎりまで雲が取れず、もう槍ヶ岳霧に隠れたまま日没かという瞬間雲が下がり、夕焼けをバックに雲をたなびかせ槍ヶ岳絶景
写真ではこんな様子



そして翌朝「モルゲンロート」!



これを見た瞬間一瞬ちょっと体の血が逆流した感(分かるかなーっ^^)がありましたが・・ま「忸怩(じくじ)たる衝動」というものの生理反応ですね、とちなみにこの「忸怩」というのは、「恥じ入る様子」というのが本来の正しい意味で、一方最近「悔しく腹立たしい」という意味で使う誤用が増えているとのこと。今僕が書いたのも誤用の方です^^ゞ ま言葉の響き悔しい様子というのに合っているのでいいかなーと^^;
まそれでも
・「望むこと」そのものにある豊かさへ
で触れた、今年山登り趣味に火がついたきっかけの顛末の中での、「絶好の機会を逃した!と思わず机を叩いたような悔しさ」というほどのものでもありません。

最初から「望み」に真正面から向き合っている場合、外面的満足を逃してもそう後悔は起きない、というものですね。
一方「望み」に真正面から向き合えずに、自分に嘘ついて目をそらしているような場合に、外面的満足を逃すと、とんでもない「忸怩たる衝動」(誤用ですがもうこれで^^)が起きる
これはとても大きなメカニズムであり、これが「愛」という本流の「望み」において働いた時人の精神のバランスを崩すほどのインパクトあると言えます。『悲しみの彼方への旅』でも、葬り去ったような過去の記憶蘇る時に、悶絶するような苦しみ現われた場面など(P.123)読者広場相談でも、そうした類のご相談などありましたね。

ということで、今回「後悔」というのはなかったものの、やはり状況的には連泊が正解、と感じました。
判断を誤った、のではありません。判断は、追加した一日を自分はフルに楽しめるか、だったのですから。そして僕にはその自信がなかったその判断は、正しかったとも言えます。

ともあれこうして下山後山の一日様子知ったのが4つ目の歯車となり、こうした状況で連泊してどう楽しく過ごせるかと、本格的検討思考始めました。
これはもう詳しくお伝えするのは不要かと^^。出歩くルートを考えたり、さらにはタブレットPC買って持って行くなんてことも考えましたが、何のことはありません。「最初からその気で行く」というのが、そのため最大の答えのようです。
もとより今回冬山デビューということで、行動全般気持ち的余裕がなかったとも言えます。まず2日間で行くという計画無事完了するのが第1で、連泊という発想が最初からなかった。

ということで、山の風景眺めに行くには一年で一番良い状況この時期今後「連泊」十分念頭に、体力があるうちは毎年行こうかと思っている今日この頃です。
一方で、の関心逃した風景にいつまでも拘泥することもなく、日常近所山登りトレーニング出会う風景や、次の山行(また父と正月前後で計画p(^^)q)での光景への期待移っています。

ということで、写真近所山登りトレーニングでのもの。とりたてたもののないものですが、目の前に広がる「自然」というものに、わーと少々胸に広がる感動パチリ5日(金)撮影
・・と一枚で撮ったのではなく6枚で撮ったものパノラマ合成です^^。



ということで、多少とも筆を要したこのよもやま話シリーズを終え、今後の作業としては、長らくお待たせしていた『メール相談事例集』などの作業着手しようかと思っとります。『日記ブログ』そろそろと。
それら多少とも文章新たに書く作業と、電子書籍作成などもっぱら媒体整理の作業という2本立てやって行こうかと。
『概説』超サマリーしたような『ハイブリッド人生心理学のご紹介』ページ作らねばですね。やることてんこ盛り・・p(^^)q

(終)

よもやま話 |   コメント(0)
『概説』の微修正^^
『読者広場』で以下コメント入れてあります^^。

『(No Subject)』 こたろうさん No.1009 2014/12/08
『感情と思考の記録整理^^』 しまの No.1010 2014/12/11


現在鋭意『概説』無料電子書籍版作成作業を進めていますが、確認しながらごく微修正した箇所などお知らせいたします。
とりあえず文章的に加筆修正以下2か所
どちらも
1.はじめに・4つの話の領域
収録部分です。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
はじめに
「ハイブリッド人生心理学」は、
心の健康と成長心と人生の豊かさに向かうための、生き方姿勢と具体的実践 ・それによって生まれる心の健康と成長への変化の仕組み、さらには生涯における心と人生の豊かさへの歩み
について島野隆によって総合的体系づけられた新しい心理学です。
 (説明文中では通常、「ハイブリッド心理学」と短く表記します。)
その内容は、
 ・カレン・ホーナイ精神分析や論理・認知療法などの心理学
 ・ハーバード流交渉術などの人生成功術(行動学)

 ・そして島野自身人生の歩み体験
基盤として、
 ・スピリチュアリズム(精神世界論)が目指すものと同じ、
心のすがすがしさ、清らかさ、そして力強さと豊かさ
をゴールに見出すものとして、心の豊かさと生きる力を最大限に引き伸ばすための人生の生き方を伝えるものです。

・・(略)・・

歩みの道のり
「未熟と病み」から始まった心が、やがて「力強さと豊かさ」へと成熟するまでの道のりに応じた考慮ポイント。
   ↓
ハイブリッド心理学での考え方
・5つの段階を経た成長道のりとなる。
 1)一歩も前に歩めない段階 ・・・ 「旅立ち前」
 2)自ら前に歩む存在へと抜け出す段階 ・・・ 「旅立ち」
 3)自ら前に歩む思考法行動法に習熟していく段階 ・・・ 「学び」
 4)開放される「望み」に向かって前進していく段階 ・・・ 「変化」
 5)「自分」を超えた「魂」と「命」にも導かれるようになる段階 ・・・ 「円熟」

・心が大きく成長変化するようになるのは、上記の2)の段階が3)の段階へと転じてからであり、この境目を節目づける心の転換が「否定価値の放棄」である。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

あと言葉の色付け修正幾つか程度。これは省略^^。サイトの更新お知らせとしても省略です。
電子書籍版今週中には掲載できるのではとp(^^)q そのあと印刷本販売開始予定です。

写真最近のちょっとしたマイブームの、2種類露光合成写真です。こうした何気ない自然の光景好きなんだなーということで^^。
近所山登りトレーニングにて、おととい13日(土)撮影




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