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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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特説・「心が良くなる」とは-9・異次元への高まり3
これも結局一気にとはとてもいかない長さになりました^^ゞ


人生の領域

では引き続き、最後「人生レベル感情」領域における、「外界現実への向かい方」展開変化を見ていきましょう。
これを「人生の領域」と呼んでおきましょう。

ここに至り、「個の領域」および「関係性の領域」とは、次元が異なるものになります。

そうした表現がなんとなく頷けるであろう事実とは、「人生レベルの感情」、少なくともハイブリッド心理学そう捉えている感情そのものが、そもそも感じ取ることが難しいものであることです。

それについて思い浮かぶよもやま話など書いておきますと、『悲しみの彼方への旅』を出版した2006年OB所属のスキークラブの最初の合宿「指導員研修会」に参加する、最も気心の知れたメンバーでの合宿でのこと。
その紹介した折、中でも最も親しい同期同年齢(誕生日も3日だけの違い^^)男子メンバーが、帯裏「僕は今ようやく人生というものが分かった気がする。やっと今になって!」との言葉を見てこんな言葉
「ということは島野(の本名)さんは人生が分かるということか。俺には人生がわかんねー」半分冗談で言ったりしたことでした。今だ(のはず^^;)独身仲間

またTV CMでは女優の長澤まさみ男優2人立ち話しており、長澤「知力とは?」「体力とは?」質問して男優うん蓄を語るというものがあり、そこでさらに「じゃあ人生って何でしょう」に、男優の一人、「まだ人生を語れるほど大きくなってない気がする」、なんてのがありますね。
ハイブリッド心理学からは、その問いには「“望みに向かうこと”です^^」となりますね。


「人生の象徴」を覆すのが「人生レベル感情」

あるいは、「人生」考えるとなると、どんな学歴を得て、どんな会社に入り、何歳まで結婚子供は何人で、家のロ-ン何歳頃までに払い切り、老後の年金は・・といった「皮算用」「人生」あるように(^^;)感じるのがいかにも「普通の人」にありがちのこととして想像できたりします。

まあそれもいいのですが、それはここで言う「人生への感情」向けられるものとしての「人生」というよりは、「人生の象徴物」だと言えます。
この話は『入門編下巻』でも、この表現で書いていますね。“「人生」と「幸福」の「象徴物」を追い求めるのが、人生だという幻想”と。(P.242)

それがここで言う「人生レベル感情」変化する何が起きるかというと、そうして考えていた「人生」(の象徴)というものが、見事にはかなくも崩れ去るような、唯一無二の自分の人生というものを感じる
そんなものとしてあるのが、「人生レベルの感情」だということです。

たとえばの場合、そのあまりの対比が、『悲しみの彼方への旅』最後の方の、「その後の私の前半生」を語る部分に出てきます。ITの仕事天職のようにも感じ、趣味のテニスやスキーにも熱中し、それなりに充実した日々を送るようになった時、私が「人生」に抱いた感覚が、こうだったわけです。(P.328)
 そうした仕事と私生活の中に、自分の人生の全てがあるのだと感じ始めていました。かつて心理学を勉強した自分も、もはや遠い昔の他人のようでした。心理学の本もほとんど全て古本屋に売り払い、心理学の世界に戻ることはあり得ないと考えていました。

こうした言葉を見ると、いまでもじ~んとくるものがあります。なぜじ~んとくるのかと考えるならば、そこには、失われた「魂」と、自分でそのことに気づけないでいる「心」があるからです。この言葉にさらにマジにうるっとくる。(ハハ^^;)
そしてその後に、失われた「魂」を取り戻す、神秘の道が始まったわけです。そのありのままの姿を伝えるのが、自分の残された人生での、神さまに出された宿題なのだ、と意を強くする次第。今ここに書いている「解説」は、そのためのほんの序の口、もとい(←後から思いついて加えたジョーク^^;)序章に過ぎないのだ・・と。(←内部事情?^^;)


「人生の領域」での「外界現実への向かい方」

・・と話がちょっとわき道にそれました(?)が、いずれにせよ「人生レベル感情」とは、定義としては、「個の領域」から「関係性の領域」までを「総合的に包括」するものとして、「何が自分にとって一番価値があるものか」感じ取ることにおける感情だと言えます。
まずはそれが「人生」という観念感覚の下にあるかないかを問わず、それを「人生レベル感情」定義して良いかと思います。「人生」という観念感覚は、それにどのような重みさらに加えるかという側面になると言えるでしょう。

で、そうした「人生の領域」での、「外界現実への向かい方」どのようになると考えればいいか。
が自分にとって一番価値があるもの考えればいいかの、捉え方とは・・。


「人生の領域」の答えは「外界現実」の中にはない

そう考えて出てくるのは、その答えはもう「外界現実」の中には全くない、ということなんですね。
何かあるもの自分にとって一番価値あるもの感じる。それはもうその人個人の心の中の感じ方問題であって、「外界現実」には、それでいいのか良くないのか答えになるものはもう何もないわけです。

2つほど疑問が出てくると思います。

一つは、人がそれによって品評される尺度というものが、社会にはある。「人の目」がその大きな潮流の中にあるものとして。それを無視することはできない、と。
まあたとえば、財力(^^;)、女美貌で評価される。そう感じる方少なくないと思います。の時代、美貌でなければ軽蔑される。自分のように彼女もいない不細工男負け組みなのだ・・。そうした思考の中で社会の人々への憎しみを募らせたのが、秋葉原史上最悪と言われる無差別殺傷事件を起した加藤智大被告であることはご存知かと。『入門編下巻』P.110で取り上げています。「存在の規律」というテーマですね。


「存在の規律」という心の病みの病巣・・

ちなみに・・とまた話が道草しますが、そうした「存在の規律」という感覚心に見えるならば、それが心の病み病巣そのものと考えて正解です。「人はそういう目で見る」と、他人の側に映されたものとして感じる場合もです。

「“映されている”のではなく、“事実”だ」と言う方もおられるでしょう。実際こんな残酷な強圧的な言葉言う人間がいる、と、ネットなり各種メディアからその言葉を引っぱってくることも可能でしょう。
それが“事実”であり“現実”であることを、ここでも認めましょう。たしかにそうした目で他人を見る人々がいます。男はこれが、女はこれが人間を決めると。それが「外界現実」ではないのか・・、という話になるでしょう。


「他人にとっての価値」と「自分にとっての価値」

まず、問題の捉え方単純明快に言えます。

もしそれが純粋に他人の側の感じ方としてあり、自分としてはそうは感じていない事であれば、それは「関係性の領域」問題になります。まあ「行動学」によって対処できるといい、という話になるものとして。
自分として感じているのであれば、「人生の領域」問題になります。これについての向かい方考え方下に述べます。

2つの領域問題分ける必要があるということですね。「向かい方」が全く違ってきますので。

「取り組み実践」まず問題になるのが多いのが、そうして「人はこう見る」という他人の側からの圧力の話としてだけ動揺が語られ、では自分自身はどれだけそうした見方の持ち主でいるのかが、伏せられたままケースです。
これはそのままでは取り組み実践は一歩も前に進まないものになります。「では自分では?」という「自己の重心」回復ひとえに課題になります。


今感じている「一番価値があるもの」への向かい方

そうして「自分としては」これが一番人生で価値があるものに感じる、というものが今すでにあるのであれば、それへの向かい方についても、2つ分けるのが重要になることを言うことができます。

その建設的な側面と、破壊的な側面とにです。

前者は、理想となる目標に向かって、自分を高めていきたいという感情、そしてそのための行動。これは「個の領域」「関係性の領域」での、具体的「外界現実への向かい方」向上として取り組めばいい。

後者は、理想から劣ったものを叩く感情、そしてその行動です。これはまず実際の言動を非行動化する、つまり慎むのが良いのは言うまでもありません。
一方そうした衝動、感情どう扱えばいいのか。小手先で無理に消そうとしたり、直そうと意識努力の手を加えることが、のあることであるのはもう何度も指摘していることです。それをすると心が病む、つまり歪んだ形でくすぶることになると。
これは「競争心」「てなづけ」として12/28『いざない5・人生の鬼門4』に書きましたね。「競争心」健康に開放した方がいい。その上に、「“自分”を超えた高み」目線移すのがいい、と。

それでいつのまにか自然「破壊的な側面」消えれば、それに越したことはありません。しかしそう自然には消えない可能性も高い。
するとそれははっきりと、心の業捨て去り課題になるということです。その基本的な考え方この後の記事で説明します。

いずれにせよこれが、「すでに感じている」ものとしての、一番価値があるもの感じるものへの向かい方大枠になります。


参考となる「人生の事例」

問題は、そうして私たちが「すでに感じている」ものとしての「人生レベル感情」が、実に未熟なものであったり、あるいは上述のように本当の「人生への感情」ではなく「人生の象徴物」への感情だったりするのを、どう自分方向づけていくのがいいか。そのための「外界現実への向かい方」は、という話になります。

そこで2つ目疑問になると思います。「外界現実に答えはない」というハイブリッド心理学からの答えへの疑問

人の人生の姿が、「外界現実」の中に示されている。それがそのまま「答え」ではないとして、少なくともかなりの「参考」となり、そうした「参考」見る先に、自分の人生というものが見えてくるのではないか。
実際もよく「人生の事例」「人間の事例」沢山見るように、としばしばアドバイスします。

一言でいえば、それらは答え構成する情報ではなく、問い構成する情報だということです。
人の人生にはこうしたものがあれば、こんなものもある。では自分では?と。

そこではもちろん、偏らない、できるだけ沢山の「人生の事例」「人間の事例」を見ることが望ましい。これは、それによって「自分に問うことができるようになる」ための「外界現実への向かい方」だということになります。


「問う」という向かい方

ですから、基本的な向かい方姿勢を、こう一言でいえることになります。

「個の領域」は、「知って学ぶ」という向かい方
「関係性の領域」は、「選択して学ぶ」という向かい方
「人生の領域」は、「問う」という向かい方。もちろん、「自分に」です。


「人生の領域」における「外面現実」とは実は「内面の現実」

そのようなものとして、「人生の領域」答えになるものが「外界現実」どのようにあるのかを考えるならば、言えるのはこうなんですね。

「人生」のレベルにおいて、「その良し悪しによって心が感情の良し悪しの反応を起こすような目に見える外面の様子」であるところの「外面現実」とは、実は「外界現実」ではなく、「内面の現実」だということです。

「関係性の領域」には、「外界現実」に、まだその「答え」が多少ともあります。平たく言って、無駄な争いをせず良い関係を維持できること。その良い形「外界現実」にあり、そのために心得るべき「行動と感情の法則」などがある。

「人生の領域」では、そのような答えが、「外界現実」には、もう全くない形になります。

それはなぜか、ここで使っている言葉で言うならば、「身体レベル感情」から次第に展開していく「個人的嗜好性」が、「人生の領域」にいたり、「唯一無二性」になるからだ、と。
唯一無二だから、他に答えを示すものなくなるわけです。自分自身の心以外には。


見えない現実の法則2・「命」

ただし一個だけ「外界現実」の中に、「人生の領域」への答え決定づけるものがあります。「見えない法則」としてです。

そのテーマ「命」です。それを見据えるために、懐に入れるのが良い言葉はこうなります。

「時間には限りがある」。
です。
もちろん「人生の時間」に、です。

この言葉は、スピリチュアリズムなどで強調されるのを良く見かけますね。このブログでも触れた「真我開発講座」「心の学校」ビデオなど以前見た時、主催者田久保さんがこんな言葉を語っていましたが、好きな言葉です。
「いつかこの世におさらばすることを意識した時、時間が命になります」とかの言葉

それが人生における願望どんな影響を及ぼすかは、ここであまり詳しい考察を書く場ではありません。それでも、「人生の象徴物」が「人生」そのもののように感じ、追い求める衝動は、そのはかなさ目が覚まされる形で、より本当の「人生」を見ようとする目が生まれる可能性があると言えるでしょう。

いずれにせよその先に、この心理学においても目指すスピリチュアリスム哲学宗教同じゴールとなる山の頂「命」が見えてくるという流れです。
しかし登山ルート大分違う。それはハイブリッド心理学の場合の歩みが、こうして見てきた「外界現実への向かい方」の、積み重なりとしてあるというにあります。


そこに、今回の「いざない説明」における「扉」となる「現実を見る目」、そしてそれをとして歩むための「自分への論理的思考」意義がある、という説明をしようとしているという、時間食っている段取りです^^ゞ

ともかく、その「積み重なり」ポイントなど、次に説明しましょう。「変われない人」決定的ポイントなどがそこにあると思いますので^^。
そして「心が良くなる」とはどういうことかの、これがまだ準備段階の話です^^; こうして「外界現実への向かい方」整うことで、「心を根源とする感情」の、根本的な変化が、始まるという話になります。それもこのあと続けます^^。

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