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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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特説・「心が良くなる」とは-12・積み重なり3
なんかぜんぜん気温が上がらないですね。昨日の報道ステーションでの天気予報を思い出し、「上がるって言ったのに~♪」思わず即興で歌った島野でした^^; (ぜんぜんメロディになってない。あはは^^;)


論理的思考に増して重要なもの・・

さて、「個の領域」から「関係性の領域」そして「人生の領域」へと、「外界現実への向かい方」展開ざっと説明してきました。

それは一言で言えば、その良し悪しによって感情の良し悪し反応が起きるような「外面現実」より良くするためにも、直接は目に見えないさまざまな「現実の法則」を持つ「外界現実」見る目を持ち、自分自身しっかり納得できる「確かさ」の積み重なりとして、「外界現実への向かい方」学び考えていくことが重要だ、ということになります。

そこでは、
・「行動学」は「個の領域」における答えを素材にして行う
というになったところで、いざ人に接する段になったらもう論理的に会話する必要などない、というまでしました。

これを引き継いで話を進めましょう。いちおう「積み重なり」についての話の締めとして。


人との「良い外面現実」として・・

人との会話というものが、あまり論理的である必要などない。
これは2つの点で、そう言うことができます。

一つは、そこで言ったことのおさらいにもなりますが、論理的にしっかりつなげる思考は、まず自分自身の中「外界現実への向かい方」着実なものにするために重要になるものだということです。
人とディベートして勝つためのものではない。そもそも言い争いで人に勝つという行動自体が、大して「良い外面現実」などではないことを、「関係性の領域」一つの題材テーマにしたいものです。自分本心どう感じ考えるかと。

そして人との行動では、論理を滔々と話すなんてのよりも、一目瞭然の答えを示せる行動が、より良いものです。「こうするといいヨ♪」と、その場の人々望む一目瞭然の結果を示せれば、くどい説明も議論も必要ないのです。
自分思考過程は、まずは自分自身のためのもの。次にもし「なんで?」聞かれた場面があった時だけ程度に、「だってこうだから」と説明できるのが、グッドな行動法です^^。


重点は「望み」「目的」という「起点」へ

もう一つは、そうして社会を前にするになった時、つまり「関係性の領域」ひいては「人生の領域」になった時、「外界現実への向かい方」着実にするための論理的思考の「過程」に増して、私たちが目を向けるべき、重要なものが出てくるということです。

それは、「外界現実への向かい方」着実にするための論理的思考「過程」の、そもそもの「起点」になるものです。
論理的思考「過程」から、その「起点」に、目を向けるものの重点移ってくるのです。

そうした「起点」とは、「何を望むのか」「何を目的にするのか」です。「望み」であり「目的」です。
そもそも、それあってのものであるわけです。私たち人間論理的思考という脳の機能とは。これこれの目的のためには、こうする良い。なぜならばこれがこうして、あれがああなるからだ、と。

ところが、そうした「そもそもの望みは何か」「そもそもの目的は何か」を、見失いやすいのがこれまた人間の思考です。「そもそもの目的を見失い・・」といった文章を、日常の中でも見かけることもありますね。
で、その後にどんなことが起きるという話なのかというと、大切な資源、たとえばお金や時間を、無駄なことに使ってしまう。どっかの国の政府のように(?^^;)。そもそもの目的をしっかり意識してそれを使っていれば、得ていたであろうもの失う形で・・。

そうして得ていたであろうもの一つ一つが集まって、私たちの「幸福」というものが形作られるわけです。それを失うことだと言えます。「そもそもの望み」「そもそもの目的」を見失うとは。

これが人間の心の業の一つ・・というか、もっと基本的「愚かさ」一面と言えますね。重要なのは「頭の良さ」ではなく「賢さ」なのだと。それは自分が何を必要としているかを、自分で知っていることなのだ、と、『積み重なり1』で話したことですね。


「目的意識」「目的思考」の重要性

かくして、「目的意識」「目的思考」重要性というものを言うことができます。

まず「目的」からしっかりと意識する。何を目的に、その行動を行うのか。
なぜなら、目的が違えば、別の答えが出てくるからです。同じ行動を行うにもです。同じ外界現実場面を前にしても、とも言えるでしょう。
たとえば毎日買い物で、食品少し変えようとした場合、それがダイエットのためなのかそれともお金の節約のためなのかで、違う答えが出てくるであろうように。

「外界現実への向かい方」としての論理的思考とはそのように、「目的」とセットだと言えます。

それと異なり、「目的」とセットにならない思考というものがあります。
「善悪思考」です。ある行動良いもの、悪いものだという思考が、一人歩きする。それによって私たちが「幸福」失うことにつながった時、まさに「善悪思考」人間の業だというテーマが見えてきます。


「目的」のさらに起点となる「欲求」「望み」

いずれにせよ、まず「目的」は、「外面現実」としてこういう「結果」になればいい、というものとして明確化されます。
そしてに、ここまで述べたような「外界現実」への論理的思考によって、何をどうすればいいという具体的「行動目標」が定まる、というになります。

これが、「外界現実への向かい方」の論理的思考の、一セットです。
「目的」を、「外界現実」側に属するものとして。

するとそこにさらにそもそもの起点となるものがある。「欲求」「望み」です。ここで話が「外界現実」から、私たちの「内面」の側に移ってきます。


「目的」と「望み」

「目的」「望み」は、また別のものです。

私たちは、それが私たち自身の望みあろうとなかろうと人の行動目的尋ねることで、「ならこうするといい」というアドバイス、あるいは話し合いをすることができます。「何が目的ですか」、と。
それが外界現実についての論理的思考というものです。

さらにそれが「望み」あるのかどうかは、また別だということです。私たちは「仕事」というものを、「目的」明確にすることで、無駄なく効果的に遂行することができるようになります。しかしそれが「望み」と言うと、話がぜんぜん別のことが多い^^;

自分からある行動をしようとしている本人にとっても、このように「目的」「望み」一段違うものであることが多々あります。
その時、「本来の目的を見失った行動」という言い方をするのと同じように、「本来の望みを見失った行動」・・とは、あまり言いませんね。
あるのはこういう言い回しになるでしょう。「自分の望みが分からないままの行動」あるいは、「自分の本当の望みに嘘をついた行動」と。

本来の目的再確認することが、行動無駄のないこと取り戻させます。
本当の望み自覚することが、それを超えて、人の行動根本的に変える力を持ちます。
こう尋ねることで。「それがあなたの本当の望みなのか」と。

かくして、異性に拒絶された憎しみから、相手の人生妨害しようと何かの行動駆られた人を前にした時、「それがあなたの本当の望みなのか」と問いた時、その人涙の中でその行動を取りやめるかも知れません。


「外界現実への向かい方」から「心のそのものの変化」へ

さて、「心が良くなる」とはというテーマについて、ここまで「外界現実への向かい方」という側面について一通り見てきましたが、ここでその真髄の部分突入することになります。

「外面現実が良くなれば感情も良くなる」のは、そもそもの前提として、それに該当する「欲求」「望み」があるからです。(『心そのものを根源とする感情』

「外面現実」よりうまく良くできるようになるため、「外界現実」への向かい方向上させる。これが「心が良くなる」ことの最初の側面だとして、そもそもの前提である「欲求」「望み」に、根本的な変化が起きる。
ならばこちらが、「心が良くなる」ことの、真髄であるのは疑いのないことでしょう。

そしてもう一つ残されたのが、「心の業と病み」捨て去りです。

これら全てを、「外界現実への向かい方」という大枠捉えているのが、ハイブリッド心理学です。「心頭滅却すれば火もまた涼し」型の、精神力に絶対なものを求める流派とは異なり。

「外界現実への向かい方」と、そうした「心そのものの変化」どうつながるかの、一番最初の部分をここで説明しました。
「目的」から「望み」へという、「そもそもの大元」つながりです。

さらにその根本的変化どこに起きるのか。「心の業と病み」捨て去りと合わせ、大枠を次に説明しましょう。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-13・心そのものの変化1
「心が良くなる」ことの4つの側面

さて、ハイブリッド心理学が考える「心が良くなる」こととは、ここまで説明してきた「外界現実への向かい方」をいわば助走路にするような形で、4つの側面から成るものになります。

助走路であるとは、その先かなり異質な、異次元への心の変化があるものとして。
ここでの説明は、その助走路解説の方にはるかに多くを割いたようなで、この先未知の異次元の世界への上昇があることになります。

ここでは、その最も大きなレベルでの概要を書いてみましょう。まあ飛行機飛び立ち、未知の世界が開けてくるのも、もちろん助走路から飛び立った先なのですが、パイロット成すべきこと大半は、助走路の方にあるであろうように。


「外界現実への向かい方」の「体得」「習熟」の向上

心が良くなること4つの側面1つ目は、助走路部分であり、「外界現実への向かい方」「体得」「習熟」の向上です。
単に頭で「分かる」「知る」のを超えて、「体験」を通して「体得」「習熟」することで、やがて意識努力する必要さえないものへと自動化していく部分です。
これは「外面現実」安定して良くなることを意味します。それによって、感情安定して良くなります。

ここでは「感情が良くなる」変化は、「外面現実」良くなることへの反応であるにとどまっています。
それでもいちおう、四苦八苦しながら「外面現実」を良くするのではなくなることにおいて、変化をしており、その分「心が良くなる」こと最初の側面と考えることができます。まあ助走路順調に走れるようになることと言えるでしょう。


「心そのものを根源とする感情」における根本変化

残り3つの側面が、「心そのものを根源とする感情」における変化部分になります。

3のベクトルが考えられます。『心そのものを根源とする感情』参照。順番をちょっと直してあります )
1)「自信」「自尊心」の増大
2)「欲求」「望み」の変化
3)「心の業と病み」の捨て去り



「自信」「自尊心」の増大

「外面現実」良くすることに四苦八苦しなくなることにおいて、心そのものを根源とする感情として、「不安」「不明」「無力感」といったマイナス感情減り「安心」「安全」「自信」といったプラス感情増えてきます。

これは1つ目「体得習熟の向上」セットのものだと言えます。
四苦八苦している段階では、内面ではビクビクオドオドマイナス感情が流れる一方、外面現実良くなる割合まばらだったりします。この内面外面での感情を合わせ、「辛い」わけです。
それが「体得習熟の向上」とともに、外面現実良くなる割合高くなってきて、ビクビクオドオドマイナス感情減り安心感安全感自信プラス感情増えてきます。この内面外面での感情を合わせ、心地よい感情満たされるようになってきます。


人間の生きる世界の多様性と「積み重なり」

ここまでが、「外面現実が良くなれば感情が良くなる」という心のベースの仕組みからも言える、基礎の部分と言えるでしょう。人間以外の動物にも当てはめて考えられるものです。

人間の場合・・と考えてここで見えてくるのは、その生きる世界多様性です。
人間以外の動物であれば、生まれた環境において生きる術身につけることが、そうした基礎の部分における「心が良くなる」変化の、だいたいは全部であるわけです。

人間の場合違う時代場所変化に出会うと、今までのものが通用しなくなるということが、しばしば起きます。
つまり、多少とも「安心」「安全」「自信」湧いてきたところなのに、「外面現実」それまでのようには良くならない。失敗出会うわけです。

するとどうなるのか。上述の、「心が良くなる」こと1つ目2つ目側面も、脆くも崩れ去り消えてしまうのか。

そうはならないですね。なぜか。「積み重なり」があるからです^^。
多少とも試行錯誤失敗を経ながらも、その中で、「本当に確かなもの」積み重なっていきます。
それが本当に「本当に確かなもの」である度合いに応じて、それはもう崩れることはないです。それが、人や社会に対する行動法というものであり、人生の生き方です。つまり、応用が利く」ようになるのです。

その中で、自分にとってより大きなもの、より高い価値のあるもの向かう中で、今までに得た「安心」「自信」心の基盤積み重なりながら、新たな目標への「不安」「無力感」にも向き合っていく。
その繰り返し・・ではあるのですが、同時にここに、新たなベクトルも生まれてきます。「欲求」「望み」の変化です。ここでいよいよ、助走路から飛び立って未知の異次元へと向かう航路始まることになります。これは次の記事で見ていきましょう。


心の業と病みの入り口・・

一方、そうした「積み重なり」しないものがあります。
多少とも「安心」「安全」「自信」湧いてきた・・つもりであったものが、うまくいかない場面に出会って、再び全てが元に戻るどん底に、落ちてしまうのです。

人間には、そうした面がある。それに思いを馳せる時、そこに「心の業と病み」入り口と言えるものが見えるかのような気がします。

一言で言えば、それは「積み重なって」いないからです。「積み重なる」ことをしないものです。

ここではそうした心理メカニズム詳しく解説する場ではありませんが、そうした「積み重なる」ことのない、「自信」のように見える感情について、この心理学では「プライド」という言葉で呼んでいます。

なぜそれが「積み重なる」ことをしないのかと言えば、「外界現実」の中で得る感情ではなく、「空想」の中で得る感情だからです。
「目的意識」「目的思考」から積み重ねた着実な思考によって得る感情ではあく、それを欠いた思考である「善悪思考」によって得る感情だからです。
だから「プライド」は、積み重なることのない感情なのです。

そうした「プライド」人間心の業と病みかというと、それはまだ表面をなでた浅い考えに過ぎません。
本当の心の業と病みは、そうした「プライド」から、やがて自分自身に、そして外界現実に、責め叩く破壊を向けるようになる衝動にあります。これが心の業と病みであり、悲劇です。

「プライド」心理について詳しくは、『理論編上巻』
7章 「自尊心」の混乱と喪失-2 -なぜ自信が定着しないのか-
などご興味あれば読んで頂ければ。


対処と克服のヒント

なお触れついでに、「プライド」感情への対処克服についても触れておきますと、

対処姿勢は、『異次元への高まり3』で述べた、建設的な側面破壊的な側面とに分ける」というものです。分けてどうするかはそこで簡潔に書いた通り。
それで破壊的側面自然と消えればそれに越したことはない。それでも残るものが、はっきりと「心の業と病み」の捨て去りになる、と。

最終的「心の業と病み」の捨て去りの姿は、難解です。『入門編下巻』最後の方紙面を割いた流れです。
それを最近になってようやく一言で言えるようになった文章を、『読者広場』の以下で書いたりしています。
『「愛と能力課題における人間形」など^^』 No.445 2012/02/17
いちおうその部分掲載しておきますと、
「空想の全知全能幻想の下に、愛されるための“理想化された自己像”にしがみつき、そこから“現実”を破壊し始めるという心の業が生まれる。それを“自分”を超えて生み出す自尊心を支えにして捨て去り、愛されることと自ら愛することの区別を超えた愛に向かった時、心の業の根源となる闇がはじけ散るように消え去り、無条件の愛に満たされた豊かな無が現れる」。
と。ちょっと「一言」ではないですね^^;

この「心が良くなるとは」文脈で、ホントに一言でいうとこんな感じ。

「外界現実」に向かう「望み」の変化に向かって、心の業と病みの全ての根源である「怖れ」を超えて向かった時、全てがはじけ、「命」が姿を現す。
と。

この「心が良くなるとは」文脈理解したい大きなレベルの話を、次に書きます^^。ま克服そのもの分からなくても、どこにそれがあるかを、理解することからだと言えるかと^^。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-14・超エッセンス
「外面現実」を超越した心の佳境へ・・

では「心が良くなる」ことの4つの側面の、残り2つ側面について見ていきましょう。

おさらいをしますと、
1つ目の側面とは、「外界現実への向かい方」における「体得習熟の向上」であり、それにより四苦八苦することなく「外面現実」安定して良いものにできるようになり、それへの反応として感情安定して良くなる、という側面
2つ目の側面はそれとセットになるものであり、内面における「不安」「不明」「無力感」といったマイナス感情減り「安心」「安全」「自信」といったプラス感情増えてくることでした。

なおこの2つは、「外面現実」への、前者「反応感情」であり、後者「予期反応感情」だと言えるでしょう。2つ目「心そのものが源泉の感情」として説明していますが、厳密には中間的な位置づけとも言えるかも知れません。
それでも「予期反応感情」として、具体的な空想内容へのはっきりした反応感情と、もはや具体的空想などない全般的気分としてのものまで、性質かなり異なってきます。

ここで2つ目の側面としているのはもちろん、具体的空想への反応ではなく全般的気分としてそうなるものを指しています。生きること全体についての予期反応感情位置づけられるかも知れませんね。

残り2つの側面に至り、そのように「外面現実」自ら良くできるようになるという基礎の側面から、さらに「外面現実」の良し悪しを超えた真髄の側面に入ることになります。
「外面現実」という、それによって私たちが喜怒哀楽感情体験し、しばしばそれについて悩み惑うものを超えた、つまり「超越」した、心の安定と豊かさという佳境があるという、、心の探求テーマがそこに現れることになります。


「外界現実に向かっての開放」というハイブリッド心理学の根底テーマ

それは何によって、私たちの訪れさせ得るものなのか。

「心の探求の2大潮流」という話を『「外面現実」と「外界現実」へのアプローチ』でしましたが、そのアプローチ違いが、まさにこの心の佳境への道筋どう考えているかに、示されるでしょう。

「絶対精神力追求型」は、文字通り何か絶対的な精神力にって、「悟りを開く」というようなものとして。

ハイブリッド心理学その潮流に属するものではありません。「現実適応力追求型」流れにあります。ただし、その先にむしろ「絶対精神力追求型」かなり似た最終ゴール視界に入れるものとして。

ハイブリッド心理学が考える道筋とは、一言でいえばこれになります。

「外界現実に向かっての開放」なのだ、と。


答えへの超エッセンス

「外面現実」に向かってではありません。この違いが、決定的なものになります。
このブログでの執筆基盤に、『病んだ心から健康な心への道 全6巻』とはこの心理学「原典」とも位置づけられる執筆したいと思っていますが、違いはこの「外界現実」という考え方明確化にあるというになるかと。

「外面現実」に向かっての「開放」など、ありませんそもそも「外面現実」とは、私たちの閉じた内面なのです。それに向かって開放もへったくれもありません。
「外界現実」が、真の現実です。そこに向かって心を開放するのです。
は、「本当に確かなもの」です。「外界現実への向かい方」の「積み重なり」がそこにあるものとして。
そのは、私たちの内面に向けられることになります。「外面現実が良くなれば感情が良くなる」という基礎さらに根底で左右する、本当の「望み」何なのか探求としてです。
そこに「魂」「命」姿現す。するとそれは、「本当に確かなもの」として「外界現実」位置するもののようになるのです。「確かさ」のつながりとして。

そうして「魂」「命」「外界現実」渾然一体となったものとしての「外界現実」へと向かう
ここに、「自分」というものが完全に消え去るということが起きるのです。

これが答えです。ハイブリッド心理学超エッセンスになりますね^^。
「姿勢」正解図はこれを表現したものである次第。


ということで、説明さわりで書いていたら一つのトピックになった感じなのでアップしておきましょう。
今までの説明からどう上記の道筋として展開するかを次に^^。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-15・心そのものの変化2
「心が良くなる」ことの真髄の2つの側面

では「心が良くなる」こと残り2つの側面について、「位置づけ」「課題」「答えへの鍵と道筋」という視点で、ざっと説明しようと思います。

4つの側面列記しますと、
1)「外界現実への向かい方」の「体得習得」の向上
2)「自信」「自尊心」の増大
3)「欲求」「望み」の変化
4)「心の業と病み」の捨て去り

です。

この後ろ2つの、真髄となる側面ですね。


「欲求望みの変化」の位置づけ

「欲求望みの変化」は、「外面現実への反応」としての感情が、フラストレーション怒り嫉妬などのマイナス感情になりやすいものから、充実感喜び楽しみそして幸福感といったプラス感情になりやすいものへの変化、とまずは定義できるかと思います。

後者がその満足において「外面現実」に依存しなくなる、と考えるのは誤りです。満足のために必要となる「外面現実」の形が、特別なものを特権的に与えられることといった形のものと、自ら生み出し与えることができること何かに専念することができることといった形のものとの違い、と考えるのがまずは正解と思われます。

これはその根源の仕組みとしては、「未熟」から「成熟」へという「命の摂理」どう歩めるかというテーマとして、この心理学では位置づけられます。絶対的精神力によって編み出すようなものではなく。

心が常に安定し満たされた状態へと至る変化、つまり「心が良くなる」という変化の、これが本道とも言える道筋になるものと位置づけられます。
「外面現実が良くなれば感情が良くなる」というベースの仕組みそのものが、根底から大きくさま変わりする。これはその仕組み前提としてある「欲求」「望み」そのように変化することによるものだ、ということです。


「心の業と病みの捨て去り」の位置づけ

一方「心の業と病みの捨て去り」は、もし「心の業と病み」あるのであれば、それをどう捨て去れるかというテーマです。

ここで「心の業と病み」とは、一言で言えば「自分から不幸になろうとする衝動」だと言えます。ものごと自分から悪く捉え、自分の感情荒げ、時に現実の何か破壊しようとする。
それが深刻に起きるものを「病み」捉えることができるのですが、そこそこ「普通」に健康な人にも、程度こそ希薄だがやはりそれがある。だからそうした、人間普遍的に見られるもの「業(ごう)」と呼ぶわけです。
従って、これがほぼ全ての人共通して存在するテーマになってくるわけです。その「捨て去り」がです。

「心が良くなる」ことについて、この「心の業と病み」影響甚大です。
いままで述べてきた3つの側面が、ゼロからいかにプラスを増大させていくかの話であるのに対して、これは最初からマイナスヘと向かおうとする力働いているのですから。

さらにこの「心の業と病み」が、まさに「業」という宿命的な重みを表現する言葉で呼ばれるのは、その力が働いていることに気づかないどころか、しばしばそれが「正しい」という感覚観念の下に、それが働くことです。これはまさに悲劇です。


「欲求望みの変化」への課題

そうした「欲求望みの変化」「心の業と病みの捨て去り」向かうために、関門もしくは隘路となるものを言うことができます。それを越えることが課題になるものとして。

「欲求望みの変化」については、まず単純に言って、どうすればそれに向かうことができるかが、私たちの生まれ持った頭と心のままどう考えても分からない、という状況を言うことができます。

しかしそれは人間以外の動物において同じでしょう。それを「あるべき姿」だと誰に教え命じられるわけでもなしに、全てを「与えられる」存在であることから、自分の足で立って歩く存在へ、そして新たな命をはぐくみ、そこに自分の全てを「与えていく」存在と、変化していくのです。
そうして人間以外の動物が示す「成熟」姿が、私たち人間が、ここで「心が良くなる」こととしている目標の姿どれだけ示せるかはさておき、そこにある「命の摂理」が、「欲求望みの変化」根源的原動力だという考えを、ハイブリッド心理学では採っています。それがこの心理学「思想」です。

これはもちろん「選択」です。こうしたテーマどう考えるかも、「関係性の領域」での「現実の法則」一つである「行動と感情の法則」として、『異次元への高まり3』でまとめたように「選択して学ぶ」ものです。
人間は動物とは違う。高貴な存在である。その「あるべき姿」を知り、絶対的な精神力によってそれを実現すべきである。
といった、この心理学とは対極となる、ただしそのゴール同じであろう他の思想との、「選択」になるようなものとして。


「命」と「望み」と「外界現実」

ハイブリッド心理学では、そうした「命の摂理」が、「望みに向かい現実に向かう」という「命の生涯」の中で、その命を生きる存在自身の意識努力を超えて、「命」が生み出すものと考えています。

それが妨げられた姿を、そこに出てくる言葉それぞれを使って表現することができます。
「望み」向かわなくなること。
「現実」
向かわなくなること。
そして、「命」から遠ざかることです。

これが一つのこと別の表現であることに注意してください。どれか1つを取り出して、小手先の思考でそれを満たそうとする間違いをしないよう。他の2つを放置したまま。
「こうすればいいのか」と。その具体例など詳しい話を始めるとキリがないのでここでは割愛しましょう。
ただこうは言うことができます。「健康にとってどれが重要ですか」と、心臓胃腸比べようとすることは全く意味のないことですが、その機能の回復のために取り組む医療措置順番は言うことができます。心臓胃腸と、その通りの順番になるでしょう。


「目的」さらに「望み」に「本当に確かなもの」への目を向ける

「命」から遠ざかり「望み」「現実」背を向けた状態に起きた時、私たちの、その機能回復のための意識努力の順番多少言えます。
それをまさに、この『心が良くなるとは』解説の中で説明してきたわけです。「個の領域」から「関係性の領域」そして「人生の領域」への「外界現実への向かい方」展開であり、そこにおける「確かさの積み重なり」です。

まずは「身体レベル感情」の、誰の目にも見える問題領域での、「目的をセットにした論理的思考」『積み重なり3』)という「外界現実への向かい方」を、皮切り確認にすることができるでしょう。それで「心が良くなる」こと答えが出のではなく、その向かうことができるかその歩めるか確認としてです。
そして「望み」問うことです。「目的」のさらに根本にあるであろうものとして。
なければならないものとして。なぜなら、自分時間と、人生と、そしてを、無駄にしないためにです。

これを「鍵」として、その先にどんな道筋があるのかを、ざっとに書きましょう。


「心の業と病みの捨て去り」への課題

「心の業と病みの捨て去り」への関門もしくは隘路課題は、位置づけ自体に出ています。

つまり自分で、自分の何がそれであるかのかに、気づけないことです。

それを「気づかせる」ために、心の健康と病みとはどんなものか、幸福とは何かといった考え展開する、膨大人間の営みがあることになります。この心理学もその一つとして。
そしてこれもまた、「選択して学ぶ」ものになる。

問題は、「気づかせる」ための学びさまざまにあるとして、「気づく」という私たちの心の動き核心は、どこから生まれるのかです。

ハイブリッド心理学思想において、それがやはり、「外界現実への向かい方」展開における「確かの積み重なり」にある、という位置づけになります。
「本当に確かなこと」を見極めようとする、私たち自身の「意志」にです。
これがないと、始まらない^^。まず「身体レベル感情」領域での「目的とセットの論理的思考」でそれがまず確認できます、という話^^。


最終的道筋がどのようになるのかをに。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(1)
特説・「心が良くなる」とは-16・心そのものの変化3
ちょっとまた考察整理花粉症で(・・とこれはあまり関係ない^^;)、日が開きました^^。


「心が良くなる真髄」への鍵と道筋

では「心が良くなる」ことの真髄となる、「欲求望みの変化」「心の業と病みの捨て去り」について、前記事での「位置づけ」「課題」に引き続き、「答えへの鍵と道筋」ざっと説明しようと思います。

ここではそれを、まず下の方に掲載するような箇条書きにざっとまとめてみました。
真髄への道筋として、そこに番号を振ったような、おおよそ5つくらい「心の変化への動き」というものがある。まずはそう憶えて頂くとよろしいでしょう。

ここではその具体的な内容詳しく説明する場ではありません。それはハイブリッド心理学全てになります。
ここでお伝えしたいのは、「心が良くなる」とは「外界現実への向かい方」が良くなることの積み重ねだというのが、そうした大きな「心の変化への動き」においてどのようなことであるのかの、おおよその理解です。

それによって「現実を見る目」という「扉」感じ取って頂くという、「いざない説明」3つ目のテ-マへの特別解説になっている次第です。

いちおうざっとした説明を試みたいと思いますので、まずはこれをアップということで^^。


「心が良くなる」ことの真髄への鍵と道筋

前提
「外界現実を生きる心の重心」


「外界現実への向かい方」における「確かさの積み重なり」が、やがて「目的」「望み」の明確化として、自己の内面へも向けられるようになる。

道筋(心の変化への動き)

1.「望みの変化」
「外界現実」への視野に立って「目的」「望み」を自分に問うことで、「望み」が変化していく。

2.「開放」
蓋をされ、閉ざされ、あるいは目をそらし、自分に嘘をついて、見えなくなっていた自己の内面のもの。
これは外面における安全を支えに、「本当に確かなもの」を見ようとする目を内面に向けることで起き始める。

3.「気づき」(心の業と病みの捨て去り)
「開放」によって見えてくる自己の内面を踏まえての、「外界現実への向かい方」の深化洗練として、特に「価値観」について起きる。
これを指図するものは「外界現実」にはなく、一つの賭けのような姿になる一方、次の「自分を越えるもの」が自身にとって、その重みによって、答えを示すものになってくる。

4「自分を越えるもの(魂と命)」・「未知への変化」
ここまでの「外界現実への向かい方」が引き出す、内面の泉として、「望み」に向かう先に、「喪失」を引き金に現れる。

5.最終的な姿勢 「現実を生きる」
島野の感覚・・「外界現実」と「魂と命」が目に見えないものとしてある=外界、「外面現実」と「心」が自分=内面
真に望むのは「命」であり、そこに向かうための扉として、「自分」はこれからも浅はかに望んでいく


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(3)人生を豊かにする思考法行動法と価値観 (5)
(11)心の闇との決別 (15)
神になるのをやめる (11)
(7)心の再生 (2)
(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 (17)
島野が神になるのをやめた時 (12)
(6)「自己分析」虎の巻 (2)
(8)魂の世界 (33)
「魂」による「心」の浄化 (5)
「魂の成長」への道 (12)
島野が至った「命の無の世界」 (6)
==== 特定テーマ^^ ======== (0)
愛について (2)
自信について (1)
「愛」と「能力」の成長課題 (10)
対人行動と対人感情 (12)
社会を生きるスキル (2)
実践の進め方と進み方 (23)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考 (33)
真の答えに向うための論理的思考 (7)
「開放力」としての「思考力」 (7)
心の変化の核心と論理的思考 (9)
「感情と行動の分離」の心の足場 (5)
「心と魂と命」の要の「本心」 (7)
「ハイブリッドの道」の歩み方 (20)
歩み方ガイドへの黙示書 (8)
「悟り」と「未知」 (6)
成長の道標への歩み方 (15)
詳説・実践のポイント (11)
特説・「心が良くなる」とは (23)
詳説・心の治癒成長メカニズム (11)
====つれづれ話\(^^)/ === (0)
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