ホームページ  島野隆の本
島野日記ブログ 読者広場

島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
島野 隆プロフィール


便利リンク  詳細マップ  流れチャート
      道のり情景  姿勢

 「ブログ村」参加しています(した?^^ゞ)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ  関連記事
  2011-09-09『お願いです(島野の最新執筆姿勢も^^)』
  2011-12-17 『再びお願いです^^ゞ』
  2017-10-14 『読者広場でコメントその他^^』

「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」が完全に消えるまで-1
では今年も頑張って書いていくぞ~~p(^^)qということで、最初の記事「いざない説明」続きではなく単発もの^^。

『詳説・心の治癒成長メカニズム』カテゴリー新設して、主な心の惑いもしくは心の障害絡みの悪感情克服されるメカニズムと道のりを、個別に詳しく書いてみようと思います。

思いついたものについてですね。幾つくらい取り上げるかは何とも言えない。これ一個になるかも^^; まこれ以外にも何かしら出てくるとは思いますが^^;


「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」

ということで1つ目は、この時期に良く話題になる、「宴会が苦手」「宴会恐怖」、より広くは「人の和(輪)アンビバレント」と呼べる心理状態です。
「会食恐怖」同じ一連の心理メカニズムによるものと言えそうですね。「挨拶恐怖」もそうかな。

すると「対人恐怖」「視線恐怖」もこうしたものを背景に、神経過敏度を越えて起きるものかとも思い浮かびますが、こちらは他人へのアンビバレント感情いうよりも「自意識過剰」への神経過敏がまずは主特徴であり、現象的には少し別のものになってくる、という話かと思います。


「人の和アンビバレント」「アンビバレント」とは、「相反する感情が同時に存在するさま」のことです。「人の和」「人の輪」というものに惹かれながら抵抗を感じるというもの。「両面感情」ですね。

そこに自分も混ざりたい。誘って欲しい。しかし実際に誘われると、体が拒むかのような硬直感^^;
そこから、「人の目」「自意識」「どうすれば?」をめぐる、心を病む程度からにわたりさまざまなバリエーションでの、悩み惑い煩いの思考繰り広げられることにあいなる次第というやつです。
そしてそれが心の取り組みの場に取り上げられると、「自分はどうあるべきか」という硬直した、しばしば哲学的な思考も展開されるのですが、その内容の大抵は心の治癒成長からは勘違いなものになる、というシロモノ。


ご多分に漏れず、もこれには結構心を煩わした面があります。まあそれを治そうという狭い視野ではなく、心の成長の全体に向かう中で、こうした感情の再発有無状態が、結構自分の変化バロメーターになった感もあります。
で今に至り、この惑い感情の問題そのものがほぼ消滅に至っている自分を感じもしますので、克服までのメカニズムと道のりはっきり言える時ではないかと^^。


克服までの心理要素変化

でまずはっきり言える気がするのは、それを治そうと思って治す方法などない、ということかと。
心の治癒成長そして成熟道のり進むごとに、その動揺減少し、やがて消える
この人の和への両面感情として表れる根底にある、自分生き方行動のあり方取り組む先にです。

それがどんな感じ克服に向かうか、下のようなにしてみました。
そこには心を病む感情歯車と、治癒成長成熟道のりにおける意識実践通過道標の、かなり主要ポイントほぼ全員登場になるとも言えるものになります。

  「人の和アンビバレント」問題消滅までの推移
前期~中期 転換 後期 最終形
「人の和」の圧迫
 への嫌悪抵抗
・心の自立
・望む資格
 思考
・「愛」「自尊心」
 への価値観
・否定価値の放棄
自己操縦ストレス
 の自覚
(左ハンドル)
自分なりの
行動法

見出し
  ↓
望みに応じて
抵抗少なく
行動可能
【問題消滅】
「和」の一員になる
 状態への焦り感情
「自分はそれを
望むのか」

問える心
(右ハンドル2)
「一人でいる」ことへの
 軽蔑視線イメージ
自分が「和」から
 除外されることへの
 怒り憎しみ
「人の和」への
希求の魂の感情

(左ハンドル)

病んだ内面プライド

健康な心の世界への視野


これらが取り組み問題になるのではなく・・

キモになることを書いておきましょう。

これはまず、先日の12/24『詳説・実践のポイント5・いざない3・人生の鬼門2』で出した「病んだ内面プライド群」と同じく、「前期~中期」「後期」心理要素の動きかなり変わる形になります。

つまり、「このように克服され問題が消滅に向かう」とは言えるのですが、これらはどれも、「そう考えればいいのか」「そう感じるようにすばいいのか」といった「当てはめ」戦法(^^;)ではまったくかすりもせず(^^;)、一言で次のように表現できるものになるのではないかと。
「一言」とは言えない長さですが^^;

心の自立を通して、自から築くものとして、「命の生涯」における大きな2つの「愛」(*)に向かう歩みが心の成長を生み出すのに応じて、そのような既存の人の和に自分がどう受け入れられるかの受け身場面での動揺も減少していく。そして得る人の和について、自己能動と受け身の境目がなくなった時、こうした惑い動揺も消滅する。

*参照:2010-01-21『「命」の生涯』


これはつまり、人の和への受け身の構図で起きる「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」といった問題は、治そうとして治るものではない上に、さらに、取り組み問題にさえできないということです。
まず、全てが受け身として意識が動いていることが、問題課題です。
そうした意識のあり方生き方姿勢思考法行動法全体への取り組みのが、今解説している歩み方ガイドです。

そうした全体の歩みにおいて、この問題主役を演じている心の歯車とその転換について、次の記事でざっと書いておきましょう。

スポンサーサイト
詳説・心の治癒成長メカニズム |   コメント(0)
「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」が完全に消えるまで-2
では「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」といった、自分の外部「既にある」人の集まりへの両面感情動揺が、どう根本的に消滅するかまでのポイントを、書いておきましょう。


克服を決するもの

前記事では、分かりにくいと思います^^;
要は、そうした感情動揺どうなるか決するものがあるということです。それによって、全く違う話になってくる。

それは、どのようなものとして「愛」を求め目指す存在だと、本人が自分を位置づけるかということです。
「依存」「自立」における、「愛」目指し方の違いだとも言えます。


「愛」の目指し方の違い

その違いは、「愛」を、「与えられるもの」ではなく、「自ら与えるもの」として・・ではありません
「愛」を、「与えられるもの」ではなく、「自ら築いていくもの」として位置づけるという違いです。

「愛」「与える」「与えられる」という構図感じ捉えるのは、「依存」です。そこに「愛が欲しければまず自分から与えなさい」といった発想が出てくるものとして。


「心の自立」に立った時、「愛」「与える」「与えられる」ものではなく「築くもの」感じ捉えることができるようになります。自ら。そして相手と共に。それが対等な個人間での「愛」です。

それはゼロから生み出すということでもあります。だからそれは「未知」です。「未知」に向かって自ら築くものとして「愛」感じ捉えるようになった時、前記事に示したように、全く異なる感じ方が出てくるのです。その先に、問題そのものの消滅があるものとして。


「依存」から「自立」と「本心」への谷間と価値観

ここで少し解説を加えるのが良いでしょう。
「与える」「与えられる」という感じ捉え方は、「依存」です。

与えられたいから、まず自分から与えようと考える。相手依存の中で与えられたいであろうものを。自分と同じように^^;

そこに、「本心」問われることになります。それでは「嘘」があるからです。そして自分が与えられないことに苦しむ者は、与えられるために、まず自分から与える人間演じようとした時、今度は自分の嘘苦しむことになるのです。
それは「自己操縦」のストレスであり、「見せかけへの嫌悪恐怖」であり、さらに自分に嘘をついて善を演じ与えられようとする「卑怯な傲慢」への憎悪恐怖です。
(参照:12/16『いざない1・何をするのか』および12/24『いざない3・人生の鬼門2』


そうした心の世界全体から、抜け出るということです。「自立」というのは。

にそれを促すのは、一つ実際「依存の愛」「既知の愛」「喪失」出会うこと。そしてもう一つは、「依存」抜け出し「自立」への価値観どう持つか。この2つだと思われます。

この2つとも、あまりにも大きな話です。ここで手短に書こうにも。
それでも無理して書くならば(^^;)、私たち不幸にして心の問題に惑うのであれば、事実私たちの人生の中で「依存の愛」「既知の愛」「喪失」すで起きているのであろうということ。私たちのがそれを認めようとしないあがきの一方でです。
そのことに目をそらさずに見る目というテーマになります。
そこで同時に、私たちの「死と再生」谷間通るというテーマがあります。私自身のその体験を、『悲しみの彼方への旅』全体で、そしてその後一場面を、9/25『「ハイブリッドの道」の歩み方-14・エンジン始動4』で紹介したようなものとして。

一方そこで私自身犯していた誤りは、「愛」「与えられる」人間になるのが「成長」や「自立」だと、「依存」の中でイメージしたことを信じ込んでいたことです。だからそうはなれない自分絶望し、心の死に向かい、再生されたという経緯があったわけですが・・。


「自立」は「与える側になる」ことではなく・・

「自分から愛を与えられるように」ではなく、一度「愛」というテーマそのものから別れるのが、「成長」「自立」への正しい価値観です。
まず「自尊心」に向かうのです。「愛」とは無関係に。そこで得る「強さ」を支えに、再び「愛」向かい直すのです。

ちょっとこの話に関連し、『読者広場』で、
『真の望みとは』 hideさん No.383 2011/10/26
理論編下巻2章を参照頂き、
・「自立」とは、自らが「生み出す側」「与える側」に回ること
について「Yes」としておきましたが、これは「命の摂理」としての大枠の表現であり、固体本人の意識としてどうなるのか、ちょっと修正補足的な理解有益です。

つまり、「与えられる側」から「与える側」に、突然切り替わるようなことは当然ないわけです。
まず、「与えられる側」であることの「喪失」出会う
そこで自分の足で立って歩く「意志」を持ち始め、「自ら生み出す」へ。

そして「自ら生み出す」ことが出来るようになった時、もはや「与える側か与えられる側か」という二極論の心の世界そのものが、なくなっているのです。
なぜなら、自分生み出すものによって生かされるようになるからです。自分から与えることによって、自分が与えられている。それはもう「与えるか与えられるか」ということではなく、それが「生きる」ということなのです。

『入門編下巻』で書いたこの言葉も、それを短く表現したものです。(P.314)
 心の自立の完成に答えがあるのではありません。「依存」から「自立」への転換を体験することが命の摂理であり、それを経て「依存」と「自立」の区別を超えた本質に至った時、そこに真実が現れるのです。

「自立」への価値観

つまり「自立」とは、「生み出す側」回ること。これはYes
「与える側」回ること。これがYesになる以前に、それは「与えられる側であることの喪失」であり、それを受け入れる心の転換だという話になります。

そしてそれが「与える」「与えられる」区別のない、「生きる」ことへとやがて向かう。それを支える価値観を持つことだ、と言えるます。
それが「心の自立」なのです。

その価値観具体的内容とは、『詳細マップ』「右ハンドル」でも言葉を入れておいた通りです。
「自尊心」「生み出す」ことに。「愛」は、「喜びと楽しみの共有」に。その徹底を探究する先に、「否定価値の放棄」開かれます。

それらと異なる価値観とは、「依存」に基づく価値観なのです。「自尊心」「打ち負かす」ことや「愛される」ことに。「愛」認め合うことに。それらが「善悪」の下にあるように感じる価値観全てがです。


このように、「与えられる愛の喪失」と、「自立への価値観」大きな2頭立てとして、どのようなものとして「愛」を求め目指す存在だと、本人が自分を位置づけるか転換がある。

すると、前記事にまとめたような、感じ方の違いが出てくる、という話。ちょー難しすぎ~^^;

とにかく「転換」は、道のり全体だと考えて頂ければ正解です^^。要点ポイントをこの後ざっと押さえておきますので^^。

そうした「転換」前後で、何がどう変わるかポイントだけ押さえて、この記事のカタ(^^;)をつけようかと。

詳説・心の治癒成長メカニズム |   コメント(1)
「現実を生きる」とは
ちょうど夕食前の手空きに、12/26『人生の鬼門3』の記事に重要テーマ質問が入ってきましたので、回答記事で書きましょう。
『ハイブリッド心理学とは』カテゴリーに入れておきます。

「現実を生きる」とはどういうことですか?
現実を生きていない人なんているのですか?
社会から引きこもっている人であっても、引きこもりという現実を生きているように思います。

方法論を携え現実を生きるとは、方法論を社会において自ら使い、試行錯誤していくという意味なのですか?

ハイブリッド心理学で言う「現実を生きる」とは、
「自意識を通さずに“現実”に向かって命を燃焼させて生きること」
だとでも表現できることです。

これができている人は、まずそうそういないと思います。大抵の人「自意識で生きている」という姿になると感じています。
「引きこもり」マイナス自意識で解釈した“現実”の絵を、フロントガラスに貼っているという構図。だから怖くて出れなくなる。

どうすれば「現実を生きる」になれるかを一言でいうと、「魂の望みの感情」開放されるごとに、自然とそうなってきます。「命」の力によるものだと考えています。
それを心の全体根本的変化成長として、「心の開放」から「魂の開放」向かい「命の開放」至るという道のりで歩むのが、ハイブリッド心理学取り組みになります^^。

詳しく『「ハイブリッドの道」の歩み方』『歩み方ガイドへの黙示書』『成長の道標への歩み方』『詳説・実践のポイント』『詳説・心の治癒成長メカニズム』カテゴリー最新解説中です^^。

ハイブリッド人生心理学とは |   コメント(0)
「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」が完全に消えるまで-3
読者広場にて以下にアドバイスコメント入れてあります^^。

『立ち位置について』 B子さん No.419 2012/01/05
「3段階ハンドルさばき」から「立ち位置確認」「追加検討」「フォローアップ」という検討の流れ具体例として参考になるかと^^。


問題消滅までの流れ

ではこの記事シリーズ結語を^^。

「宴会恐怖」「人の和アンビバレント」といった心の惑い煩いは、その2で説明したように、「愛」をどのようなものとして捉え目指す存在だと自分を位置づけるか、つまり心の自立に立って「愛」を目指すという転換前後で、感じ方全く異なるものになってきます。
その先に、そうした問題そのもの根本消滅があるものとしてです。

流れをざっと追ってみましょう。


転換前

「転換前」においては、つじつまの全く合わない、アンビバレント(両面)感情顕著です。
その1に、主なものをまとめてあります。

人の和の中で繰り広げられる興を、皮相な演技と感じ、多少とも軽蔑感を含みながら、嫌悪抵抗を感じる感情
その一方で、抗し難くその一員となることに惹かれる和の集団がそこにあり、自分が除外されたかのように誘われない事態が起きた時湧き出る、怒り憎悪
このあまりに食い違う感情達は、もちろん私自身が体験したものです。

同時に、つながりのないまま、断片的に心に見えるのは「一人でいることへの軽蔑」他人から向けられるという懸念感情
そして「孤立しない」ことが試されるような(もちろん本人の心においてです)場面で湧き出る、和の一員でいる状況になることへの焦りの感情
もちろんこれも大いに経験したものです。


惑い煩いを生み出すもの

これらは、「心の依存」の中で起きるものです。

もちろん未熟「依存」の中にいると必ず起きるものではなく、「ありのままの自分では愛されない」「ありのままの自分では排斥される」という、出口の見えない「根源的自己否定感情」この心理学が呼ぶ、根深いマイナス感情を、来歴から不幸にして抱えた場合です。

それが「和への嫌悪抵抗」「除外される怒り憎悪」という、あまりにも食い違う両面感情になる理由は、比較的直感的理解が可能なものと思われます。
つまりこの人あまりにも未熟で弱く、その和に受け入れられるよう自分から求めるのは怖くてできないのですが、同時にそんな自分自己軽蔑も抱くため、全てが他人の理不尽のせいだとする解釈づけを、本人考えるというよりも、心のメカニズム用意するのです。

その未熟な言い逃れ病んだ確信に変えてしまうのは、「病んだ内面プライド」だと思われます。
自らが内面に抱える、攻撃的に他人を否定しながら受け身的に愛されることを求める傾向を他人に映して「利己的で腹黒い人間同士が結託している」のだと見えるのです。

私の『悲しみの彼方への旅』でも、次のような場面にそれがあります。(P.57)
「生涯の中でも最もすさんだ感情」振り返っての叙述部分^^;
 私の頭の中に、他人を憎むことに徹する自分の姿が浮かびます。しかし幸いそれは不完全でした。憎しみに徹することを放棄して、寂しさをさらけ出す自分を思い浮べた時、あの根源的な悲しみが湧き起ってくる・・。
 でもそれは暖かいものを前にした時の悲しみなのだ。現実の人間達はまるっきり違う。そうした人間達の前で、僕はまるっきり無力になるより他はないのか・・。

なぜ「最もすさんだ感情」というほどになるのか。恐らく何よりも、自分自身の「自らを欺瞞した卑怯な傲慢」が、自分でも嫌なのが、心をすさませたのだと感じます。「現実の人間達は・・」表の意識が思考する、心の底でです。
自分で自分が嫌死にたくなるほどに・・。ありのままの自分が、自分にさらけ出された時にです。


転換

転換はまず、この「病んだ内面プライド」欺瞞のパズル解除することになるように思われます。
これが、問題の程度が深刻なケースで、どうしても最初の、まさに「鬼門」になるものとしてです。

私の体験では、『悲しみの彼方への旅』の中で、まさにそれをタイトルにした「5章 解かれたパズル」に、その場面が出てきます。
それはにとってまさに、巨大なハンマーを頭をなぐられたかのような衝撃でした。精神分析一本槍の、当時の多少危険な一面的なアプローチがもたらした、最初の「成果」(^^;)としてです。(P.69)
 私はこの男子に、かなり激しい軽蔑を向けていました。
 ずうずうしい態度だ。女の子の方では内心で嫌がっているのではないか。男は、自分本位に女の子を愛しているだけであって、相手の本当の気持ちなど考えてやれる余裕がないのだ。

 その直後でした。
 「同じ軽蔑は自分にもはね返ってくるのではないか」。その衝撃的なひらめきのような感覚が私の体を貫き、私は茫然としました。

この後一気自分の来歴を、その中で自分の心が捻じ曲がった流れを、遡り始めることになる次第です。その先に、置き去りにされた魂の自分が蘇ることとして。ただ自己操縦心性心が無垢になることを許さず私の思考はそれに敗れてしまったという経緯がその先に続く次第・・。


望ましいアプローチ

より望ましいアプローチとしてはやはり、今回の「いざない説明」で述べているように、そもそも心に取り組もうとして心に取り組んだ誤り増幅させたことなのです。まずその取り組み姿勢をやめ、健康な心の世界の建設的な思考法行動法と価値観を、自分の思考と感情の対比として学ぶ、着実な進め方にしたい。

恐らく問題の程度に応じて、そうしたアプローチ用いてさえありのままの自分自分にさらけ出された時衝撃痛みに満ち、絶望感を引き起こすことが考えられます。
「人間性の核」保たれているほどにです。それが弱化し損なわれるごとに、にそうした痛みが起きず、上述の未熟な言い逃れから病んだ確信へのメカニズムへの安住が起き、心は変化しなくなることが考えられます。
成長と豊かさへの力が、自分未熟病み痛みと共に捉えます。その先にまさに「未知」として、そうした健康な心の世界建設的な思考法行動法があることを、最初から用意しておくのです。


心の自立に立って「愛」に向かう

そんな話として、「愛」をどのようなものとして捉え目指す存在だと自分を位置づけるかの大きな転換が、起きるわけです。
大きく2つ原動力で。

一つは、「依存の愛」「喪失」経ること。ここで描写した心の中概観すると、それはむしろ、「依存の愛にしがみつくために作り上げた自己像の崩壊」経ることで、と表現した方が正解かも知れません。


そしてもう一つは、健康で心の自立した世界の建設的な思考法行動法と価値観知ること。
これが私の場合は、当時の心の学びからはなかなか得られず、『人生の鬼門4』紹介したように、仕事関係の中で「“自分ごと”ではない高み」“自分ごと”という表現分かりやすいかと^^)目指すことを学んだり、また趣味のスキー会社のクラブ活動をする中で、極めて心が健康な人間集団所属する機会を得たことなどが、その実質私に体得させることになった次第です。

考え方「マップ」でも右ハンドルキーワードを示した通りです。その2「自立」への価値観としておさらいした通り、「自尊心」「生み出す」ことに。「愛」は、「喜びと楽しみの共有」に。それがない時は、孤独受け入れるのです。


転換前後のまとめ

こうして起きる転換前後は、あまりにも心のあり方違うものになります。

こうした違いというのは、限定した言葉で分かろうとするのは無理であり、語る人によりさまざまな言葉での「心のあり方の違い」表現に接し、心の懐を豊かにしておくのが、結局変化成長への近道になると思います。話が沢山だと面倒どれか一つにして・・といった面倒臭がりは、結局成長にはあまり縁がないと思いますので^^;

ということで、ハイブリッド心理学からの表現として幾つくらい言葉を出せるか、にしてみました。


  「愛をどう目指すか」の転換
転換前 転換後
「愛」「与える」「与えられる」
ものとして目指す
「愛」を自ら、そして相手と共に
ゼロから築くものとして目指す
そのための自己像を描き、
空想の中の自分と他人によって
感情が揺れ動く
現実において自分が何を生み出せ、
楽しめる
か、そして相手と共有できるか、
互いの内面の気持ちや思惑や言動を超えて
「現実にどうあれるか」をベ-スに感じ向かう
孤独不面目で空虚だとして
受け入れられない
孤独再出発のための足場であると同時に、
自分の「本心」と「魂」を感じ取る
豊かさのための足場として
尊重することができる

未熟
病みにとどまる

成長
豊かさに向かう

やがて人の和の、ひいては他の全ての「人」アンビバレント感情という、来歴から抱えた問題消滅に至る成長と治癒は、この「転換後」心のあり方足場に始まりますので、まずは違いじっくりと眺めて頂ければ^^。


ここから始まる成長と治癒は、これまた一筋縄ではない、そこに人間の心の真実が現れる曲折の道を、ハイブリッド心理学では想定しています。これはもう『入門編下巻』7章以降の全体そのものになりますね。
どうしても正確な理解のためには、こうして話が長くなってしまう。いったんアップして続けましょう^^。


ブログコメント
および読者広場に、具体的状況での質問など入ってますので、次の問題解消まで引き続き書いた上で、それも踏まえてコメント入れたいと思いますのでちょっとお待ち頂ければ^^。

詳説・心の治癒成長メカニズム |   コメント(0)
「未知への成長」という命綱
アドバイス考察がてら浮んだ言葉など^^。
「感情を鵜呑みにしない思考」からさらに「感情を導ける思考」への、真髄表現ですね^^。




目先の感情という命綱をたち切って闇を通り抜けた時、私たちは本当の人生の命綱を知ります。
「未知への成長」という、たち切れることのない、太い命綱をです。


写真と言葉 |   コメント(0)
成長の道標への歩み方-14・基本姿勢の3段
今日2個目の記事です^^。

「人の和アンビバレント」完全解消解説完結に、ちょっと「歩み方ガイド」基本図式整理の追加などしとこうと思います^^。
『成長の道標への歩み方』シリーズへの追加記事になります。


基本図式とは、「命」という山の頂きまでの「地平」地図があり、「装備」とその「基本的な使い方」があり、詳細部として「道標」がある。

この図式ほぼ全容一枚の絵に納めたのが「詳細マップ」シリーズ-1記事)。
ハンドルさばき流れ、つまり検討手順を絵にしたのが「流れチャート」シリーズ-7記事)。
基本姿勢正誤にしたのが「姿勢」シリーズ-13記事)。


「基本姿勢」の3段

ここで整理追加しておきたいのは、「基本姿勢」です。
これも、こうしたの中で定式化して、しっかり憶えておけるようにということで。

「基本姿勢の3段」というものを言いたいと思います。

3段階前進ということではなく、3段構成という話。

似た話『「感情と行動の分離」の心の足場』シリーズで書いていましたね。その足場「人間性の核」「本心」「永久歯の心」という3段の跳び箱のようにある、と。
これは図式の中では「エンジン」の話になります。「本心のエンジン」とよく書いていますが、正確にはその3段構成エンジン装置という


「足・腰・目線」

「基本姿勢の3段」は、「装備」に対する、この車に乗り込む人そのものの姿勢の話になります。

ということでこの3段「足・腰・目線」と呼びたい^^。
こうなります。
・・・感情に流されないこと
・・・建設的であること
目線・・「心」ではなく「外界現実への向かい方」に向ける
この総合として、
望みに向かい現実に向かう
を、基本姿勢の図としたいと思います。

説明はもうそれぞれ沢山あちこちでということで^^。

これが取り組み実践基本方向性の話になります。
『入門編下巻』では「感情と行動の分離」というスタートポイントや、「建設的であること」という思考法行動法の基本章タイトルにもして書いていますが、「外界現実への向かい方」に取り組むという目線、つまりそもそも何に取り組むかについては、あまりフューチャーしてなかった感じです。

それを今回大きく追加展開している次第です。
「いざない説明」はこの「現実へと向かう」という視点をほぼ主題にしている感じですね。その「全体」、そして「鬼門」と来て、このあと「扉」で、「現実への目」という、いよいよこれを踏まえることで本当に入り口入り直せるという話をします。


ということで、この「基本姿勢の3段」を、「詳細マップ」人の絵です^^)と「姿勢」(こっちは文字追加のみ)のにも入れておきましたので、見て確認しておいて頂ければ^^。詳細マップ「エンジン」3段の絵にしてあります^^。
*詳細マップ印刷用pdfファイルPC環境の都合で若干時間がかかる見込みです。できた時点で記事中のpdfファイル更新日を変更しますので^^。

成長の道標への歩み方 |   コメント(0)
「詳細マップ」印刷用pdfファイルを更新しました^^
解説続きは、「転換」前後の流れとそれに向かうための考慮という一番分かりにくい部分をまたちょっと時間かけて整理中記事が整っていないこともあり、このお知らせのみここで^^。

「詳細マップ」印刷用pdfファイル更新完了です。記事中に記載の最終更新日絵の方の更新日に合わせ1/9としています^^。


なお読者広場で以下コメント入れてあります。

『あけましておめでとうございます。』 irohasuさん No.421 2012/01/07
基本姿勢「目線」、つまり「心」ではなく「外界現実への向かい方」に向けることの説明など。
目線「心」に向け、「こうすると良さそうだ」と論理的にではなく気分で考えてしまうことからの方向修正の話として参考頂ければ^^。

お知らせ一般 |   コメント(0)
  次のページ>
最新記事
全ての記事一覧
新着順です^^。件数上限がある模様

全ての記事一覧を表示

記事の検索
検索ヒットした記事を新着順で表示します^^
最新コメント
カテゴリー別
初めての方はまず==おおよその話==
を一通り読んで頂ければ^^
 *記事は掲載順です^^
☆記事一覧-話の流れ順 (7)
☆記事一覧-カテゴリ順 (0)
==== おおよその話(^^)/ ==== (0)
このブログについて (1)
島野隆のプロフィール (2)
ハイブリッド人生心理学とは (13)
(1)プラス思考 (3)
(2)癒し (2)
(10)心の成長と治癒過程の理解 (6)
==== 細かい話^^ ========== (0)
(4)内面感情の開放 (9)
(3)人生を豊かにする思考法行動法と価値観 (5)
(11)心の闇との決別 (15)
神になるのをやめる (11)
(7)心の再生 (2)
(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 (17)
島野が神になるのをやめた時 (12)
(6)「自己分析」虎の巻 (2)
(8)魂の世界 (33)
「魂」による「心」の浄化 (5)
「魂の成長」への道 (12)
島野が至った「命の無の世界」 (6)
==== 特定テーマ^^ ======== (0)
愛について (2)
自信について (1)
「愛」と「能力」の成長課題 (10)
対人行動と対人感情 (12)
社会を生きるスキル (2)
実践の進め方と進み方 (23)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考 (33)
真の答えに向うための論理的思考 (7)
「開放力」としての「思考力」 (7)
心の変化の核心と論理的思考 (9)
「感情と行動の分離」の心の足場 (5)
「心と魂と命」の要の「本心」 (7)
「ハイブリッドの道」の歩み方 (20)
歩み方ガイドへの黙示書 (8)
「悟り」と「未知」 (6)
成長の道標への歩み方 (15)
詳説・実践のポイント (11)
特説・「心が良くなる」とは (23)
詳説・心の治癒成長メカニズム (11)
====つれづれ話\(^^)/ === (0)
写真と言葉 (201)
今日の格言^^; (24)
ザ・ベストアンサー^^; (18)
よもやま話 (16)
お知らせ一般 (398)
ブログのメンテその他 (4)
未分類 (1)
月別全記事
QRコード
QRコード
管理者用

FC2Ad