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心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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「本心」から「ハイブリッドの道」へ-4
6つの流れの繰り返し

取り組み実践「6つの流れ」について、ここでは要点手短に書いていきましょう。
各論詳細既存の原稿に譲り、ここでは「本心」を要においた最新視点からのポイントなど^^。

取り組みの歩みの6つの流れ
Ⅰ 最初の一歩

 (1)「基本的自己受容」
 (2)「感情と行動の分離」の基本姿勢と「実践項目」の実践
 (3)最初の一歩
Ⅱ 終わりなき成長へ
 (4)「本心」と「価値観」への取り組み
 (5)日々の成長
 (6)「ハイブリッドの道」を歩む

この6つの流れは、それぞれを一度通って完結というのではなく、これもやはり繰り返しになります。


「最初の一歩」が、その大きさに関わらず最初の変化体験、そしてそのままでは停滞に至る局面

そこから「本心」「価値観」という、大きな課題取り組み始めることで「終わりなき成長へ」局面始まり

そこでもやはり、問題課題対面するごとに、「基本的自己受容」姿勢がまず第一歩になるわけです。そして「感情と行動の分離」姿勢内面外面への実践があり、再び一歩を記す。
常に今がスタートラインなのであれば、私たちが刻むのは常に第一歩なのだと言えるでしょう。それが「日々の成長」であるわけです。

流れ最後となる「ハイブリッドの道」が、特別なものになります。「現実の世界」「魂の世界」という、交わることのない2つの世界。それをどのように意識するのが一番良さそうか。
島野自身『入門編』を出した後に課題とすることになったこの問いへの、最新の考えなど後で書きましょう。


短いですがいったんアップして、「基本的自己受容」ポイントなど次に。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「基本的自己受容」とは-1
今日の2個目^^。

「6つの流れ」最初になる「基本的自己受容」については、『実践ガイド』およびこのブログでもあまりクローズアップして書いていませんでしたので、これをタイトルにした説明を書いておきましょう^^。


「基本的自己受容」

取り組みの歩みスタートポイントは、やはりこれになりますね。
「基本的自己受容」です。


ちなみに『実践編上巻』取り組みの流れ整理を試みた、
4章 ハイブリッド心理学の実践と道のり概要 -全てが「自己の重心」から-
にはこれを入れていたのですが(これもちなみに、そこで言う「自己の重心」とは「本心」に他なりませんね^^)、

『実践ガイド』では、ちょっとスタートポイントとしてのその焦点が外れていた感じです^^ゞ
いちおう該当するのは
「8.新しい一歩への勇気」関連
あたりになりますが、これは内容的には、主に道のり中盤な話になります。

ということで『実践ガイド』も、以下の主旨での「基本的自己受容」スタートポイントにする形に、あとで改訂しようと思います。


「成長への意志」としての「自己受容」

ハイブリッド心理学では「自己受容」という深遠なテーマを、まずは「成長への意志」として言っています。

これからの成長原点として、今を受容するということです。
今の自分原点として、成長する意志を持つということです。

これを、「基本的自己受容」と呼んでいます。


ですからこれは、「今の自分を全て受け入れる」ということでは、ないのです。「今の自分で全てオーケー」とするような意味においては。
成長するのであれば、受け入れてはならず、変えていきたいものを、しっかりと見据えるということなのですから。

ただし変えるためには、原点として受け入れる必要がある。それが「変える」ということです。
がこうあり、それをこうすればこう変わる。そのような「変換」知恵とは、まず今の状態をしっかりと知り、今の状態がそうであることを、しっかりと受け止める必要があるのです。
医者患者現状しっかり知り、まずそこからどう前進するかを検討するために、しっかり受けとめるように。
目をそむけたり、逃げようとすることなく。

それが「自分を変えたい」となると「今の自分ではなく」と、自分の望ましくない何かから目をそむけて、つまり知恵を持つことなく、今の自分をただ否定して、それを消し去れるような新しい自分を作ろうと・・演じようと試みる、というのが出てきます。
これは「自己受容」ではなく「自己破壊」スタートポイントに置こうとする、あがきです。
その先に、心を病むわけです。

そこから、まずは「今を原点とした成長」への姿勢へと、第一歩を踏み出すのです。


それが「基本的自己受容」です。
関連する話をもう少し書いておきます。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「基本的自己受容」とは-2
流れ最初「基本的自己受容」に関連した話です^^。


絶望からの脱出

深刻なケースでは、「絶望からの脱出」が、しばしばスタートポイントになります。
これも、「今を原点とした成長への意志」としての「基本的自己受容」転換一環に含めることができるでしょう。

『実践編上巻』の以下が、これに焦点を当てたものになります。
3章 自己の受容・未知への選択 -憎しみと絶望からの脱出-

要点の核心は、その最後に書いたものになります。
「絶望」とは、問題の深刻さを示すものではなく、解決の無知を示すものにすぎないのだと。
「未知」という解決への無知を、です。


身体のハンディと同じ姿勢を向ける

ではどうすれば解決するのか。

まず言えるのは、人が心の動揺に悩んだり、心の病に悩んだりする時、人は自分の心絶望します。こんな心では、と。
それが誤りだということです。
なのです。心の動揺心の病絶望生み出すのではありません。そうして自分の心を見放す姿勢が、心の動揺や心の病を生み出すのです。

思う通りに動いてくれない自分の心見放すことなくこれからの成長への今の原点として受けとめることを始めた時から、心の動揺心の病は、根本的克服へ、根本的消滅へと、動き出すのです。


そこで取りたい姿勢とは、身体にハンディを抱えた人が、やがて取る姿勢に似ています。前を向く時にです。

身体のハンディ、例えば四肢の喪失や、視覚や聴覚などの喪失
最初は、失ったものの大きさ絶望します。しかしやがて、「失われたもの」数えるのではなく、「今ここにあるもの」「今役立てられるもの」数える姿勢変化した時、人はこの心の境地変化こそが、人生で得た最大のものであることを知るのです。

なぜなら、ハンディのない頃から、「自分にないもの」を数える姿勢に、人生がどっぷりとつかっていたからです。自分と他人を比較し、人の幸運に怒りを向け、不平不満をかこつことが、自分が本来もっと高貴な存在であるべきだという幻想の中で生きようとするかのように。
その不平不満意識を、人はしばしば「プライド」と呼ぶものとして。
その姿勢では、どんなに恵まれようとも幸福になれるはずもないのです。

その愚かな「プライド」を、今自分は心底から捨てることができた世界の全て輝く感覚と共に感じる、この自己の変化に、人は人生で最大の賜物を、その「喪失」によって与えられたことを感じるのです。
「これを失った後の自分の方が、ずっといい」と。


「依存と自立」と「心の死と再生」

そうであれば、そうした「現実の喪失」出会う前から「あるものを数える姿勢」になれれば、それ以上のことはないという話にもなりそうです。
しかしそうはなかなか行かないのが、人間の心というものである模様^^;

ハイブリッド心理学からは、それは「依存と自立」という、人の心成長成熟を貫く最大のの話として考えられます。

つまり人の心「依存」から生き始めるのです。「存在の高貴」によって、自らは汗をかき手を動かすことなく、全てが与えられるという幻想的な幸福を描いて、生き始めるのです。
しかしそのに、「そのためにはこうなれれば・・」と、今の自分を否定する姿勢自己理想を描き始めた時、今度はその理想から今の自分に否定破壊を向け始めるという、内面の地獄へと歯車が転じるのです。


そして人は、これを自らの意識の中で、脱するための転換をすることは、できない
これがハイブリッド心理学の至りつつある結論です。

死ぬ必要があるのです。今の自分の心においては。
「依存」に向いた今の心死ぬことで、「自立」に向いた新たな心が、再生するという仕組みらしいのです。人間の心というのは。

なぜそんなことになるのかと言うと、「依存から自立へ」という全てのプログラムされた変化は、文字通り「命」に起きる変化なのですが、人間のはもとから「命」とは少し分離したものとしてあるから、そうなるのだろうと考えています。

だから、「依存から自立へ」という命の命題は、人間において「心の死と再生」というテーマを伴うものに、なったのだろうと。


「再生への芽」に取り組む

ここまでが『入門編下巻』を一貫として貫くテーマになります。

このブログで新たに加えた視点が、「感情と行動の分離」への心の足場として、「人間性の核」「本心」そしてこのあと軽く触れますが「永久歯の心」クローズアップしたものです。

これが「再生への芽」になるものです。
これがないと、いくら絶望しても再生しない^^;

まず取り組むべきは、これらの心の足場へのであり、これらの心の足場培うことだということになります。


「心のハンディ」を込みにして行動に向う

ちょっと話が膨らみましたね。
まとめますと、思う通りに動きはしない自分の心を、身体のハンディを抱えながら前を向いた人達同じ姿勢で扱うことです。
心の動揺心の病を、そこでの「身体のハンディ」と、全く同様のものとして扱うことです。

「このハンディが消えなければ」という姿勢ではなく、そのハンディを込みにして行動できる工夫を、模索することです。

それが「6つの流れ」2番目
「感情と行動の分離」の基本姿勢と「実践項目」の実践
に、他なりません。


これを、今「6つの流れ」として説明してる全体として、進めることです。心の動揺心の病は、その前進に伴って自然と根本克服根本消滅します。

「これをすれば治りますヨ」なんて断片的一面的なものとして言えるものなどありません。全体進めることです。
それが前進すれば、心の動揺心の病必ず根本克服根本消滅します。これは請け合います。

逆に、その全体進むことなく、特に「本心」への取り組み経ることなく、後戻りのない克服に向うことはありません。これも請け合います。・・とこれは請け合っても何にもならないですね^^; (←時おり使う文句)


「否定価値の放棄」への流れ

「6つの流れ」2局面としてあるという話からは、この「身体のハンディと同じ姿勢を向ける」も、最初の一歩として意識する段階と、「本心と価値観への取り組み」において向き合うという、2つ局面があるという話になります。

そして動揺の苦しみバネにする段階を過ぎて、本心から根本的にこの姿勢を取るのは、「価値観」変革ゴールとなる「否定価値の放棄」によってからという、結構あとの話になるというのがこの心理学の考える流れです。
島野自身もそうした経緯をたどっています。30代後半になって、ようやっとそこに至った。

そこからまたグングン変化が起きるだろうという流れです。「心」全面的「魂」接することができるようになるからです。

取り組み実践としては、とにもかくにも「本心」、そのための「自分で考える」という実践ですね。
それができないと、始まらない
「本心」位置づけなど一通り書いたら、いよいよその実践内容そのものの解説を始めますので^^。


「基本的自己受容」
関連して、あともう一つ「自己受容」そのものについてハイブリッド心理学からの考えを書いておきましょう。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「自己受容」は歩みの全てのテーマへ-1
では「基本的自己受容」関連して最後に、「自己受容」そのものという大きなテーマについてハイブリッド心理学がどう考えるかを、手短に書いてみようと思います。

手短にとは言っても、歩みの全体概観となりちょっと長めということで、これをタイトルとし複数記事にて^^。


「自己受容」とは歩みの全て

「自己受容」そのものとは、一言でいえば取り組み道のり全てだと言えるような、多面的包括的なことがらだと考えます。

つまりまず、歩みの第一歩としての「基本的自己受容」があり、
次にそれは、歩みそのもの主軸となる「破壊から建設への選択」のことであり、
最後に、その先にある「開放」のことなのだ、と言えるようなものとして。

そんなものになりますので、ハイブリッド心理学では「基本的自己受容」というのを言う一方で、「自己受容」という言葉はそのあともうあまり出てこなくなるゆえんです。
『実践編上巻』4章で流れの最初として出している「自己の受容」「基本的自己受容」のことです。言葉もいつかこっちに直しておこうかと)


「自己受容」の真の姿とは、「自己受容」「自分を受け入れる」という自分向けの姿勢の言葉だけでは、もう語れなくなるのです。「自分」に向いた取り組みだけでは、見えないのです。

ましては、「自分を好きになってあげること」といった良く聞く言葉は、むしろこの道を見えなくする、全く見当違いな言葉になるものではないかと。

どういうことか、手短に書いておきましょう。


「破壊から建設へ」における自己受容

まず、成長への原点としてを受け入れることが、最初の一歩としての「基本的自己受容」です。
それは、解決への無知でしかない絶望脱すること、そして思い通りに動かない心ハンディとして受け入れることを含むものになるでしょう。

そこから、「感情と行動の分離」姿勢に立って、「破壊から建設への選択」主軸とする取り組み歩みへと向います。


そこで一貫として支えになる「自分を優しく育てる姿勢」が、「自己受容」基本的側面でもあります。
成長を、知恵なく自分を鞭打つことで「成長」させようと躍起になるのではなく、植物を種から育てるように、それ自身が持つ唯一無二の成長の内容とスピードを向けをすませ、それを守る姿勢で、成長へと自らを導くことです。


自己導き主軸となる「破壊から建設への選択」は、自分に対してのみではなく、他人に対して、そして世界全てに対して、「否定」を向けるのではなく「受容」を向けるという転換です。
「受容」することで、それを根底から変えることができる。

「否定」を向けることを変えようとしても、できるのは、望ましくないものから目をそらし蓋をしたまま、その有害さを実は発散させ続けながら、表面を取り繕うことだけです。
そこに、自分に嘘をつくという歪みが介入するごとに、精神のバランスは崩れていきます。放置されたままの破壊性に加えてです。


成長ただがむしゃらに前進することで成り立つのではなく、活動休息そして癒し適切な配分から成り立ちます。
無駄な焦り捨てること、そして時に怖れのため行動できない自分許すことも大切です。その時恐らく、「自己受容」における「自分への愛」という側面を、その最も純粋な形で感じ取ることができるでしょう。


「本心」から「魂」そして「命」へと向う自己受容

そこで「否定」から「受容」へと本当に転換するかとして問われるのが、「本心」です。

全ての歩みが、心の根底届くものであるためには、何よりも「本心を持つ」ことが絶対条件になってきます。

自分は本当にどう感じ、どう考えるのか。今はこう答える。今はこう感じ、こう考えるのだと。
そうして「今はこう」だとはっきり自分自身に答えを返し、「心に刻む」ことができるようになった時、その答え心の底見えない「命」へと届き始めるのです。
そして見えない中で、「命」「変化」及ぼし始めるのです。


やがてその「変化」は、「魂」の声としてその姿を現します。ふと、遠い記憶の中の感情蘇る全く違った思考をできる未知の自分が、自分の近くにあることを感じる。
そしてまた自分は本当にどう感じ、どう考えるのかを、問うのです。


そうした歩みの全てが、「本心」足場にします。「本心」スタートです。

ですから「否定」から「受容」へと転換するかどうか問う足場として、まず「本心」が問われるのです。

否定する受容する以前に感情で歪めることなく、ありのままの自分と現実世界を捉えることから始めるものとして。
感情に任せ、感情に合うように歪めて捉えていては、今の自分から変化前進しようもありませんので。


「本心」を得たとき「否定から受容へ」の転換が始まる

そして実は「本心」を獲得し始めた時、私たちの心の中で、全てが「否定」から「受容」へと転換を始めるのだとさえ、言えるのです。
なぜなら、「本心」を持てない時、私たちは脅かされているからです。それによって否定破壊への衝動が、供給され続けているのです。


どう脅かされているかというと、「心の自由」なくしていることとしてです。

これは最近直感的に感じたことですが、「本心」を持てないとは、心の自由がきかないということなのです。自分の考え持てず人の考え左右される

だから「本心」を持てない人がその中で生きるであろう定常的な心細さとは、まさに自由を奪われ、囚われの身にある人の心細さのようなのです。もはや自由を取り戻す意欲失いとうの昔に諦めてしまったような、囚われの身にある人のです。

そのようにして、自分の心を支配する「他人」の視線と顔色を見やるようになるわけです。
さらに言えば、その先に生まれる心の動揺は、自由を奪われ、やむなく嘘をつくようになった人間が、自分が疑われた時に起こす反応にまさに瓜二つになると言えます。その過敏さにおいてです。


そこからなにがどう変わるという話でもなく「自由」取り戻した時、世界の全てが輝く喜びを得ます。
それと同じことが、「本心」を獲得することに、あるのです。

「本心」を獲得した時、そのように一つの脅かしが消えるので、今まで供給され続けた「否定」への衝動の一つが大きく消え去り、「受容」への芽が生まれ始めるのです。

「本心」のこの役割については、「本心」のための実践を説明する際に、またまとめようかと思います。


ここでいったんアップしましょう。
「本心の獲得」によって、「自己受容」というテーマ大きな変貌を始めます。ハイブリッド心理学醍醐味世界が始まるのもそこからですね^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「自己受容」は歩みの全てのテーマへ-2
「本心」と「自己受容」

「本心」はまず「自己受容」下支えし、次に、そのテーマそのものを変貌させる。そう言えそうです。

下支えについては先の記事の通りです。
「本心の獲得」「心の自由の獲得」かなりイコールな面がある。これ自体が大きな話です。

それによって、心の背景にあり続けた「脅やかし」一つ消えるので、これまた心の背景にあり続けた、否定破壊の衝動へのエネルギー供給が、止まるのです。
その時人は、「否定」ではなく「肯定」「受容」を、自分世界に対して向けるという選択肢持ち始めている自分に、気づくのです。

これが「破壊から建設への選択」という、歩みの本道下支えするものになります。


「基本的自己受容」から「価値観」への深まり

「基本的自己受容」という歩み第一歩について振り返っても、「本心」下支えになるものだと言えるでしょう。まずはその深さにおいて。

「本心」がまだあまりない場合も、「最初の一歩」それなりに通過することができます。「聞いて感銘」によって、準備された範囲、というか可能な範囲で、変わることができるもの変わればそれに越したことはない。
それでも「本心」まだあまりない場合、「成長への原点として今を受け入れる」というお題目自体が、「そのつもり」のレベル(^^;)にとどまることが考えられます。「うわの空」の心地のまま(^^;)、聞き入れたことだったかも知れません。


「最初の一歩」を過ぎてさらに前進したければ、「価値観」大きな取り組みテーマになります。
自分は本当に成長への原点として今を受け入れるような価値観あるのか

「頭では分かっている」もうこの段階ではありません。実際どう感じるのか。実際にハンディを負った人や、人生の躓きに出会った人を目にして、どんな思念が湧いたか。あるいはそれは、人間は結局これで決まるのだといった思念・・。
それが実は自分の価値観そのものなのか。あるいは、自分の価値観としてはあくまでこうこうであることに確信を感じる、一方で流れる、心の闇の残骸のようなものとして、そうした思念が湧くのか。
今は分からない・・。いいでしょう。それが「本心を持つ」ということなのです。問いを定め、今自分がどう感じるか、どう考えるか向き合い、その重みと、今自分が取れるスタンス心に刻むことです。

「こう考えられるようになれればいいらしい。そしたらこうなれる」なんて絵に描いたようにすっきりした答えが出ることなど、ありません問いとして捉えることができることと、感じることと、考えること。その重みに向き合って自分が取るスタンス。それらがをなして相互に影響しながら、自分というものが次第に変化していく。


こうした「本心」からの「価値観」取り組み段階実像は、まだ読者の方示すことができていません解説記事を一通り書いたら、『島野日記』ブログを新たに立ち上げ、大学院を出てからの、心の闇の中での模索で書かれた私自身の日記を振り返り、何が起きているのかミクロの目で見ることを行っていきたいと思っています。


「自己受容」というテーマは「望み」と「罪」のテーマへ

いずれにせよ、「本心」から自らの価値観を、今を原点として前に進むようなものであるかに取り組む中で、「自分を受け入れるか否か」というテーマは、心の治癒成長成熟道のり前進を示す道標として、変貌します。

「基本的自己受容」から「感情と行動の分離」へというのが道のりの「歩み」だとして、道のりの先の光景の側、つまり「訪れるもの」の側に変化が起き始めるわけです。


「自分を受け入れるか否か」というテーマは、「望み」というテーマ変貌します。そしてこの「望み」質的な変化が、道のりの進み具合を示す変化主軸になります。

その先に、「望みを妨げたもの」として「罪」というテーマが現れてきます。これが視界に入ってくると、ゴール近づいてきます。「魂」「命」姿を現し、一つの自己が死に新たな自己が再生されるという、一つのサイクルにおけるゴールがです。


まあこの辺は実際に進んでみないと話だけではちんぷんかんぷんかと思いますが、「本心」によって「自己受容」というテーマが変わるからくり要点など、ここでは説明しておきたいと思います。
ま要はここで言いたいのは、「本心」持たないと始まらない、ということなんですけどね^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「心を変えよう」と考えている間は、心は変わりません
「自己受容」というテーマは「望み」というテーマ、そしてやがて「魂」と「命」変貌する。

それを直感的な言葉で描写すると、こんな感じです^^。



「心を変えよう」と考えている間は、心は変わりません。

本心から、自分の思考に向き合うことです。
自分の思考をまず知るために、感情をあるがままに流すことを知り、やがて遠く置き去りにしたような感情が心に流れるようになった時、心は自ずと変化していきます。


写真と言葉 |   コメント(0)
「自己受容」は歩みの全てのテーマへ-3
「受容」ではなく「変化」がテーマになる

ハイブリッド心理学取り組み歩みにおいて、「成長への原点として今を受け入れる」という「基本的自己受容」第一歩を過ぎたら、「自己の受容」というテーマそのものいったん消える、と言えます。

なぜなら、「変化」テーマになるからです。
自分の何を変えるか。どう変えることができるか。それがテーマになるわけです。
ごく実践的には、現実問題への行動法内面問題への姿勢や意識の向け方についての、「選択肢」検討することから始めて、です。

ですからに、「自分がどう変わり得るか」という「変化」テーマ持たないまま、「どう受け入れるか」という思考になっていた時、その姿勢そのものに基本的な誤りがあるのではと見直してみるのが良いかも知れません。
「選択肢」を考えない姿勢が、です。


今日の俗物島野の実践例^^;

かしくて今日の島野も、株価が相変わらずジリ貧の一途をたどっているのを、気にする自分に向き合うわけです(ちょー俗っぽいテーマゴメンナサイヨー^^;)
もう皆株を見放すのではないか。ということは、もう値上がりすることはなく、右下がりの一途しかないのでは。今すぐにでも売った方がいいのではないか。ただし、基本方針は今まで「持ち続ける」で来た状況があります。
こんな惑い方って、ホントつまらない。かと言って「受け入れる」なんて念仏唱えるように考えても意味ないわけです。「どうしよ~どうしよ~」と、心が思いっきり騒ぐのを「開放」しながら、考えるわけです。

そもそもなどより本業で稼ぐのが目指したい姿です。しかし島野の場合はカウンセリング金はもらわない。売れねーT_T;; 当面は今後の生活費のあても、どんなタイミングでどんな値で売るかしかない。
『入門編下巻』では、「金銭を失う恐れを金銭欲で埋めることはできませんが、命をかけて向うものを持った時、人は金銭への恐れを持たなくなるのです」なんて書いたけど、金がないのはやはり困る^^;
売るか。いやまだその判断はできない。もう笑っちゃうしかない。アハハ。どうになったとしても、こうして書けてりゃいいのだ!、と^^;

ちょー俗物的話題で恐縮ですが(^^;)、こんな卑近な思考の中でも、「選択肢をとことん検討する中で心境が自ずと変化する」というのが起きているのを感じることができます。
答えが出ないまま問題に左右される意識そのものが、変化しているわけです。
問題はそのまま、問題に動じない意識へと。

こうした「意識の変化」を伝える執筆を、やはり「命をかけて向うもの」にしたいと感じる今日この頃^^。


「客観的な意識の足場」

「自己の受容」テーマではなくなる、という一例ちょー俗っぽい話題で出しましたが(^^;)、ここではその代わりにテーマになる「変化」の中でも、「感情と行動の分離」意識の足場の中核とも言えるものが、行間に表れていえると言えます。

「感情と行動の分離」への心の足場として、「人間性の核」「本心」「永久歯の心」というのを説明しているところですが、そうした心の足場に立って持つ、「感情と行動の分離」意識そのもの中核です。

それは一言でいえば、感情は流れ暴れるのを思いっきり開放しながら、それを一歩離れて客観的に見ている、もう一つの意識を持っていることです。

その「客観的な意識の足場」から、こう意識してみるとどうか?と、再び感情の暴流を眺める。


そこで見出された心のハンドルの回し方と、起きた心の変化はともに、人生の中で「積み重なる」ものになります。

「積み重なる」ためには、そうした思考過程を、自分で考えることが必要になります。
考える過程人に任せ答えだけ当てはめようとした思考は、いつまでも人生で積み重なりません


「受容」ではなく「変化」テーマになる。
それは「感情と行動の分離」に立ち、「行動法」価値観」検討していくというものになりますが、ここでは「感情と行動の分離」最も大元の意識足場といった話に触れました。

「自己受容」が何に変貌するかについて、あと少し引き続き。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
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