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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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島野が至った「命の無の世界」-5
島野の意識変化

さて先の記事生きることの重みが異次元へと変わる」という話をしたところで、私自身最近の心境変化の話をここで書いておこうと思います。

この話に触れ始めた記事(『・・-1』)で、
「命の無の世界」というのを、よりはっきりと感じるようになった
と書いておいたもの。またその記事の中でさらに前の記事から引用していますが、
「無の境地」が完成形になってきたのを感じる
と書いたものです。

それは具体的に、意識表現としてはどんなことか。


新しい目標・・

とても具体的な、今までとの違いがはっきりした意識状況です。

この心理学の執筆勝る、新しい目標ができたのです。

それは、「生きていくこと」です。


そのために、この心理学の執筆は、もう二番煎じもとい(こんなところで不要なジョーク^^;)二番手のことにするのだ、ともあえて言える意識としてです。

それがまさに、私がこの心理学を通して、心を、人生を、そして生きることを探求した、本当の一つのゴールとして至った答えが示すものなのだということに、揺らぎない確信安心を感じる中でです。
豊かな充実感とともにです。


ですから、これをもってこの心理学の執筆は終わりにしますという話ではなく(^^;)、これからもずうっと書き続けていく所存ですが(p(^^)q)、それはもうかつて(これまでの原稿を書いている中で時おり触れたような)、「命をかけて書いていく」というようなものではなく、「命のままに書いていく」というものになるのだろうと感じています。


真の揺らぎなさ・・

何はともあれ、こうしてまた変化があって至ったの今の自分の心のあり方を、なんかとてもいい感じに感じているわけです。

本当に惑いがなくなった。
「どうあれば・・」と、考えなくなった。完成形とも言える「ぜんぜん、」の様相で。ありのままに生きるという、「無の境地」ということになるのでしょう。


今まで、(読者広場でも心配頂いている御仁がおられるように)この心理学への社会の反響の有無に、自分のモチベーションを委ねようとした部分もあったわけです。そしてそれに期待を抱いたり失意を感じたりもしたわけです。
この心理学社会に広めるため自分は生きると思い、それはつまり、この心理学の展開思うように行かない場合に、生きる意味をうまく感じ取れないという心の揺らきも、潜在的に用意されていたのだと感じます。
「これでは生きてる価値が・・」といった惑いとしてです。実際それが私の実際の意識表面に現われたは、ごく僅かなものだったとしても。

それが今、きれいになくなったのを感じます。
「執筆のために生きる」という心境消え去りただ「生きること」そのもの最大の目標「生きるために生きる」ようになったことにおいて、もう「これでは生きている意味が・・」なることは、もうないのです。


再び、新たな人生へ・・

いずれにせよ、こうして「生きること」そのもの目標になる裏には、このままでは生きることそのものが難しくなるという、金銭面の事情があります。

そしてそれを、私がこれまでの人生を生きてきた結果として、人も羨む一流企業辞め持ち家(マンション)まで売り払って貯金使い果たしまでして、売れもしない(^^;)本3冊出版した。それが、これから生きるために仕事を始める上では何もなかったようにチャラになる話だととしても、私はこれが、私自身のこれまでの人生を本当に生きることができたことして、とても深い充実感を感じる中で、全てをリセットして生きるために新たな仕事を始めることに、とてもやりがいのある目標を感じているのです。

今はボロ家に一人で住み、再就職も難しいであろう50歳。これがもしあの会社に勤め続けていたら持っていたであろう、社会的にはとても立派な財産を持つ自分という、別の人生の姿を浮かべて言うことができます。
それは、もう死んだまま生きる姿だったと。
私はそれをやめ、生きることをしたのです。今はそれに、とても深い充実感満足感を感じています。


「命」の大きなつながりへ・・

こうして、ただ生きることへの意欲を持ち、新しい生活を始めようとする心境の中で、「命」の大きなつながりというものに自分が入っているのを、感じるわけです。今回の震災でもなおさらそれを感じました。

その大きな「命」のつながりの世界にあって、島野の執筆が社会にどんな反響を得るかなど、全く意味のないどーでもいいことなのです。
まあもちろんそう言い切っては語弊があり、反響によって、必要とする人知る機会が増えるのは大切な話として。

まあこの場を借りて指摘するなら、社会反響によって読む姿勢を変えるのは、ちょっと違うと思う^^; 唯一無二の自分探求するというこの心理学主旨^^;


いずれにせよ、そんな大きな「命」のつながりの世界至る道筋を説明する一つとして、島野の執筆がある、という話になりますね^^。ちょっとパラドックスですが。


ちょっと言葉足らずですが、ともかくこんな心境変化を経て、少し前まで「執筆のために自分の命がある」という感覚から、今は、「自分の命の中に全てがある」という感覚で、あえて反響への関心から一歩置いた執筆モードに切り替える感じとなります。
これで、まずは一生書いていきますとp(^^)q


これが今至った心境として、これに至る昨年12月からの流れは、
「心」「魂」の対話
「心」「命」の対話

という異なる様相を経ています。これをまた後で書きましょう。「3つの心的機能体」という心の構造の、いい具体例になっていますので^^。

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島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(0)
「心」と「魂」と「命」の構造-3
サイトの『読者広場』サーバーでアクセス障害が現在発生しており、開けない模様です。
データ等の消失はなく誠意復旧中とのことで、そのうち開けるかと^^。


私自身の最近の変化で、「心と魂の対話」そして「心と命の対話」についてを出す前に、再び解説を入れておきたいと思います。


「心」と「魂」と「命」の意識のあり方の違い

ハイブリッド心理学では私たち人間の心というものを、「心」「魂」「命」という3つ(3層)の機能体から成り立っていると考えています。

なぜそう分けるかというと、意識のあり方まったく異なるからです。

だから、私たちの「意識」が、日常的「心」の領域だけで働いているものから、「魂」へと深まり、さらに「命」へと広がるものへと到達した時、異次元の世界への変化が起きるわけです。


ここではそれを、下ののようににしてみました。

細かい話はこの後にもするとして、ここでは最も大きな違いの話を書いておきましょう。


図2 「心」と「魂」と「命」の意識の質の違い


「意識」の質の基本的な違い

最も大きな話で言いますと、「心」日常的な、5感を駆使してものごとを見分けて意識している「明晰(めいせき)意識」の世界です。

一方、「魂」「命」は、そうした明晰意識を受けて流れる「感情」の中で、性質が異なってくる部分です。


「感情」の違いについては、「心の感情」「魂の感情」違いについて、すでにこのブログで説明しています。
「心の感情」「思い描く感情」
「魂の感情」「湧いてくる感情」擬音表現が似合う感情だと。ワクワク、ウキウキ、キュ~ン、ドヨ~~ン、ガ~~ン。
2010-05-28『「魂」による「心」の浄化-2』

そこに今回、まあ私自身が「命の無の世界」をはっきり感じる中で話を加えたいのが、
「命の感情」です。
これは一言でいえば、「極めて力強い前進の無の感情」です。超越的に、確信的に、今生きる命がここにあり、前へと進むのだという、そしてそこに何がどうあるべきかという空想が「無」となる感情です。

まさに、「自我の広がり」ゴールと言える意識世界だと言えるでしょう。

「心の感情」「思い描く感情」
そして「魂の感情」「湧いてくる感情」であれば、
「命の感情」とは、「今ここにある命の感情」だと言えるでしょう。


「自他区別の違い」で異次元世界へ

そのように、「意識」「魂」領域そして「命」領域へと深まり広がることが、私たち人間の心の病みと闇、そして心の業根本的克服となる。

そうなるゆえんは、そうした意識の質の違いに伴って、それぞれの意識「自他区別」をどのように捉えるものかの、根本的な違いに、答えがあると言えます。


つまり「心」は、「自他」つまり「自分」「他人」を、はっきり区別する意識として働きます。またはっきり区別した上で働く意識です。
「心」をおおう「自意識の殻」(自己操縦心性)では、それが特有のメカニズムによって、ギスギストゲトゲしいものとして流れてしまう仕組みになっています。

それが「魂」では、自他区別薄れ始めます。それはまさに、自分他人境目のない一体の存在として溶け合うことを希求する感情として流れるのです。もちろん、それが私たち人間の心で、「愛」として感じ取られる感情としてです。

そして「命」意識に至り、「自分」「他人」区別は、完全に消えるのです。


これが、私たち人間の心の病みと闇、そして心の業根本的克服となる。
なぜなら私たち人間は、「自分」という意識によって、心を病み、人生の道をそれるからです。

それが消える意識世界への到達が、根本的克服への答えとなる。
なぜ答えになるのか答えについて、これ以上の饒舌な言葉はいらないでしょう。


「明晰意識世界の論理性」から「自己の真実」へ

もちろんこうした「魂」「命」説明を聞いて「感じ取ろう」としたところで、感じられるものではありません。
そこに、そこにどのように向うかの、が現われる。

世の多くの心の取り組みは、ひたすら「こう感じられればいいんですよ」「こう感じられませんか」という話を繰り返すものになるでしょう。


ハイブリッド心理学だけが(今私の知る範囲では^^;)、それとは異なるを取ります。

「明晰意識世界の論理性」から「自己の真実」へと向うものです。


まず、明晰意識の世界で、しっかり論理的に考えることを学ぶことです。

その姿勢が、やがて、「魂」そして「命」に到達する、「自己の真実」を問う姿勢へとそのまま引き継がれるからです。


この辺の話をしたら、ようやっと論理的な思考の仕方そのものの説明に行けるかと^^。

(8)魂の世界 |   コメント(0)
真の答えに向うための論理的思考とは-1
真の答えに向うための論理的思考とは

ではここで先の記事で触れた、
「明晰意識世界の論理性」から「自己の真実」へと向う
ということの詳しい説明など入れたいと思います。

私自身「心と魂の対話」「心と命の対話」の例などは、その後に紹介しましょう。

まず、「心」「魂」と、そして「命」対話するためには、どのような思考姿勢が必要かを先に押さえておきたいと思います。
とりあえずこの『真の答えに向うための論理的思考とは』とのシリーズにて^^。


「望みに向かう体験」と「論理的思考」

つまり、「心」「魂」そして「命」に接するための方法として、ハイブリッド心理学では「論理的思考」を位置づけているという話になります。

沢山の心の取り組みの中で、今私が知る限りでは、こうしたアプローチ説明できているのはハイブリッド心理学だけのように感じます。えっへん(^^;)


ただ~し、論理的思考だけで「魂」「命」に接するという話にはしていません

双極となる、もう一つの軸があります。「望みに向う」ことです。その「体験」を持つことです。
この双極がそろった中で、私たちの「心」は、「魂」「命」に接するのです。

まとめると、望みに向う体験を論理的思考で歩むことで、「心」が「魂」と「命」に接するという道筋を、ハイブリッド心理学では考えているという話になります。


といことで、「望みに向う」という話は今まで折りにふれ書いてきましたが、「論理的思考」側面を、今改めてその入り口からつまびらかに紐解いていこうかと思います^^。

真の答えに向うための論理的思考 |   コメント(0)
真の答えに向うための論理的思考とは-2
このシリーズはこま切れでも頻繁にアップしていきましょう^^。
望みに向う体験を論理的思考で歩むことで、「心」が「魂」と「命」に接する

このハイブリッド心理学歩み根本における、「論理的思考」とは。


「正しい」とは

「論理的思考」入り口の入り口は、そもそも「正しい」とは、という話になると思います。


私たちは、人生「正しい」情報、つまり「正しさ」持ち駒として生きていくわけです。

それは料理のレシピ正しさであったり、駅にいく道順正しさであったり、対人行動法社会行動法正しさであったり、人種を超えて普遍的な、人道的正しさであったり、さらに人に言われたあらゆることが当てはまらない、唯一無二の自分の生き方としての正しさであったり、するでしょう。


いずれにせよ、私たちはそれを「正しい」ものとして学び、あるいは見出し、それに心底から納得し、それを実際に人生に役立て、積み重ねる「体験」を経て、内面外面ともに豊かさを増した自分を感じた時、自分の進んだ道が正しかったことと、それを歩んだことへの充実感と、今生きていることの喜びと豊かさと、これから生きていくことの目標と、そこに向い得る自分への自信を、感じ取れるように、なるわけです。

その全てが、その全てのことがらそれぞれにおいて揺らぎなく「正しい」ものだと、私たちは「判断」して、それを「選択」することで、それを身につけていくわけです。

決して、自分でそれがどう「正しい」のかそれとも「誤り」なのかを、「自分で考える」ことなしに、誰か人が間違いない知識を自分に与えてくれるという受け身の姿勢で、それらを得ることなど、できるわけもないわけです。


それをする気があるのか、という話になります。

つまり、自分で考え、自分で「正しさ」と「誤り」の「考え方」を模索し、「判断」と「選択」を試行錯誤し、その結果によって「考え方」「判断」「選択」の全てを洗練していく
そうしたことをしていく気があるのか、という話です。


「正しさ」の「判断」を何によって行うのか

まず、「自分で考える」ことをする気があるのか。

これが、ハイブリッド心理学「感情と行動の分離」実践のための、最初の問いかけになるでしょう。
もちろん選択ご自由です。ただ、それを選択せずして、その先にハイブリッド心理学の取り組み実践な~んにもない。それだけのことです^^。


次の問いかけは、こうなるでしょう。
「自分で考える」ことをする気がある。いいでしょう、という話になった次にです。

「正しさ」の「判断」を、何によって行うのかです。


2つの選択肢があります。

一つは、「感情によって」それが正しいと「感じた」時、それは正しいと判断するという思考法を取る。

もう一つは、「論理的思考によって」論理によって」もしくは「論理として」、「正しい」か「誤り」かを、「判断」する。


後者を選択した時、「感情と行動の分離」が、始まります。感情思考分離するのですから。


2つの問題

ここで2つの問題が出てきます。整理しておかないと、いつでも混乱を引き起こしてしまう話です。

一つは、論理によって」「論理として」「正しいか誤りかを判断」するとは、そもそもどういうことか
これが、この『真の答えに向うための論理的思考とは』シリーズ詳しく説明するものになります。
これが、「正しいとは」という命題入り口の入り口としての、入り口そのものの話(^^;)になりますね。

もう一つは、感情がからむ問題心の問題における「正しさ」を、この「論理的思考」によって判断するとは、どういうことかの話。
これが、入り口を通過して、その先に細く長く繰り広げられることになる、真のハイブリッド心理学の道です。「心」が、「魂」に、そして「命」に接する道です。


まずは、「論理として正しい」とはそもそもどういうことかから、説明していきましょう。

真の答えに向うための論理的思考 |   コメント(0)
真の答えに向うための論理的思考とは-3
先の記事「歩みの根本」と書いたものを、さらに言葉アレンジ調整しましょう。
論理的思考をハンドルさばきとして、「望み」へと歩む

これが、ハイブリッド心理学における心の治癒成長と成熟への、「実践原理」だと言えるでしょう。
それを実践することによって、目指すものつまり心の治癒成長と成熟向うことができるのだ、と。


2つの「正しさ」

2つの問題が出てくると指摘しました。
そもそも「論理として正しい」とは、どういうことか。実践原理「論理的思考」とは、という部分ですね。
感情の問題心の問題において、それはどういうものになるのか。これが、「望みへと論理的思考で向う」、という部分になります。


この2つの問題またがるを、まず指摘しておきたいと思います。

私たちが人生で見出す「正しさ」には、2種類のものがあるのだ、ということです。

一つは、「論理の客観的な正しさ」です。
もう一つは、「心の重み」「気持ちの重み」としての「正しさ」です。


前者が、人との議論おおやけに問えるものです。それが「論理の客観的な正しさ」
これはまずは心の外界出来事についての考え方正しさにかかわるものと言えるでしょう。

先日の4/9『「心」と「魂」と「命」の構造-3』で示した『「心」と「魂」と「命」の意識の質の違い』の図で、「論理性」上側に示した部分です。
これは「心」がつかさどります。


後者が、まず自分自身向き合うことでのみ感じ取ることができ、次に、それが人との共感につながるというものになります。基本は、自分自身内面でのみ問うものです。それが「心の重みとしての正しさ」

これが、図の「論理性」下側の方です。「魂」「命」が、これによって感じ取られるのです。


そしてこの2種類「正しさ」つながってくることとして、「心の重みとしての正しさ」自分自身の内面で問う時、それはとにもかくにも、言葉によって「私は何々にをこうだと感じる」という論理として表現することで、自分で考え問うということができる、ということです。
自分自身の「心の重み」「気持ちの重み」が、「何にどのようにあるのか」と。

ですから、まずはごく客観的なことがらについての論理的思考姿勢、さらに言えば論理的思考能力が、「自分自身の心の重みはここにある」という判断「正しさ」に、直結する、というか前提過程になる。


これが、ハイブリッド心理学での実践原理です。


「感じるものが全て」の世界ではなく・・

もちろん、これとは違う歩み方もあります。
そもそも客観的なものごとの論理的思考など関係ない話として、論理的思考を使うわけでもなく、「こう感じられればいいのです」というアプローチ。
世にある心の取り組みのほとんどがこれになるでしょう。

そこでハイブリッド心理学は、この問いかけから始まるわけです。

そもそも「感じること」つまり「感情」「気持ち」が歪んでいる時、「感じること」だけで考えていては、元も子もないではないか。


そこに、感情でものごとを判断するのではない、もう一つの軸が生まれる。「論理的思考」として。
そこから再び、感情へと深く降り、深く切り込んでいくのです。

そこに、「感じること」そのものが、根底から変化するということが、起き始める。

これが、ハイブリッド心理学「実践原理」です。


なんとも理屈っぽい話ですねー^^。ま心の問題とことん理屈で分かりたい方向けの心理学ですので^^。

具体例としてはちょー分かりやすい話などを出しながら、まず「論理として客観的に正しい」とはどういうことかの説明から、始めましょう^^。

真の答えに向うための論理的思考 |   コメント(0)
真の答えに向うための論理的思考とは-4
分かりやすくなど出しながら説明していきましょう^^。


2種類の「正しさ」の例

私たちが人生で見出す「正しさ」には、2種類のものがある。
一つは、「論理の客観的な正しさ」であり、もう一つは、「心の重みとしての正しさ」である、という話をしました。

いずれにせよ、それを言葉「論理」として表現することで、問うことができるのだ、と。
「論理」とは、ひらたく言えば「なんとかなんとかと、ものごとのつながり関係言葉で示すことだと言えます。


「論理の客観的な正しさ」の例

「論理の客観的な正しさ」は、主に心の外界出来事についてのこととして、人とおおやけにその正しさ議論できます。

たとえば、「夏は冬よりも暑い」。ま『論理思考入門』の良い例かと^^。


そこで、「なぜか?」という「理由」を問うことで、それが正しい誤りかが、客観的に論じることができるようになる。

「夏は冬よりも暑い」という話自体は、「事実」として、気温その他情報正しい誤りかが示されますね。
なぜならなんとかなんとかだからだという「理由」「論理」を話し始めた時、その「論理」正しい誤りかという問題が出てくる。

そうした「論理」「正しさ」とは、私たちの意識活動において、どのように着実なものにしていくことができるか。
このあと説明していきましょう。


「心の重みとしての正しさ」の例

「心の重みとしての正しさ」は、私たちの心の内面での、感じ方についてのこととして、まずは自分自身に問うことでのみ、その正しさを検討できます。

人に言われたことをどう納得するかとして、また人とその正しさを議論する形では、「心の重みとしての正しさ」というのは、確認できないのです。
なぜなら、それではまさに重みが小さいからです。人に別のことを言われると、すぐ覆ってしまうようなものとして。

真剣に、自分に問うということをした時初めて、私たちは私たち自身の、「心の重みとしての正しさ」がどのような形であるのかを、知ることができます。


このちょー入門例としては、こんな感じ。
「私はラーメンではなくカレーが食べたい」とか。

これがどう「正しい」かは、客観的なことがらとして人と論じるのではなく、自分自身真剣に問うことで、分かるわけです。自分が本当に食べたいのはどっち?と。
そして魂の声として、その「答え」が出てくるわけです。人に合わせてラーメンが食べたいと言ったけど、自分が本当に食べたいのは、カレーなのだ!と。


これが「心」と「魂」と「命」という、ハイブリッド心理学心の視界においてどのように展開されるものになるのかは、このあと順を追って説明していきましょう。


まずは、「論理の客観的な正しさ」考え方入門から^^。

真の答えに向うための論理的思考 |   コメント(0)
真の答えに向うための論理的思考とは-5
「正しさ」とは・・

おおやけに人と議論できる、「論理の客観的な正しさ」
そして自分自身に問うことによってのみ見出される、「心の重みとしての正しさ」

この2種類の「正しさ」のどちらも、「私はなんとかこう考える。それはなんとかだからだと、言葉でしっかり論理として表現することで問えることが共通しています。


「正しさ」の2つの根本基準

そしてそれが正しい誤りかを問うた時、それが「正しい」のだとすることができる根本基準が、やはり2つあります。
そしてこの根本基準は、上記2種類の「正しさ」で、共通です。

ここでは答え言葉だけ出しておきましょう。


「つながること」

「正しさ」2つの根本基準第1は、「つながること」です。揺らぎなく確かめられる「事実」とです。

そしてこの「揺らぎない事実」として、2種類「正しさ」それぞれのものがある。
これがまさに、「感情と行動の分離」本質を示しているものと言えるでしょう。


「論理の客観的な正しさ」とは、「客観的な現実」へとつながることです。

「心の重みとしての正しさ」においては、「自己の本性」へとつながることです。つまり、自分が本当に何を望むかです。

これが「感情と行動の分離」の本質です。つまり、外面においては、揺るぎない客観的現実を見据え、内面においては、揺るぎなく自分が望むものを見据えるのです。
前者は、後者を安易に叶えてくれるものではないでしょう。
その2つを見据える意識のはざまに、「心を晒す」のです。そこに、外面と内面のはざまの「無」から、「命」が姿を現し始めるのです。



「矛盾しないこと」

2つの根本基準第2は、「矛盾しないこと」です。今まで正しいものと自分が納得した他の話とです。

もちろんこれは上記第1の基準展開としてあります、矛盾があるとは「つながらない」ということです。


これに関連しても、「感情と行動の分離」本質を言えるでしょう。「心」明晰意識の範囲(参照:4/9『「心」と「魂」と「命」の構造-3』)でのつながりを嘘偽りなく究め、「意識」「思考」では解決できない矛盾に到達した時、やはり、「命」がその答えを示し始めるのです。

これはもっとも難解な話でしょうが、ハイブリッド心理学の最も醍醐味と言える部分になります。


心底から納得できること

上記2つの「正しい」という基準で、それを探求する姿勢において、結局その「判断」を下すのは、「自分自身が心底から納得できること」だと言えます。

決して、世間全てで「正しい」というお墨付きが得られるものを求める、という姿勢で得るものではないのです。
これはなんかの受験の試験ではないのですから。

自分の人生を豊かにするための「正しさ」なのですから。


これは、自分の人生を生きる上での、自分自身への自信を得るために追求する「正しさ」の話なのです。

そこにおいて、自分が唯一無二の存在として生きることにおいて、自分の外面視界に見える客観的現実も、自分の内面に見える感情も、他人の論理を借りて正しいかどうかを判定することは、意味のないことなのです。
たとえば海底で生きるナマコの目に映るさまざまなものの距離や長さの意識の正しさを、空を飛ぶ鷹の目に映るさまざまなものの距離や長さの意識の正しさを基準に判定することに、意味がないように。
ナマコナマコ自身の目に映る外界視界の中で、揺るぎない客観的事実を捉え、そして自分が何を望むかの揺らぎない本性を自覚し、その両者においてそこで生きる能力を獲得した時に、ナマコナマコ自身の人生を生きる自信(^^;)を得るのです。
それが真の自尊心なのです。に誉められることによって自信を得るのではなく。


ということで、「つながること」。揺るぎない、「客観的事実」「自己の本性」へ。
それを、「自分で心底からの納得」によって判定していく。

そのような「ていねいな論理的思考」によって歩んでいくのが、ハイブリッド心理学実践の基本になります。


引き続き具体例などで、分かりやすく説明していきましょう^^。

真の答えに向うための論理的思考 |   コメント(0)
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