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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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孤独が真に癒える時
これも「命が示す答え」ですね^^。
解説へのつなぎも書いておきましょう。



人と一緒になれても孤独が癒されないことを受け入れた時、
その孤独は、根底から癒されます。

こうした言葉が浮かび、こうした深遠なる心の世界こそが、ハイブリッド心理学の伝えたいものなのだと感じると同時に、これがまさにいかなる「論理」からも導かれ得ない、「論理を超えたもの」であるのを感じるわけです。

それが、「命が示す答え」なのです。


そこに向かうためにこそ「ていねいな論理性」きわめることを、行うわけです。

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写真と言葉 |   コメント(2)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-26:論理を超えるために論理をきわめる
『写真と言葉』先の記事でつなぎを書いておいた、「論理を超えたものに向かうためにこそ論理をきわめる」という話を書いていこうと思います。
細かい流れを説明したあとに書こうかと思っていたものですが、先にですね^^。


「論理を超えたもの」によってこそ行動する

まず最も大きな話。
これを、ハイブリッド心理学「感情と行動の分離」への誤解の一つから説明していこうと思います。

最も典型的な誤解です。
それは、「感情と行動の分離」とは、感情を無視して理屈で行動することか、と捉えるものです。


です。

もちろんしっかりした理屈によってものごとや行動の仕方を考え、間違いなく信頼できるもの選択することをしていきます。これは自分が人生前に進むための情報であり道具になるものの話です。

しかし、それらを携えてどこに向かうのか、どんな力によって向かうのかという、行動の最終的な原動力になる最大のものは、「理屈を超えたもの」になるのです。
それに向かうためにこそ、論理徹底的に、追求するのです。ていねいにです。


「本性」

なぜか。これは比較的シンプルな話です。

論理によって肯定されることは、その論理が成り立たない時、消え去るのです。
ある論理成り立つとき行動できるとすれば、その論理が成り立たない時、私たちは行動できなくなります。

いかなる論理をも超えて、私たちの行動の原動力になる力を見出した時、私たちはいっさいの論理に揺らぐことなく、前進する力を得るのです。


いかなる論理をも超えて、私たちの行動の原動力になる力とは何か

自分が何を望むかです。何かの論理が成り立つ時だけ望むものではなく、ただそれを望むということだけがある。いっさいの混じり気なく
そうしたものに行き着いた時、私たちは人生の揺らぎない原動力へとたどり着くのです。

これを「本性」と言います。

そうした「自己の本性」を見出すことが、多くの人生論スピリチュアリズムが重視している、「自分が何者であるかを知る」ということなのです。


愛と怒りと本性

「正しければ怒って当然だ」と考える人は、「怒り」「攻撃性」人間の「本性」であるかのように感じます。だから人は怒るし、自分も怒るそんな社会を生きていかなければならないのだと、憂うつになります。

そこにある「論理」を、解体する徹底的にです。
そもそも「正しい」とは何のことか。
「怒り」とは何か。自分はそれをどう有益だと考えるのか。
「当然」とはどういうことか。


そうやって、論理徹底的に解体した時、私たちは怒る理由失うのです。これは『入門編上巻』基本テーマですね。
そうして「愛」「怒り」をめぐる「論理」徹底的に追求した先に展開されるのが、ハイブリッド心理学心のメカニズム理論でもあります。


「ていねいな論理的思考」の真価

そんなものとして、「論理」追求するか。これは「選択」ですね^^。

「感情を鵜呑みにしない思考」やがて「感情を導く思考」になるまでの要件を、この解説シリーズでいくつかすでに触れています。
今のところ最も大きくまとめているのが
12/27『詳説・感情を鵜呑みにしない思考-21:実践の流れその10・入り口までの流れのまとめ(前)』
になります。

3つの流れがある。再度列記しましょう。
1.自らを助ける姿勢
2.心のツボをおさえる
3.ていねいな論理的思考をする

この3つ目の部分にあります。
そこでの「ていねいな論理的思考」とは、そのような、かなり独特のものだということです。

理屈っぽくなるという話ではありません。まあ途中では多少そんな面も出てくるかと思いますが、最終的「理屈を超えたもの」に向かうことになる。そんな論理的思考になるという話です。


理屈をきわめた時初めて、理屈を超えたものが見えてきます。

「知ること」も同じです。正しく正確に知ることです。その先に、知ることができないものが見えてきます。

その両者こそが、私たちの人生の、最終的な最大の原動力になるのです。



私は世の人がなぜこのように正確に知るということをしようとしないのか、不思議に感じます。そうして正確に考え、正確に知ることをしないまま、今までの思考と知識では駄目だと、また別の思考と知識を求める。そして「正確さ」不完全であれば、また同じことを繰り返すのです。
しばしば、「別の思考と知識」以前の振り出しに再び戻っているのにも気づかないまま^^;

そうしてあーでもないこーでもないと行ったり来たりを繰り返すうちに、人生の時間が過ぎてしまいます。

いいかげんな論理に頼る人は、いいかげんな論理に惑わされ続けます。


「自分の感情の論理を追求する」

ともかくそうした「ていねいな論理的思考」「無に帰る」というのは、ハイブリッド心理学人間の「心の病み」「心の業」克服として、それを探求しているからです。

「心の病み」「心の業」には独特の「論理」があり、一方に「心の健康」「心の成長」独特の「論理」がある。

それを自分の心において、問うのです。


すると、しばしば使っている表現ですが、こういうことが起きるのです。
つまり、問いへの答えが出るのではなく、問いが消え去るのだと。

それが真の答えなんですね。問いへの答えを意識することで心を落ち着かせるのは、真の答えが見出されていない状態なんです。


そのように、「問いが消え去る」ほどの真の答えが見出されるということが起きるために、「自分の感情の論理を追求する」ということが必要になります。

これをちょっと詳しく説明しましょう。


これを行うことを決意することで、上記「3つの流れ」における「ていねいな論理的思考」への姿勢ができる、という話になります。

それは極めて強固な決意として、なされる必要があるでしょう^^。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
またちょっと不在のお知らせ
この後出て、明日またOB参加のスキー部合宿に出て夜遅くに帰宅です^^。

相変わらず新居の内装刷新作業とスキー、両者の疲れを取るための休養に時間を取られ執筆時間がなかなか取れない日々が続きそう・・^^;

お知らせ一般 |   コメント(0)
メール相談を以前と同じ料金設定にしました^^)/
予定していながらバタバタ状態で遅くなりましたが、メール相談の料金体系を以前と同じ、期間相談5,000円4回目以降永久会員モードという設定に戻しましたので、活用頂ければと思います。

これはまあ本が結局大して売れず知名度もアップしないようで、まあ当面対応が大変になるほど増えることもないだろうということで。えへへ^^ゞ
カウンセリングのご案内 


ついでにというわけでもないですが、サイトトップの紹介文冒頭に、島野自身の自己位置づけみたいな一文を追加しています。「生涯一介の心の研究者」だと。「心の指導者」なんてものではなく、ですな。

とりあえずこれが新装オープン(?^^;)分ということで。はは^^;
サイトトップ 

なおそこで「臨床心理士でもなく」と書いていますが、今後趣味の資格みたいな感覚(^^;)で受けてみることはあるかも・・^^; まこの手の人材不足が叫ばれる昨今でもあり、ハイブリッド心理学社会の役に立てる機会につながることもあるかもということで^^。

お知らせ一般 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-27:「命」と「無」への道筋を知る-1
さて解説の続きなど^^。

ちょっと間があいたのは、単に時間がなかったからではなく、例により(?)頭の中でかなり話と言葉の整理をしていたからです。えっへん。(←えばることではない^^;)


長い道筋・・

「自分の感情の論理を追求する」ということなのだと書いた先に、それが「問いそのものが消える」ことへとつながるまでには、かなりの間があることに、ふとがというかキーボードを打つ手が止まったわけです。

「自分の感情の論理を追求する」ことそのもので「問いそのものが消える」ことへと至るわけではない。
長い道筋に沿ってそれを歩む先に、そこに至るのだと言うことです。

それを今このブログ解説記事話のつぶの大きさで、どんな言葉で言うことができるのか・・。
そうして言葉がまとまってくるまでに、結構時間を要した次第。


医学の姿勢

それはまず言って結局、こうなるんですね。
「心の成長と治癒を知り、自分に問う」と。


これは体の健康と治癒と、全く同じです。その仕組みを知りながら、それに対して自分のあり方がどうかを、考えていくわけです。
知らないと、どうしようもない。
知らないまま、知識は空っぽの頭どう論理的に思考したところで、良い答えが出るのは無理というものです。

学んで、自分に問うことです。
「医学の姿勢」ですね。


自分を唯一無二の生きものとして

例えば最近私は、朝起きた時の胃のもたれが気になりました。
で、考えるわけです。これは晩酌のビール1缶胃を冷やしているのが問題なのか。それはやめた方がいいということか。いや、その後に焼酎お湯割暖っためている。その前に食べ過ぎだったということか、等々(実に俗っぽい例^^;)

もちろん、自分を健康理屈上の理想ただ合わせるのではないのが、「自分が何者かを知る」ということなのです。
その通りに行動することを、望めないならば、仕方がない。

生きるとは、望みに向かうことだからです(これも成長への知識ですね。心の成長の^^)。何かの理屈に合わせて、自分の望みに向かうことを捨ててしまうとは、生きることそのものを、やめてしまうことです。
それは「他人の論理で生きる」ことなんですね。

自分が何かを望むとは、自分がもうそうした生きものなのだとして、それを原点として考えることです。
そうした唯一無二の生きものとした上で、参考になる知識を活用し、自分に問うわけです。


「命」が答えを出す

理屈があり、理屈ではない「望み」がある。その全てを包含した答えは、頭で出すものではありません。
そこに「命」が答えを出すということが、起きるわけです。

そうして体の健康と治癒の仕組みについて知っっていることから、自分に問う先に、私の「命」答えを出すわけです。晩酌のビールはやめられない!と(^^;)。

そうして「健康と治癒を知り、自分に問う」ことをした後に、もうしばらくは(^^;)惑わず、考えることもない「無」として、食べすぎに注意した上で晩酌のビールを飲む毎日へと至るわけです(^^;)。


ガソリンとハンドルと目的地・・

つまり、こういうことです。例えで分かりやすくなるでしょう。

「ていねいな論理的思考」「自分の感情を問う」とは、車のハンドルさばきをしっかりするということです。


自分が何を望み、何よって動かされるかというガソリンには、あまり理屈はありません。
その先に向かいたい、「心の豊かさ」「幸福」という目的地にも、あまり理屈はありません。
それはただそうある、そうありたいものとして、ある。それだけです。

しかしそのガソリンでその目的地に行くまでの道筋と、そのためのハンドルさばきには、理屈があるのです。
今この場所にいて、その先にこんな道がある。ならば、ハンドルはこうさばく必要がある。

ガソリン目的地には理屈はなく道筋ハンドルさばきには理屈があります。


そこで、「ていねいな論理的思考」「自分の感情を問う」とは、まず車のハンドルをしっかりにぎるといういうことなのでです。

それをできないとは、車のハンドルをしっかり持たないまま、運転している気になっているということです。
当然実際は、車のハンドルから回りです。
ガソリンが燃えるに任せて、ハンドル手放しの車は、あらぬ方向へと暴走するだけです。


「命」と「無」への道筋

そんなものとして、「問いへの答えが出るのではなく、問いそのものが消える」までの道筋とは。

問いが消えるとは、もう問い答え考える必要さえない「無」になるということです。
「命」が出した答えだと、そうなるということです。頭で考える理屈超えた答えを、「命」が出すわけです。

頭で考える理屈では、答えが出ないことをしっかり知るために、頭で理屈を追求するのだと言えるでしょう。
そして「頭で考える理屈では、答えが出ない」終えずに、向き合い続けるのです。
すると「命」答えを出し始めます。


そうした道筋とは、結局『入門編下巻』の全てになります、という話になってしまうところを、このブログ解説話のつぶの大きさで、改めて説明するとどうなるんだろう、としばし考えていた次第。

それを書いておきましょう。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-28:「命」と「無」への道筋を知る-2
ということ(前記事参照^^)で、『入門編下巻』の一冊(さらに細かい視点で『理論編下巻』)を通して書いた、ハイブリッド心理学が考える心の成長と治癒道筋を、ほんの数ページの言葉にしてみると、こんな感じかと。


心の病みと業

まず、その26『論理を超えるために論理をきわめる』で言ったことから始めましょう。
ともかくそうした「ていねいな論理的思考」「無に帰る」というのは、ハイブリッド心理学が人間の「心の病み」「心の業」克服として、それを探求しているからです。

これが、自分の感情論理的に問うということをすればとにかく答えに至るという単純な話をしているのではない、というミソのところです。


人間の「心の病み」「心の業」とは、一言でいえば、「自分から不幸になっていく」ことだと言えるでしょう。
その根本的な克服への道のりを、ハイブリッド心理学では扱います。


問題と目的地

抽象的な言葉ばかりだと分かりにくいと思いますので、多少具体的にしていきましょう。

そうした心の病みと業表れとして、私たち人間が抱える心の惑いと悩みというのは、おおよそ次の2つの形になると言えるでしょう。

・人にどう見られどう思われるかへの惑い不安
・何かの理想的な姿を満たせないことへの自己否定感情


これがさらに具体的にどんな内容なのかは不要かと。人それぞれの内容で、似たように、その悩みを抱えるわけです。


それらが根底から、根本的に消える心の境地が、目指す目的地になります。


ハンドルさばきの基本

ハンドルさばき基本は、私の著書や原稿の中で、口をすっぱくして、耳にタコができるくらい(?^^;)何度も書いていることです。

「自己の重心」「破壊から建設への選択」です。

『入門編下巻』もこの言葉でしめくくっていますね。
『その全てが、「自己の重心」と「破壊から建設への選択」という基本の一歩一歩の積み重ねによって、始まるのです』と。


「破壊から建設への選択」

「破壊から建設への選択」は、私たちが内面どんな感情を感じていたとしても、外面においては「破壊」ではなく「自衛」さらに「建設」という行動様式を選ぶことです。
(参照:2010-01-17『「建設」の行動様式』

内面マイナス感情が流れていたとしても、外面における行動として、「建設」という行動様式を選ぶ。

ここにすでに、「感情と行動の分離」核心の姿勢関門として現れることになります。


単なる精神論ではなく、具体的な思考法行動法知恵とノウハウを学びながら、その姿勢を体得していくというものになります。
具体的な思考法行動法については、『実践ガイド』など参照。『Ⅲ-1.2 実践の全体の流れ』の図など見て頂くと、取り組みの流れの中での実践項目が分かりやすいと思います^^。)

またより深くは、「復讐の放棄」といった人間の心の宿題とも言える人生への基本的な姿勢「価値観」の選択も、この「破壊から建設への選択」の一貫の中にあります。
具体的には、『実践ガイド』にまとめているものや、『入門編下巻』6章「選択と実践」パラグラフでまとめているものなどを参照頂ければと思います。
(本がいまだにダンボールの中で見れずページ番号省略^^; 本棚が天井と壁のクロス貼り待ちでまだ配置されておらず^^;)


「自己の重心」

「自己の重心」はこのブログでは、こうした専門用語好まない方がおられるのを配慮して出していませんでしたが、この「感情を鵜呑みにしない思考」詳しい理解の文脈で、覚える必要がある思考法と考えるのがいいでしょう。


「自己の重心」とは、一言でいえば、「自分を起点に思考し感じること」だと言えます。
人を起点に、ではなくです。

人を起点にした思考とは、「人がこうだから」「人にこう見られる」「人にこう思われる」と、とにかく他人がどうこうであるという事柄から、思考感情を意識し始めます。

それを、自分を起点思考し、感じ取るようにする。


ですから「自己の重心」とは、みんなに嫌われる「ジコチュー(自己中心)」(^^;)のことではなく、自分の心をしっかりと感じ取るための、特別な意識法だと言えます。
これがハイブリッド心理学の実践では、「感情分析」という治癒効果の高い自己分析方法につながっていきます。


感じている内容を変えようとするのではありません。感じている同じ内容が、その大元に、自分を起点に意識したらどんな思考や感情があってのことなのかから、改めて考えてみるのです。

人がこうだから」は、自分は人の姿を基準にし、真似たいと思っている・・?。だから、人がこうだから自分も・・と思っている」と。
人にこう見られる」「人にこう思われる」は、自分は人にこう見られこう思われたいと感じている。だから、人にこう見られこう思われるとすれば、自分はこう感じる」と。

人のことが気になるとは、自分として人をどう感じているから、というところから改めて考えます。

また、人にどう見られるかが気になるとして、自分自身で自分をどう感じているのかを、自分自身に対して、明瞭にしていきます。


「感情と行動の分離」のはざまへ・・

ハンドルさばきのこの2つの基本の先に、「感情と行動の分離」2面姿勢と、2面のはざま「無」の領域が現れます。

なぜなら、それはもう頭では答えが出せないからです。
頭で考えた結果が、外面では建設的な行動法を考える一方、内面感情としてはまた別のものが流れているというところに行き着くのですから。


そこに、「命」が答えを出す、ということが起きはじめるわけです。

これを大きく2つの形で歩むことができる、と理解して頂くと良いかと思います。
「無から命が出す答え」に至る2つの流れ、進むことができる2つのコース(^^;)があるという形。

一つは、とにかく上述の思考法行動法の実践で現れるもの。「プラクティカル(*)・コース」と呼べるかと。
(*「プラクティカル」とは「実践的」の意)
これはハイブリッド心理学「心理療法と人生成功術と精神世界の統合」と位置づけている中で、まだ精神世界は含まないものです。

もう一つは、はっきり意識的に精神世界「魂の世界」を探求し、「命」という大きなものを感じ取るものです。
「スピリチュアル・コース」と呼べるかと。

この2つの流れを次に説明しましょう。


上述のハンドルさばきが、「ていねいな論理的思考」によって理屈のある道筋をドライブするための細かい部分の大よその話として、進むと何が見えてくるのかの光景の話になります。

それこそ、私たちが車のハンドルをどう自分でさばいていくかの話ではなく、それによって進むと見えてくる、向こうから訪れる地形の風景の話になります。

人生の光景であり、「命」が示すものなのです。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-29:「命」と「無」への道筋を知る-3
新居(といっても築80年の古家^^;)のアレンジ結構な内装リフォーム作業の様相を呈している今日この頃^^;

ということで、まとまっていた方が話の印象が強くなるであろう(?)、ハイブリッド心理学が考える「命」「無」というテーマの概説をちょっと細切れがちですがアップしていきます。


「命の無の世界」

『「命」と「無」への道筋』という話をしていますが、改めて俯瞰つまり大きな目から見ると、これは私たち人間の幸福の、大きな2面のうちの一つの話だと感じます。

人間の幸福の大きな2面一つとは、「得ることによる幸福」です。
物質的なもの(たとえばお金や家などの財産、健康やおいしい料理を食べることなど)であれ、精神的なもの(愛や自信、生きがいを得ること)であれ、「これを得た」と感じられると同時に感じる、幸福感です。

実際私自身、これまで書いた文章では、「幸福」というものを主にこの「得ることによる幸福」として表現していたと感じます。
『入門編上巻』ではこんな言葉を書いていますね。幸福というのは、結局のところ欲求全体の調和ある充足だ、と。そこで私たちの根本的な欲求とは何なのかというテーマが展開されることになります。次のもう一つの面も実はその一つなのだという考えが自然と出てくるでしょう。


いずれにせよ、人間の幸福の大きな2面のもう一つが、日常的な意識「何かを得る」というものとは一線を画する、「無へ至る」ということだという話になります。

「無」になること。そして「無」になれたことに、幸福感を感じます。これは、自分の外部にある何かを自分のものとして得て感じる幸福感とは、大分毛色が違います。
「得ること」として感じる幸福ではないんですね。それこそ「無」なのですから。

まあ何が無いと言えば、人間のあらゆる煩悩や惑いが、消えるという話になるでしょう。そしてただこの「命」のままに生きるという揺らぎない前進のエネルギーとパワーを持った心を得るのです。
・・と書いているとやはり「得る」になってますね^^;

まあやはり「得ることによる幸福」ではある。それが、「物質的なもの」「精神的なもの」でもない、それを感じ取る土台となる「心」そのものの、特別なものを得るのだという話になるのかと。
「得ずして得る幸福」だとも言えるでしょう。


これが「精神世界論」「スピチュアリズム」目的の、かなり本質であることは間違いのない話でしょう。

これを、「命の無の世界」とか呼ぶといいかも知れませんね。


一方、これを「どう感じ取ればいいか」という話として(であるかのように)、人がスピリチュアリストの言葉を聞くと、そこには必然的が生まれる、と私は感じてます。
とはつまり、伝わらない、理解され得ない、ということです。

それは「感じ取ろう」として至るというものではないのだ、と。

逆に、「感じ取ろうとする」ことに背を向ける必要があるのだ、とさえ言える気がします。
ではどうするかの具体的方法論「感情と行動の分離」なんですけどね。


どういうことなのか、細切れになるかもですが書いていきましょう。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(2)
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