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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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「楽」と「苦」
高崎達磨(ダルマ)寺紅葉写真に引き続き、高崎白衣観音紅葉写真です。
ちょっと仏法っぽい言葉ということで。えへへ^^ゞ

もちろん、「困苦」をどう「成長」につなげるかの知恵は必要として。



楽(らく)を求める人は、どんどん苦しくなっていきます。
困苦を歓迎できる人は、どんどん楽になっていきます。
人生とは、そのような皮肉なもののようです。
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詳説・感情を鵜呑みにしない思考-9:世の人がしない論理的思考・・
世の人は論理的思考をしない・・

私は最近気がつきました~世の人が論理的思考をしないってことを~♪

・・と思わず口ずさみたくなるような(アハハ^^;)発見を最近したわけですが、これはもちろん、島野ほど科学的思考を実直に徹底する人間ってそうそういないかも~と前々から言っていたのとは、全く違う話です。


一般的な科学的思考、つまり外面向けの論理的思考のことではなく、自己の内面向けの論理的思考です。

それをしないことによって、「魂の感情」そして「命」が示す答えに、見事にそっぽを向いているという話です。
その点では、一般的な科学的、論理的思考については誰もが比較的やっているものとして。


「他人の論理で生きる」

つまり、最近私が世の人これを全くやっていないと気がついた論理的思考とは、一般的な科学的、論理的思考を求めるのとは、全く違う姿勢で行わなければならないものなのです。

一般的な科学的、論理的思考とは、おおよそ自分つまり心の外部のことがらについてのものだからです。だから、人から与えられる「論理的な情報を見聞きする」のと、「自分で論理的に考える」ことが、おおよそ連続した同じことにできます。

しかしそれを、自己の内面、つまり自分の心そのものについて考える時、同じ姿勢で考える、つまり人の言葉に答えを求める姿勢とは、「他人の論理で生きる」ということなのです。


私たちは「論理的思考」を、「正しい答え」「真実」を知るための道具として使います。

同じように、私たちが自己の真実自分の心の真実を知るための道具として、「論理的思考」を使うことができます。

しかしそこで、私たちが「自己の真実」を知るためには、あくまで、自分自身の内部に、その「論理的思考」によって目を向けなければならないのです。
そこで「論理的思考」「正しい答え」探り当てることができた時、私たちがこの人生を生きるための「真実」を、得ることができるものとして。


「自己の真実」は現れず・・

一方で、人生を生きるための「真実」が、やはり他人によって、多少とも「論理的思考」もしくは「論理的情報」として語られます。だから私たちはその論理の妥当性をどう感じるかによって、美しいほど整然とした言葉に、時に目からうろこが落ちるような「感銘」を受けたり、逆に、何かこじつけのような整っていない論理の言葉に、「反感」を感じたり愛想をつかしたりします。

しかしそれは、他人が用意した論理によって、気持ちで反応したということなのです。自らが自分の中に答えを求めて、論理的思考をした結果とは、全く違います。


ここに、世の人人生の生き方を求めて、飲み屋のはしごをするように(?^^;)満足できることなく本を読みあさり続ける、そして生き方を説く本あーでもないこーでもないと(^^;)巷に溢れる理由があります。

それは結局、他人の論理がどう自分の心に響くかの範囲を、超えていないのです。

それが完全に自分を満足させることなく、他にもっと良いものは・・と、自分の心の外部にいくら探し求め続けても、「自己の真実」はいつまでも現れません


ハイブリッド心理学の読み方・『入門編』の世界

これはハイブリッド心理学を読むことについても、全く同じことになります。

他人の論理、つまり島野の論理がどう自分の心に響くかとして、ハイブリッド心理学を読む。
それは結局、自分の心について、そして自分の人生の生き方について、「気持ち」で考える、つまり感情を鵜呑みにして考える姿勢のままだということです。

ですから、ひとたびハイブリッド心理学の本から目を離して目の前の対人関係などの動揺に向き合うと、すっかり思考が元に戻っています。

それは「感情を鵜呑みにしない思考」実践を、全くしていない、ということです。


『入門編』はこの点、上巻下巻が、全く異なる位置づけ、狙いのものになります。

『上巻』は、もっぱら人の言葉を聞く姿勢で読んで頂いていいものです。読んで感銘して、いかに今までと違う生き方があり得るかの可能性に、心を響かせるまでです。

『下巻』は、もうそのような姿勢で読むためのものではありません。「感情を鵜呑みにしない思考」実践を始め、自己内面真実と、外面世界真実模索し続ける歩み先に何があるのか、おおよその地図を示すものです。

そこに書いてあるものは、もう読んだだけで感じ取るものではないのです。自分の足でその道を歩み始めてから、その歩みの前進に応じて本を読む場面ではなく、自分の人生の場面で、見えてくるものなのです。それがより見やすくなるよう、あらかじめ情報も得ておく。しかし実際に見るものが、全てを決することになります。
またそのために通過しなければならないチェックポイントを、『下巻』では網羅して説明しています。


これを踏まえて、その4『3つの関門と3つのハードル』で触れた次の2つの関門
・内面の思考の関門・・・本心を偽らずに考えること
・外面の思考の関門・・・ありのままの現実を感情でねじ曲げずに考えること


そしてその先に「魂の感情」「命」が現れるというあたりについて、説明を続けましょう。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
他人の言葉を求めている間は
さっきの記事で書いたのは、要はこういうことですね^^。



あなたを変えてくれる他人の言葉を求めている間は、
あなたは、本当には変わりません。


写真と言葉 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-10:「自分に嘘をつかない」という「論理的な正しさ」
感情を導くことができる論理的思考

まずここまでの話をまとめましょう^^。

まず「感情を鵜呑みにしない思考」とは、「感情を無視する思考」のことではなく「感情を導くことができる思考」です。ハイブリッド心理学においては。
もちろん、より良い感情をです。

それが「論理的思考」としてなされるとは、まず、「今の感情」について「なぜ自分はこう感じるのか」「理由」を問うことができる思考です。
私たちは心の底において、「理由」によって感情を抱くからです。「今の感情」「理由」はっきり意識して、そこに勘違い誤りがあるのが分かった時、マイナス感情を抱いていたのであれば解消される可能性が出てきます。


ですから、そもそもの話として、論理的にものごとを考え、論理の正しさや信憑性を考える姿勢が、必要になるわけです。

そうした論理的な思考姿勢持たないとは、単に、感情に流される思考だけで生きるということです。これはもうそう自覚してそれを選ぶなら、ハイブリッド心理学とは別の道ということであり人それぞれの自由です。
「理屈っぽいのキライ」、と?^^;

まあこの記事そのものが、ちょー理屈っぽい話ですね^^。


感情を導く思考の論理的テーマ

一方、「感情を導く思考」「論理的思考」として働かせるということは、私たちが日常的に論理的なテーマとして考える事柄と、少し違います。

日常的に論理的なテーマとは、天気がなぜ変わるのかとか、幾らの買い物で幾ら払うと幾らお釣りがくるとか、もっぱら私たちの「心」外部の出来事の話です。

ところが「感情を導く思考」「論理的思考」として働かせるということは、そもそも考える内容が、私たちの「心」についての事柄になるわけです。


つまり、ここで問題になる「論理的思考」とは、天候の仕組みとかお金の計算とかの話での「論理的思考」ではなく、私たちの「心」、そして「人生の生き方」についての、「論理的思考」になるということです。
「愛」「自尊心」そして「怖れの克服」といった心の課題を、どうしようと考えることにおける、論理的な思考であるわけです。

そうした問題について、「それはなぜそうなのか」論理的に考え、納得できる正しい答えを見出すことによって、揺らぎなくなってくる。
これは「そりゃ、そうだ」と思える話かと^^。


「自分に嘘をつかない」という「論理の正しさ」

ところがここで世の人が、大きく勘違いというか不明なままでいる、根本的な話が出てくるわけです。

「心」のための論理的な思考での「正しさ」とは、「心」の外部の出来事についての論理的な思考「正しさ」とは、全く違うもの重要になってくるということです。


「心」の外部の出来事についての論理的な思考「正しさ」重要になるのは、私たちのいわゆる知的能力であり、観察・推測・計算といったの働かせ方のことです。
「科学的思考」というのも、まずはそれによるものになるかも知れません。

しかし、それをそのまま、「心」のための論理的な思考で行うものとするのが「感情を鵜呑みにしない思考」のことかと考えると、全くの勘違いであり、「感情を導ける思考」とは無縁のまま生きることになってしまいます。


ずばり言いましょう。
「心」のための論理的な思考での「正しさ」とは、「自分に嘘をつかない」ということなのです。


自分はこう感じる。それはこうだからだ。そこで、自分に嘘をつかないことです。
自分に嘘をつかない形で、まずこれはこうなのだ、というありのままの真実に、納得できるものを見つけていくということです。

それがどう「正しい」を、他人の考えと比較して確かめる方法などないのです。なぜなら「心」見えないものだからです。自分の「心」直接見ることができるのは、自分自身だけだからです。

ですから、自分の心において、「こうだからこう感じるのだ」と、自分で納得できるものがある時、それを他人「それは間違いだ」と言ったところで、本当にそれが間違いなのかどうかは、また自分自身で自分の心に向き合って確かめるしかないのです。「心」目に見えるように取り出して、相手との間に置いて、これはこうなってますからこれが正解ですよね、などど確認する方法など、何もないのです。
もちろん、「それは違う」人に指摘され、自分に嘘をついていたことに気づくのは大いに有益として。


そんな意味で、内面向けには「自分の本心を偽らない」外面向けには「感情によって現実を歪めない」という思考が、「感情を導ける思考」になるわけです。

かくして、「感情を導ける思考」のための論理的な正しさのために心がけることとは、学業試験他人との討論のための論理的思考の鍛錬などとはまったく異なるものとして、またそんなものは全く不要なものとして、とてもシンプルな、特有の思考法になってきます。


それを次に。この辺でようやく話の内容も平たくなってくるかと^^?

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-11:自分に嘘をつかないための「ていねいな論理性」
具体的実践へ

平たい話に行く前に、まあ平たい話とは要は具体的実践ですが、その前にもう一つ。
これが具体的実践直接つながる話になります。


おさらいですが、「感情を導ける思考」とは、まず、
内面向けには「自分の本心を偽らない」思考
外面向けには「感情によって現実を歪めない」思考
最初の関門入り口になる思考であり、

そこで「心」について考える上での「論理的な正しさ」とは、算数や科学の思考での「論理的な正しさ」とはまた別のものであり、
・自分に嘘をつかない思考
であることが、「心」について考えるための「論理的な正しさ」だという話をしました。

その人の「心」は、その人しか見ることはできない。自分が自分の心について考えることどう正しいかを、他人に確認してもらうことは、究極的にはできないのです。
だから、自分の心について考えることが「正しい」かどうかとは、いかに真剣に、自分に嘘をつくことなく自分の心に向き合い、自分の心から返ってくる答えをつかみとることができるかという問題なのです。
まあこの辺が「魂」「命」につながってくるポイントですね。

つまり、「感情を導ける思考」「正しい答え」をつかむための「論理的な正しさ」とは、「自分に嘘をつかない」という「正しさ」、つまり「正確さ」だということです。


何よりも「ていねいな論理性」

そのように、「心」について考えるための論理的正しさとは、難しい算数や科学を考えるための論理的正しさとは、違うものである。
「自分に嘘をつかない」という論理的な正しさだということとして。

そしてそれを実践するためには、私の印象では、算数や科学を考える時よりもさらにしっかりと論理的に考える必要がある、と感じます。


ここに至り、「自分に嘘をつかない」ことの難しさの特徴が出てきます。

それは、何も難しい算数や科学を考えるような論理的思考などが必要なわけではない。
しかし、算数や科学を考えるよりもさらに厳密で丁寧な論理的思考などが必要だ、と私は感じます。

つまり、より簡単に感じるようなものごとに対して、厳密で丁寧な論理的思考が必要だ、ということです。

「これはこうに決まっている」と、簡単に済ませてしまうようなことこそに、「自分に嘘をつく」ということが忍び込んでいる。そう言えるでしょう。
「自分はそれについて分かりきっている」と感じるものごとこそ、自分に嘘をついた思考だと、言えそうです。



それを、問い直すのです。本当にそうか?と。

すると、「魂」答えを返してくるという、ハイブリッド心理学の道のり、そして他の心の探求の道のりの全てが原動力とし、求める、神秘的な世界が始まるわけです。


そのための実践が、とにかくものごとを丁寧に、そして正確に、論理的に思考する、ということなのです。
「こうに決まっている」
「そんなの分かりきっている」

と感じるものほど、です。

その具体的な問い方を、順不同になるかも知れませんが書いていきましょう。

分かりきったことていねいに問い直すということで、とっても平たい話になりますので^^。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-12:実践の流れその1・思考の前提こそ鵜呑みにしない
「感情を導ける思考」の流れ

ではこれまでの話を踏まえて、具体的な実践の流れ細かく詳しく見ていきましょう^^。
「感情を導ける思考」の、細かく詳しい流れということですね。


「感情が理由」から「感情の理由」へ

まずは、「感情が理由」という思考の流れを、「感情の理由」を考えるという流れへと、方向を逆にすることが必要になると言えるかと。
ここに、最初のハードルがあることになります。その4『3つの関門と3つのハードル』で述べたように。


「感情が理由」という思考の姿勢だと、心は迷走と暴走を繰り返すのみです。感情を理由にものごとを考え、そうして考えたものごとによって、さらにまた感情が刺激される。

他人はこっちを白い目で見てくる。だから他人が嫌いだ。どうすれば人に会わずに生きていけるか。人に会わずに生きるためには、どんな職業がいいのか。その職業になるために必要なことは・・。なれそうもない。生きていけそうもない。死にたい。
・・・と^^;

腹黒い相手にこんな仕打ちを受け、猛烈に怒りを感じる。この怒りをどう晴らせばいのか・・。
・・・と^^;


「感情と行動の分離」の誤解

ここで「感情と行動の分離」についての典型的誤解とは、そうやって「感情が理由」の思考の先に怒り破壊の感情生まれた後で、その怒り破壊の感情についてはただ流し行動化はせず、その代わりの建設的行動を考えることか、と考えるものです。

それでは遅すぎます^^; 「感情と行動の分離」の、「分離」をするポイントとしては。ここまでは感情それを鵜呑みにしない行動とは、という分離ポイントですね。

上記誤解パターンとは、怒りを鵜呑みにしたまま、その先に「感情と行動の分離」を考えようとするというパターンです。これでは「感情と行動の分離」の真似事です。

まあもちろん「怒りの非行動化」は、「破壊から建設へ」の転換の、最初の最初です。
「感情と行動の分離」はそこから一歩踏み出した、心の技術なんですね。


思考の前提こそが「鵜呑みにしない」ポイント

思考の前提こそが、「鵜呑みにしない」ポイント、だと言えます。
上に書いた思考例ですと、「他人はこっちを白い目で」「腹黒い相手」です。

そうした、思考の流れが起きる、最初の「前提」こそが、感情を鵜呑みにせず、「感情と行動の分離」の心の知恵の姿勢で、対処していきたいものになります。


こうした「思考の前提」は、しばしば、ご本人が自分の感じること文章にした時、「形容詞」の形で使われ、さらっと意識がその先へと進んでしまうことで、見事に「感情を鵜呑みにした思考」なりがちです。

「こんな社会」の中で・・。今の世の、「こんな男性」だらけの中で。「こんな女性」だらけの中で。「こんな人間」だらけの中で。
こんな出来事が起きた中で。
自分はどうしてもこう感じてしまう。どうすればいいのか。


その、「どうしてもこう感じてしまう」前の「こんな中で」がまさに、鵜呑みにせず、立ち止まって考えるべきものがあるということです。


積み重ね

これは実際のところ、何らかの心の動揺やマイナス感情を感じた時、そのことがらについては大よそ、一歩も前に進めなくなることを意味すると思います。
一切、行動できない。そもそもの思考の前提から、見なおすのですから。
それでいいんです。というか、それがいいんです。

そこは、それを内面向き合いと位置づけ、外面行動としてはこの心の動揺やマイナス感情とは別に行動していくことのできる、当面の生活課題への行動を淡々と行うのが良いでしょう。

これが、今まで「感情と行動の分離」実践によって、積み重ねられた部分だということです。


「感情を導ける思考」の先に、自分としてこんな場面ではこんな行動法という、感情に揺らぐことのないものを見出す。それが、それからの自分の生き方そして行動の仕方として、どう感情が揺らごうと定着していきます。まあそれは同時に、その部分においては実際もう感情が揺らがなくなってくるということでもあります。

新たな感情動揺に出会った時は、もうその新たな感情動揺の領域では、一歩も前に進めるものではなく、それについて新たに「感情を導ける思考」の検討を始める。
その一方に、今までの「感情を導ける思考」積み重ねによって、安定して行動できる自分がありながら。

この積み重ねの先に、揺らぎない心次第に大きく育っていく、という形になります。


そうした姿勢がないとは、常に目先の感情が良くならないとうまく行動できない、マイナス感情がすぐに解消できないと、全てが嫌になってしまい、全ての行動ができなくなってしまう。
そして人の言葉がどう心に響くかに頼るだけで、何となく良くなったり悪くなったりしながら、すぐ解消できないマイナス感情に出会うたびに「死にたくなる」を繰り返す^^;

そんな人生がずっと続いてしまいます。


「自分への問い」の開始

そんな流れのものとして、まず「感情が理由」という思考から、「感情の理由」を問う思考へと流れを変えます。

まず、今の感情ただありのままに、そして論理的明瞭化することからです。文章にして、書くことがとても大切です。
自分はこうだと考え、こう感じている。
どう感じているということなのかを明瞭化します。その3『自分への問いと対話』で説明した段階ですね。

そこから、「自分に問う」ということを、始めるわけです。


思考の前提があり、マイナス感情という結果があります。こう考え、こう感じている。そうして論理的な表現で感情を表現する。
「今の感情」明瞭化です。

そこから「感情と行動の分離」で問いを始めるのは、マイナス感情についてどうしてやるか、ではないんです。
そうして明瞭化された、
「思考の前提」の方を、問い始めるんです。

こんな社会で、こんな男ばかりで、こんな女ばかりで、こんな人間ばかりで。

「本当にそう考えているのか?」と、自分に問うことからです。


そこに、自分に嘘をつかないための、「ていねいで正確な論理性」具体的実践が出てきます。
これを次に。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考-13:実践の流れその2・心への2面姿勢
「感情を鵜呑みにしない」のは「相手や出来事の解釈」

こんな相手と、こんな出来事があり、こんな感情になってしまった。一体どうすれば・・。

そこで、「感情を鵜呑みにしない」という心得を、「こんな感情」を鵜呑みにしないということだと考えた時、それはハイブリッド心理学が考える「感情と行動の分離」とは、まさに見事にあべこべの逆になります。

まあ世の人が「感情に流されては・・」自分の心をコントロールしようとする時、まず9割方もしくはそれ以上の人が、その誤りに進んでいるのではと推測します。


「感情を鵜呑みにしない」とは、正しくは、そもそも「こんな相手」「こんな出来事」だと考えたことについてなのです。
つまり、「相手や出来事の解釈」です。それを、感情を鵜呑みにしないようにしたい。


「解釈」によって起きる感情を理解し認める

一方、「こんな感情」という部分はに、ありのままにそれを理解し認めるべきものに、なるんですね。もちろん、それをどう次の一歩に生かせるか、それとも生かしてはならず非行動化するべきかは感情の内容に応じて心の知恵が出てくるものとして。


そこで「こんな感情」ありのままに認めるとは、「こんな相手とこんな出来事」という自分の「解釈」において、自分はそのような感情を抱くのだということを、自分の「心の現実」として、ありのままに認めるということです。

「現実」必ずしもその「解釈」通りとは限らない・・、という、もう一つの、外面向け建設的な心の視野を持つ一方でです。

ここに、内面感情ありのままに流し理解し、外面建設的な目を向けるという2面姿勢による、心の治癒と成長への変化が、始まるのです。


そうでなしに、「こんな相手とこんな出来事」という「解釈」については、「そうに決まっている」感情を鵜呑みにし、そうした「解釈」によって自らの心の現実として湧く「こんな感情」については、何とかして良いものに無理に変えようとあがく。
まさにこれはなんですね。
内面感情をありのままに認めず、外面への建設的な視野も持たないという、バリバリの逆です^^;


心への2面姿勢

自分は相手や出来事を、こんな風に考えたことにおいて、こんな感情を感じているのだ・・。
それをしっかりと認めた時、「自分を知る」という、心の叡智への第一歩が踏み出されます。

そして次に、現実の相手や出来事は、自分が解釈したようなだけのものでは、ないのかも知れないのだ。ならば、この感情はそのまま流し受け入れながらも、別の行動に向かうことができる可能性もあり得る・・。
そうして「世界への広い視野」を携えた時、心に、「勇気」とも呼ばれる感覚も伴いながら、感情変化する、いや感情が変化するという小手先だけのものではない、この人の心のあり方の全体、この人の存在の全体が、変化へと向かいはじめるのです。


「こんな相手とこんな出来事」という「解釈」を、「自分に問い直す」ことができるかどうかが、第一歩になる次第です。

再び平たい言葉で、「自分への問い直し」実際どのように行うかを説明していきましょう。

詳説・感情を鵜呑みにしない思考 |   コメント(0)
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