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心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
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ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
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「信仰」への取り組み実践・概説
「湧いてくる」そして「湧き上がる」という「魂の感情」根元のあり方は、受け身vs自己能動」の「価値観」3/26『神になるのをやめる-5・価値観』)などでもかなり決まってくると思いますが、最も根底になるのは、「信仰」ではないかと私は考えています。

このブログ
執筆を通して、改めて心の成長流れをたどり、その重要性を極めて大きくクローズアップするに至った次第です。


そこでこの「信仰」についての取り組み実践を、まあ「概説」と言うほど網羅はしないでしょうがざっと書いておきましょう。


「信仰」とは

改めて「信仰」とは何かを定義するならば、何を「最後の心の支え」にするかの、心の根底の姿勢、とでも定義できるでしょう。


あなたはそれを何に向けているでしょうか。

「お金」か。お金を信仰する者は、お金の問題身を滅ぼします。


「誰か強い人が助けてくれること」最後の心の支えだと感じるのが、「他人依存信仰」です。
当然、そうした目他人を見る姿勢になります。

これがあると、「意識」の全体「他人」に向けられ、「他人」によってすぐ感情が揺らぐ心の障害最大の背景とも言えるものになると思われます。
これへの具体的取り組み法は、このあとさらに詳しく説明します。


各種の「占い」「占星術」などに過度に入れ込むことも、心を病む背景になりがちです。
不運に出会うと、すぐ「うつ」なってしまいます。「運」「最後の心の支え」になるからです。そしていとも簡単に、最後の心の支え失ってしまった心の状態になってしまうわけです。

その他、形あるものへの信仰は、概して心の健康害するものとして要注意です。
心の生命力がそうした「有形物」吸い取られ心の仮死状態を招いてしまいます。

「神」をそれぞれ独特な「形」で描こうとする「宗教」も、心の健康のために概してお勧めできるものではありません。


未知なる神への信仰

お勧めできるのは、やはり、「神」「知りえないもの」「人知を超えたもの」とした上で、最後にはそうした「神に委ねる」という情緒だけは持ち続けるものです。

「人事を尽くして天命を待つ」
「神は自らを助くる者を助ける」

といったことわざが示すように。(5/12記事など参照^^)


そもそも「神」なんてものの存在を信じることができない。そう来る(^^;)と思います。
それは「神」巨大ないきもの(^^;)のように想定した思考の場合です。

きわめて科学的に、「神の領域」議論できる、知的なテーマがあります。
「生命」「意識」「宇宙」です。
これを突き詰めて理解していくと、おおよそのものごと物理法則の結果としての偶然の出来事として理解できるのですが、全ての物理法則大元に、もう物理法則では理解できない「何ものか」が働いているのが見えてきます。

こうした知的理解が、「未知なる神への信仰」うまくバッティングしないものになります。そして「委ねる」という情緒を保ち得る。

知りえない「何ものか」だからこそ、最後に「委ねる」ことができます。
知り得るものは、「委ねる」ではなく、しっかり計算してコントロールするために使います。

そうした意味で、「神」「信じる」も「信じない」もなく、「知らないもの」とする思考。

この辺の話は、詳しくは4/15『島野が神になるのをやめた時-11・科学の目』などを再読頂ければ。


そうして、「神」とは何かなんてもう知ろうと思わないけど、自分にできることは尽くし、最後は神に委ねる
そうした人の行動の姿に、ぜひTV番組などを通じて、頻繁に触れてみることをお勧めします。

「神の手を持つ」と言われる名医は、まず間違いなくそうした姿勢です。


「信仰」への実践・TV番組の傾向確認

そんな話として、良く見るTV番組傾向を確認するのが、自分の「信仰」のあり方を確認する、一つの良い実践だと思います。


典型的なのは、私はほとんど見ないのであるいは誤解かも知れませんが、『おしん』に代表されるHNKドラマの類人情もの時代劇典型的な「他人依存信仰」の世界になると思います。

TVドラマ概して「他人依存信仰」の世界で描かれており、ちょっと心の成長に毒・・というのが私の印象です^^;


なによりもお勧め動物のドキュメタリーや、最新医療の報道です。そこでの医師および患者姿勢など。
『アンビリバ-』『ベストハウス123』『世界仰天ニュース』などの人生バラエティ
ただし『エチカ』『深いい話』などの類は、安直な一面的ウンチクが中心で視野が狭いので、ごく単純な教養番組程度として、ハイブリッド心理学的には特にお勧めする傾向のものではなくなってきます。

あとは、「時代の流れ」というものを捉えるような内容のTV番組もお勧めです。この点、「報道ステーション」ニュース報道プラスアルファがあるお勧め番組ですね。

つけ足しで、「自然な人間関係」触れるものとすれば、「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」がお勧め^^。TVドラマの人間関係って、概して不自然で、見すぎると対人行動がヘンになると感じます。ちょっと言い過ぎ^^; アハハ^^;


TV番組を選ぶことは、毎日の食事を考えるのと同等の、心への栄養素の配分になると私は感じます。「信仰」や「価値観」のための「実践」の重要なものです。

「TVはほとんど見ない」のは、基本的な栄養を取らない形になりますので、できるだけ良い傾向の番組を選んで見る習慣をお勧め致します^^。


生涯に渡って続ける、「実践」になりますね^^。

(8)魂の世界 |   コメント(0)
「他人依存信仰」への取り組み実践(前)
6/6『魂への重い蓋を取り去る-3』の続きになるような内容ですが、タイトルはこれで^^。とりあえず『前』『中』『後』3つくらいで話したないなと。

「魂の感情」への重い蓋となる「他人依存信仰」について、取り組み実践をここでざっとまとめておきたいと思います。


概要

「他人依存信仰」は、それが自覚できた時は、他の何にも優先させて取り組むのが極めて望ましい、と私は感じています。

「他人依存信仰」とは、前記事『「信仰」への取り組み実践・概説』で書いたように、

「誰かが助けてくれること」「最後の心の支え」だと感じる、心の根底の姿勢

だと定義できます。

これがある限り、いかなる心の平安も、成長も、豊かさも、あり得ません。
人との関係で思い悩み、惑い、感情の動揺と、不安と恐怖にかられ、心がすさみし、必ず「うつ」になることが、定められています。

「他人依存信仰」とは、そんなシロモノです。


だからと言って、「この他人依存信仰がいけなんだ、神への未知の信仰に変えなくっちゃ」と考えるのは、取り組み実践ではありません

むしろ逆に、他人への依存に、とことん入れ込んでみるような姿勢が、取り組み実践になってきます。
そのメリットとデメリットを、とことん見きわめる
姿勢でです。この姿勢が何よりも、心の根元において他人依存信仰とは別へと向くものになるのです。


そしてその先に、
外面においては、しっかり計算の上、依存できる部分は大いに依存する。
・「信仰」としての部分は、抜け出る。


これがまず最初の一歩になるかと思います。


その先に、「他人依存信仰」から派生したさまざまな「善悪の思考」解体し、その偏った思い込み捨てて行く。
これが『入門編上巻』で大きく展開している話になってきます。

そうして「善悪の思考」捨てた時、「魂の感情」開放され始める。そのような流れになるかと思います。
「善悪の思考」捨てるというのは、「他人依存信仰」特に強い方以外でも、全ての方に、継続的に重要になる実践だと思います。


自らの「他人依存信仰」を、とことん見きわめる視点要点などを説明していきましょう。

(8)魂の世界 |   コメント(0)
「他人依存信仰」への取り組み実践(中)
「他人依存信仰」への理解ポイントです^^。


これは基本的には、「内面感情ただ流し理解し、外面行動建設的に」という「感情と行動の分離」の、内面側の実践です。

私たちの心は、なぜ、そしてどのように、動揺してしまうのか。
その根底にある原因と、それを膨らませてしまう姿勢抜け出していく姿勢違い、つまり「内面の選択肢」を知るための実践です。


「受け身意識の闇の川の底」・・

それについて、このブログでは、「未熟」「心を病む」というスタートライン人それぞれの状況であった上で、「受け身意識の闇の川」とも呼べるものが私たちのに現れ、「心の力み」「甘い嘆き」が、まずは抜け出したい「水」として流れてくる、といった説明をしました。
2/10『病んだ心から健康な心への道-2』など参照

その「闇の川」にとどまったまま、「心を楽に」する手立てを、ハイブリッド心理学では成長治癒、そして豊かさに役立つものとは考えていません。
抜け出していく歩みが、私たちの強く成長させていきます。そして長い目で、私たちの「豊かさ」を、与えていくのです。

それは、その「抜け出し」が、「魂の感情」足場にするからだ、と言うことができるでしょう。


「他人依存信仰」は、そうした「受け身意識の闇の川」の、いわば母体とも言えるものです。

「闇の川」というよりも、その闇の川の「底」です。

「他人依存信仰」の中にどっぷりと浸っているのは、「受け身意識の闇の川」「底」の下に埋まっているような状態で、「抜け出す」どころではなくなってしまいます。


「他人依存信仰」からの悪感情の自己分析

自分の内面感情理解する実践としては、自分として抜け出したい悪感情が、どのように「他人依存信仰」背景にして膨らんでしまうのかを、しっかり吟味してみると良いでしょう。


まず基本的な話として、「意識」の全体「他人」磁石のように貼りつけられ、「他人」心の中法外に大きく映り、法外な影響を自分におよぼす存在として描かれます。
こうして、人に面した時の感情の動揺が、基本的法外なものになってしまうわけです。

またこうして、心の底本当の気持ちである「魂の感情」は、目を向けることなどできようもなく、力づくで目を「他人」へとそらされてしまいます。
「他人依存信仰」が、「魂の感情」への強力なになってしまうゆえんです。


その上で、次のような悪感情そして感情の動揺が生み出されます。


「嫉妬」

「嫉妬」は、人生で体験した、最も嫌な感情でした。
それが「他人依存信仰」からどのように生まれるかは、推測も容易だと思います。
強い人間からの寵愛や、他人からの好意を受け取ることへの嫉妬に、猛烈に駆られるものへと。

もちろん「嫉妬」「未熟」な心にとって基本的に起こりがちな悪感情ですが、「信仰」の対象となるものを自分ではなく他人が得ているのを見た時のそれは、「他人依存信仰」「有形物への信仰」猛烈に激しくなることが容易に予測できます。
それが「他人からの好意」であれ、「お金」であれ。

これが「未知の神への信仰」であれば、それを得る他人の姿、つまり全てを尽くした先に神の手が働いたかのような成功の姿を見るのは、嫉妬というような感情は感じこそせず、逆に感動を感じるような形になるように思われます。
ただ自分にできることを尽くす・・。その生き方への勇気を加えるものとして。


「怒り」と「憎しみ」

「怒り」「憎しみ」は、「他人依存信仰」背景にして、極めて独自の意味を持つようになります。

おそらくこれが、私たちの日々の対人関係での悪感情最大の原因であり、また「怒りのない人生」へと向かうための、最大の転換になるものと思われます。

それは、人ができるはずのことを自分にはしてくれない、と感じる感覚です。
自分への悪意の下に、と。



「心の成熟と豊かさ」への最大の入り口転換点

事実、「未熟」から始まる私たちのは、この怒り憎しみを抱いて、この人生を生き始めるようになるのだと感じます。よっぽどの幸運に恵まれた人を除いて。

そしてこのことを意識するかどうかは別として、そもそもそれは「できるはずのこと」などではないのだ・・という感覚へと成熟した時、人は人生で抱き続けたその怒り憎しみを、捨てるのだと思います。


私はこの心の変化の流れを思い浮かべると、目に涙が浮かぶのを感じます。事実、それが通った道だったからです。

今だ病んだ心の残骸を沢山抱えた大学院の頃、「そこにいる全ての人間を殺してしまいたかった」という言葉が日記につづられていたのを、後に私自身が発見した話を、5/25『「神になるのをやめるひらめき」の扉-1』で書きました

その少し後、私の心急速に回復していきました。それを決定づけた自覚として日記に書かれていたのが、「自分はお膳立てを求めていたのだ・・」という自覚でした。

私はその時まで、人が自分への悪意の中にいるという感覚の中で、生きていたのです。
人が自分への悪意を向けているのではない、自分が人への法外な要求をしているのだと、気づいたのです。自分が内面の悩みなどなしに人に明るく振舞えるよう、まず人から自分に疑いもない目で親しく接してくるべきだという、強引な要求を、ということになるでしょう。

「自分はお膳立てを求めていたのだ・・」という自覚と共に、私の心急速に楽になっていきました。
「他人」とは、そもそもそんなことをする存在、できる存在としてあるのではないという、「他人依存信仰の捨て去り」が、その時私の心には起きていたのだと思います。


「魂」は、しばしば、この「他人依存信仰の捨て去り」と共に、深い涙を吐き出します。「不完全な愛」に自分が向けた「憎しみ」という「罪」への悲しみをです。

その時、大きく浄化されています。6/1『「魂」による「心」の浄化-5・3つの浄化作用』列記しておいた「魂による浄化作用」3種類の中の、「デトックス」に該当するものだと言えるでしょう。


その時同時に、は、「豊かさ」へと向かう長い道のりの入り口に立つ、大きな転換を成したことになります。
これからは、自分から人を愛することができる心への、成長に向かってです^^。


「他人依存信仰」背景にして起きる感情動揺の、残りのパターンを引き続き説明します。

(8)魂の世界 |   コメント(0)
「猫の幼虫」と巷で有名(?)な・・
まるで島野の個人的趣味による、『写真と言葉』^^;

今朝の朝日新聞で知り、ネットで探して思わずかわいいーということで。
虫嫌いな方ごめんなざい。なんでも大好き島野というこで。

「ヒメジャノメ」というちょうちょ幼虫です。




ぼく、いましょくじちゅう。


写真と言葉 |   コメント(0)
「他人依存信仰」への取り組み実践(後)
『前・中・後』の3部作で収めたため、ちょっとこれが長めになりました^^;


「怖れ」と「他人関係のせばまり」そして「善悪」へ

「他人依存信仰」背景となって起きる心の動きの、残りのパターンを見ていきましょう。

それは「怖れ」という分かりやすい副産物と、少しわかりにくく、そして特有対人関係の「せばまり」と、「善悪」の思考という根深いものへと染み込んでいくものになります。


「怖れ」

「怖れ」が、解決不可能なものとして心を揺り動かすようになるのは、言うまでもありません。

それは、「何でもできて」自分の最後の心の支えとなるべき「他人」から、自分が見離され見捨てられ見下げられ怒りを向けられることへの、恐怖です。

それはこの人にとって、「破滅」意味します。「人の助け」「最後の心の支え」であり、それを失うのですから。


ですから、「他人依存信仰」あまり持たない人からは、「別にそんなの大したことないじゃん」程度にしか受け取られないような、他人からのちょっとした批判の言葉などが、この人にとっては、人生の破滅の訪れであるかのような法外な怖れの反応で、受け取られることになってしまうわけです。


「恥」

「恥」感情も、「他人依存信仰」特徴的です。

「何でもできる他人」と、同じように自分も振舞えなければならないと、感じているからです。

これが「他人依存信仰」あまり持たない人の場合は、「何でもできる他人」なんて感覚持たず人それぞれの長所と短所を見ることのできる目育てていけますので、「自分も何でもできなければ」という感覚持つ必要がなくなります。
それぞれの人が、できることをすればいいのです。その、助け合いです。


さらに、「ありのままの今を原点とした向上」を重視する「自己能動の価値観」に立つと、「今の原点」が実際どんなに人よりも客観的に劣ったものだったとしても、そこからの向上へと前に向く姿勢そのものに、大きな価値を感じるようになってきます。

これはもう、何かができないのが「恥」だなんて感覚は、微塵もなくなるものになってくるのです。


内面に流れる「恥」感情を、「自己能動の価値観」によって、打ち破り、乗り越える
これが大切な姿勢であり、日々の実践です。

人生でそれを徹底して実践してきたは、とんでもない「恥知らず」です^^; えへへ^^ゞ (←この笑いはちょっと不要ですねアハハ)


「分かってもらう」は「魔法の助け」へ

「うつ病」の人が訴える辛さ苦しみ核心、つまり「主訴」とも言えるものが、ごく普通に健康な人にはしばしば理解不可能になる原因が、「他人依存信仰」にあると私は感じています。

つまりこの人は、自分の辛さ苦しみが人に「分かってもらえる」ことで、全て良くしてもらえるという「魔法の助け」が訪れるという願望感覚の中にいる。
そう解釈すると、その理解しがたい様子理解できるようになる。そう感じられるものがしばしばです。


もちろんそんな「魔法の助け」など誰も用意できません。
その結果、「うつ病」の人自分の辛さの訴え方と、回りの人々、そして関係する医者などとの会話が、しばしばかみ合わなくなります。

本人ただ辛いのだと、そして自分は駄目なのだという気持ちを、訴えます。
回りは、それはいいから、もっと具体的に何がどう問題なのかを、聞こうとします。それに対してしか助けの手を出しようもないからです。

「リストカット」などの「自傷」の行為も、膨張した悪可能の挙句という側面もあるでしょうが、しばしば、ここまで苦しいのだと示せば全て良くしてくれる人の助けがくる・・といった空想感覚の中で、「甘い衝動」として成されるものである可能性があると言えるでしょう。


対人行動の「せばまり」

「他人依存信仰」は、対人行動力特有の「せばまり」を生み出します。

もちろんそれは表面においては、すぐ人に頼ろうとするというごく普通「依存心」から、自分のことを自分で決められない、さらには自分のことを自分で考えることができない、という底なしの依存心にまで至るバリエーションがあります。
深刻な例では、まるで自分の代わりに人にトイレに行って欲しいという思考まで展開しているかのではと思わせる姿として・・^^;


その一方で、「他人依存信仰」「過度の世話焼き」という逆の行動傾向として表現されることも少なくありません。

つまり、相手自分で自分のこともできない、何でもやって欲しいという気持ちでいるという想定に基づき、その気持ちに応えるという行動の仕方が、行動の基本型枠のようになっているケースです。

これは外面的には一見して「行動力」があるように見えるのですが、心の成長と豊かさ向かう真の行動力とは全く無縁なものである場合があることに、注意が必要です。


もちろんそれは、病床にある人への介護や、家庭内での団らんの一場面として、有効に機能している分には、そうした「依存-世話焼き」という行動様式そのものを問題視する必要は、全くありません。

重要な視点は、そうした「世話焼き」型行動傾向多い人が、行動対処できる相手の幅を広げること(特に、「利害の対立」「社会的立場の違い」といったものがある場面)に困難を感じる、またそうした狭い対人関係の中でさえ感情が動揺しがちである場合は、依存的な側全く同等「他人依存信仰」の病巣があると考えるのがまず正解だということです。

そこから「怒り」「怖れ」「恥」「嫉妬」といった悪感情が、頻繁に生み出されている病巣としてです。


この理解をスタートにして、「依存-世話焼き」行動法そのものを否定しようとする減算法ではなく、全く別世界となる「原理原則行動法」「建設的対人行動法」「ウインウイン行動法」などの「行動学」学び、実践してみるという加算法の取り組み大切になってきます。
(参照:5/18『3つの「行動学」』など)

「他人依存信仰」から根本的に抜け出すかという自分への問いも、あくまでそうした「感情と行動の分離」の姿勢に立った実践を体験する中で本当に意味を持つようになります。


「信仰」そのものを方向転換する実践として、6/9『「信仰」への取り組み実践・概説』で言ったようなTV番組の傾向見直しといった、心に取り入れる基本的な栄養素見直しを併せた、息の長い取り組みとしてです^^。


「善悪」の思考

最後に、「善悪」という巨大な心の命題が、「他人依存信仰」文脈から生まれます。

その始まりは、『(中)』で説明したように、「怒り」「憎しみ」が結びついた形でです。


「他人」「社会」、そして「人生」そのものが、本来できるはずであり、自分にしてくれるべきであったことを、してくれなかった
その「悪意」によって、自分の人生がつまづかされた・・という、「怒り」「憎しみ」の形で・・。


その「怒り」と「憎しみ」に、何の答えも出せないまま、私たちはそれを心の中に置き去りにしたまま人生を生き始め、やがて大人になった時、その「怒り」と「憎しみ」を、今度は、大人になり何でもできているべきなのにそうではない自分自身に、そして全ての他人に、向け始めるのです。

ここに、私たち人間の心の悲劇の運命、私たち人間の「心の業(ごう)」と呼べるものがあります。


ハイブリッド心理学の取り組みの全てが、この人間の心の業の根本的な克服というゴールに向かって、進むものになります。


ここから、『入門編上巻』世界が、始まります。とも言えます。(まだの人買って~*~0~*)
「善悪」の思考を、根本的に解体し、新しい生き方のための思考を、ゼロから築き上げる取り組みです。

このブログでは、「魂の感情」をその最大の推進力とする歩み方について、本で書けていなかったキモの部分を、本の補完としてこの後要点を手短に書いていきます^^。

(8)魂の世界 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-4・「孤独力」
「魂の感情」影響する要因については、ほぼ出尽くしましたので、ここで再び、「魂の感情」が実際にどのように湧き出るのか、そしてどのようにそれを感じ取ればいいのかについて、話を戻したいと思います。

そして、その先にある「魂の成長」とは何かについてです。


「実践」の「習得」が「魂の感情」を湧き出させるのではない

ここでまず理解頂きたいのは、「価値観」さらには「信仰」といった、ハイブリッド心理学のあらゆる「実践」「習得」そのものは、何ら「魂の感情」湧き出させるものでもなく、「魂の感情の豊かさ」直接つながるものでもない、ということです。

「実践」「習得」としてできるのは、ただ、ひたすら、「魂の感情」への取り除き軽くしていくことだけだ、ということです。


では実際に「魂の感情」湧き出させるものものとは、何か。

それはただ「命」だということになるのですが、「命」が私たちの「心」に湧き出させる「魂の感情」を受け取るために、決定的に重要になってくるものがありますので、それを説明しましょう。


「孤独力」

それは一言でいえば、「孤独力」と呼べるものです。

もちろん単に「孤独になる傾向」のことではありません。単に、に、そして「愛」に背を向ける孤独は、ハイブリッド心理学が言う「孤独力」とはむしろ正反対のものになります。


ハイブリッド心理学が言う「孤独力」とは、
孤独において「愛」に向き合うことのできる、心の強さ
のことを言います。

「魂の感情」は、この「孤独力」において、湧き出し、そして受け取ることができるものです。


それ以外の形では、私たちは「魂の感情」感じ取ることはできません。
特に、豊かさへと向かうものについては。

人間とは、そのような存在なのです。


ですからしばしば、「愛」を安易に「形」で手にいれる者は、全く心が豊かにならない、といこうことが、起きるのです。
『入門辺下巻』でも触れましたが(P.284)形としての「愛」を我が物にしてきた人が、最後には身を削る孤独の中で死んで行くといった姿を、その結果しばしば目にすることになるのです。

私自身は、これまでの人生で、外面的には実に乏しい異性との関係しか持つことができませんでしたが、実はそれによって逆に心が豊かになれたと、逆に良かったように感じてるくらいです。(あまり自慢できない^^ゞ)

安易に「愛」を形できなかったことこそが、自分の心を豊かにした・・今はそんな感慨を感じています。
その苦しみ、です。


実際の相手との場で「魂の感情」は消える

ですから、自分への向き合い実践面でぜひ知っておいて頂きたいのは、
実際の相手との関係の場で、「魂の感情」は消える
ということです。

実際の相手との関係で、プラスの感情を表現でき、相手からも受け取れるという心の交流は、それはそれで「楽しみ」「喜び」であり、人生の幸福につながる、良いことです。
しかしそれは必ず「心の感情」を通すものになり、「魂の感情」純粋に湧き出るのではありませんので、「魂の豊かさ」にはあまりつながりません。これはかなり難解な違いですが・・。

だからと聞いて、現実の満足避けるのは、全く意味がありません。それは単に「望み」に背を向けるということです。


「望み」に向かい、いまだ叶えられていない中で、なお望むことを続ける時、「魂の感情」は大きく湧き立ち、それを心の中で開放することによって、魂の感情は豊かさを増していくのです。
私たちにできるのは、ただ「望み」へと、向かうことだけです。


その「望み」とは、「命」それを望んで生まれたような、「愛」への望みです。


良くも悪くも、実際の相手との場面を使っている間、は、とりあえず自分の役目はないものとして、身を潜めます。

ですから、「相手との関係」を「自分」だと感じる人は、「魂の感情」ごっそりと失っている人です。
「相手との関係」から離れ、孤独になった時の自分に向き合う中に、「魂の感情」が現れる。これをまず念頭に置いておいて頂ければと思います。


「相手への思いやり」「魂の感情」かと考えるのは、完全に誤りです。「魂の感情」は、「思いやり」とは全く異質な感情です。


実際の相手との場面で私たちが抱く相手への感情、さらには「思いやり」は、しばしば、魂の感情の純粋さを失い、画策と目論みに満ちた、心の成長と豊かさへの方向性を見失った「心の感情」の方です。
5/27『「心」と「魂」の図』の左側の「成長不可能な心」参照。)

「魂の感情」想起する、つまり「思い出す」ことが、それを突き破る、「浄化」作用を持つ、という形になります。


ではそうした「魂の感情」を、実際どんな意識法で感じ取ればいいのか、考えられるものを説明しましょう。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-5・「感じ取り方」
では、「魂の感情」「感じ取り方」要点をまとめましょう。
6/8『「魂の成長」への道-2・道のり図』で示した、5つ通過ポイントに沿っての説明になります^^。


「魂の感情の回復」の感じ取り方

「魂の感情の回復」という最初通過ポイントは、とにかく「魂」をするもの減らし人を相手にしての問題においてではなく、むしろそこから離れて一人になって、内面の落ち着きと自由を取り戻すことができるというのが基礎になります。
まだ「孤独力」と言うほどの話ではなく、です。

そうして、自然の中に身を置いて、大きく深呼吸し、のびのびすがすがしい気持ちを感じ取る、といった姿勢が、この「魂の感情の回復」「感じ取り方」です。
これは6/9『「魂の成長」への道-3』でも書いた通り^^。


そのためにどんな「実践」必要になるかは、もう完全にケースバイケースです。

もともと、「魂の感情」比較的なじんでいる難しい言葉を使えば「親和性」が高いケースもあります。この場合は第2の通過ポイント以降を検討すればいいという話になるでしょう。

最初固く蓋がされていても、「最初の一歩」からの実践の中で、自然と、そして順調に、魂への蓋が外れていき、やがてある時、夕焼けの光景を前にして人生で久しく忘れていた感動の感覚を取り戻すといったケースもあります。これは『実践編上巻』で紹介している「D男さん」好例です。

に完全に蓋をして、さらに重いつけもの石を乗せた上でが働いているかのような方も、やはり少なくありません。この場合は、とにかくこの状態をはっきり自覚して、そこからの抜け出しに取り組むことが最優先課題になります。
そのための近道はなく「感情と行動の分離」内面および外面への取り組みの全てを、この状態からの抜け出し目標にして進めるということです。


キモになる実践

こうした違いは、心の障害傾向有無、そしてその深刻さ違いにはほぼ全く無関係であり、ひとえに、「価値観」と「信仰」によって決まる、というのが私の感じている印象です。


ですから、心が完全に魂に蓋をしているケースは、「最初の一歩」からの実践全てを通して、魂の感情感じ取れる、そして開放できることに味方するような「価値観」「信仰」への転換を果たすことで、ようやっと「魂の感情の回復」から始まるという形になることが考えられます。

それでも、この場合の「価値観」「信仰」転換は、この先の通過ポイントをも一気に含むような、人生での巨大な転換にもなり得ることが考えられますので、他のケースよりもはるかに長い期間が必要だと決めつけるにはおよびません。


この転換とは、再度書き記しておきおますが、
「価値観」においては、「受け身の価値観」から「自己能動の価値観」へ。
さらにその根底にあるものとして、「信仰」においては、「他人依存信仰」および「有形物への信仰」から、「未知の神への信仰」へ、です。

そこで「価値観」も「信仰」も、基本的には内面の姿勢ですが、そのように転換するためには、必ず「行動学」を学び、それによって怒りを用いることなく自ら能動的に人に働きかけることの具体的な姿を知ること足場にするのが大切であることを、ぜひここでしっかりと心に銘記しておいて下さい。


キモになる意識切り替え

そうした「実践」の積み重ねの先に、「魂の感情」を感じ取れるために決定的に重要になる、場面場面での「意識の切り替え」が出てきます。

それは次の2点です。
・「人の心の中でどう思われるか」が「自分」であるという意識から抜け出る
・全ての人間関係から、
外面においてではなく内面において身を離して距離を置いて、自分の内面の純粋な気持ちを感じ取る
 *外面において人に背をむけるのは、外面向け実践の全体としてもう逆である点、十分ご注意下さい。

これを可能にするか、それとも全く不可能にするかが、上述のような「価値観」「信仰」によって決まってくる、ということです^^。


第2通過ポイント以降の話を手短に続けましょう。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
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