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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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「正しい信仰」と「誤った信仰」(前)
「信仰」の位置づけサマリー

ハイブリッド心理学が考える心の成長と治癒には、3つ支えがあるという話になります。
どのように具体的な話についての支えかとしてです。


「思考法行動法」という、具体的なことがらへの、最も具体的知恵ノウハウ

「価値観」という、何を大切と考えるかの方向づけ。
受け身に守られ愛されることを重視するか、それとも自分から望み前に進むことを重視するか。

そして「意志」と「信仰」です。
「意志」人間において不完全なものであり、「信仰」がそれを補うものという位置づけになるでしょう。
そして「信仰」は、具体的な形で見ることのできない、「現実を越えたもの」への心の方向づけだと言えます。


「信仰」の役割

「信仰」役割として「正しい」のは、大きく2つです。


一つは「怖れの克服」です。「現実的な怖れ」ではなく、「現実的を越えた怖れ」克服であるのが、「信仰」の「正しい」形と言えるでしょう。
「現実的な怖れ」を「信仰」で克服しようとすると、ちょっと方向違いになってしまうと思います。

もう一つが、「成長の導き」になるでしょう。
これも、具体的な形で見ることのできるものごとについての対処力の向上ではなく、見ることのできない成長の道すじに向かう「意志」を私たちのに与えるものである時、その「見ることのできない成長」を信じる気持ちは、「信仰」と呼べるものになるような気がします。

もちろん、ハイブリッド心理学の道を歩む先に、「成長」を知った時、その方向性への気持ちは、「確信」を加えたものに変わるでしょう。


ハイブリッド心理学の「未知への信仰」

そんな位置づけにおいて、ハイブリッド心理学が向かう心の成長と治癒への道のりは、「未知への信仰」が支えるものになる、と言えそうです。


これは今までの原稿では、主に「性善の人間観」に対応するものです。『入門編』でも、上下巻ともそれに触れています。

人間の本性は「攻撃性」ではなく「愛」だという考えです。

「攻撃性」「幸福」が妨げられると起きる。そして「幸福」を妨げる最大のものは、他人や社会への誤ったイメージと、生きるための思考法の間違いなのだ、と。

だから、そうした内面の誤り解きほぐし捨てて行く先に、「愛」開放される。それに賭けるのだと。


そこで私はしばしば、それはもうその考え正しいか間違いかの問題ではなく、「選択」なのだと言っています。
それは私にとって、ごく科学的、生物学的な考えでもあります。しかしもし地球環境が悪化して根本的に食料が足りなくなった時、食料をめぐって殺し合いが起きるであろうとも考えます。とにかく今はそのような時ではない。

結局、何をもって「本性」と言うのかでも、話は変わるのです。
あとはもう、何を「本性」と感じていたいか、「選択」でしかない。それを選択し、信じようとする気持ちは、もう「信仰」の領域になってくるのかも知れない。

まずはそう言えると思います。


こんな話が、まずは「正しい信仰」について言えます。

それを念頭に、 「信仰の誤った形」もはっきりしてくるかと^^。

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「正しい信仰」と「誤った信仰」(後)
「誤った信仰」

「信仰の正しい形」とは、この2つになるものです。
「現実を越えた怖れの克服」
そして、「見えない成長への導き」


これを念頭に、「信仰の誤った形」を言えると思います。

3つが言えるかと。


現実問題に持ち込む誤り

1つ目は、具体的な現実のものごとへの対処に、「信仰」を持ち出そうとするものです。

現実上のものごと、たとえば受験合格祈願結婚祈願などの時だけ神社にお参りし、賽銭箱1万円を入れ、これで駄目なら「金返せ!」と(アハハ^^;)神に怒ってやる、というのは、もう「信仰」とはぜんぜん違うものです^^;


「信仰心が理解できない」原因・・

「信仰心を理解できない」人はしばしば、「信仰」「現実的利益」から思考しようとします。
神に祈れば、神が何をしてくれると言うのだ?と。

『罪と罰』ラスコーリニコフも、最初にソーニャに会った時、ソーニャあまりにも純朴に厚い信仰心を、内心で軽蔑しました。
バカな女だ、と。祈ったところで神が何をしてくれるわけでもないのが分からないのか、と。


こうして「信仰心が理解できない」というのは、実は信仰がないのではなく、信仰に用意された脳の機能別のものに向けている場合と言えるように感じます。
「他人」「お金」などにです。


ラスコーリニコフは、天才」信仰していました。そして魂を悪魔に売ったのです。人間のリーダーとなるべき天才は、自身を生かすために人を殺すことが許されるのだ、と。

そうしてその「高貴なる思想」の「実行」として行なったのは、僅かな金を目当ての殺人でした。それはその高潔なる信念とはあまりに対比的な、人間としても最も矮小で醜い行動の形に、現実の中ではなったわけです。
そしてこのギャップが、ラスコーリニコフの精神のバランスを崩し始めることになります。

やがてソーニャの信仰心が、ラスコーリニコフのをやがて根本から揺るがし始めます。


そうした流れを浮かべて、ふと、私たちが人生で犯す過ちとは、みんな同じ形なのだ・・という思いが湧きました。殺人とまではいかなくても・・と。
そして目頭が熱くなる感が湧きました・・。


「人の目」のための信仰

「信仰の誤った形」2つ目は、人に見せびらかすための「信仰」です。

この延長で、権威お金に絡むものも、「信仰心」とはもう別ものですね。
その意味で、「宗教」概して、正しい信仰とは逆の方向に向かうものように私は感じています。


他人への競争心からの信仰信仰による精神的な高貴さで、他人を見返してやる・・。
これはもうぜんぜん信仰心じゃないですね^^;

また、気持ちは分かるのですが誤りとなるのは、人間関係などでの悩み苦しみからの救いを、信仰に求めるものです。
現実的な対人行動法学ばないままでは、信仰に救いを求めても解決せず、「やはり信仰なんて」とまた背を向ける。そしてまた人間関係で惑い続ける、といった姿になりがちです。


こうした、他人への見返し穴埋め優越のためのような「信仰」の姿勢にあるのは、「他人信仰」かも知れません。まずこれをはっきりさせ向き合うのが良いアプローチになります。
これは次の記事で、メール相談から具体的な例など紹介しましょう^^。


「正しい信仰」は、いっさいの人との関係とは別の、自分自身の内面における、自分自身との関係において、問うものです。

それは『入門編下巻』最後の方で示したように、「魂」「神」との関係において求めるものなのです。


「現実世界の知識」と食い違う「信仰」は真の力を持ち得ない

3つ目に、1つ目「現実問題に持ち込む誤り」関係しますが、「信仰」の中にある話と、「現実への対処」のための知識が食い違ったところに、「正しい信仰」というのは無理なのだ、と言えます。

ここで、今日において「科学と信仰」というテーマが、重要なテーマになってくるわけです。


ソーニャの強さに憧れて、自分も神を信じようと考えたところで、恐らくそれは無理なのです。

ソーニヤの強さに憧れた瞬間とは全く別の場面で、そして日常のものごとに対処する思考の中で、「神」をどう考えるか。
そして、ハイブリッド心理学では現実問題への対処に、科学的思考を極めて重視します。


それらと、食い違いのない「神」についての考えをもてない限り、私たちは「現実を越えた怖れの克服」「見えない成長への導き」という、心への賜物となる「信仰」持つことはできないのだ、という話になるのかも知れません。


「神への未知の思想」という磐石 (*)
(「ばんじゃく」。堅固でしっかりしていてびくともしないこと)


事実、がそうでした。

小さい子供の頃から、「信仰の情緒」私の中には流れ続けていたと感じます。
しかしもの心つき、自意識が高まり、心が不安定になる思春期の中で、私は明らかに無神論へと向かっていました。同時に、心を病んでいったのです。

そして、無神論自己否定感情という、一見してつながりのない心の淀みから、「これは自分が神になろうとすることなのだ!」という「ひらめき」によって、心の大きな蓋を開けたのが、37才を前にした頃だった次第です。


この「ひらめき」への、4つの準備があったことをすでに説明しています。この4つです。
(参照:4/6『島野が神になるのをやめた時-3・実践への整理』
「完璧は存在しない」
「社会を生きる自信」
「怖れの克服」
「神への未知の思考」

この最後「神への未知の思考」は、4/13『島野が神になるのをやめた時-9・神への未知の思想』で説明し始めています。

要は、「神の存在」をむしろ肯定するような思考に、私は30才後半頃、改めてこの辺の領域を読んで、至ったのです。

もちろんそれは科学からの話です。その内容はもう心理学とは全く遠いものになりますので、私自身が詳しく書く機会はありませんが、私の中ではもう沢山の話において、「神を否定しない科学思考」成立しています。
それが成立したのが、30代後半でした。


話が長くなりましたので、「神を否定しない科学思考」については別の記事に譲りましょう。

「ではこの話はどう考えているの?」質問頂ければ、何でもお答えできると思いますので^^。


まとまめしょう。

「信仰の情緒」を、ぜひ大切に守ることです。
一方で、「現実の問題」に対しては、ごく現実的で科学的な対処を、徹底することです。

この2つが食い違いなくつながった時、心の大きな蓋が開くのです。



つながるまで、まだもう少し、一つ一つのテーマについてじっくり説明していきましょう^^。

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