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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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神になるのをやめる-5・価値観
「未熟な望み」
そしてそれが叶えられるような「自己理想像」を抱くこと。
これ自体は「人生を見失わせるもの」ではなく、スタートラインとして回り続ける歯車です。

3つ目の歯車によって、人生の生き方大きく違ってきます。


3.「受け身の価値観」

「未熟な望み」「自己理想像」に続く、3つ目の歯車は、「価値観」です。

問題となるのは、「受け身の価値観」です。


「受け身意識」のことではなく、「受け身の価値観」です。
受け身にものごとが良くなることを、自分から立って歩くことで良くなることよりも望ましいことだと、価値の重みを与えてしまう感覚であり思考です。

まあちょっと考えても、自分から立って歩くことで良くなるよりも、受け身にものごとが良くなる方が、価値が高い、自分はそうありたいと感じ考えるようだと、人生どんどん道をそれてしまいますね。
自分から前に進むことなく受け身でいて人生が良くなるような都合の良いことは、あまりないのが「現実」だからです。


受け身でいることを重視するこの価値観では、「幸福」、さらに「自分」が、受け身に作られるものと考えることになります。
「幸福」他人と社会から、あるいは「運」や「神」から与えられる
「自分」というものは人との関係によって作られる。子供の心は親によって大きく決められる


道徳思考の罠

恐るべきは、そうした「受け身の価値観」受け身でいることが価値が高いことだという感覚が、「正しさ」という観念の下に、私たちに植えつけられることです。

「正しければ幸せになるべき」「正しければ愛されるべき」といった、道徳的な思考です。
これはその通りではないか!とお感じの方も多いかも知れませんが、「正しい」とは「何が何にとってどのように正しいか」という内容を明確にしないと、意味のない話になってきます。

「1たす1が2であることが正しければ幸せになるべき」なんて言っても、あまり意味のある話ではありませんね。ハハ^^;


しかし実はそのように、中身が不明瞭な「正しさ」の感覚を、私たちは抱いているように感じます。

それはひいては、私たちが、自分自身の「幸福」を、中身が不明瞭なものに追いすがるように求めていることを、意味しているのかも知れません。
さらにそれはひいては、私たちが、自分自身の「幸福」を、中身が不明瞭なものによって妨げられ破壊されるという、中身が不明瞭な「怖れ」におおわれるようになることを、意味しているのかも知れません。

ここに、「人生を見失う道」に開いた、人生を見失う穴への入り口がある。そんなイメ-ジを感じます。

「望みの感情」を見失い、ただ「怒り」「怖れ」ばかりを自分の心の中に生み出していく、そんな心の落とし穴への・・。


「自己能動の価値観」

「受け身の価値観」の対照となるものを、「自己能動の価値観」と呼んでおきましょう。

受け身に与えられることよりも、自分自身から動いて得ることの方が、価値が高い、自分はそうありたいと感じ考えることです。

なぜ価値が高いか。私自身の感覚で言えば、そのほうが心が自由でのびのびして楽しそうだと感じるという印象からだと言えると思います。
受け身に与えられるというのは、ちょっと窮屈で、あまりありがたくないという印象。まあ自分で頑張っても得られないものは、受け身にあわよくば得られれば・・という空想はやはり時に浮ぶとして^^;


一方、「受け身の価値観」の方は、労せずして手に入れるという、魔法のような力へのプライドの感覚によって、人の心をくすぐると言えるのかも知れません。
その行き着く先は、世界の全体が自分に尽くすためにある、自分こそが神だと感じるという、病んだ心の世界へと・・。


「自己能動の価値観」は、心の健康と成長へとまっすぐに向く価値観です。
「未熟」「心を病む」という問題を合わせもったスタートラインからの歩みへの、最も基本的な原動力になるものとして、ぜひじっくり理解し、心をなじませていくのが良いでしょう。


「受け身の自己像」と「自己能動の自己像」

「受け身の価値観」「自己能動の価値観」の違いは、「受け身の自己像」「自己能動の自己像」の違いに、そのままつながります。


「受け身の価値観」でいると、人にどう見られどう扱われるかかを「自分」として捉えるようになります。
これは当然、人との関係の中で、相手の行動や態度が変わるたびに、自分で感じる「自分」までもが変わってしまうので、感情極めて揺らぎやすく不安定なものになってしまいます。

これが「受け身の自己像」です。

この行き着く先は、人に良く見られないことが、「自分」というものを駄目にされ破滅させられることとイコールと感じるという心理になります。
その結果、自己像を維持するためには自分を良く見ない相手を殺す、といった事件が起きやすいのです。注意しましょー。(←軽すぎる言葉^^;)


「自己能動の自己像」では、自分が何を望みどう行動するかを、「自分」と捉えます。

人との関係の中で、相手の行動や態度が変われば、それはやはり気分を揺るがせるものです。でも「自分」そのものはしっかり自分で持っていますので、話が全然違います。
そこから、揺れ動く相手の行動よりうまく対処できるようになり、心が安定していく、成長への道が始まります。


「価値観の検討」の思考作業

「価値観」というのは、変えることが基本的にとても難しいものです。

それはさまざまな言葉で、私たちの心に植えつけられています。
例えば、「女の子は人に愛されるのが幸せ」「他人にバカにされる人間にだけはなるな」。ともに、受け身の価値観の言葉です。

これが自己能動の価値観だとどうなるか・・は、ここでは書かないでいいでしょう。(?スペースの都合もあり^^;)
ぜひ考えてみて下さい。


「価値観の検討」は、4段階の思考作業を必要とすると言えるでしょう。
1)価値観の種類をまず頭で憶える
2)自分の日常思考がどんな価値観であるかを把握する
3)違う価値観だとそれがどんな思考になるかをシミュレーションする
4)実際それが自分の本心から取ることができるものかを検討する

ここで最後に、本心として取れなければ、仕方がありません。まだ元の価値観で生きているということです。まずはそれをしっかり把握することから始めます。

これを人生を通して、問い続けていくのです。


一度検討してみて、「自己能動」には自分がなれていないと自覚したら、それがやはりスタートラインです。

ハイブリッド心理学四方八方からの取り組みの中で、一つの角度からの取り組みが、まったく関係ないような問題での自分の感じ方を、見えないつながりの中で変化させていきます。

そして再び自分の「価値観」に向き合った時、違う感じ方ができるようになり始めている、未知の自分の訪れを、やがて知ることになるでしょう。


そうした「価値観の検討」のためには、幅広い視点から沢山のことがらについての考え方に触れることが重要になってきます。
ハイブリッド心理学はそのためにあります。(まだならぜひ買って~^^;)


このブログでは引き続き、ここで説明した2つの対照的な「価値観」重要な歯車となる、「人生を見失う道」、およびそこからの「心の成長への道」への回復の、大まかな流れを説明していきます。

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神になるのをやめる-6・怒り処罰
前回の記事で書いた、「女の子は人に愛されるのが幸せ」「他人にバカにされる人間にだけはなるな」を、私だったらどう変えるか。
これをちょっと書いておきましょう。
まこんなかと。「女の子も野生持たなきゃー」「人をバカにする人がバカ」。半分ジョークですね^^;



「未熟な望み」
それが叶えられるような「自己理想像」。ここまでは人生のスタートラインです。
「受け身の価値観」。ここで人生が道をそれ始めてしまいます。自分から前に歩くという心の姿勢と視野を失い「自分」というものを自分から築いていくことをしないというものへ。

そこで4つ目の歯車が加わって、人生まったくあらぬ方向へと迷うものになってしまいます。糸が切れた凧のように。


4..「正しくないもの」「望ましくないもの」への怒り処罰

4つ目の歯車とは、「怒り処罰」によって、ものごとに対処しようとする心の姿勢です。
「それでは駄目だ」駄目出しをして、叩いて痛みを与えることで、変えようとする姿勢です。心の中で。あるいは実際の言葉で。あるいは、実際の身体的な暴力で。


そうした「怒り処罰」を向ける対象とは、「正しくないもの」「望ましくないもの」です。

それは先の「自己理想像」通りにすぐなれていない自分であり、自分を自己理想像通りにするお膳立てや支えをしてくれない他人であり社会であり世界であり、そして人生そのものです。
まるで自分が全てへの審判を下す、「神」であるかのように。

そして最後に、そのように怒ることだけしかできなくなった自分に、怒りの駄目出しをするのです。


この「怒り処罰」という心の動きは、私たちが、親から子子から孫へと受け継いでいく、あまりにも自動的な行動として植えつけられます。
「叱る」ということとして。
「正しければ怒るのが当たり前」だとして。

そうして自分他人怒り叩き、壊していきます。するとそれはさらに、自分自身が求めた望ましい姿から、遠ざかってしまいます。
そしてさらに怒るのです。


そこには何か、人間の心に仕組まれた、コンピューターのプログラムミスのようなものがあるという印象を、私は感じています。

おそらくそれが、「悪魔」という言葉によって表現されるものとして・・。


人生を歩む道を知らず・・

ここで起きている問題とは、「怒り」という感情の、心身の健康への有害性のみならず、「ものごとが良くなる」ということへの、何か根本的な無知か勘違いのようなもののような印象を、私は感じています。

むろん、私自身がかつてそのの中にいたこととして・・。


そこには、「破壊」の行動様式を、「ものごとを良くする」ための方法だと考える、根本的な未熟な思考があります。
(「破壊の行動様式」については参照:1/17『「建設」の行動様式』

正しくないもの、望ましくないものを叩いて壊して消滅させれば、望ましいものが降ってくる、あるいは生えてくるとでも感じているのです。
もちろん心の表面では、そんなことなど考えていないが・・という意識の下で。
まるで、私たちの体が、「望ましくないものを破壊すれば望ましいものが自然と生えてくるべき世界」から生まれたかのように。


私はこれを「破壊幻想」と呼んでいます。

それが物語りになった典型として、一斉を風靡したマンガ「デスノート」があります。

極悪人と犯罪者を殺していけば、理想の世界が生まれるという、未熟な発想(^^;)です。まあどこが未熟かと言うと、望ましくないものを破壊消滅させるとことの有益性は否定しませんが、では望ましいものはどう生み出されるのか具体的な過程への視点を、それは全く欠いていることだとここでは書いておきましょう。

まあ、ワタシは「壊す」役割、「作る」役割は誰か別の人、という話になるのでしょう・・。

私は「デスノート」を見ておらずその結末は知りませんが、そうしたストーリーがお決まりのように行き着くのは、その「デスノート」に最後に書かれる名前とは、自分になるというものです。
悪人を殺すことが快楽となり、やがて自分自身が破壊すべき人間の姿になったと感じるようになる、自分の名前です。


「否定する価値」の感性

このように、正しくないもの望ましくないものを前にして、怒り処罰を向けるという心の行為は、単にそれがそうした有害なものを消滅させるという消極的な価値だけではなく、望ましいものを生み出す魔法であるかのような、積極的な幻想の価値を、私たちの心の極めて深いところに、その根を下ろしているように感じられます。

それはもう「思考」「感情」のレベルを超えて、「感性」のレベルでおきていることです。

それをここでは、「否定する価値の感性」と呼んでおきましょう。本では「否定価値感覚」などと呼んだりもしています。


問題はその根深さです。

ハイブリッド心理学の実践さえもが、そのにはまりがちです。ハイブリッド心理学を理解して、すぐその通りに変われない自分は駄目だと、自分への怒りを感じたりしてしまったりする方が、少なくありません。

この「否定する価値」の感性を、心の底から捨て去ることが、ハイブリッド心理学の実践の、ひとまずの目標達成とも言えるほどの、大きな道しるべになります。

これを「否定価値の放棄」と呼んでいます。


そう聞いて、「否定する価値の感性」を今すぐ捨てられない自分は駄目だ・・と感じるというが、まさにこれが生み出すものになるわけです^^;


「人生を見失う道」総括し、抜け出しへと視線を転じましょう。

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