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心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
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ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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  2011-12-17 『再びお願いです^^ゞ』
  2017-10-14 『読者広場でコメントその他^^』

特説・「心が良くなる」とは-序
おさらいと序

さて、「生涯終わりなき成長」向かうためのハイブリッド心理学取り組みへの「いざない説明」として、「全体」「鬼門」「扉」という3つのテーマ最後「扉」について説明しています。
それはこの取り組み歩み本当に一歩を踏み出すためのであり、その実体「現実を見る目」になるのだと。

その「現実を見る目」とはどんなものか理解頂くため、まずそもそも「心が良くなる」とはどんなことか、から話を始めています。

言葉だけ先の「扉4」で出しておきました。それは「外界現実への向かい方が良くなることの積み重なり」だと。内面の変化触れなくとも、内面の変化まで含めても、「これでいい」という安心・自信・満足を、心の根底から積み重ね築き上げたものなのだと。(←「心の根底から・・」の言葉はここで追加^^)


「心が良くなるとは」への正解と罠と轍

実際のところ、この取り組みは、自分の心を自分で良くする取り組みです。
そのために、そもそも「心が良くなる」とはどんなことなのかの、正しい理解スタートラインにしなければ始まらない間違った理解スタートラインにすると、その先に走りだしてもあらぬ方向に突っ走ってしまうだけです。

しかし実際のところ改めて考えてみますと、私たちは「心が良くなる」ということについて、かなり漠然とイメージした中で、あるいは混迷の中でイメージしたものに向かって、自分を変えようと誤った努力をしてしまうというのが多々ありそうです。

ということで、ここで「心が良くなるとは」についての正しい理解と、そして(わだち)について整理しようと思います。

正しい理解とは、それに基づいて心に取り組むことが、着実心が良くなることにつながるような、基本的な理解です。
とは、それに基づいて心に取り組むと、逆に心が悪化するものです。
とは、それに基づいて心に取り組むと、逆に心が悪化するとまではいかないとしても、悩み惑う心にはまったまま、抜け出しようがなくなるものです。


これを、カテゴリーとしては引き続き『詳説・実践のポイント』に入れておきたいと思いますが、『特説・「心が良くなる」とは』というシリーズにて^^。

それにより、「現実を見る目」というものが、歩みスタートラインであることが自然はっきりしてくると思いますので、そこから再び「扉」説明へと、その目ふさぐ姿勢や、その目使い方などの話に進めようと思います。

ということで、ポイントごとに記事を分けて、次から説明していきましょう。
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特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-1・「感情が良くなる」と「心が良くなる」は別
「感情が良くなる」と「心が良くなる」は全く別

ではまず、これをはっきり分けなければ話が始まらないというところから話を始めましょう。
「感情が良くなる」ことと、「心が良くなる」ことです。

これは全く別の話です。心の良し悪し関係なく感情が良くなることはあるものです。
また感情の良し悪し関係なく、ということは感情が悪化するのを通る形で、心が良くなるということがある。これは「心が良くなる」ことの理解の、かなり最終局面的な話になります。

まずははっきり分かりやすいところから始めましょう。そこから、自分自分の心を、ということは心自身良くするためにできることは何なのかを、浮き彫りにするためにです。


「うつ病が治る」は「心が良くなる」?

「感情が良くなる」ことと「心が良くなる」ことが区別されていないために、全くもって人々の理解の混乱が起きているのが、他ならぬ「うつ病が治る」といったことになるでしょう。
話を単純化するため、うつ病への対処として投薬が成され、無事治ったとしましょう。これは「心が良くなった」ということか。

これを議論することは無駄と思われます。それはそもそも「感情」「心」同義語として使うか、それとも異義語として使うかの問題と思われます。
つまり、「感情が良くなった」ことそのまま「心が良くなった」考えるか、それとも、「心が良くなる」とは「感情が良くなる」こととはまた別の、何か重大な変化を言うのではないかと考えるか、の問題と思われます。
その「何か重大な変化」とは、まずは感情そのものではなく、感情の原因についての何かの変化だということになるでしょう。

ここでは後者の立場での話をしていきましょう。つまり、「感情が良くなる」こととは別のこととしての「心が良くなる」ということがある。それはどのようなことかを、考えてみます。


感情の成り立ち構成

するとまず言えるのは、私たちの幸福状態というものを結局決めるものであるところの「感情」「気分」「気持ち」というものは、「心」以前身体生理的な快不快から始まり、人生について抱く感情にまで渡るものとして、かなり次元の異なるものから成る混成物だということです。

そこでは当然、身体的な快不快重み軽視することはできません。身体の健康を損なって発生する不快感や苦痛があると、私たちの幸福はどうしても多少とも損なわれることになってしまいます。
単純に、身体の健康状態によって日々気分感情の良し悪し影響される面があります。これは心が良い悪いとは全く別の話と考える・・・というかそれはここでの「心が良い悪い」ではないとするならば、どんな感情については「心が良い悪い」強く関わるのかを考えてみることができます。

そのように、「心が良い悪い」ということにつなげて考えることができそうな感情と、別の話として良さそうな感情というものを分類してみると、私たちの「感情」というものが、およそ3つの次元のものから構成されると考えるのが良さそうだと思われます。

それは「身体レベルの感情」「情緒レベルの感情」「人生レベルの感情」という3次元です。
それぞれどんな種類の感情か、そこから「心が良くなる」とはどういうことだと言えるかを次に。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-2・感情の3次元構成
感情の3次元構成

さて、私たちのが持つ「感情」内容を、「心の良し悪し」というものにはあまり関わりないものと、強く関係しそうなものという視点から分類すると、「次元が異なる」とも表現できるような、大きく3つのくくりが考えられます。

その3つのくくりを、「身体レベルの感情」「情緒レベルの感情」「人生レベルの感情」と呼んでおこうかと。
それぞれ以下のような内容のものです。

「身体レベルの感情」・・・身体の健康状態によって直接起きる快不快の感情衣食住など身体的欲求における基本的な充足についての快不快の感情5感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)における基本的快不快の感情

「情緒レベルの感情」・・・大きく2つの領域から成る。
a)上記身体レベル感情における「包括的な嗜好性」つまりまとまり好みを持たせたさまざまなもの、たとえば料理や服装や住まいと居住地などの好みや贅沢度合い音楽やスポーツや芸術などの好みや趣味による感情(個における情緒レベル感情)
b)人や社会との関係における感情「愛」「自尊心」心の基本的課題テーマになる。(関係性における情緒レベル感情)

「人生レベルの感情」・・・「人生」という感覚観念からの感情。基本的には情緒レベル感情の対象長期的な計画の下に得ることについての感情と位置づけられる。


「外面現実」「包括」「長期視野」

さてこのような感情の3次元構成というものをざっと眺めますと、「外面現実」と、それについての「包括」「長期視野」というのが、まずは基本的な鍵になっていると言えます。

つまり、私たちの「感情が良くなる」とは、まずは「身体レベル感情」から始まるものとして、「外面現実」が良ければ、それへの心の反応として良い感情が流れるいう、シンプルな話があるということです。

身体レベル感情内容ほぼ全体がそれですし、情緒レベル感情における人や社会との関係における感情についても、まずは「外面現実」良ければ・・・まずはそれは人と良い関係が持て、社会で優れた存在としてあれるといったことになるでしょう、それへの反応としてには良い感情が流れるというシンプルな話があります。

そしてそれが情緒レベル感情における「包括的嗜好性」、さらに「人生レベル感情」になるとは、それらを文字通りより「包括的」に、そして人生より長期的な視野において得ることができることに対して、それぞれの次元での良い感情反応として返すということになると思われます。

そこで、より次元の高い感情においてほど、良い感情を得るためには、偶然や運や人任せでは難しくなってくるということが、言えると思われます。


「心が良い」は全て「外面現実の良さ」に帰する・・?

これがまずざっと言えることです。そしてここから、実にあっけないとも言える一つの結論おぼろげに現れます。
それは、「感情が良い」とは結局全て「外面現実の良さ」に帰する、というものです。あとはそれを人それぞれ包括的嗜好性人生の長期計画において得ることに、いかに長(た)けるかです。その「長けてくる」という側面が、「心が良くなる」ことです。

これだと、私たちの「感情」というものが、全てにおいて「外面現実の良し悪し」への「反応」でしかなく、心の内部そのものを源泉とする感情はない、という話になってしまいます。
これはもちろん誤りです。心の内部そのものを源泉とする感情の部分も考える必要があります。

しかしそうだとして、「感情」というものが「外面現実の良し悪し」への反応としてあるというベース重み無視することはできないでしょう。心の内部そのものを源泉とする感情の部分も、そのベースの上での位置づけを持って起きてくるものだからです。

この部分を引き続き見ていきましょう。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-3・「外面現実」と「外界現実」へのアプローチ
読者広場で以下にコメント入れてあります^^。
「流す意識法」について。それは「気にしない」ではなく「気にしても良し」という姿勢だという話など。ご参考あれ^^。

『音について』 irohasuさん No.453 2012/02/22


心そのものを根源とした感情・・

私たちのにおいて、「感情が良くなる」とは「外面現実が良くなる」ことへの「反応」として起きるものだという考えを、前記事その2で書きました。
もちろん私たちの「感情」全て「外面現実の良し悪し」への反応としてのみ起きるわけではなく、心そのものを根源とした感情もある。それでも外面現実の良し悪しへの反応として感情の良し悪しがあるというベースの重み無視できない、と。

では心そのものを根源とした感情とはどんなものかを見ていきましょう。


心の取り組みの2大潮流

なお、そうしたベース部分の考え方からして全く違う心の取り組みアプローチもあります。「外面現実の良し悪し」には全く関係なく心に湧き出る感情良いものにできる、という考え方によるものです。
これは2/15『歩みの扉2』で、心の取り組み2大潮流として指摘した「現実適応力追求型」「絶対精神力追求型」の内の、後者です。「心頭滅却すれば火もまた涼し」考え方ですね(2/17『歩みの扉3』)。

ハイブリッド心理学そうした考え採用しません。つまり外面現実の良し悪しには一切無関係に感情を良くする方法などというものを、最初から求めません
そうしたものは全くあり得ないと断言はしませんが、基本的にそれは無理にプラス感情を湧き出させようと、心に力みを加える、不健康なストレス、そして心を良くしようとして逆に悪化させるこにつながりやすい姿勢だと考えています。

ですから心に取り組むのであれば、そうして自分の心にじっと見入るようなものではなく、「外界現実への向かい方」取り組むということを行うのだという話を、今回の「いざない説明」でしているわけです。基本「現実適応力追求型」アプローチだと言えます。


どんな外面現実が本当に良いものなのか・・

それでも「絶対精神力追求型」になるであろう宗教哲学スピリチュアリズムと、行く着くゴール同じものになるように思われることも、『歩みの扉2』『「のぼるごとに、同じものが見える」』シリーズ)で述べている通りです。

そしてそうなる理由が、実は、「外面現実が良くなることで感情も良くなる」のだという、ハイブリッド心理学が採用する考えのベースに、まさに見えるものでもあるのです。

それは、確かに外面現実が良くなることで感情も良くなるのですが、そもそも私たちは、どんな外面現実というものが本当に私たち自身それぞれにとって良いものであり、または逆にあまり望ましくないものであるのかが、実は良く分かっていないのだ、ということです。

私たちの人生に起きていることの実情は、こうなるでしょう。「こうなれれば幸福だ」という、自分自身の空想の中のイメージや、人の言葉に踊らされて、ストレスの中で駆られたり、もしそうなれなかったらという惑い不安や、そうなれない自分なんてという自分への駄目出しと病んだ悪感情の中で生きるという結果です。
実際に自分がどうなれば、どうあれれば、この現実世界というものは、そして自分の心というものは、どうなれるものなのかという、イメージの色メガネを通さない、ありのままの現実を生きることしまいままにです。


「外面現実」の向上のための「外界現実」への向かい方を学ぶ

真摯哲学宗教スピリチュアリズムも、そしてハイブリッド心理学も、同じく、その山の頂に登るために攻める斜面がそこにあるのは間違いのないことでしょう。その先に至る山の頂き同じものであることも。

ただし登山ルート全く違います。そのためにプラクティカル(実践的)に行う一歩一歩の内容も。

日々の生活場面での問題や、人生における課題について、着実外面現実を向上させるような、思考法行動法の知恵学ぶのです。今を原点として唯一無二の自己の成長に向かう意志という、「基本的自己受容」スタートラインにしてです。
そこでどんな「外面現実」の向上目指すならば、「外界現実」というものをどのように見て、どのように向かえばいいか答えが、私たちそれぞれが自分で考えればいい・・のではなく、「外界現実」にその答えすでにあります。同じような取り組みをした人々の体験の蓄積を通してです。それをまず学ぶのです。


「外面現実」と「外界現実」

ここで言葉微妙ニュアンスの違いを説明しておきましょう。
「外面現実」は、その良し悪しによって、感情良し悪し反応を起こすような、目に見える外面の様子です。

一方、「外界現実」は、私たちがそれに向かうものとして、目には見えないものとして考慮しなければならないものごと含んだものです。
他人の内面感情がその際たるものです。これはまずはあくまで目には見えないものとして考えなければなりません。「そう見える」と感じるものは、まずは私たち自身の内面を映し出したイメージにすぎません。現実の他人は、必ずしもそうではないこともあり得る面見ることのできるが大切です。
また、私たちがこのように行動すればものごとはこう運ぶ、という「現実の理(ことわり)があります。まあ「現実界の法則」ですね。これはもちろん頭を上げて外を見回してどこに書いて貼ってあるわけでもなく、さまざまな情報(この心理学もその一つ^^)から学ぶ必要があります。この「外界現実」にある「現実の理」というものが、私たちが人生「学ぶ」ものの中心一つになります。

こうして、私たちが「外界現実」向かった「結果」として、「外面現実」変化する、というになります。

そうして、「外面現実」目指す望ましい方向に変えていくための、「外界現実への向かい方」学ぶわけです。


「外面現実の向上」が全てではなく・・

そのために決定的に重要になるのが、「現実を見る目」「自分への論理的思考」です。
自分の心を映し出したものではない、空想の中のイメ-ジではない、自分の感情による偏った解釈ではない、色づけのない「外界現実」見る目
そしてそこにある「現実の理」を、論理的思考によって学び、納得理解を自分自身に問えるような思考の仕方です。

それについて今「扉」説明として、そしてそのあと「自分への論理的思考」説明へと進めますが、ここでは「心が良くなるとは」理解先に済ませましょう。

ともかくそうした「外界現実」への向かい方によって「外面現実」向上できれば、いやがおうにも私たちのに流れる感情というものは良くなるものです。心にじっと見入って、プラス感情を捻り出そうと悪あがき(^^;)する必要もなく。

で、そうして「外面現実」良くなれば感情が良くなることだけを最後まで追及するのではない、心そのものを根源とした感情への理解という話が出てくるわけです。


ここでは「2大潮流」の話などちょっと寄り道になりましたが、それを引き続きに^^。



特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-4・心そのものを根源とする感情
しっかり雪が降り積もり続けている(今見たら庭は7、8cmくらい)今日はさすがにこの冬初めて日中から石油ストーブを使っている島野@_@。普段はよほど寒くてもちょー着膨れでへいちゃらなのですが・・^^;


心そのものを根源とする感情

「外面現実」良くなれば、それへの「反応」として感情良くなる。これがまず言えるシンプルなベースとして、私たちのが湧き出させる「感情」というのは、そうした「外面現実への反応」全てではない。
では「心そのものを根源とする感情」にはどんなものがあるかを、見ていきましょう。

これはまずざっと3つがあると言えるというのが、今回採用したいくくり分け方法です。

まず一言で言いましょう。

1つに、そのベースそのものの中に含まれているものがあります。そのベースそのもの前提となる、「欲求」「望み」です。
外面現実良くなれば感情良くなるのは、その前に前提としてそれに対応する「欲求」「望み」があるからです。
ただし、これが完全にただ前提とは言えず、前提であると同時に、反応である面もある。これを次の記事で説明します。

2つ目に、心そのものを根源とするプラス感情があります。「自信」「自尊心」です。これは要は、同じ外面現実を前に、結果反応としての感情だいたい同じだとしても、向かう途上の感情より安定し、安心感安全感に満たされてくるということです。これは心そのものの側依存します。

3つ目に、心そのものを根源とするマイナス感情があります。「心の業と病み」であり、自分からものごと、つまり「外面現実」「内面感情」悪くする感情、心の動きです。

この3つどもえの中に、先のその3で指摘した、
「外面現実が良くなれば感情は良くなるとして、そもそも私たちはどんな外面現実が私たちそれぞれ自身に本当に良いものであるのか、分かっていない」のだという、
「現実適応力追求型」「絶対精神力追求型」心の取り組み2大潮流ともに攻略ポイントとするであろう問題への、答えがある、という話になります。


治癒・成長・成熟

そのはもちろん、「治癒・成長・成熟」です。
それぞれ上の3つ対応していると言えるでしょう。逆の順番で対応します。

「治癒」は、「心の業と病み」捨て去られることです。
「成長」は、「自信」「自尊心」増大していき、より安定しより揺らぎなくなることです。

この2つはそれぞれマイナス捨て去りプラス増大という、比較的シンプルな話ですが、最後のものはちょっと質が異なり特別です。

「成熟」は、「欲求」「望み」湧き出る根元から質が変化していくことです。未熟から成熟へ。それは貪欲に「与えられる」ことを求める性質のものから、「自ら与える」という性質のものへと、質が変化することです。
それは同時に、最初に書いたようなベースからして、まずフラストレーションを起こすものとして始まる心から、最初から満たされたものとして始まる心へと、変化するということです。

ここに、心の取り組み2大潮流ともに求める答えがあるのは、疑いのないことでしょう。
「無条件の愛」そして「豊かな無」向かうものとしてです。

あとはその仕組みです。それはここにあげた心の源泉の歯車の、どこの作用として生まれるものなのか。

心そのものが源泉3つの感情類をざっと見て、ハイブリッド心理学からの、それについての考えを書いてみましょう。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-5・その答え
ブログ上部に表示されていた「FC2検索バナー」表示しないように設定変更しました。タイトル画像上部青いライン見えなくなっていたため^^。
ブログ記事内の検索右側ガイド『全記事一覧』の下に置いておきましたので^^。

またかなりの考察整理および母の一周忌などで間が開きました^^ゞ


「心が良くなるとは」への答え

「心が良くなる」とはどういうことかというテーマへの、この心理学からの答えは、

その2で述べた「感情の3次元構成」という話、
その3で述べた「外面現実」と「外界現実」
そしてその4で述べた「心そのものを源泉とする感情」

この3つのテーマ視点の、お互いの関係位置づけ掛け合わせ理解することで出てくる、という結構複雑な話になりそうですが、ハイブリッド心理学初めての人にも読んで頂けるような教科書的な言葉としてはこんなものになりそうだというものを、またちょっと時間をかけて整理しましたので書いてみましょう。

まず、ハイブリッド心理学から一言で言うその答えは、その序でも言った通り、
「心が良くなる」とは、「外界現実への向かい方が良くなることの積み重なり」
だということになります。

どういうことか説明は、以下のようになります。


ベース

まず私たちのには、「外面現実」良くなれば、それへの「反応」として「感情」良くなるという、シンプルな仕組みがあります。
それは「命」というものが、より良い状況で生きるように自らを方向づけるための仕組みとして、そうした「感情」という仕組みができたと考えることができるでしょう。

そこで「身体レベル感情」から「情緒レベル感情」さらに「人生レベル感情」次元高くなるにつれて、人それぞれ「包括的嗜好性」向かう必要が出てきて、偶然や運や人任せでは難しくなり、いかに自分から自分自身にとって良い「外面現実」実現することに向かうかが求められることになります。
そうした自分なりの「包括的嗜好性」向かうことに長けてくるのが、まずは「心が良くなる」ということの最もシンプルな基本的側面だと言えるでしょう。(その2


「外界現実」への向かい方を学ぶ

ここで「外面現実」とは、「その良し悪しによって心が感情の良し悪しの反応を起こすような目に見える外面の様子のことです。

一方、私たちがそれに向かうものとして、目には見えないものとして考慮しなければならないさまざまなものごと含んだものを、この心理学では「外界現実」という言葉で言うようにしたいと思います。

目には見えないものとして考慮しなければならないものとは、「他人の内面感情」やさまざまな「現実の理(ことわり)」「現実の法則」といったものです。(その3

この「現実の法則」には、物理自然現象のみならず、私たちの身体についての法則、さらには私たちのについての法則も含まれます。その健康成長あり方についての法則などです。そして人に対してどのように行動するとどんな結果を招くのかという対人行動法人間関係、さらにその集まりとして社会全体がどのように動くのかといった、「現実世界」の全てものごとのに、「現実の法則」があるわけです。

そのように「外面現実」「外界現実」というものを考えるのであれば、私たちの「感情」良くするためには、そうした「外界現実」に対して積極的に良い向かい方をすることが第一であるのは明らかです。目に見える「外面現実」に対して受け身に反応することに終始するのではなく。


「現実の法則」の学び方と活かし方

もちろんそうした「現実の法則」について世に言われるもの真偽がさまざまであり、見分けることが重要になってきます。また「こうすればうまくいく」という一面的で安易な言葉にも注意大切です。「現実世界」多面から成り、沢山「現実の法則」総合結果として動いているからです。

その学び方活かし方についての、ハイブリッド心理学からの指針は、およそ次のようになります。


「身体レベル感情」の段階

まず「身体レベル感情」については、それに対応する外界現実出来事には答えがあります。衣食住基本的なものごとや、外出する時気をつける天候交通身体の健康知恵などなど。これについて自分に必要な情報を自分で得る姿勢と、論理的思考で確実なものを考えることが大切です。そのための豊富な情報が、TV、さらにインターネットなどから得られるのが現代社会便利なところです。

この段階での問題は、こうした日常思考からして自分だけで考えることができず、あるいはしようとせず、人に頼る傾向です。またこれに伴って起きがちであるものとして、日常思考において自分では論理的に思考しない、論理的に思考できない傾向です。人の話は論理的に聞くとしてもです。


「自分では論理的に思考しない」という問題

こうした傾向が過ぎて起きるのが、最近芸能ニュースを騒がせている某女性タレント高級アパート賃料滞納訴訟問題といったものです。占い師マインドコントロールされたとの噂。
TVのワイドニュースで、以前その占い師に同じように同居生活とかなりの出費を強いられた女性が、自分は目が覚めたとして語っているのを見ました。手に大きな魚肉ソーセージを2本持ち、それで腿をバンバンと叩きながらジョギング、あるいは「欽ちゃん走り」でのジョギングを、「神の計画によるミッション」として命じられた。それを当時名誉なことだと嬉々として実行してしまっていたと。

それを聞き唖然とすると同時に、強烈に湧いてくる疑問とは、その時相手がいかにそれを信じ込ませる話術に長けていたとしても、そこに語られるそうした支離滅裂で荒唐無稽な内容を、どうして信じることができたのかです。「それは確かなことである」という論理的判断構築というものを、彼女はどのように今までの人生における知識との連続性として成し得たのか。

何のことはない、もともと、論理的には思考していないと考えるのが恐らく正解でしょう。つまり、その時の感情が、その時の気分が、「きっとそうだ」と針が触れた話を、信じるという思考で生きてきているわけです。あとはその時現れた、あるいは見聞きした思考がどんなものかの、出たとこ勝負になるという状況です。


心には取り組まず・・

そこまで極端なことにはならずとも、実は同じ状況にあるのが、世の人の一般であるのが、どうやら事実であるようです。つまり、心が惑うこと、心が悩む問題に際しては、感情で感じるようにしか、思考できないのです。もちろんそれでは、悩み惑う心を、揺るがない安定した心自ら変えていくことなど、全くできません

ですから、自分の心の悩み内容には直接関係しないと感じるような、日常的な事柄からして、自分で論理的に思考できるようになることが、心に取り組もうとする多くの方課題だと私は感じています

それは一つには、心の問題というのは、それを解決しようと、「心を良くする」という意識で「心に取り組もう」とすると、解決するより逆に悪化することの方が多いのです。その姿勢が、そこから何ができる以前に、自分の心への駄目出し姿勢になってしまうからです。(『いざない1』など残照)
ですから「自分の心のあり方」をどうにかしようという意識が強すぎる中で感情が悪化しているケースは、まずその意識が誤りであることを知り、まずは目の前の日常作業を機械的にでもこなすことに意識を切り替えるとともに、心身的にリラックスできる環境を整えるのが一番望ましい


「応用」するための論理的思考

次にに、そうした日常生活の中で、まず感情で感じるようにしか思考しないのではない、自分自身の中でていねいに論理的に思考するとはどういうことかを分かった後、もし取り組むべき心の問題があるのであれば、それに対してどのようにアプローチすれば良いのかを、身体への医学的な取り組みの場合と同じように、しっかりとした心の学びをしっかりとした論理的思考によって応用するという思考作業で、始めるのがよろしいかと思います。

そのように、心に取り組むための正しい取り組み方として、まずは「身体レベル感情」に対応する「外界現実」を見る目と、「自分への論理的思考」があります。これについて詳しい考慮点このあと説明しますが、ここでは「心が良くなる」ことの大まかな理解を先に進めましょう。


できれば一記事に収めるよう一気に書きたいところで、あと多少書けてもいるのですが、あまりブログの間隔をあけないよう適度に分けてアップしておきましょう。最終的には3記事くらいになるかなと^^。



特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
特説・「心が良くなる」とは-6・テーマ雑感
「心が良くなる」というテーマ雑感・・(どーでもいい?部分^^;)

続きも結局かなりの時間を要してしまいました^^ゞ きのう日帰りスキーを入れ込んだりもあり^^ゞ

まあこの「心が良くなるとは」というなんとも大まかなテーマを、ハイブリッド心理学全体そして真髄エッセンス表現するものとして、教科的短文で書くなど、ちょっと無謀だったかと思ったりもするような、言葉が頭の中で飛び交う収拾つかない時間を経ると、見えてくるのはやはりそれなりに真髄v。(←控えめなブイサイン^^;)


どんでん返し・・

考察果てに現れるのは、パラドックス的大どんでん返しでもあります。
ハイブリッド心理学には、しばしばこの「大どんでん返し」が出てきます。まあ心の病というものが、パラドックスつまり奇妙な論理破綻を起こした感情の上に成り立つものであり、その克服解消はやはりパラドックス的になるという事情があります。

ちなみにこの「大どんでん返し」そのもの触れたものとして『理論編下巻」の以下などあります。
2章 基本の姿勢と歩み-2  -「望み」と「自立」という最初の鍵-
「未知への2つの大どんでん返し」があると。一つは、我々は絶望を経て真の望みに近づく存在なのだと。
もう一つは、ゴールに現れると。
終章 人生の答え-3  -人間の真実・「神の国」から「放たれた野」へ-
にそれを言う形になりますが、「真の望み」は「自分」が抱くのではない。「自分」ではない「命」が抱くのだと。
まあこの2つ同じこと2面ですね。

あと一つ出てくる大どんでん返し
5章 「未知」への大きな前進-2  -「否定価値の放棄」の扉を開ける-
に出てきます。ハイブリッド心理学に出てくる大どんでん返しといってまず浮かんだのはこれでしたね。それは、自分を破壊させる心の病みの核心の仕組みは、実は自分自身への愛から派生したものだったという話。「自己操縦心性」起源ですね。
これを感じ取ることは極めて大きい


「自分」と「外界現実」の逆転・・

一方今回の「心が良くなるとは」テーマで出てくる大どんでん返しというのは、「自分」「外界現実」向かうという構図におけるどんでん返しです。

それは、「人生レベル感情」での「外界現実への向かい方」姿勢です。
そこでは、「自分」が「外界現実」になるのです。そのようなものとしての「外界現実」に向かうのだと。

まあ「自分」「外界現実」関係逆転するような事態「姿勢の正誤」図正解の方は多少これを表現しているんですけどね。

ではそこにおける、向かう自分とは何か。それは「“自分”を越えた自分」だという言葉が、まずは自然と出てきますね^^。

この辺でスピリチュアリズム哲学宗教同じ山の頂になるという感じです。ただ最後までルートエベレストネパール側から登るのと、チベット側から登るのと、という話。

などど昨日ゲレンデに向かう車中浮かべたりしていました^^。


雑感だけで結構な長さになったため、これだけでアップしておきましょう。なんとか整理つきそうな感じで書くのこれからになりますが・・。

特説・「心が良くなる」とは |   コメント(0)
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