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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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カテゴリ: 「開放力」としての「思考力」 の記事一覧(作成順)

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「開放力」としての「思考力」-1
ではぼちぼち(^^;)解説記事の方も^^。


「感情と行動の分離」を妨げるもの

『記事一覧・自分で論理的に考える-1』ブログ記事の流れを振り返った通り、

「論理的に聞く」と「論理的に考える」は全く別のことであり、
自分では論理的には思考しない

というおおかたの世の人が身につけている姿勢が、「感情と行動の分離」姿勢を持つことを妨げていると思われます。


なぜなら、「感情をありのままに流し理解する」という一方の軸他方として、「外面行動は建設的なもののみにする」という姿勢を生み出す、もう一つの軸となるのは、もちろん、感情を鵜呑みにすることのない、ものごとへの論理的な思考に他ならないからです。

自分で論理的に思考することがないまま「感情と行動の分離」は、ちょっと無理^^;


「論理的に考えること」そのものを知らず・・

それについて私のこれまでの記述は、「論理的に考える」ことそのものについては、世の人はすでに分かっている、できる、という前提で書いていたものです。

それはまあ学校で習っていることだろうと。
ところがどっこい、実は学校では「論理的に考える」ことは教えていないんですね。学校で教えているのは、「論理的な知識」とにかく頭に詰め込むことです。

それじゃー、せっかくの脳味噌無駄になってしまう^^; 脳の本来の機能生かせない


「開放力」としての「思考力」

脳の本来の機能とは、「開放力」だとハイブリッド心理学では考えるわけです。
「当てはめ力」ではなく。先日の『写真と言葉』『「開放」への力』で書いたように。


「心」開放
「魂」
開放
そして「命」開放へと。


それが「論理的に考える」ことによってどう生み出されるのかの解説が、これから書くものになります。

そもそも「論理的に考える」とはどういうことか。
その姿勢
その内容


特に「内容」について、さまざまな立場での考え方から「選択」が出てきます。ただ論理的に思考するという姿勢で考えればいいというものではない。ハイブリッド心理学ではこれ、というのが出てきます。

その具体的などんな内容によって、「心」の、「魂」の、そして「命」「開放」が生み出されるのかという話が、出てきます。


じっくり解説していきましょう^^。

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「開放力」としての「思考力」 |   コメント(0)
「開放力」としての「思考力」-2
家の外装関連(屋根含め全てペンキ塗り直しと一部物置などの作り直し^^v)は時間体力が必要になりそうで、かなり疲れも蓄積しているような今日この頃、一気に進めるのは断念し、優先順位を下げ、ぼちぼち収入のための仕事を始めることを第一優先順位と入れ替えました。まずは塾講師など検討中です。
解説記事の方も、ポイント押さえて早めに進めるようにしましょう^^。


「開放力としての思考力」の成り立ち

では「開放力としての思考力」成り立ちを説明していきましょう。

まずはその「姿勢」「内容」とは、です。

次に、それがどう「心」「魂」「命」「開放」につながるのか。


一つそのをここでキーワードとして出しておきますと、「開放力としての思考力」とは、心の選択肢へとたどり着くものだということです。

「開放」「閉ざし」への、心の選択肢です。


そこで「開放」への選択を成す。ここまでが「心」つまり私たちの意識努力の役目です。

「心」がこの心の選択肢へとたどり着くために、まず「心」が今までの偏見や迷信で凝り固まった思考から、そして感情に振り回される思考から、「開放」されるのが必要です。

つまりまず最初「心」開放を成し、開放された「心」歩みによって心の選択肢へとたどり着く。そして「開放」への選択をなす。


「人間性」の核

ここで、その「開放」への選択成させるのは何か、という話も出てきます。心の選択肢へとたどり着ければいいという話でもない。

そこに、「人間性」の核とは何かという話が出てきます。キーワードを出しておきましょう。そのとは、「真摯さ」「誠実さ」「向上心」です。

今テーマにしている「開放力としての思考力」がどっちかというとテクニック的な話である一方、「人間性」の核というもう一つの合流するテーマへの目が重要になります。

難しいですね^^。


「魂」と「命」の「開放」

「心」「開放」への選択を成す。この具体的内容とは、「望みの開放」です。

それが可能になるのが、「感情と行動の分離」だという次第です。分離するからこそ、外面の安全を保ちながら、未熟病みを含んだ望み心の中開放できる。

さらに言えば、開放していい心底から考えるから、開放できる。これは結局「性善観」になると思います。これを選ばせるものとして、自らの「人間性」の核どう向き合えるかという話が出てきます。


そこから、「魂」「命」「開放」への局面へと移ります。この節目を決定づけるのが「否定価値の放棄」です。

「魂」「命」「開放」は、「心」で、つまり私たちの意識努力で成すものではありません
一言でいえば、命を燃焼させることです。「心」命を燃焼させる歩みを始めることで、「命」が全てを自ずと遷移させるようになります。


まず「魂」開放され、姿を現す。「心」はそれに打たれ、変化していきます。より揺らぎなく力強いものへと。見えないまま、「命」がその本体を現し始めているのです。

「命」開放は、「心」「魂の望みを果たす」ことをした時に起きると言えます。その時、極めて明瞭な姿で、「魂」「命」バトンタッチが起きるのです。「魂」姿を消し「命」が、大きな「無の豊かさ」として姿を現します。

なんのことやらという感じですね^^。


ハイブリッドの歩み

「望みに向う」ということをしているように見えて、そうした「魂」「命」「開放」起きないのは、穴埋め腹いせの形で変形した望み追い続けているケースです。


これは現代人の姿のマジョリティそのものと言えるでしょう。それを脱するのは、命が問われるような事態が起きてからということになりがちです。「依存」がその温床になるという構図。

依存を脱し、自らの精神性を研ぎ澄ませるということが、現代人の課題としてさまざまな方法で追求されているゆえんと言えるでしょう。


ハイブリッド心理学では、そこに「感情分析」を加えることで、変形した望み大元の純粋な望み戻すという取り組みを行います。
それは「愛」「自尊心」が大きな軸になるものです。

そうして変形した望み大元の純粋な望み戻るという変化を伴いながら、「心」「魂の望みを果たす」ことへと向う先に、「魂」「命」「開放」が起きるという話になります。


これら全てが押さえられると、自分の心について「どう感じられれば」「こう感じられれば」といった思案不毛に続ける努力とは全く異なる、豊かな感情があとからついてくるような、自ら心の変化を導いていく生き方ができるようになると思います^^。


これら全ての始まりとして、「論理的に思考する」ことを入り口とするのが、ハイブリッド心理学やり方です。
その「姿勢」から細かく説明していきます。

「開放力」としての「思考力」 |   コメント(0)
「開放力」としての「思考力」-3
先日の石碑の『写真と言葉』に、文字も載せておきましたので^^。


「開放」への道のり

では「開放力としての思考力」への取り組みを、「開放」への道のりなぞって説明していきましょう。


一つでもつっかえたら・・

そこでまず理解頂きたいのは、こうした「道のり」というのは、一か所でもつっかえるところがあると、先に進むことはないということです。

そうしたものとしての、心の変化流れの順序を説明する時に、「道のり」と言っています。


『入門編下巻』6章『「否定できる価値」の放棄へ』が、「道のり」として通過しなければならない重要ポイントを書いたものになります。
そこに書いてあるポイント一つでも自分には良く・・と感じられるものがあれば、道のりにおいてそこでつっかえているということであり、その先に書いてあることはもう見えようもないものになる。
そのようなものとして、7章『人生の答え』以降があります。

ですから、多くの読者の方にとって、6章が、『入門編下巻』を読んで何を感じられるかの違いの、境目になっていると思います。
多分こんな形で。
6章ピンと来ない部分がある方は、もう7章以降読み進められない全く頭に入ってこない。
6章全体的にピンと来た方は、7章以降で書いた心の未知の世界への視野が、開かれ始める。
多分そんな形で。


ということで、『入門編下巻』6章で書いたこと、とくに「選択と実践」(P.162)で書いた項目を、これから説明するような「開放力としての思考力」によって検討していきます、というような話として説明していきたいと思います^^。

ちょっと短いですがいったんアップ。

「開放力」としての「思考力」 |   コメント(0)
「開放力」としての「思考力」-4
またちょっと魂との対話があり(そのうち書く機会ありの予定)、塾の講師はやめ、一般企業の管理業務など応募を始めた今日この頃。
こうした
就活というのは結構間があくもので、家の外装作業ちょっと疲れがたまっている感じでいまいち気分が乗らず(もう仕事始めてからの余暇作業で良しという気分)、執筆に当てる時間が当面結構増えるかもです^^。


まず「人間性の核」ありき・・

先の記事で言ったような「道のり」のポイントとして、まず最初の始まりから説明しようとすると、始まり「思考」ではなく、どうも「人間性の核」といった話になるような気がしています。

つまり図式的に書くと、こうではなく、

 思考力
  ↓
 「開放」
  ↓
治癒成長成熟
 人間性

こうだという話として。
思考力 人間性(の核)
 ↓  ↓  ↑
 「開放」  |
  ↓    |
治癒成長成熟-+


さらに書けば、こうなのかも知れないという話として。
思考力←人間性(の核)
 ↓  ↓  ↑
 「開放」  |
  ↓    |
治癒成長成熟-+

つまり、「思考力」を持つのも、まずは「人間性の核」があってこそという話になるかも知れません。


「人間性の核」

ここで「人間性(の核)」という表現をしているのは、「人間性」そのものと、「人間性の核」というのがちょっと違うものとしてある、と感じてです。

「人間性」は、まあ平たく言えば、その人の人柄全体実際の最終的な様子

「人間性の核」は、そうした「人間性」がこれからより豊かなものになるための、まあこれも平たく例えで言えば、です。豊かな人間性に向いている、芯のような何かです。


まず「人間性の核」があり、さまざまな人生経験を経て、種から芽が出て茎が伸びて華が咲くというのがまさに当てはまるように、「人間性」豊かに育つ。

そうした「人間性の核」というものがある。


「人間性の核」の3つ

具体的3つ言えると思います。その2の記事で触れた、「真摯さ」「誠実さ」「向上心」です。
簡潔に説明するとこんな内容。

「真摯さ」・・・ものごとに何でも真剣真面目に向き合い続ける姿勢。
「誠実さ」・・・嘘がなく正直素直であり、そして「愛」「思いやり」を望み目指している姿勢。
「向上心」・・・なにごとにおいても勉強熱心で向上を喜ぶ姿勢。


「思考力」につながるのが、まずは「真摯さ」「向上心」あたりかと。

「開放」治癒成長成熟として起きるための源泉が、なによりも「誠実さ」であると感じます。


これについて、ハイブリッド心理学取り組み実践からの考慮点を引き続き書いていきます。

「開放力」としての「思考力」 |   コメント(0)
「開放力」としての「思考力」-5
『写真と言葉』の記事に引き続いて今日2個目です。


「人間性の核」が、全てのスタートになります。
それについて書いたことなど^^。


心の変化を生み出すもの

心の治癒成長成熟への変化生み出すものは何かについての理解が大切です。

よく使っている例えですが、思考車のハンドルであり、感情ガソリンです。
そこで心の変化生み出すのは、思考でもなく、感情でもなく、車の車輪しっかりと地面に食い込ませて、回して前進することなのです。

それが心の治癒成長成熟への方向を向いたものであれば、「思考」が、でもなく「感情」が、でもなく、ある一つの方向を向いて生きたという事実が、自ずと、心の風景別のものへと変えていくのです。
より安定し、より力強く、より豊か心の風景へと。


そこでただ思考が心を変える」と考える人は、車を走らせることなくただハンドルを宙で回すだけの、何の前進もない時間を送ることになりますし、
ただ感情が心を変える」と考える人は、方向の定まらない車のように、ただ暴走を、あるいは一時的に感じることの行ったり来たりを繰り返すだけで、やがて自らの心身と人生をすり減らせてしまいます。

思考と、感情と、ある一つ方向を向いて生きること。この全てが揃った時に、私たちのが、私たちがそう変えようとしてそうなったものではなく、また、私たちが変えようとして変えられるのをはるかに超えて、「変化」をしていくのです。


「ある一つの方向」としての「人間性の核」

そんなものとしてある、「ある一つの方向」。その最初の始まりが、今回「人間性の核」と呼んでいるものです。
「真摯さ」と、「誠実さ」と、「向上心」基本3要素とする、「人間性の核」です。

それが、心の治癒成長成熟へのであり、泉の源泉なのです。
「思考」なのではありません「思考」源泉なのではありません
「感情」なのではありません「感情」源泉なのではありません
「人間性の核」が、であり、泉の源泉なのです。


「思考」はそこで、源泉掘り当てるためのつるはしであり、をより着実に良い方向に育てるための、添え木なのです。
「感情」はそこで、どう源泉向っているかを知るための探知機です、成長度合いとして知ることのできる、現時点での花の咲き具合です。そして最後に、満開になった花を見て得られる喜びとしてあるのも、「感情」だと言えるでしょう。

そのようなものとして「思考」「感情」をそれぞれ使いこなして、「人間性の核」という育て源泉開放する取り組みが、この取り組みなのです。


「人間性の核」そのものに手は出せず・・

ではそのように全ての始まりとして重要なものである、「人間性の核」というものを、どのように持ち、どのように向上させていけばいいのか。

これについては、今のところは「手が出せない」と感じているのが、私自身の考察段階の現状です。

それは生まれ持った資質や、生育状況によって、人それぞれ人それぞれ状況として、ある。それをスタート地点にして、この取り組みを始める。言えるのはそれだけです。


もしそれが大きく損なわれたままである場合、この取り組みの入り口を、恐らく通過することができないしょう。しかしそれについて、私からは手が出せません
なかなか取り組みの入り口を通過できないでいる場合に、それが「人間性の核」大きく損なっているのが原因だとも、私からは言えないと思っています。

なぜなら、「人間性の核」損なわれているという印象を私が感じることができても、「本当に」どれだけ損なわれているか、そしてどうすればそれが回復できるのかは、私には分からないと感じるからです。多分分かるのは、その人自身だけだろうと。

あるいは、人からの働きかけで、その人の心を揺さぶって、「人間性の核」に目覚めさせるという取り組みも、あり得るとは言えるでしょう。
ただそれは基本的にかなり年少向けのものだと感じますし、少なくともこの心理学で行うものではありません。


言えるのはこれだけです。まずそれを意識して欲しい、と。
「真摯さ」というものを。「誠実さ」というものを。そして「向上心」というものを。
それがいかに大切であるかを。


それが全て前進の、最も根底原動力であり、最後に自分を救うのはそれなのだ、と。


そうした「人間性の核」が、「感情と行動の分離」という難解な心の探求姿勢へと進化する取り組みが、ハイブリッド心理学だと言えます。

こうした側面を交えながら、「開放力」としての「思考力」のあり方について引き続き説明していきましょう。

「開放力」としての「思考力」 |   コメント(0)
「開放力」としての「思考力」-6
『写真と言葉』お知らせに引き続きの今日3つ目^^。


人間性の核が人間性を浄化する

「人間性の核」姿勢が、やがて「感情と行動の分離」という高度な心の探求姿勢へと進化する。
それがハイブリッド心理学取り組みだと書きました。

それについてさらに書いてみようと思います。何が起きるのかです。


自らの「人間性の核」が、自らの病んで歪んだ「人間性」を、浄化し始めるのです。

なんということでしょう。(←5ch『大改造!!劇的ビフォーアフター』のナレーション調で^^;)
これこそ、人間の心陰と陽光と影の織りなす、人間の心の最も奥深い神秘なる治癒と成長と成熟を、鮮明に示すものとなるのです。


逆の表現もできると思います。人間の心は、どう変化するのか。

病んで歪んだ「人間性」を浄化するのは、その人自身の「人間性の核」なのです。


「感情と行動の分離」の核

そのように表現することで、「感情と行動の分離」自己対峙姿勢とも言えるものが、多少はイメージできるかと思いますがいかがでしょう。

「自己対峙姿勢」です。自分自身ので、2つの世界対峙させる姿勢です。
自分と社会を対峙させ、感情と建前理屈を対峙させる姿勢ではなく。
感情を無視して理屈で行動するだけの姿勢でもなく。

自らの中で、「真摯」と「誠実」と「向上」を志向する「人間性の核」と、すでにそれとは異なる方向へと育ってしまった自分の人柄つまり今の「人間性」を、対峙させる姿勢なのです。

それこそがまさに、「感情と行動の分離」の核といえるものになります。


「開放」されたものは「自意識の殻」を破る

そこで前者後者を凌駕した時、思考が心を変えるのでもなく、感情が心を変えるのでもなく、意識の底にある何かのエネルギー「開放」され、今の自分の人間性を枠にはめている「自意識の殻」突き破られ、音をたてて崩壊し、その後にまっさらで純粋な心が新たに芽生えてくる。
そんな仕組みなのです。

そこで現われる「音」が、「魂」の叫びであり、きしみとも言えるものです。
その後に現われる「まっさらな純粋」が、「命」なのです。

こうした場面の、最も端的な描写として、『悲しみの彼方への旅』P.300あたりをあげることができるでしょう。P.297あたりから、すべてが内面の中で、ガラガラと音を立てるように「自意識の殻」崩れていき、やがて「まっさら」に至る場面です


心の治癒成長成熟変化とは、そのように起きるものなのです。まずは自分自身の中で起きる「対峙」によって、と言えるでしょう。


「人間性の核」を思考化する

ですから、「感情と行動の分離」における「思考」役割を、こう言うこともできます。

それは、自らの「人間性の核」を、思考化するのだ、と。言葉ではっきりさせるものとして。自分自身に対してです。

「感情」は、「病んで歪んだ今の自分の人間性」の側に位置づけられるものになります。あるいはそうまでは言わないとしても、「人間性の核」にとって厄介な、あるいは足を引っぱるような、絵に描いた餅のようにはいかないものになります。
「感情」とはそんなものとして、あるものです。


そこに、「人間性の核」萎えてしまわないための視野を、加えるのです。心の叡智として。

その内容が、「開放のための思考」だということになるでしょう。


その内容の説明に進みましょう。

「開放力」としての「思考力」 |   コメント(2)
「開放力」としての「思考力」-7
「開放のための思考」などない

さて「開放のための思考」という言葉が出るにおよび、話が重要ポイントにさしかかり、説明の言葉の整理にちょっと時間をかけていました。
「開放のための思考力」ではなく。

「思考力」をベースにして、具体的「思考」をする。この図式において、実は「開放のための思考」などというものは、ないのです。

「こう思考すれば開放できる」というようなものとしては。


なぜならそれは「当てはめ」だからです。まさに、「開放」とはのことです。

自分の内なる奥底のエネルギー開放することなく、蓋をして、自分の外にある何かで、当てはめをする。
あらかじめ頭で知って、そうなれれば・・という思考全てが、それなのです。「当てはめ」であり、つまりは「閉ざし」なのです。


「未知」に進む

それとは全く異なる、心の力の開放のことを説明しています。
「心」の開放として。「魂」の開放として。そして「命」の開放として。

それは、「こうなれれば」「こうすれば」と、「知って」そこに進むということとは、全く違う心の動き、心の変化なのです。

「未知」に進むということなのです。
つまり、「開放」とは、「未知」を開放するということなのです。


その時、神秘的な変化が起きる。言葉では言い表せないような、力の湧き出す感覚の中で、揺らぎない自分が感じ取られていく。
ほんの一瞬前とは違う自分が、今ここにあることを感じ取るのです。


「開放のための思考」とは「可能性と選択」のための思考

もちろん、内面の力開放する方向方向づけ全くないと、あらぬ方向へと開放されることにもなりかねず、方向づけが問われます。方向づけ方向は、知っておく必要がある。

また、「当てはめ」有用なこともあります。比較的外面的なことがら、たとえばスポーツの技術や、仕事場面での行動法など、「こうなれれば」「こうすれば」と、「知って」それに自分を当てはめてみるという方法が、まずは上達への近道になります。


しかしそれも実は同じなのです。実際にそうして「知って」そのように自分ができるようになるという変化瞬間は、当然のことながら、「それを知る」という「思考」が自分を変化させるのではなく、本当に知った通りにできるかどうかはさておいて、その時の目の前にある「現実」へと飛び込む「意志」、そして実際に飛び込むという「行為」、この全体として、「自己の変化」の「瞬間」がもたらされるのです。

まだ出版本にはしていませんが『実践編上巻』でも、「心を解き放つ」というテーマを集中的にとりあげた「8章 人生をかけた取り組み-4」でこのことをすでに書いています。
こんな文章が出てきますね。
 特に何の手を打ったわけでもありません。ただ「現実へと向う」のです。行動法による安全策を確保した上で。あとは命綱を捨てて闇へと飛び出すように。

 心が解き放たれます。

そこで結果の答えがたまたま、多くの人共通する答えである領域で、「知って当てはめる」のが実践ようにも見えるだけです。実際の変化の瞬間は、未知へと飛び出しているものであったとしても。

結果の答えが、その人だけにしかない、唯一無二のものである場合、もちろんもう「知って当てはめる」のはてんで実践になりません。

結果の答えが、その人だけにしかない、唯一無二のものである領域とは、言うまでもなく、「人生の生き方」です。


その両者も実は同じなのです。「思考」役割は。

それは、「可能性」を描くということです。あるいは、「選択肢」をあげるということです。

そして可能性への「踏み出し」は、そして「選択」は、もう「思考」という限定的な心の機能ではありません。

「踏み出し」そして「選択」は、その人が現実にそうする者としてある、あるいはそう「決意」した者としてあるという、全人格的なことがらとしてあるのです。


自分を疑うための知識として

ここにおいて、ハイブリッド心理学読み方を、根本的に見直して頂きたいと感じる次第です。

ハイブリッド心理学全てが、「知って当てはめる」という方法のために書いたものでは、ないのです。


自分自身に問うため、さらに言えば、自分自身を疑うための視点として、書いているものです。
心の治癒と成長と成熟とは、こういうものとしてあるとのことだ。自分自身においてそれは、どうなのか?どう考えるのか?、と。

そこから返ってくる心の声は、一律ではありません。同じ一人の人間においても。


だから、問い続ける必要があるのです。
心の成長段階に応じて、同じ問いへの心の声違ったものが返ってきます。その一つ一つに、「真摯に」向き合う中で、見えないまま変化していくのです。

ですから、ハイブリッド心理学のは基本的に、全て一生ものとして読んで頂くようなものとして、買って頂きたい・・とこれは宣伝^^ゞ


ともかく、先日の『写真と言葉』5/27『「開放」への力』で記した通りです。
「答えを自分に当てはめる力」ではなく、「自分に問う力」こそが、「開放」への力なのだと。

つまり「開放」への力とは、「自分を疑う力」だということです。

そこで、自分に問う、自分を疑うための視点として、ハイブリッド心理学で言っている内容がある。


今までの執筆で書いたことの全てを、ここに合流させることができそうです。
大きく俯瞰してみましょう。

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