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心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
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ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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カテゴリ: 真の答えに向うための論理的思考 の記事一覧(作成順)

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真の答えに向うための論理的思考とは-1
真の答えに向うための論理的思考とは

ではここで先の記事で触れた、
「明晰意識世界の論理性」から「自己の真実」へと向う
ということの詳しい説明など入れたいと思います。

私自身「心と魂の対話」「心と命の対話」の例などは、その後に紹介しましょう。

まず、「心」「魂」と、そして「命」対話するためには、どのような思考姿勢が必要かを先に押さえておきたいと思います。
とりあえずこの『真の答えに向うための論理的思考とは』とのシリーズにて^^。


「望みに向かう体験」と「論理的思考」

つまり、「心」「魂」そして「命」に接するための方法として、ハイブリッド心理学では「論理的思考」を位置づけているという話になります。

沢山の心の取り組みの中で、今私が知る限りでは、こうしたアプローチ説明できているのはハイブリッド心理学だけのように感じます。えっへん(^^;)


ただ~し、論理的思考だけで「魂」「命」に接するという話にはしていません

双極となる、もう一つの軸があります。「望みに向う」ことです。その「体験」を持つことです。
この双極がそろった中で、私たちの「心」は、「魂」「命」に接するのです。

まとめると、望みに向う体験を論理的思考で歩むことで、「心」が「魂」と「命」に接するという道筋を、ハイブリッド心理学では考えているという話になります。


といことで、「望みに向う」という話は今まで折りにふれ書いてきましたが、「論理的思考」側面を、今改めてその入り口からつまびらかに紐解いていこうかと思います^^。

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真の答えに向うための論理的思考とは-2
このシリーズはこま切れでも頻繁にアップしていきましょう^^。
望みに向う体験を論理的思考で歩むことで、「心」が「魂」と「命」に接する

このハイブリッド心理学歩み根本における、「論理的思考」とは。


「正しい」とは

「論理的思考」入り口の入り口は、そもそも「正しい」とは、という話になると思います。


私たちは、人生「正しい」情報、つまり「正しさ」持ち駒として生きていくわけです。

それは料理のレシピ正しさであったり、駅にいく道順正しさであったり、対人行動法社会行動法正しさであったり、人種を超えて普遍的な、人道的正しさであったり、さらに人に言われたあらゆることが当てはまらない、唯一無二の自分の生き方としての正しさであったり、するでしょう。


いずれにせよ、私たちはそれを「正しい」ものとして学び、あるいは見出し、それに心底から納得し、それを実際に人生に役立て、積み重ねる「体験」を経て、内面外面ともに豊かさを増した自分を感じた時、自分の進んだ道が正しかったことと、それを歩んだことへの充実感と、今生きていることの喜びと豊かさと、これから生きていくことの目標と、そこに向い得る自分への自信を、感じ取れるように、なるわけです。

その全てが、その全てのことがらそれぞれにおいて揺らぎなく「正しい」ものだと、私たちは「判断」して、それを「選択」することで、それを身につけていくわけです。

決して、自分でそれがどう「正しい」のかそれとも「誤り」なのかを、「自分で考える」ことなしに、誰か人が間違いない知識を自分に与えてくれるという受け身の姿勢で、それらを得ることなど、できるわけもないわけです。


それをする気があるのか、という話になります。

つまり、自分で考え、自分で「正しさ」と「誤り」の「考え方」を模索し、「判断」と「選択」を試行錯誤し、その結果によって「考え方」「判断」「選択」の全てを洗練していく
そうしたことをしていく気があるのか、という話です。


「正しさ」の「判断」を何によって行うのか

まず、「自分で考える」ことをする気があるのか。

これが、ハイブリッド心理学「感情と行動の分離」実践のための、最初の問いかけになるでしょう。
もちろん選択ご自由です。ただ、それを選択せずして、その先にハイブリッド心理学の取り組み実践な~んにもない。それだけのことです^^。


次の問いかけは、こうなるでしょう。
「自分で考える」ことをする気がある。いいでしょう、という話になった次にです。

「正しさ」の「判断」を、何によって行うのかです。


2つの選択肢があります。

一つは、「感情によって」それが正しいと「感じた」時、それは正しいと判断するという思考法を取る。

もう一つは、「論理的思考によって」論理によって」もしくは「論理として」、「正しい」か「誤り」かを、「判断」する。


後者を選択した時、「感情と行動の分離」が、始まります。感情思考分離するのですから。


2つの問題

ここで2つの問題が出てきます。整理しておかないと、いつでも混乱を引き起こしてしまう話です。

一つは、論理によって」「論理として」「正しいか誤りかを判断」するとは、そもそもどういうことか
これが、この『真の答えに向うための論理的思考とは』シリーズ詳しく説明するものになります。
これが、「正しいとは」という命題入り口の入り口としての、入り口そのものの話(^^;)になりますね。

もう一つは、感情がからむ問題心の問題における「正しさ」を、この「論理的思考」によって判断するとは、どういうことかの話。
これが、入り口を通過して、その先に細く長く繰り広げられることになる、真のハイブリッド心理学の道です。「心」が、「魂」に、そして「命」に接する道です。


まずは、「論理として正しい」とはそもそもどういうことかから、説明していきましょう。

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真の答えに向うための論理的思考とは-3
先の記事「歩みの根本」と書いたものを、さらに言葉アレンジ調整しましょう。
論理的思考をハンドルさばきとして、「望み」へと歩む

これが、ハイブリッド心理学における心の治癒成長と成熟への、「実践原理」だと言えるでしょう。
それを実践することによって、目指すものつまり心の治癒成長と成熟向うことができるのだ、と。


2つの「正しさ」

2つの問題が出てくると指摘しました。
そもそも「論理として正しい」とは、どういうことか。実践原理「論理的思考」とは、という部分ですね。
感情の問題心の問題において、それはどういうものになるのか。これが、「望みへと論理的思考で向う」、という部分になります。


この2つの問題またがるを、まず指摘しておきたいと思います。

私たちが人生で見出す「正しさ」には、2種類のものがあるのだ、ということです。

一つは、「論理の客観的な正しさ」です。
もう一つは、「心の重み」「気持ちの重み」としての「正しさ」です。


前者が、人との議論おおやけに問えるものです。それが「論理の客観的な正しさ」
これはまずは心の外界出来事についての考え方正しさにかかわるものと言えるでしょう。

先日の4/9『「心」と「魂」と「命」の構造-3』で示した『「心」と「魂」と「命」の意識の質の違い』の図で、「論理性」上側に示した部分です。
これは「心」がつかさどります。


後者が、まず自分自身向き合うことでのみ感じ取ることができ、次に、それが人との共感につながるというものになります。基本は、自分自身内面でのみ問うものです。それが「心の重みとしての正しさ」

これが、図の「論理性」下側の方です。「魂」「命」が、これによって感じ取られるのです。


そしてこの2種類「正しさ」つながってくることとして、「心の重みとしての正しさ」自分自身の内面で問う時、それはとにもかくにも、言葉によって「私は何々にをこうだと感じる」という論理として表現することで、自分で考え問うということができる、ということです。
自分自身の「心の重み」「気持ちの重み」が、「何にどのようにあるのか」と。

ですから、まずはごく客観的なことがらについての論理的思考姿勢、さらに言えば論理的思考能力が、「自分自身の心の重みはここにある」という判断「正しさ」に、直結する、というか前提過程になる。


これが、ハイブリッド心理学での実践原理です。


「感じるものが全て」の世界ではなく・・

もちろん、これとは違う歩み方もあります。
そもそも客観的なものごとの論理的思考など関係ない話として、論理的思考を使うわけでもなく、「こう感じられればいいのです」というアプローチ。
世にある心の取り組みのほとんどがこれになるでしょう。

そこでハイブリッド心理学は、この問いかけから始まるわけです。

そもそも「感じること」つまり「感情」「気持ち」が歪んでいる時、「感じること」だけで考えていては、元も子もないではないか。


そこに、感情でものごとを判断するのではない、もう一つの軸が生まれる。「論理的思考」として。
そこから再び、感情へと深く降り、深く切り込んでいくのです。

そこに、「感じること」そのものが、根底から変化するということが、起き始める。

これが、ハイブリッド心理学「実践原理」です。


なんとも理屈っぽい話ですねー^^。ま心の問題とことん理屈で分かりたい方向けの心理学ですので^^。

具体例としてはちょー分かりやすい話などを出しながら、まず「論理として客観的に正しい」とはどういうことかの説明から、始めましょう^^。

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真の答えに向うための論理的思考とは-4
分かりやすくなど出しながら説明していきましょう^^。


2種類の「正しさ」の例

私たちが人生で見出す「正しさ」には、2種類のものがある。
一つは、「論理の客観的な正しさ」であり、もう一つは、「心の重みとしての正しさ」である、という話をしました。

いずれにせよ、それを言葉「論理」として表現することで、問うことができるのだ、と。
「論理」とは、ひらたく言えば「なんとかなんとかと、ものごとのつながり関係言葉で示すことだと言えます。


「論理の客観的な正しさ」の例

「論理の客観的な正しさ」は、主に心の外界出来事についてのこととして、人とおおやけにその正しさ議論できます。

たとえば、「夏は冬よりも暑い」。ま『論理思考入門』の良い例かと^^。


そこで、「なぜか?」という「理由」を問うことで、それが正しい誤りかが、客観的に論じることができるようになる。

「夏は冬よりも暑い」という話自体は、「事実」として、気温その他情報正しい誤りかが示されますね。
なぜならなんとかなんとかだからだという「理由」「論理」を話し始めた時、その「論理」正しい誤りかという問題が出てくる。

そうした「論理」「正しさ」とは、私たちの意識活動において、どのように着実なものにしていくことができるか。
このあと説明していきましょう。


「心の重みとしての正しさ」の例

「心の重みとしての正しさ」は、私たちの心の内面での、感じ方についてのこととして、まずは自分自身に問うことでのみ、その正しさを検討できます。

人に言われたことをどう納得するかとして、また人とその正しさを議論する形では、「心の重みとしての正しさ」というのは、確認できないのです。
なぜなら、それではまさに重みが小さいからです。人に別のことを言われると、すぐ覆ってしまうようなものとして。

真剣に、自分に問うということをした時初めて、私たちは私たち自身の、「心の重みとしての正しさ」がどのような形であるのかを、知ることができます。


このちょー入門例としては、こんな感じ。
「私はラーメンではなくカレーが食べたい」とか。

これがどう「正しい」かは、客観的なことがらとして人と論じるのではなく、自分自身真剣に問うことで、分かるわけです。自分が本当に食べたいのはどっち?と。
そして魂の声として、その「答え」が出てくるわけです。人に合わせてラーメンが食べたいと言ったけど、自分が本当に食べたいのは、カレーなのだ!と。


これが「心」と「魂」と「命」という、ハイブリッド心理学心の視界においてどのように展開されるものになるのかは、このあと順を追って説明していきましょう。


まずは、「論理の客観的な正しさ」考え方入門から^^。

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真の答えに向うための論理的思考とは-5
「正しさ」とは・・

おおやけに人と議論できる、「論理の客観的な正しさ」
そして自分自身に問うことによってのみ見出される、「心の重みとしての正しさ」

この2種類の「正しさ」のどちらも、「私はなんとかこう考える。それはなんとかだからだと、言葉でしっかり論理として表現することで問えることが共通しています。


「正しさ」の2つの根本基準

そしてそれが正しい誤りかを問うた時、それが「正しい」のだとすることができる根本基準が、やはり2つあります。
そしてこの根本基準は、上記2種類の「正しさ」で、共通です。

ここでは答え言葉だけ出しておきましょう。


「つながること」

「正しさ」2つの根本基準第1は、「つながること」です。揺らぎなく確かめられる「事実」とです。

そしてこの「揺らぎない事実」として、2種類「正しさ」それぞれのものがある。
これがまさに、「感情と行動の分離」本質を示しているものと言えるでしょう。


「論理の客観的な正しさ」とは、「客観的な現実」へとつながることです。

「心の重みとしての正しさ」においては、「自己の本性」へとつながることです。つまり、自分が本当に何を望むかです。

これが「感情と行動の分離」の本質です。つまり、外面においては、揺るぎない客観的現実を見据え、内面においては、揺るぎなく自分が望むものを見据えるのです。
前者は、後者を安易に叶えてくれるものではないでしょう。
その2つを見据える意識のはざまに、「心を晒す」のです。そこに、外面と内面のはざまの「無」から、「命」が姿を現し始めるのです。



「矛盾しないこと」

2つの根本基準第2は、「矛盾しないこと」です。今まで正しいものと自分が納得した他の話とです。

もちろんこれは上記第1の基準展開としてあります、矛盾があるとは「つながらない」ということです。


これに関連しても、「感情と行動の分離」本質を言えるでしょう。「心」明晰意識の範囲(参照:4/9『「心」と「魂」と「命」の構造-3』)でのつながりを嘘偽りなく究め、「意識」「思考」では解決できない矛盾に到達した時、やはり、「命」がその答えを示し始めるのです。

これはもっとも難解な話でしょうが、ハイブリッド心理学の最も醍醐味と言える部分になります。


心底から納得できること

上記2つの「正しい」という基準で、それを探求する姿勢において、結局その「判断」を下すのは、「自分自身が心底から納得できること」だと言えます。

決して、世間全てで「正しい」というお墨付きが得られるものを求める、という姿勢で得るものではないのです。
これはなんかの受験の試験ではないのですから。

自分の人生を豊かにするための「正しさ」なのですから。


これは、自分の人生を生きる上での、自分自身への自信を得るために追求する「正しさ」の話なのです。

そこにおいて、自分が唯一無二の存在として生きることにおいて、自分の外面視界に見える客観的現実も、自分の内面に見える感情も、他人の論理を借りて正しいかどうかを判定することは、意味のないことなのです。
たとえば海底で生きるナマコの目に映るさまざまなものの距離や長さの意識の正しさを、空を飛ぶ鷹の目に映るさまざまなものの距離や長さの意識の正しさを基準に判定することに、意味がないように。
ナマコナマコ自身の目に映る外界視界の中で、揺るぎない客観的事実を捉え、そして自分が何を望むかの揺らぎない本性を自覚し、その両者においてそこで生きる能力を獲得した時に、ナマコナマコ自身の人生を生きる自信(^^;)を得るのです。
それが真の自尊心なのです。に誉められることによって自信を得るのではなく。


ということで、「つながること」。揺るぎない、「客観的事実」「自己の本性」へ。
それを、「自分で心底からの納得」によって判定していく。

そのような「ていねいな論理的思考」によって歩んでいくのが、ハイブリッド心理学実践の基本になります。


引き続き具体例などで、分かりやすく説明していきましょう^^。

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真の答えに向うための論理的思考とは-6
「客観的な正しさ」の具体例

では具体例でちょーていねいに説明していきましょう^^。

まずは心の外界出来事についての考え方からです。「論理の客観的な正しさ」を追求する論理的思考です。
つなげる先「客観的な事実」について、おおやけにその確かさ議論できることがらです。

つまり、揺るぎなく確認できる客観的な事実へとつながっていく、「理由」の説明を考えていくのです。それはなぜか。こうだからだ。それはなぜか。こうだからだ、と。最後の「こう」が、誰でも知るような客観的事実につながった時、みんなが「ほーなるほど」となる、話のつながりを考えます。


「自分で心底から納得」

一方、話のつながり過程で重要なのは、自分自身で心底から納得できることです。話がそこでつながっているか、と。

これが2つの役割で重要になるかと。

一つは、しっかりと積み重なるためにです。
心底から納得することで、まず記憶されやすくなる。次に、まさに、つながることで積み重なるわけです。
つながらない話の羅列は、人生を生きるための持ち駒として、積み重なることはありませんサイズが合わないレゴのブロックをただよせ集めたように。
しっかりつながることで、レゴのブロックでさまざまなものを組み立てられるわけです。

もう一つが、感情分析エンジンになることです。
自分の感情どんな内容かと、感情の流れ論理のつながりで追うことで、埋もれていた感情見えてきたりするのです。自分はこう感じていたんだ・・と。
これはあとで詳しく説明していきましょう。


「夏はなぜ冬よりも暑いのか」

ということで、まずはごく外部出来事について。「論理思考 入門」の例としてその4で出した、
「夏は冬よりも暑い。それはなぜか」


お題を出していったんアップしておきましょうか。読者の方もちょっと考えてみて下されば^^。

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真の答えに向うための論理的思考とは-7
一日に複数記事は久しぶり^^。


論理思考入門エクササイズ^^

では論理思考エククサイズです^^。
夏はなぜ冬よりも暑いのか。

ここで恐らく多くの方に思い浮かぶであろう、学校などで習った知識があります。
地球の自転軸が公転軸に対して少し傾いているから。


「つながり」を問う

しかしここで「つながり」問われるわけです。「暑い」「地球の軸が傾いている」は、直接にはつながらない話です。これはいいでしょうか。
地球の軸が傾いているので、地球太陽のまわりを1年1周する間に、地球のある地点たとえば日本の東京での、太陽の光の受け方は、より頭上真上からとなる「夏」と、より地平線近くとなる「冬」と、その中間の「春」「秋」という周期で変わることになります。

だとするとなぜ夏が暑くなるのか。

私自身思考した場合ですと、それではちょっとつながらない。皆さんはそれで「つながった」と感じるでしょうか。
私の場合それが、

その結果、夏はより強くより長い時間太陽の光を浴びるので、暑くなる。

となって、「つながった♪」と感じます。

ここで太陽の光のみならず、ガスコンロの火電気こたつの赤外線、といった「熱光線」一般について、今までの人生でもう揺らぎない事実として納得していることにつながるわけです。
より強い「熱光線」を、より長い時間浴びるほど、熱くなる、と。

ということで、つながった論理たどり直して確認します。地軸が傾いているから、夏は太陽光をより強くより長く受けることになり、暑くなるのだ、と。


「欠けたつながり」を追求する

これはとりあえず「科学の知識」をベースにした論理的思考ということで、上記までの思考ができれば、「科学的論理思考実践」「可」と評定できるかと^^。

しかしそこにはまだ「欠けたつながり」があると、私は感じました。
太陽がより真上の角度になることで、その光を浴びるのが「より長く」直接つながる。しかし「より強く」には、直接はつながらないのでは、と。
より地平線近くの低い角度になるとしても、太陽からの距離そう変わるわけでもあるまい。

でこれについてちょっと考えたのですが、
より地平線近くの低い角度からの太陽光線は、通過する大気がより厚いため、強度が減少する。

のではと。

ということで、「地軸の傾き」という当初の話だけではなく、「通過する大気量」という別要因を加えて考えて、「きっとそうだ。つながった♪」となった次第です。


このように、科学的に思考する中で、「欠けたつながり」に気づき、それを追う思考ができると、「科学的論理思考実践」「優」と評定される段階と言えるかと思います。

この段階が、ハイブリッド心理学での「論理的思考」必要レベルになります。特に、「感情分析」によって埋もれた感情自ら探索するためにです。
もちろん感情分析そのものは、一般の科学知識ではなく、「心理メカニズム」「価値観」などの心理学知識をベースに進めます。


科学思考の添削^^;

なお私の上記の私の思考は、「科学的論理思考実践」としては「優」であっても、考えた内容はどうやらちょっといまいちのようです^^;
ネットで見たところ、「より強く」は、
「単位面積あたりの熱量」が、太陽がより真上つまり地面により垂直になるほど大きくなる。

という話らしい。これはなるほどですね。
通過する大気層の厚みの違いというのは、間違いではないとしても、それらに比べれば誤差内程度の話かも知れない。


ともかく、「欠けたつながり」を追えるようになれば、自分の思考どこが正解どこが誤りかを、適宜このように確認し、思考の全体「積み重ねて」いけるものにすることができます^^。


感情動揺を固定化してしまう思考

このような「ていねいな論理的思考」とは対照的に、「論理的に考えることを放棄してしまった思考」がありますね。
典型的なのは、ここでのお題では、

夏は暑いに決まっている。

とか。

これは子供が何についても「なんで?」「どうして?」と聞かれる大人が、説明を考えるのが面倒になって発する手の言葉ですね。
そのように人との対話の中での場しのぎに使うのはともかく、一人で思考する時もこうした思考を使っていると、「感情動揺の固定化」が起きてしまいます。
人の目は怖いものに決まっている、というように。それでは人の目恐怖自ら固定化し、克服も何もあったものではないですね^^;

なぜ怖いのか。そう問う先に、上記例題では科学の知識をべースにして論理的思考を展開できたように、心理学の知識をべースにして論理的思考を展開することができます。

そこに、自分がなぜ人の目を恐れるのか揺らぎない心の事実につながった時、論理的思考さらに超えて「命」答えを示し始める。
これが、論理的思考はあくまでほんの一部の役割だという、「心」と「魂」と「命」の3層構造全体の話になってきます。う~ん難解?^^;
(参考:3/23『島野が至った「命の無の世界」-4』 つまり、ていねいな論理的は、屁理屈ばかりを弄する「自意識の殻」を打ち破るためです)


まずはともかく、こうした「ていねいな論理的思考」をすることが、ハイブリッド心理学実践の第一歩になります。

それがごく心の外部出来事ではなく、人の感情や行動が関わる問題をテーマにした時にどうなってくるのか、引き続き詳しく説明していきましょう。

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