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このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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カテゴリ: 島野が至った「命の無の世界」 の記事一覧(作成順)

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島野が至った「命の無の世界」-1
島野が至った「命の無の世界」

「命と無への道筋」といった話を改めてしているわけですが、抽象的な話ばかりだと分かりにくいもしくは退屈(?^^;)かと思いますので、ここでちょっと最近の島野に訪れた心の境地の変化など、ちょっと紹介しておこうと思います。

『入門編下巻』において、私の人生感覚が最後に「命の答え」つまり「命の大きなつながりの中で自分は仮の姿」というものに至った流れなど書いていますが、そこからさらに一歩進み、先日その30『「命」と「無」への道筋を知る-4』「「無の境地」が完成形になってきたのを感じる」となった流れです。


一言でいえば、「命の無の世界」というのを、よりはっきりと感じるようになった。

これまで、具体的には昨年12月半ば頃までですが、私の人生感覚「心-魂-命」の3つの連携という、『入門編下巻』で書いたものが、至っていたものでした。

それが、昨年12月半ば頃スクールカウンセラーにでもなるかという目論見があえなく頓挫(^^;)し、では今後どうするかと考え始めてから、また私の心に起きた変化です。

それが、「心-魂-命の3つの連携」から先に一歩踏み出した、「命の無の世界」になります。


「心」「魂」「命」そして「命の無の世界」

人生の遍歴というのはあまりにも人それぞれのため、島野の話がどれだけ参考になるかは何ともいえませんが、こうした話から押さえておいて頂きたいポイントとは、「心」「魂」「命」そして「命の無の世界」といったものが、自分自身の中で全く異なる心の機能として存在することが、体験の中で感じ取られる、ということです。

それを感じ取れるようになってくると、そのどれに、どのように乗っかっていけばいいか、というのが分かってくるのです。
マラソンランナーが、体のさまざまな筋肉の使い方に習熟していく中で、この筋肉のこの使い方でいけば疲れずに力強く走り続けられる!と分かってくるように。


それだけ、はっきりと、別の心の機能、言ってしまえば別の「心的機能体」ともいえる、3つの別の心の機能が私たち人間の心の中にはある。

「心」「魂」「命」と。
そこで「命」の心的機能ほぼ全面的自分を委ねて生きる形になるのが、「命の無の世界」だという話になります。

これは極めて、揺らぎないです。もうほとんど、「考える」ことさえありません。


多くの人は、表面の「心」の薄っぺらい部分、つまり「自意識の殻」だけ機能させており、その底「魂」「命」眠っている、という話になるかと。

それを呼び覚まし、機能するようになるのが、「覚醒」だという話になります。


島野のケースでは、この3つの心的機能体、そして「命の無の世界」が、どのような「意識表現」になったかを紹介しましょう。
あと2つの記事にて、つごう前中後で収めるよう手短に書きましょう^^。

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島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(0)
母の死
(2013.9 ブログ書籍化に際し、この記事も「島野が至った「命の無の世界」 」カテゴリーに収録しました^^。)

月曜の10時亡くなり火曜通夜式、そして昨日葬儀と告別式でした。

先月の20日の日曜入院し、診断末期の肺ガン。そうしてわずか2週間と1日急逝というあわただしい日々が終わり、わずかに放心感など感じつつ、今日から母のいない新しい日常が始まったという感じです。


人の世話に明け暮れた人生でした。空気を読めない、空気を読まない(^^;)姿勢で、時にありがた迷惑もかえりみず(^^;)家族や回りの人の世話焼きに尽くし続けてきたは、一つの姿として、偉大な母であったと感じます。

それが逆に、自身の疲れや病気については自己把握がおろそかで不正確となり、今回も「風邪が治らない」程度にしか認識できないまま、にせかされ入院した後、末期の肺ガンであることは結局本人は認識できないまま旅立ったという感じです。
入院当初は、本人に治りたいという意思が強く、それを伝えることは憚られ、やがてもう伝えるべき時であるのを私たち家族が感じた時、病状さらに急激に悪化し、通常の会話はできなくなってしまったといった経過でした。

今までの人生振り返り、ねぎらいの言葉でもかけたいところでしたが、それもできないまま、まあそれが母の性格の一つであるかのように、「駆け抜けるように死んでいった」という感じです。


はその中で、が、自分がもう死ぬのだということを自覚し、無念の気持ちでなしに受け入れているのかを気にしていました。
それをどんな言葉でできるのかといろいろ考えていたのですが、自分の死を自覚し受け入れていることを感じることができたのが、亡くなる2日前の、先日5日の土曜日のことでした。

を欲しがり、少しベッドを起こして与えるなど、わずかに意思疎通ができた状況を感じ、またベッドを横にして落ち着いた感じになった時、は母の横に座り、ベッドの枠に手をかけて母を覗き込むように、こう声をかけました。
「これからはもうずっとゆっくり休むといいね」、と。すると小さくわずかに頷きました。
こみ上げてくる感情に一瞬声が詰まりましたが、私はさらに「今までずっと皆のために頑張ってきたんだから」、と。

表情穏やかでした。私は母との別れ果たせることをしたという晴れ晴れしい気持ちを感じました。
その日の午後医師からはもういつ心臓が止まってもおかしくないので、会わせたい人を会わせておくようにという話があり、夕方には孫達最後のお見舞いに同行。翌日日曜の午後危篤状態となり、月曜朝に亡くなった次第です。


私はこの出来事が、昨年12月スクールカウンセラーが不採用になり、今の家が空いて引越しすることになり、大学進学時以来33年ぶりまた実家の地で暮らすことになり、腰を落ち着けて母の看病と見送りをすることになったという流れが、また再び何か神の手、神の取り計らいが働いたものであったかのような気がしています。


この出来事については、私自身の感情の流れについて、またいずれいろいろと書く機会があると思います。

相変わらず新居の内装DIYリフォーム作業母の部屋の整理、さらにはそのうち何か仕事始めねばという状況で、頻度もそう上がるものではないかと思いますが、またぼちぼちブログ記事なども再開していきますので^^。




島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(2)
島野が至った「命の無の世界」-2
バタバタ(私事)ガタガタ(地震・・直接影響は少ないもののとにかく成り行きが気になり)で(←語呂遊びあはは^^;)少し遠ざかっていましたが、内装DIYリフォームバスタブ交換(台座の自己製作含む^^v)収納・物置のための各種設置などが済み、ようやっと新生活が機能し始めそうということで、続きなど書こうかと^^。

とはいえまだやること山済み(あとは壁と天井のクロス貼りがメイン)手短か細切れがやりやすそうといいうことで、前中後の3記事に収めるのは断念し(^^;)連番で書いていこうかと思います。
『(前)』『-1』に修正しました^^)


人生を通して知る「心と魂と命」

さて、私自身が最近かなりはっきり「命の無の世界」を、心の探求のゴールとして感じ取るようになったという話を、その具体的意識表現経緯など含めて、紹介しようとしておりまする。

その紹介によって、結局何をお伝えしようとしているのかを、まずお伝えしましょう。


それは、私たちは、心の探求の歩みの中で、私たちの心にある「心と魂と命」という3つの別の心的機能体が示す光景経るのだ、ということです。

これは車のハンドルさばきのことではなく、走る先に見える光景の話です。
ですから、ゴール知って、それをそのまますぐに「感じ取ろう」と考えることは、無意味です。

では、今何を感じ取ればいいのか。そのハンドルさばきとして言えるのは、ただ、そこにあるありのままの自分の感情と、ありのままの現実です。
ただ、その2面しっかりと向き合い続ける「感情と行動の分離」2面です。


それを、人生を通して続けていくのです。その2面の歩み歩むごとに、見えない「命」が、心に見える光景変化させていくのです。


「心」から「魂」そして「命」へ

そしてその変化は、

まずは「心」画策思案を通り、
次に「魂」純粋な声が現れ、

それを聞き届けた時、新たな「心」リロードされ、そこに「命」そのものが姿を現わすのです。無であると同時に全てでもある、「命の感情」として。


これは大きな仕組みとしては、私たちの「心」が、本来の源である「命」から離れ、うすっぺらいものになったものが、「魂」仲立ちされることで、再び「命」戻るという大きな流れだと思われます。


の場合、そのゴールとして最近とみに感じる変化とはどんなものかを、具体的に紹介していきましょう。

島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(0)
島野が至った「命の無の世界」-3
ハンドルさばきは「望み」の軸

解説入れ子になりますが、ハンドルさばきについて説明しておこうと思います。

走ると見えてくる光景が、
「心」画策思案から、
「魂」純粋な感情へ、
そしてそれを聞き入れた時、「命」が姿を見せる。

こうなるような、車の走らせ方のためのハンドルさばきとは。


「望み」を軸に、内面と外面に向き合うことです。

自分の内面感情を、「どんな望みにおいてそう感じるのか?」という視点から問い、
外面の現実を、自分の「望み」にとってどんな現実なのかという視点から見ていくのです。


なぜそれが「心」「魂」「命」という光景変化のためのハンドルさばきになるのか。

「望み」に向うことが、生きることだからです。

そして「心」「命」から離れ、それを「魂」仲立ちするという大きな仕組みの中で、「望み」として内面外面に向き合う歩みが、
「心」から「魂」へ、
そして最後に全ての大元の「命」へと、私たちの「意識」次元遷移させるのです。


「どうあれば・・」に意識が拘泥(こうでい)する轍

一方、心への取り組み不毛になるパターンは、「どうあれば」「どうあるべきか」という、何かの理想を軸として自分の内面と外面に向き合おうとするものです。

自分はどう病んでいるのか。どうあれれば健康なのか。
そう問うだけの間は、心は変化することはありません。


理想を抱き、それを自分に押しつけようとすることに問題があるのではありません。
そうした理想によって、どんな「望み」を追い求めているのかという、さらに大元にある感情への目が薄れることに、問題があるのです。


理想通りになることで、何を追い求めたのか。か。勝利か。どんなか。どんな勝利か。

そうして「理想」を抱くさらに大元にある「望み」を見つめた時、私たちは「望み」「理想」そして「現実」という一連のことがらにある、矛盾不完全性、そして自分自身についた嘘を捉えるのです。
その時、自らの中にある不合理を捨て、より純粋な、問うべくもない自己の真実に、向かい始めるのです。
そこに、「魂」「命」が姿を現すのです。


「否定価値の放棄」の前と後

そのようなものとして、「望み」最大の基本軸として向き合う中で、「本当にそうか?」自己に向き合う思考として、「ていねいな論理的思考」道具として登場するという話になります。

ですから、ここに2つ基本的な関門「魂」「命」向かうための条件があるという話になります。

「望み」を軸とした、ていねいな論理的思考ができること。

そしてその先に、「望み」を心の中で開放することです。「どうあれれば?」という「理想」を軸とした思考だけに拘泥する意識によって蓋をされた大元の「望み」の感情への扉を、全開へと開け放つことです。
これがハイブリッド心理学取り組み実践の習得目標と位置づけられる、「不完全性の受容」「否定価値の放棄」です。「神になるのをやめるひらめき」としてそれが起きるというのが、一つの最も鮮明なものとして。


ですから歩みの道のりとしては、「不完全性の受容」「否定価値の放棄」至るまでと、その後とで大きく局面異なるものになります。

そこに至るまでは、「望み」を軸としたていねいな論理的思考とにかく習得実践する積み重ねが必要です。

そしてそこに至った時、歩み方だいたい同じまま、「心」から「魂」そして「命」へという光景変化が、「命」の力によって自動的に働くようになってくるという仕組みです。


多くの方には、まだ前半の課題が大きくあるでしょう。

それでも、そこで実践する「論理的思考」とは、「感情を無視して理屈で」というようなものとは、やがて全く異次元の世界に向うのだという、先々への目を養っておくために、私自身が感じるようになった「命の無の世界」などを伝えている。

そのような位置づけになります^^。

島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(1)
島野が至った「命の無の世界」-4
ハイブリッド心理学が考える「心の仕組み」

『詳説・感情を鵜呑みにしない思考』シリーズで書こうと思っていた話ですが、この『島野が至った「命の無の世界」』シリーズで書いておくのが良さそうですね^^。

「心と魂と命」という、ハイブリッド心理学が考える「心の仕組み」の説明です。


「ていねいな論理的思考」とは、そうした心の仕組みにおいて、心をどう使うための、どの部分のことなのかという話になってきます。


「ていねいな論理的思考」は「自意識の殻」を打ち破るため

それはとても限定的な、心の仕組みほんの一部のためのものです。

もちろん「ていねいな論理的思考」は、人生を生きるための、そして生活のため知恵とノウハウ正しく仕入れるための基本的な道具になるものです。
しかし、そうした知恵とノウハウは、あくまで心の外部のものごとの話です。


重大なのは、私たちの心そのものを、どのように働かせるかです。そこにおいて、「ていねいな論理的思考」は、どのように働かせるために、心のどんな機能をどのように使うのか。

そう考えるならば、その役割は、心の機能の領域(ちょっと難解な表現^^;)としては比較的小さくしかし、決定的な役割のために使いたいものになります。


それは、「自意識の殻を打ち破る」ということのために使うのだ、ということです。
私たちが心の病みと闇に陥る根本原因となる、人間の心の業正体とも言えるものとしての、「自意識の殻」です。

「自分」という意識、そして「自分」「どう人に見られるか」という意識によって、人生の道見誤り、心を惑わせながら生きる根本的原因となる心の機能、「自意識の殻」を打ち破るために、「ていねいな論理的思考」を働かせていくのです。

それが、ハイブリッド心理学実践における「ていねいな論理的思考」最大の役割です。


「自意識の殻」の屁理屈を洗い落とす

なぜなら、「自意識の殻」は、屁理屈ばかりを弄するものだからです。
それによって、
「望みの感情」という、生きることにとって最も大切なものを、見えなくするものだからです。「望み」に蓋をし、歪めるものだからです。
自分は望むことはできない・・だってこうだから自分が望めるのはこんな・・だって、という屁理屈によってです。

「ていねいな論理的思考」を使うと、それらの全てが、てんで正しい論理などではないものとして、洗い落とされていくのです。

そこに、純粋な望みが姿を現す、「望みの開放」への道が、始まるのです。


分岐路

人間の心の病みと闇心の業克服しようとする取り組みの全てが、この同じ目標を目指していると言えるでしょう。
「自意識の殻」突き破り、洗い落とすことで、「魂」「命」開放しようと。

その方法、あるいは道筋として、分岐路がすぐに現われることになります。


一つの道は、「自意識の殻」の屁理屈捨てるために、はなっからもう理屈抜きの話をしようとするものです。こう感じられればいいのだと。
多くがこれに当たると思います。
全てが神の愛です。全ての出来事に人生の恩恵としての意味があります、と。

もう一つの道は、「自意識の殻」の屁理屈に対して、「ていねいな論理的思考」真っ向から対峙していくものです。
ハイブリッド心理学は、この道を取ります。


はなっからもう理屈抜きの話で行く方法は、あくまで「準備された範囲」においてのみ「魂」と「命」を開放するものになるのではと、私は感じています。
(参考:2/21『詳説・感情を鵜呑みにしない思考-30:「命」と「無」への道筋を知る-4』

「開放」への準備そのものから積み重ねるための方法は、後者になるのではと。
そしてこの科学の時代はなっからもう理屈抜きの話ではあき足りず、理屈まで徹底的に究められることを求める人もいるであろうことにおいて、ほとんど社会で注目されないこの心理学が果たせる役割がある。そう感じて、続けている次第です。


いずれにせよ、「自意識の殻」突き破り洗い落し、「魂」「命」していく。

こうしたことが起きる、私たち人間の心の仕組みにしてみましたので、それを次に載せましょう。

島野が至った「命の無の世界」 |   コメント(0)
島野が至った「命の無の世界」-5
島野の意識変化

さて先の記事生きることの重みが異次元へと変わる」という話をしたところで、私自身最近の心境変化の話をここで書いておこうと思います。

この話に触れ始めた記事(『・・-1』)で、
「命の無の世界」というのを、よりはっきりと感じるようになった
と書いておいたもの。またその記事の中でさらに前の記事から引用していますが、
「無の境地」が完成形になってきたのを感じる
と書いたものです。

それは具体的に、意識表現としてはどんなことか。


新しい目標・・

とても具体的な、今までとの違いがはっきりした意識状況です。

この心理学の執筆勝る、新しい目標ができたのです。

それは、「生きていくこと」です。


そのために、この心理学の執筆は、もう二番煎じもとい(こんなところで不要なジョーク^^;)二番手のことにするのだ、ともあえて言える意識としてです。

それがまさに、私がこの心理学を通して、心を、人生を、そして生きることを探求した、本当の一つのゴールとして至った答えが示すものなのだということに、揺らぎない確信安心を感じる中でです。
豊かな充実感とともにです。


ですから、これをもってこの心理学の執筆は終わりにしますという話ではなく(^^;)、これからもずうっと書き続けていく所存ですが(p(^^)q)、それはもうかつて(これまでの原稿を書いている中で時おり触れたような)、「命をかけて書いていく」というようなものではなく、「命のままに書いていく」というものになるのだろうと感じています。


真の揺らぎなさ・・

何はともあれ、こうしてまた変化があって至ったの今の自分の心のあり方を、なんかとてもいい感じに感じているわけです。

本当に惑いがなくなった。
「どうあれば・・」と、考えなくなった。完成形とも言える「ぜんぜん、」の様相で。ありのままに生きるという、「無の境地」ということになるのでしょう。


今まで、(読者広場でも心配頂いている御仁がおられるように)この心理学への社会の反響の有無に、自分のモチベーションを委ねようとした部分もあったわけです。そしてそれに期待を抱いたり失意を感じたりもしたわけです。
この心理学社会に広めるため自分は生きると思い、それはつまり、この心理学の展開思うように行かない場合に、生きる意味をうまく感じ取れないという心の揺らきも、潜在的に用意されていたのだと感じます。
「これでは生きてる価値が・・」といった惑いとしてです。実際それが私の実際の意識表面に現われたは、ごく僅かなものだったとしても。

それが今、きれいになくなったのを感じます。
「執筆のために生きる」という心境消え去りただ「生きること」そのもの最大の目標「生きるために生きる」ようになったことにおいて、もう「これでは生きている意味が・・」なることは、もうないのです。


再び、新たな人生へ・・

いずれにせよ、こうして「生きること」そのもの目標になる裏には、このままでは生きることそのものが難しくなるという、金銭面の事情があります。

そしてそれを、私がこれまでの人生を生きてきた結果として、人も羨む一流企業辞め持ち家(マンション)まで売り払って貯金使い果たしまでして、売れもしない(^^;)本3冊出版した。それが、これから生きるために仕事を始める上では何もなかったようにチャラになる話だととしても、私はこれが、私自身のこれまでの人生を本当に生きることができたことして、とても深い充実感を感じる中で、全てをリセットして生きるために新たな仕事を始めることに、とてもやりがいのある目標を感じているのです。

今はボロ家に一人で住み、再就職も難しいであろう50歳。これがもしあの会社に勤め続けていたら持っていたであろう、社会的にはとても立派な財産を持つ自分という、別の人生の姿を浮かべて言うことができます。
それは、もう死んだまま生きる姿だったと。
私はそれをやめ、生きることをしたのです。今はそれに、とても深い充実感満足感を感じています。


「命」の大きなつながりへ・・

こうして、ただ生きることへの意欲を持ち、新しい生活を始めようとする心境の中で、「命」の大きなつながりというものに自分が入っているのを、感じるわけです。今回の震災でもなおさらそれを感じました。

その大きな「命」のつながりの世界にあって、島野の執筆が社会にどんな反響を得るかなど、全く意味のないどーでもいいことなのです。
まあもちろんそう言い切っては語弊があり、反響によって、必要とする人知る機会が増えるのは大切な話として。

まあこの場を借りて指摘するなら、社会反響によって読む姿勢を変えるのは、ちょっと違うと思う^^; 唯一無二の自分探求するというこの心理学主旨^^;


いずれにせよ、そんな大きな「命」のつながりの世界至る道筋を説明する一つとして、島野の執筆がある、という話になりますね^^。ちょっとパラドックスですが。


ちょっと言葉足らずですが、ともかくこんな心境変化を経て、少し前まで「執筆のために自分の命がある」という感覚から、今は、「自分の命の中に全てがある」という感覚で、あえて反響への関心から一歩置いた執筆モードに切り替える感じとなります。
これで、まずは一生書いていきますとp(^^)q


これが今至った心境として、これに至る昨年12月からの流れは、
「心」「魂」の対話
「心」「命」の対話

という異なる様相を経ています。これをまた後で書きましょう。「3つの心的機能体」という心の構造の、いい具体例になっていますので^^。

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