ホームページ  島野隆の本
島野日記ブログ 読者広場

島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
島野 隆プロフィール


便利リンク  詳細マップ  流れチャート
      道のり情景  姿勢

 「ブログ村」参加しています(した?^^ゞ)
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ  関連記事
  2011-09-09『お願いです(島野の最新執筆姿勢も^^)』
  2011-12-17 『再びお願いです^^ゞ』
  2017-10-14 『読者広場でコメントその他^^』

カテゴリ: 「魂の成長」への道 の記事一覧(作成順)

| | 新しい記事≫

「魂の成長」への道-1
前後しますが、やはりここで「魂の成長」道のりの全体をざっと説明したいと思います。

「他人依存信仰」からの抜け出しが、その第一歩になるようなものとしての、道のりです。


「知って学ぶ」と「生きて学ぶ」

前の記事から引き継ぐ話になりますが、ハイブリッド心理学取り組み実践には、「知って学ぶ」という局面と、「生きて学ぶ」という局面があります。
なお前記事では「読んで学ぶ」という言葉を使いましたが、「知って学ぶ」に改めましょう。


実践することは、同じです。
また時期としても、必ずしもその前後の順番になるとは限らず、重なってくる場合もあります。

違いは、「生きて学ぶ」局面とは、「魂の感情」が流れる局面だということです。


「魂の感情」によって、心への強い浄化作用が働きます。
また、浄化作用心の芯しっかり染み込ませるための姿勢というものが出てきます。それが「実践」として加わるものになってきます。
6/2『「魂の愛への望み」を見つめる』で、事例も紹介して説明したように、「魂の世界」「現実の世界」という交わることのない2つの世界を見つめ続ける姿勢です。

それが、「生きて学ぶ」局面です。


「知って学ぶ」局面とは、今の心において、生きる力最大限伸ばしていく局面です。

「生きて学ぶ」局面とは、未知の心へと変化していく局面です。


「実践の道のり」と「魂の感情」

重要なテーマが出てきます。
「実践」によって、「魂の感情」どのように変化していくのか、です。


それによって、「未熟」「心を病む」というスタートラインから、
「最初の一歩」を足がかりにして、

どのように、「あらゆる怖れが消え、満たされた心」というこの心理学目指す心の境地に至るのかの、

その、「人生の道のりの地図」が完成することになりますね^^。


次の記事で、まずはそのを出し、以降、次について説明していきます。

1.主な通過ポイント
2.「魂の成長」とは何か
3.浄化の3形態



まあこのブログでも、話の流れつながっていない部分が多々あったかと思います。
それはこの「魂の成長」、そして「浄化」介在しているからです。

まずはこの説明を、重要ポイントに絞り、最小限の話の量でざっと書いておきたいと思います^^。

スポンサーサイト
「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-2・道のり図
ではまず、「魂の成長」道のり図を示しましょう。


スタートライン

これはまず、6/2『道のり全体図(前)』で示した、「読んで学ぶ」の部分がとりあえずは一巡し、「自分を知る」「自分を受け入れる」という心の足場多少ともできてきたのがスタートラインです。

比較的深刻な心の障害がある場合は、ここまでにうまくいって少なくとも半年がかかります。
ただこれは同時に、「症状」と呼べるものはおおかた消える段階です。一般の心の医療現場では、「完治」と言われる段階に相当するでしょう。
そこからが、本当スタートなんですね^^。
もちろんここまでに数年以上かかるケースも出てくるでしょうが、それはもとからこの心理学による取り組み心に向けきれていないケースになるかと。(←都合のいい解釈^^;)


そうした「自分を知る」に至るまで、「知って学ぶ」レベルで、『道のり全体図(中)』で示した第1段階第2段階の内容は、おおよそざっと検討してみます。


まずは「健康形」「成長形」「望ましいもの」自分に当てはめそうなれたと錯覚してしまうことが、容易におきるでしょう。それだけでもまあ多少の前進力がありますので^^。
しばしば、自分がもうオーケーの健康な心に変わり始めのでは・・と感じるような、良い気分も出現するかも知れません。

しかしそれは早晩崩れます。また同じ感情の動揺が訪れ、「やはり自分は・・」となります。これは、必ずそうなります。


そこで自分の心起きている動きしっかり理解することが、「自分を知る」「自分を受け入れる」という、「知って学ぶ」局面一つの達成へと、結実するわけです。


「生きて学ぶ」ための視点

そこから、改めて、この取り組み一から始めるつもりで、自分外面問題向き合ってみるといいでしょう。
「生きて学ぶ」局面視点を、付け加えてです。

それは、「成長形」などの「理想」をしっかり知って、自分をそこに近づけていくという姿勢では、根本的に足りないということです。
「湧き上がる」という「魂の望みの感情」がどうなっているかに、目を向ける必要があるのだと。


そこで特に着目したい「魂の感情」様子と、通過ポイントを、に示しています。





5つ通過ポイント重要になってくると考えています。
1.魂の感情の回復
2.「全ての人に愛される」望みと、これに背を向けたマイナスの魂の感情への取り組み
3.「神になるのをやめるひらめき」
4.「命をかける」「命のために生きる」という魂の成熟への道
5.「魂の成熟」のゴール 「あらゆる怖れが消え満たされた心」

このそれぞれの、さらにその中での除々の前進変化が、もう年単位の時間での話になってきます。

まずは10年がかり取り組みです。しかしその先に、「あらゆる怖れが消え、満たされた心」という、全ての宗教人生哲学が目指す、同じゴールがあります。

ハイブリッド心理学が考えるその道のりは、はっきり言って遠回りだと私自身思います。
しかしそれは、確実に存在する道です。


それでも、僅かな前進都度未知の自分を感じ取れでしょう。1年前の自分と比べると、はっきり違う、と。それが安心してこの道を歩む原動力になると思います。

それがやがて、感動感覚を伴うようになってくる頃、変化加速し、「魂の成熟」ゴール視界に捉えられる、という流れになると考えています。


5つ通過ポイントについて、簡潔に説明していきます。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-3
「魂の感情」成長、そして成熟を経てゴールに至るまでの、5つ重要な通過ポイントと、そのための取り組み上の要点をざっと説明したいと思います。
前記事『「魂の成長」への道-2・道のり図』を参照しながら読んで頂ければ^^。


1.魂の感情の回復

のびのび心が開放される、「開放感」の感覚
自ら前に進むことができるという、「内面の力」の感覚

これを持つことができることが、「魂の成長」への最初通過ポインです。


これは、いままで重く押し込められていた「魂」が、自らのその息を吹き返すことに対応すると言えるでしょう。


この感覚はまた、自然の中にを運んですがすがしい開放感を感じることができるか、といった確認法があります。

それができない心の状態とは、基本的に、心が圧迫されている状態です。慢性的にです。
その場合は以下の着眼点を参考に、取り組みを進めてみて頂ければと思います。


取り組みの流れからの着目ポイント

右も左も分からない状態からハイブリッド心理学への取り組みを始め、「感情と行動の分離」姿勢に立って、外面内面への視点をさまざまに持っていきます。
『道のり全体図(中)』などを参照下されば^^)

それによって、何とか感情の動揺拡大を防げるようになり、多少の落ち着きが得られてきた。
これを「最初の安定」と呼んだりしています。
これは必ずすぐ崩れますが、また同じように取り組みを続けることで、結構安定感が身についてきます。

しかし、似た場面で、同じ感情動揺を繰り返してしまう・・。


これを越えて前進変化していくためには、外面内面へのさまざま細かい視点というよりも、「湧いてくる」感情としての「魂の感情」根元のあり方が、スポットライトを浴びるものになってくる。
そう理解して頂くとよろしいかと思います。

「魂の感情」根元のあり方と同時に、それを左右する「思考」あり方です。


「心の仮死状態」からの抜け出し

「魂の感情」を、基本的吹き返す

そのために問題になってくるのは、何よりも、心が「他人への反応」としてしか動かなくなってしまっているような状態です。
いわば「心の仮死状態」とも言える状態です。


基本的に、自らの生命力で鼓動し息をするのを、やめてしまっているかのような状態です。
自分のは、他人への反応として動くのだと、決め込んでしまっているかのように。

その結果は、どうしても、その中で心を万力で締めつけながら「気持ち」を演じようとしていく、同じ感情動揺繰り返し日々です。


「信仰」への取り組み

こうした「心の仮死状態」は、深刻な心の障害傾向の場合は、幼少期かなり酷い心の傷を受ける体験の中で、「自分の感情」の全体を放棄してしまったようなものがありがちです。
自分の感情が人に優しくかえりみられることなどないのだ、もう一切の自分の感情など持つのをやめよう、と・・。

もちろん一切の感情を持たないなど実際には不可能なので、自分の心を混乱の中でさまざまに万力で締めつけた挙句、心が壊れてしまい、心の障害として表面化する形になるわけです。

こうした場合は、そうした心の膿とも言える感情を、一度吐き出させるカタルシス治癒重要になってきます。
これは深刻な心の障害傾向の場合の、特別な話になってきます。


一方、より一般的な話としては、内面外面へのさまざまな視点に増して、「信仰」という心の領域脳の領域何に向けるかが、決定的になってくるように思われます。


この「信仰」についての取り組み実践を、次の記事でざっとまとめてみたいと思います。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-4・「孤独力」
「魂の感情」影響する要因については、ほぼ出尽くしましたので、ここで再び、「魂の感情」が実際にどのように湧き出るのか、そしてどのようにそれを感じ取ればいいのかについて、話を戻したいと思います。

そして、その先にある「魂の成長」とは何かについてです。


「実践」の「習得」が「魂の感情」を湧き出させるのではない

ここでまず理解頂きたいのは、「価値観」さらには「信仰」といった、ハイブリッド心理学のあらゆる「実践」「習得」そのものは、何ら「魂の感情」湧き出させるものでもなく、「魂の感情の豊かさ」直接つながるものでもない、ということです。

「実践」「習得」としてできるのは、ただ、ひたすら、「魂の感情」への取り除き軽くしていくことだけだ、ということです。


では実際に「魂の感情」湧き出させるものものとは、何か。

それはただ「命」だということになるのですが、「命」が私たちの「心」に湧き出させる「魂の感情」を受け取るために、決定的に重要になってくるものがありますので、それを説明しましょう。


「孤独力」

それは一言でいえば、「孤独力」と呼べるものです。

もちろん単に「孤独になる傾向」のことではありません。単に、に、そして「愛」に背を向ける孤独は、ハイブリッド心理学が言う「孤独力」とはむしろ正反対のものになります。


ハイブリッド心理学が言う「孤独力」とは、
孤独において「愛」に向き合うことのできる、心の強さ
のことを言います。

「魂の感情」は、この「孤独力」において、湧き出し、そして受け取ることができるものです。


それ以外の形では、私たちは「魂の感情」感じ取ることはできません。
特に、豊かさへと向かうものについては。

人間とは、そのような存在なのです。


ですからしばしば、「愛」を安易に「形」で手にいれる者は、全く心が豊かにならない、といこうことが、起きるのです。
『入門辺下巻』でも触れましたが(P.284)形としての「愛」を我が物にしてきた人が、最後には身を削る孤独の中で死んで行くといった姿を、その結果しばしば目にすることになるのです。

私自身は、これまでの人生で、外面的には実に乏しい異性との関係しか持つことができませんでしたが、実はそれによって逆に心が豊かになれたと、逆に良かったように感じてるくらいです。(あまり自慢できない^^ゞ)

安易に「愛」を形できなかったことこそが、自分の心を豊かにした・・今はそんな感慨を感じています。
その苦しみ、です。


実際の相手との場で「魂の感情」は消える

ですから、自分への向き合い実践面でぜひ知っておいて頂きたいのは、
実際の相手との関係の場で、「魂の感情」は消える
ということです。

実際の相手との関係で、プラスの感情を表現でき、相手からも受け取れるという心の交流は、それはそれで「楽しみ」「喜び」であり、人生の幸福につながる、良いことです。
しかしそれは必ず「心の感情」を通すものになり、「魂の感情」純粋に湧き出るのではありませんので、「魂の豊かさ」にはあまりつながりません。これはかなり難解な違いですが・・。

だからと聞いて、現実の満足避けるのは、全く意味がありません。それは単に「望み」に背を向けるということです。


「望み」に向かい、いまだ叶えられていない中で、なお望むことを続ける時、「魂の感情」は大きく湧き立ち、それを心の中で開放することによって、魂の感情は豊かさを増していくのです。
私たちにできるのは、ただ「望み」へと、向かうことだけです。


その「望み」とは、「命」それを望んで生まれたような、「愛」への望みです。


良くも悪くも、実際の相手との場面を使っている間、は、とりあえず自分の役目はないものとして、身を潜めます。

ですから、「相手との関係」を「自分」だと感じる人は、「魂の感情」ごっそりと失っている人です。
「相手との関係」から離れ、孤独になった時の自分に向き合う中に、「魂の感情」が現れる。これをまず念頭に置いておいて頂ければと思います。


「相手への思いやり」「魂の感情」かと考えるのは、完全に誤りです。「魂の感情」は、「思いやり」とは全く異質な感情です。


実際の相手との場面で私たちが抱く相手への感情、さらには「思いやり」は、しばしば、魂の感情の純粋さを失い、画策と目論みに満ちた、心の成長と豊かさへの方向性を見失った「心の感情」の方です。
5/27『「心」と「魂」の図』の左側の「成長不可能な心」参照。)

「魂の感情」想起する、つまり「思い出す」ことが、それを突き破る、「浄化」作用を持つ、という形になります。


ではそうした「魂の感情」を、実際どんな意識法で感じ取ればいいのか、考えられるものを説明しましょう。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-5・「感じ取り方」
では、「魂の感情」「感じ取り方」要点をまとめましょう。
6/8『「魂の成長」への道-2・道のり図』で示した、5つ通過ポイントに沿っての説明になります^^。


「魂の感情の回復」の感じ取り方

「魂の感情の回復」という最初通過ポイントは、とにかく「魂」をするもの減らし人を相手にしての問題においてではなく、むしろそこから離れて一人になって、内面の落ち着きと自由を取り戻すことができるというのが基礎になります。
まだ「孤独力」と言うほどの話ではなく、です。

そうして、自然の中に身を置いて、大きく深呼吸し、のびのびすがすがしい気持ちを感じ取る、といった姿勢が、この「魂の感情の回復」「感じ取り方」です。
これは6/9『「魂の成長」への道-3』でも書いた通り^^。


そのためにどんな「実践」必要になるかは、もう完全にケースバイケースです。

もともと、「魂の感情」比較的なじんでいる難しい言葉を使えば「親和性」が高いケースもあります。この場合は第2の通過ポイント以降を検討すればいいという話になるでしょう。

最初固く蓋がされていても、「最初の一歩」からの実践の中で、自然と、そして順調に、魂への蓋が外れていき、やがてある時、夕焼けの光景を前にして人生で久しく忘れていた感動の感覚を取り戻すといったケースもあります。これは『実践編上巻』で紹介している「D男さん」好例です。

に完全に蓋をして、さらに重いつけもの石を乗せた上でが働いているかのような方も、やはり少なくありません。この場合は、とにかくこの状態をはっきり自覚して、そこからの抜け出しに取り組むことが最優先課題になります。
そのための近道はなく「感情と行動の分離」内面および外面への取り組みの全てを、この状態からの抜け出し目標にして進めるということです。


キモになる実践

こうした違いは、心の障害傾向有無、そしてその深刻さ違いにはほぼ全く無関係であり、ひとえに、「価値観」と「信仰」によって決まる、というのが私の感じている印象です。


ですから、心が完全に魂に蓋をしているケースは、「最初の一歩」からの実践全てを通して、魂の感情感じ取れる、そして開放できることに味方するような「価値観」「信仰」への転換を果たすことで、ようやっと「魂の感情の回復」から始まるという形になることが考えられます。

それでも、この場合の「価値観」「信仰」転換は、この先の通過ポイントをも一気に含むような、人生での巨大な転換にもなり得ることが考えられますので、他のケースよりもはるかに長い期間が必要だと決めつけるにはおよびません。


この転換とは、再度書き記しておきおますが、
「価値観」においては、「受け身の価値観」から「自己能動の価値観」へ。
さらにその根底にあるものとして、「信仰」においては、「他人依存信仰」および「有形物への信仰」から、「未知の神への信仰」へ、です。

そこで「価値観」も「信仰」も、基本的には内面の姿勢ですが、そのように転換するためには、必ず「行動学」を学び、それによって怒りを用いることなく自ら能動的に人に働きかけることの具体的な姿を知ること足場にするのが大切であることを、ぜひここでしっかりと心に銘記しておいて下さい。


キモになる意識切り替え

そうした「実践」の積み重ねの先に、「魂の感情」を感じ取れるために決定的に重要になる、場面場面での「意識の切り替え」が出てきます。

それは次の2点です。
・「人の心の中でどう思われるか」が「自分」であるという意識から抜け出る
・全ての人間関係から、
外面においてではなく内面において身を離して距離を置いて、自分の内面の純粋な気持ちを感じ取る
 *外面において人に背をむけるのは、外面向け実践の全体としてもう逆である点、十分ご注意下さい。

これを可能にするか、それとも全く不可能にするかが、上述のような「価値観」「信仰」によって決まってくる、ということです^^。


第2通過ポイント以降の話を手短に続けましょう。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-6・「望みの成熟」
「望みの成熟」

「他人依存信仰からの抜け出し」最大の足場にする「魂の感情の回復」までの、大体の道のりを説明してきました。

そこから先の歩みの全てを、たった一つのテーマで表現することができます。

それは、「望みの成熟」です。


私たちがそれに向かって人生を歩むものになる、そしてそのために自分の全てを尽くして生きることが「心の成長と人生の豊かさ」につながる、「望み」の感情というものが、湧き出る根元から、根本的に、その質が変化していくことです。


それはまず、より純度の高いものへと。迷いがなくなってくるということです。

そして次に、より力強いものへと。揺らがなくなってくるということです。

そして最後に、より豊かなものへと。「喜び」「楽しみ」そして「愛」といったプラスの感情がより大量に湧き出るようになってくるということです。

こうして変化していった「望み」の感情を、「成熟した望み」と呼べるでしょう。


「望み」はまず「依存形」で始まる

これは逆に言えば、そうした「望みの成熟」へと向かわない間は、私たちの「望み」の感情は、

迷いが多く、これは社会に氾濫する情報人の目を前にして、ということになるでしょう。

揺らぎやすく、これは同じく人の目や、「現実」のさまざまな制約障害つまり「不完全さ」によってということになるでしょう。

そして「怖れ」「怒り」などマイナス感情ばかりに向かうものになりやすい、ということです。

これは「未熟な望み」と呼べるでしょう。


それで人は時に、「望まない方がいいのか・・」といった思考を始めることがあります。
それはもちろん、人生の全体を捨てることと、イコールです。


そうした「未熟な望み」を、いきなり、今述べた「成熟した望み」変えるような思考法行動法は、存在しません

「望み」というのは、必ず、「依存形」で始まるからです。
つまりそれは、人の目にどう見られどう扱われどう与えられるか「望み」から、始まるのです。

そしてそれに向かう中で、思考法行動法変えながら向かっていくことで、「命」の力が、「成長」を生み出し、次に、一歩成長した心から湧き出る「望み」が、一歩成熟したものへと、が変化する。
このようなになるのです。


それを、最初っからどうすれば成熟した望みを自分の中に見出し、引き出せるかと考え始めた時、私たちは「心の成長」へのを、見失います


「望み」は必ず「依存形」で始まり、それに向かって生きる中で、より成熟したものへと質的に変化する。
これを私はこのようにも表現しています。

「望み」は「人の目」に始まり、そして「魂の感情」へと抜けるのだ、と。

これが、「望みの成熟」への歩み方を一言で表現したものに、他なりません。


「魂の感情」において問う

「望み」に向かうハイブリッド心理学アプローチの、大きな一面は、すでに述べた通りです。

「感情と行動の分離」に始まる実践の、全てです。
それを、「知って学ぶ」というにおいて、内面ただ流し理解し、外面建設的行動法へと、変えられるものを変えることです。

それでうまくいけば、それでもう生活人生向上します。も自然と成長に向かうでしょう。


しかし、スムーズに変われないものがある。同じ心の未熟さにとどまっている。同じ心の動揺を、繰り返し続けている。
そんな場合に、「知って学ぶ」という形とは根本的に異なる、自分の心への向き合い方が出てきます。

それが「生きて学ぶ」側面であり、「魂の感情」において自分に向き合い、選択を問うということです。
「魂の感情の回復」を経て、開放され始める「魂の感情」においてです。


何をどのように問うのか、具体的な意識面から、キモになるものを説明していきましょう。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
「魂の成長」への道-7・「一貫した自己」の確立へ
「未熟な望み」の開放の仕方

私達のに、最初から「成熟した望み」湧き出させるような思考法行動法は、存在しません

その中で「望みの成熟」に向かうことのできるような、「未熟な望み」の開放の仕方ができるかが、決定的になってきます。


それはやはり、人の目の中で何ものかになれることを望む、という形ではないものになります。

自分の目社会を見て、その中での自分の生き方を考え、自分の価値観自分の好みによって自分の幸福を描いてみて、そこに向かって自分の全てを尽くすという形での、「未熟な望み」開放です。

それがやはり「他人依存信仰」からの抜け出しを、最初重要な心の基盤にするのは言うまでもありません。


「一貫した自己」の確立へ

そこから、自分がいかに、人にどう見られどう思われるか、そして人にどう好かれ、あるいは嫌われるか「空想」によって、自分が何をしたいかという「自分」そのものが、いかに一貫した一人の人間ではなく別の人間であるかのように変わってしまうか自覚から、始めるのがいいでしょう。


そして、この問いを始めるのです。

「一貫した自己」として、どんな価値観や思考法行動法を選択していくのか、と。

本当の人生の歩みが、そこから始まるのです。


それは「人との関係の中の自分」ではなく、「人との関係を越えた自分」確立への、歩みになると思います。

そこから、再び、人との関係へと向かっていくのです。


人が言うこと肯定し、に対しては自分独自の考えを貫くか。その場合の相手への行動の仕方をどうるするか。
そのような、自分なりの思考法行動法、そして価値観を、確立していくのです。

好きな相手の言うことすることは全て肯定し、嫌いな相手の言うことすることは全て拒絶する、というのではなく^^;
同様に、相手が自分に好意的かそうでないかによって、その相手と関わりながら一つのものごとに当たる自分の姿勢や行動法全く違ってしまう、というのではなく^^;


「魂の感情」とともに「一貫した自己」を問う

そのような「一貫した自己」への歩みの中で、「魂の感情」が、極めて大きな役割を持って、私たちの前に現れます。

それは自分のにおいて、自分の価値観思考法行動法を問い、選択を決するための、いわば伝令として、私たちの前に現れるのです。


ハイブリッド心理学進む道一つです。

破壊ではなく建設を。否定形ではなく肯定形思考し、行動することを。
そして、怒りに頼らない行動法を取ることです。
その先に、全ての怒りを放棄することです。


これを、「魂の感情」とともに問うとはどのようなことなのか、具体的な姿を簡潔に説明したいと思います。

「魂の成長」への道 |   コメント(0)
  次のページ>
最新記事
全ての記事一覧
新着順です^^。件数上限がある模様

全ての記事一覧を表示

記事の検索
検索ヒットした記事を新着順で表示します^^
最新コメント
カテゴリー別
初めての方はまず==おおよその話==
を一通り読んで頂ければ^^
 *記事は掲載順です^^
☆記事一覧-話の流れ順 (7)
☆記事一覧-カテゴリ順 (0)
==== おおよその話(^^)/ ==== (0)
このブログについて (1)
島野隆のプロフィール (2)
ハイブリッド人生心理学とは (13)
(1)プラス思考 (3)
(2)癒し (2)
(10)心の成長と治癒過程の理解 (6)
==== 細かい話^^ ========== (0)
(4)内面感情の開放 (9)
(3)人生を豊かにする思考法行動法と価値観 (5)
(11)心の闇との決別 (15)
神になるのをやめる (11)
(7)心の再生 (2)
(10)心の成長と治癒過程の理解・詳細編 (17)
島野が神になるのをやめた時 (12)
(6)「自己分析」虎の巻 (2)
(8)魂の世界 (33)
「魂」による「心」の浄化 (5)
「魂の成長」への道 (12)
島野が至った「命の無の世界」 (6)
==== 特定テーマ^^ ======== (0)
愛について (2)
自信について (1)
「愛」と「能力」の成長課題 (10)
対人行動と対人感情 (12)
社会を生きるスキル (2)
実践の進め方と進み方 (23)
詳説・感情を鵜呑みにしない思考 (33)
真の答えに向うための論理的思考 (7)
「開放力」としての「思考力」 (7)
心の変化の核心と論理的思考 (9)
「感情と行動の分離」の心の足場 (5)
「心と魂と命」の要の「本心」 (7)
「ハイブリッドの道」の歩み方 (20)
歩み方ガイドへの黙示書 (8)
「悟り」と「未知」 (6)
成長の道標への歩み方 (15)
詳説・実践のポイント (11)
特説・「心が良くなる」とは (23)
詳説・心の治癒成長メカニズム (11)
====つれづれ話\(^^)/ === (0)
写真と言葉 (201)
今日の格言^^; (24)
ザ・ベストアンサー^^; (18)
よもやま話 (16)
お知らせ一般 (398)
ブログのメンテその他 (4)
未分類 (1)
月別全記事
QRコード
QRコード
管理者用

FC2Ad