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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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カテゴリ: 実践の進め方と進み方 の記事一覧(作成順)

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ハイブリッド心理学が目指す心の変化
昨日はまた日帰りスキーに出かけましたが、関越トンネルを抜けた上越方面はまだ一面が雪景色で、2月の風景と感じました。
スキー場の方はもうクローズが多くなってきますが、雪はかなりある感じですねー。一番遅くまで営業するのはかぐらスキー場ですが、5月の下旬頃まで滑れるのを期待♪



ハイブリッド心理学が目指す心の変化

さて、話がまた沢山出てきましたので、ここでちょっとハイブリッド心理学実践の進め方について、説明をしたいと思います。
『実践の進め方と進み方』というカテゴリーを設けて。

まあ実際のところ、これだけ沢山の話をどう吸収していくかを考えても、なんか大変そうですよねー。(←他人ごと調^^;)


実際のところ、ハイブリッド心理学は基本的に、一度本を読んで感銘を受ける、講演で話を聞いて感銘を受ける(まだやってませんが^^;)、という形で心が変化することを考えていません

まあ多少はそうゆう部分もあるのでしょうし、世の人々は、心の話題を基本的にそのように捉えているかも知れません。その中で、ハイブリッド心理学の話がより大きな感銘を与えることもあるかも知れません。

しかし、そうした「感銘」で心が変わる部分に比べるなら、ハイブリッド心理学が向かう心の変化は、ちょっと次元が違う大きなものを目指しているという話になります。


人生の科学

その大きな次元の変化とは、私自身がそれに近いのではと感じている、孔子の有名な言葉があります。

「吾、15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る。60にして耳順(耳にしたがう)、70にして心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」と。

私自身、まだ50直前ですが、もう何となくそうした境地になっているのを感じている次第です。まあそれが私の場合、孔子のような偉い人格者になるという話ではてんでなく、「どーでもいいもんねー好きに生きるもんねー」という能天気お気楽人間になる形でです。えへ^^ゞ


もちろんハイブリッド心理学が考えているのも、そんな偉い人格者になる話ではないものとして、そうした心の安定と豊かさへの成熟へと、誰もがより短い年月で向かうことができるのではないかという、可能性です。

それが「命」というものの、DNAにもとから設計されているものなのではないかと。

それに従って生きるとはどういうことかを探求する、「人生の科学」なのだと考えて頂いていいと思います。


そこで「学」とは、「気持ち」だけで考えるのではなく知恵とノウハウで考えることに早く目覚めるということであり、
立つとは「心の自立」であり、
惑わずとは心の成長の道に確信を得ることであり、
「天命」とは「望み」のことだと言えるでしょう。
そして耳にしたがうとは魂の声を聞くことであり、その先に、『入門編下巻』の最後に示したような、自分というものが「命」の大きな連鎖の中の仮の存在でしかないような、もう何も恐れるもののないお気楽の境地(^^;)に至るという話になります。


長丁場への大きな節目

ですから、これは基本的に今学んで心がすぐどうなれるなどど考えるものなどではない、長丁場のものと考えて頂ければ。
長丁場とは、生涯という全体の中で、学ぶものだということです。


そこで「長丁場」として一番ハイブリッド心理学醍醐味(?^^;)になる長い歩みとは、恐らくハイブリッド心理学学び始めた方が期待されると思われる、感情がすぐ良いもの清らかなものになるというのとはむしろ逆かのような、道をそれた自分の感情をありのままに見つめることができるようになり、「魂の感情」がそれへの答えを導いていくというものです。


ですから、それが始まるための、何よりも大きな節目として重要なのは、自分の心の、内面的な理想という感覚をいかに捨てることができるかであることを、ここで記しておきましょう。

それはもちろん、内面を無法状態にするのではなく、外面行動において建設的であること、そして「価値観」、さらにはこのあと説明する「魂の信仰」といった、「気持ち」「感情」というものとは別次元の、自分の心の羅針盤を持つことです。

その先に、人生の中で方向性をそれた「感情」「気持ち」へとありのままに向き合う中で、内面的な理想として想像する薄っぺらいものをはるかに越えた、本当の心の強さへの変化が、生まれ始めるわけです。


まあとくに、「内面的な理想」が、「アイドル型理想」への負け惜しみのような流れで生まれるのが、心の成長を見誤る典型的な原因になりがちです。
(参照:3/24『神になるのをやめる-3・人間の魅力価値』

「アイドル型理想」へ戻るのが良い悪いの話ではなく、「内面的な理想」を抱くことが、自分の心にただ枠をはめて縛り、さらに追いつめるだけの役割しか果たすことはなく、その代わりに、それを超えた本当の心の成長への見えないものがあることを感じ取ることが、大きな節目になってくるでしょう。

ハイブリッド心理学の実践の道のりの達成としてではなく、始まりとしてです。


最後のつがなりの部分の話がまだでじれったい話かも知れませんが(^^;)、ともかくお勧めの「読み方」を次に。

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実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
ハイブリッド心理学の読み方
午前ときどき雪が降ってました。驚き・・(・_・)。


ハイブリッド心理学の本の読み方

では引き続き『実践の進め方と進み方』で、本の読み方のお勧めなど書きましょう。

ちなみにこのブログも、そのうちにしたいと思っています♪ もう今までのような自費出版資金ないですけど^^; えへへ^^ゞ (←えへへが多い今日この頃^^;)


3段階で読むのがお勧めになります。


第1段階・イメージづかみ

これはサイトの読者広場2010/02/28『 「ハイブリッドの学び方」を踏まえて^^ 』というレスで一度書いた言葉になりますが、「ざっと言葉を仕入れる程度に全体を読む」段階です。

まずはハイブリッド心理学が探求する心の仕組みと、目指す心の未知の世界イメージをおおまかに感じ取って頂くのが目的です。


まずは『入門編』上下巻を、一通りざっと読んで頂くのが一番良いかと。この2冊に、ハイブリッド心理学全ての第一歩から、全ての完結までが、平易な言葉で書かれています^^。


なおこのブログを本にするなら、多分『心の成長と人生の豊かさの心理学 -ハイブリッド人生心理学へのいざない-』とかいう一冊(けっこう分厚く?^^;)となり、お手軽入門書の位置づけになると思います。

おおよその実践についても網羅して、やさしい説明全体のサマリー的なものですね。
その分、実際に実践する上ではこれだけではちょっと不足すると思います。特に「価値観」への取り組みには、幅広いテーマでの考え方を学ぶことが大切になりますので、このブログ「いざない」として、本格的に取り組みたくなったら『入門編』からど~ぞということで^^。


第2段階・主な流れを憶える

読者広場では「理解度を深めながらまた全体を読む」と書いた段階です。

全体をというよりは、主な流れの範囲ごとに、じっくり読んで頭で憶えることが大切になります。まあ数章単位になるでしょう。
ここからが、はっきり実践書としての読み方になってくる段階です。


たとえば、心の健康と成長とは本来どんなものか。そして心が病むとは。

このブログで書いた表現であれば、それは「望みに向かい自分の全てを尽くす」ことが生み出す、成長と成熟に向かうことができることです。
それを妨げられた状態が、心を病むということです。またそこには、必ず「未熟」というものから始まるという大きな前提があることを、受け入れることが大切です。


では「未熟」「心を病む」ことから、心の健康を回復し、成長と成熟へと向かうためには、どうすればいいか。

未熟で、心を病んでいることについて、いくら自己分析して「反省」しても、心が健康を回復し成長と成熟へと向かうことはありません問題を知ることと、解決を知ることは、全く違うことです。

「ではどうすれば」まず頭で憶えて、自分で引き出せることが必要になります。まずかけ算九九を頭で憶えないと、かけ算問題はできませんね。


それは、「感情と行動の分離」という大前提の姿勢から始まる実践です。
動揺する感情を克服したいのですから、感情を鵜呑みにしないことから始めます。

内面感情は、ただありのままに流し、よく理解することだけをします。
外面行動は、建設的なものだけを行動化します。


その2面を進める先に、取り組むもの次第に深めていきます。

まずはごく身近なことから、一歩一歩の向上思考。これはすぐ試せるかと^^。

それを良い足場にして、「行動学」によって外面行動をより豊かにするとともに、「価値観」についても向き合います。この辺からは、もう本を読んでの1、2か月間というものではなく、年単位で取り組んでいくものになります。
その先に、「魂の信仰」という心の深奥への向き合いが出てきます。これは、生涯をかけて、答えの見出しに向かいたいものです。


そうした流れを、まず頭で憶えてみて下さい。
ハイブリッド心理学は、これをどのように言っていたかしら。そう浮かべたら、ざっと自分でその先を浮かべられるように。

そうなって初めて、「生きる体験」の中で、自分の心におけるその実践の向き合いが、「実際の体験の場面の中」で、できるようになるわけです。
その準備を整えるのがこの段階です。

なお実際のところ、どんな風に心が変化していくかという、「実践の進み方」の流れについては、あとで記事をもう一つ書くなりして、考慮点をまとめておきたいと思います。


第3段階・実践のための精読

「実際の体験の場面」に際しての実践そのもののために、特定の場所を選んで読む段階です。
読者広場では「はっきりと習得を目指す、もしくは自分への問いかけのために、特定のテーマを選んで読む」と書きました。

ここで、頭で憶えるという読み方を越えて、心に染み入らせる読み方へと深めるわけです。


今の自分の思考はどうで、それをどう変え得るか。必要に応じて、それを照らし合わせるための部分をじっくり読んでみるといいでしょう。

流れを憶えていた先に、今自分の心が求めている言葉を選び、それを味わい深く読んだ時、心に、変化への作用が起きるでしょう。
同じ文章を、何度でも読むものが出てくると思います。やがてその言葉が、人生の闇の中に差し込む、一筋の光のように・・。


たとえば3/4『真の自尊心・「自己への中庸の目」』で触れたバーンズの言葉などが、私にとってはそうした言葉でした。今振り返ってもその活字が浮び、目頭が熱くなってくる感・・^^;

そうした輝きの言葉が、ハイブリッド心理学の本で沢山見出して頂けることを、願っています^^。


補足・『入門編』以降の本

今のところ、このブログで一通り書くことがらと、『入門編』の2冊をもって、まずはハイブリッド心理学を知るための必読書(^^)と位置づけたいなと思っています。

あとは関心に応じて、より深めるための本という位置づけになります。まあじっくり読む時間と気分があれば、全部読んで無駄にならないと思いますので^^。

自伝小説『実践編』『理論編』。未刊行のものも、書いた原稿はサイトで読んで頂けるようにしてあります。
この後にも、島野の経済状況(^^;)などが許すかぎり、自伝小説の続きやらメール相談事例集やら、本を書いていければと目論む今日この頃です^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「感情と行動の分離」で進める実践
ちょっとここでガラっと話題を変え、ハイブリッド心理学「実践」の基本について記事をアップしておこうと思います。
『実践の進め方と進み方』カテゴリーです。

「心の成長と治癒の過程」について、あれこれと視点を変えて説明していますが、さてそれをどう「実践」するのかとなると、また分からなくなってしまう方が多いかと思います。


「実践」は「感情と行動の分離」の紋きり調

そこで紋きり調で憶えておいて頂くと良いかと。

どんな視点を使うのであれ、ハイブリッド心理学の「実践」はとにかく「感情と行動の分離」で進めます、と。

揺れ動く感情を克服したいのだから、まず感情を鵜呑みにしない。
この大原則姿勢の先に、外面行動建設的に。内面感情無理に変えようとせずに、ただ流して、理解する。

これだけです!基本は。

あとはその2面「建設的」「理解」で、どんな視点を使うか、という話になります。


「何をどうすれば・・」と迷ったら、常にこの基本振り出しにして、リスタートして頂ければ^^。


「見捨てられ不安」への実践例

参考まで、この紋きり調の進め方を実際に説明した、最近のアドバイスメールより抜粋します。

職場における「見捨てられ不安」の感情動揺相談内容ですが、ご相談者の方の具体的状況などは省略


それでも一応、心の障害傾向としてはそれほど深刻ではないため、外面向けの積極的な前進へのアプローチ前面に出している点だけお伝えしておきましょう。そのための具体的な視点を幾つか書いています。

これがもし深刻な場合は、まず心を落ち着ける時間と場所の確保などが優先されます。

心の状況に応じた、こうした進み方の違いについては、分からない場合質問して頂くのが早いと思います。


でも進み方がどう変わろうと、それは「感情と行動の分離」で進めます。

自分で実践を望まれる方は、とにかくまずは紋きり調「どう感情と行動の分離で進めるか・・」と検討を始めてみて頂くのががよろしいかと思います^^。

■感情と行動の分離

神になるのをやめる-3・人間の魅力価値
などで、「愛を求める感情が抑圧」されていたものが回復うんぬんの話をしていますが、そこでも
===============
これ自体は
もう意識して行うものではなく、歩みの中で自然と訪れるものです。
===============


と書いた通りです。

では何を意識して行なうか。
「感情と行動の分離」に始まる2面の実践です。ハイブリッドの「実践」は、紋きり調にそれをするものです

動揺する感情を克服したいのであれば、まず感情を鵜呑みにする姿勢を抜け出すことから始めます。
これはいいかと。疑問などあれば何でも質問頂ければ。

その先に、外面建設的に。内面ただ流し理解するのみにする。
これが実践することです。

あとは、自分の現在位置と、その先の方向性として、愛を求める気持ちどう扱うのがいいかといった話は出てきます。


■「健康形」「成長形」の軸

「感情と行動の分離」の2面によって向かう方向性については、問題テーマに応じて結構いろいろな話が出てきますが、一貫として根幹となる視点を憶えていくといいと思います。

それは一言でいえば、「健康形」であり「成長形」です。

まずそれに沿って外面建設的行動法を考える。

そして内面については、どうそこからそれているかという観点で、自己理解を図るのがいいでしょう。健康形成長形を把握した上で、今の内面に流れる、未熟そして病んだ感情ありのままに見つめる。
無理に正そうとすることなく、です。

この2面へとそれぞれ向かった時、心は見えない命の力によって、成長治癒へと向かいます。

まずはこの「感情と行動の分離」実践と、それによる心の治癒成長の仕組みという、基本の理解について確認頂ければ。


■「見捨てられ不安」への建設的思考と行動の軸:「心の自立」

今回の動揺感情の場合、それがどうなるか。
まあ「見捨てられ不安」とでも呼べる感情ですが、それに対する「健康形」「成長形」の軸とは、どんなものか。

それは、まずは「心の自立」になると思います。

つまり、「見捨てられ不安」というのは、愛されて守られたいという感情において、生まれるものです。子供が親に抱く感情です。

大人職場で抱く感情としては、あまり現実的なものではありません。本来それは、見捨てる見捨てられるという場所ではない。

これはいかかでしょうか。見捨てる見捨てられるという場所ではないとすれば、どんな場所か。
これを、「見捨てられ不安」に対応する場所としてあまり現実的でない、職場という社会場面合った言葉で思考してみることが、まず外面における建設的行動入り口になります。

「職場という社会場面に合った言葉」とは、要は「原理原則」で思考するということです。どんな原理原則の話になるか。

内面流し理解するというのは、そこですでに出ていますね。「見捨てられ不安」という、幼少期に置き去りにされた感情だろうと理解する目を向ける。


まずはここまでの理解を確認頂き、実践としては「見捨てる見捨てられる」をどんな原理原則に置き換えて思考できるかなど検討してみて頂くといいと思います。

「原理原則」の思考などは、まだこのブログでは説明してないですね。「神になるのをやめるひらめき」の説明を終えたら、こうした実践面のより具体的な話を、大々的に(?^^;)展開できるかと^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(2)
「気持ちのおさまり」を求めてはいけません^^
今日はまた「実践」について基本的な話を一つ入れておこうと思います。


「感情と行動の分離」ができない原因・・

先日『「感情と行動の分離」で進める実践』で、とにかく「感情と行動の分離」からです、という話をしました。

でも「感情と行動の分離」良く分からない、という言葉をご相談者の方から聞くことも、少なくありません。

また、なかなか前進を見出せない傾向の方が、「こうですよね・・」と語る内容が、どうも何かが基本的に違うような・・(^^;)と私が感じる時、それはやはり「感情と行動の分離」の姿勢をまず取れていないことが、後で振り返るとはっきり見えてくるのが大抵です。


そのように、「感情と行動の分離」良く分からない、もしくは「感情と行動の分離」姿勢を取らないまま、心が良くなった自分へと焦ろうとしてしまう。

そうなる方の原因が、かなりはっきりしてきた感じです。

そのような方は、ハイブリッド心理学の実践を、「成長」よりも、まず「気持ちのおさまり」「心が楽になる」を求めて考えようとしてしまっているようです。


それでは、「感情と行動の分離」は分かりませんね(^_^)。(←思いっきりの微笑みマーク^^)

まず「気持ちのおさまり」「心が楽になる」を求めてしまう「気持ち」と、外面への行動を、分けて考えるのが、「感情と行動の分離」という第一歩の原則姿勢になります。

もちろん、「成長」のためには、です。


そもそも「成長」って・・

なぜなら、「成長」とは、それによって私たちは、全く未知で新しい、より安定して豊かな「気持ち」を感じるようになることを言うからです。

それを、今の気持ちをどう収め、心を楽にできるかと考えるとは、まるで一生懸命、自分を未熟で病んだ心に引きとどめ、戻そうとしているかのような話になってしまいます。


それを心にとどめ、今の心において気持ちをどうおさめ、心をどう楽にするかではなく、未知の自分への「成長」を目指すことにおいて、今の心での「気持ちのおさまり」を求める必要はないということに、気持ちを収めて心を楽にして外面と内面に別々に向かうのが、「感情と行動の分離」姿勢です。

そこで新しい行動へと踏み出す、もしくは今までの行動の仕方をやめることは、一時的にパニックを通ることになるかも知れません。しかしそれが「成長」への通過点であることを知った時、パニックの感覚受け流しながら行動することもより容易になってきます。


それを過ぎた時、全く未知で新しい、より安定して豊かな「気持ち」が、心に訪れます。


「行動」と「気持ち」のつじつま合わせをしてはいけない

「感情と行動の分離」で大切なのは、決して頭で「行動」と「気持ち」のつじつま合わせをしようとはしない、ということです。

バラバラな自分ひとつの成長した自分まとめ上げるのは、私たちが頭でできることではなく、「命」だけがその力を持ちます。それに委ねることです。


こんな行動ができるためには、こんな気持ちであらねば・・
こんな気持ちでは、こんな行動しか・・


これが実は、「行動」と「気持ち」の両方とも、見失っていく考え方なのです。

「こんな行動」ができるためには・・と、自分の心に力みを加え、気持ちが窒息していきます。
こんな気持ちなのだから・・と、成長とはてんで方向違いの行動で、自分に枠をはめてしまいます。


正しい姿勢をお知らせしましょう。2段階です。

まず別々に考えるのです。今の状況において、成長に向かう姿勢や行動とはどんなものか。
一方で、自分の気持ちとはどんなものなのか。ありのままに。

その2つを把握したら、次に、そのどちらによって決めるのでもなく、その2つをインプットにして、自分の心に問いかけるのです。どうしたい?と。

まずはそこから返ってくる声に、耳をすませるのです。自分から命令するのではなく。



これが「感情と行動の分離」の、正しい「実践」です。ただ「姿勢」だけであることを越えて。

そうして返ってくる声をキャッチした時、自分がこの「実践」の前の自分からは、一歩違う自分になったことを、感じるでしょう。


成長なき心の世界・・

もしこうした「成長」イメージできない時は、「成長なき心の世界」とでも呼べるものに、自分の心がはまっていないか、確認してみると良いでしょう。

それはやはり、「受け身の価値観」の世界です。こんな姿になれて、こんな気持ちになれれば・・という空想の先に、あとはまるで自分がお人形さんのように皆の愛情と賞賛の目の中に置かれて、皆が自分を幸せへと運んでいってくれる・・。どんな風にしてしてかは知らないけれど・・。
といった心の世界^^;


そんな心の世界の中で「気持ちのおさまり」「心が楽に」を求めた時、それは極楽浄土の平安しかばねの「気持ちの安定」のような話になってしまいます^^;

あるいは真剣にそのようなものを目指している方もおられるかも知れません。
私に言えるのは、ハイブリッド心理学はそのような「平安」ではなく、伸び伸びと人生を前へと歩めることそのものが私たちに与える、惑いのない心の平安と豊かさを目指しています、ということだけです。


人生はリハビリ・・

それは、自分の心は絶望的に病んでいるとお感じの方、また、今さな成長なんて考えられる歳ではないとお感じの方でも、同じです。

私は、人間の心は、生きている限り、終わることなく成長し続けるものだと思っています。70歳80歳、いや、100歳を過ぎてもです。
身体の成長とは、大分事情が異なるものとしてです。


自分の心の病み方は、絶望的に深刻だと感じた場合、まさにその自覚が、心が治癒と成長へ向かう、根本的に今までと違う人生の生き方に向かうべき時であることを、心が自ら告げる合図なのです。


結局全て同じなのです。私たちの心にある「選択」とは。

今の現実の自分を、ありのままの原点として受け入れて、今からの成長と向かうか。
それとも、空想の中で描く何かの理想から、それに満たない今の現実の自分叩くことに、心を入れ込むか。

このどちらかしか、ないのです。


そして今の現実の自分がどんなにいじけて無能に感じられたとしても、そこからの成長と向上への歩みがある。

それは大きな怪我をして、大きな障害をかかえて不自由な身体から、リハビリの中で、自分にできることを探していく。それとまったく同じこととして、不自由な心を抱えて、まるでリハビリのような人生をこれから歩む。そんな感覚で歩むことでさえあります。

それとも、あくまで「皆と同じ」「何でもできる」ことがスタートラインでないと駄目だ、という感覚に、一生しがみ続けるか。ということは結局今の現実の自分を受け入れることなく、結果、何の成長もしないまま生涯を終えるか。

そのどちらを選択するかでしか、ないのです。


そして事実、私が『悲しみの彼方への旅』で描写した人生の谷を越え、社会に出てからの20年ほどの間は、私自身、人生そのものがリハビリのように感じながら生きていたことを、ここでお伝えできます。
その時は、それがもう終わりのないリハビリのようなものでしかないとも感じる、沈んだ感情もかなり心の底流にありました。

しかしそれは全く事実ではなかったのです。全く異なる、「皆と同じ」レベル(多分^^;)はるかに越えた人生の充実さと心の開放に満ちた今の私へと加速度的に変化していくのが始まる、大きな節目になったのが、今解説している「神になるのをやめるひらめき」だったという次第です。


いずれにせよ、そんなものとしての「成長」を目指すものとして、今の心での「気持ちの収まり」を求めるのではなしに、外面内面へと別々に向かう。
それが「感情と行動の分離」です。

さらに言うならば、そうした「成長」に向くための道しるべとは、人の目に見せられるような「成長できた自分」のイメージではなく、まず今の自分で見出す「楽しみ」を探すということが、正しい答えです。


全てがこうした向かい方の中にあるものとして、外面への行動法や、内面の理解法などについて、学んでいって頂ければと思います^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「感情を鵜呑みにしない」とは(前)
土日と会社時代の友人が泊まりで遊びにきていました^^。


さて「感情と行動の分離」ですが、「外面は建設的に」何となく分かるけど、「感情を鵜呑みにせず、ただ流し理解する」良く分からない、というをしばしば聞きます。

そこでこれについてちょっと説明を書いておこうと思います。


感情を良くしようとしない姿勢が感情を良くする

「感情と行動の分離」が目指す「感情への姿勢」については、すでに1/7『「プラス思考」』などでも、大枠2つのポイントで言っています。

感情を無視して、理屈だけで行動しようとするようなことでは全くなく、感情行動への一つの材料として尊重した上で、より長い目で、その感情をより豊かなものと変えていくような、行動を目指しますと。

また、感情を無理に良くしようとすることをやめることで、感情は逆に良くなっていくのですと。


まあまとめると、次のようになりますね。重要な補足をここで加えおきましょう。

「今の感情」一つの材料にする。これはつまり、そこにある建設的な要素です。破壊的な要素を材料にすることなく、です。
ただしその「今の感情」鵜呑みにしない
今すぐに無理に感情良いものに変えようとするのではなく、長い目より豊かな感情に向かう行動をする。


まあ確かにこれだけでは、ガリガリの骨組みだけでしかないですね。
をつけていきましょう。


「感情を鵜呑みにしない」とは

「感情を鵜呑みにしない」というのは、次の4点を踏まえて、自分の行動やこれからの将来と人生を考えていくことだと言えます。
まず列記し、それぞれ簡潔に説明を書いていきましょう。
1.「気持ち」は不変ではない
2.「自分の気持ち」の全てが「心の現実」
3.「人の気持ち」の全てが実は「自分の気持ち」
4.どう行動すると「気持ち」はどう変化するのかへの理解


1.「気持ち」は不変ではない

「感情を鵜呑みにしない」ということの、最も基本的な心得とは、私たちの「気持ち」というのは、固定され永続的なものではない、ということです。

いや、これは「選択」の話になるかも知れません。
「気持ち」を固定させてから、人生を考えるという選択と。
そして、「気持ち」というのは変わるものであるこことを受け入れた先に、この「気持ち」に報いる行動をするという選択と。

自分の今の気持ちはこうなのだから、人生とはこうなのだ。これが前者の思考法
自分の今の気持ちはこうだ。これは、自分が今人生において、この位置にいるということなのだ。ならば、今すべき行動とはどんなものか。これが後者の思考法

前者は、「今の気持ち」から何でも考えていきます。

後者は、「今の気持ち」とは別に、人生についての知識の学びが必要になってきます。私たちは今の自分の健康の状態を知るだけで、健康の増進の方法が分かるわけではありませんね。健康の増進の方法は、それ自体を学ぶ必要があります。
人生も、まったく同じです。


「あなたを愛する私の気持ちは、生涯変わりません」と、結婚を約束する誠実な人が言います。
その心意気は買いますが、気持ちは、変わるんです。
そのプロポースを受けるべきかどうかは、その言葉を伝える相手の今の気持ちの熱さよりも、相手がその言葉を、その下において伝えた、意志の真実さと豊かさによって、判断するのが賢いことになるでしょう。


いったんここまでをアップしておきましょう^^。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「感情を鵜呑みにしない」とは(中)
では続きです。


2.「自分の気持ち」の全てが「心の現実」

「感情を鵜呑みにしない」というのが良く分からないという声の中で、自分の気持ちの全てが本当のものとは言えないということか」というを聞くことも少なくありません。

これは人を相手に、自分の「気持ち」愛着敵意の間を揺れ動くような、「気持ち」の不安定さに悩む方からの場合が大抵です。
また、「やる気熱心」「無気力無関心」の間を揺れ動くタイプの方も、似たような疑問感を抱くと思います。
どれが本当の自分なのか、と。

自分のどの気持ち本当のもので、どれがニセの気持ちか。
それを切り分けて、より本当の気持ちが見出せれば、それにまっすぐ向っていけるのでは、と期待を抱くわけです。


これについて言えば、そうした全ての「気持ち」が本当のものです。
愛着も、敵意も、やる気熱心も、無気力無関心も。

こうした状況で、どの気持ちが本当のものでどれがニセの気持ちかと探る試みは、そのままではほとんどが無駄であり不毛です。

なぜなら、こうした収拾がつかない別方向の「気持ち」が乱立してしまうような、心の根の土台が今あるということが問題なのであり、この心の根の土台取り組む必要があるからです。
それをほっといて、別方向へと乱立してしまう枝葉のどれが本当か、と考えても、何の意味もありません。


別方向の「気持ち」が乱立してしまう心の土台とは、「心の自立」ができていない土台です。
「受け身の価値観」の土台です。自分から前に進むのではなく、人から支えられることが価値あることだという価値観です。


多様です。人から受ける刺激多様です。
すると「自分の気持ち」も、方向がてんで揃わないものが乱立してしまいます。


そのどれが本当で、どれが嘘か、ではありません。その全てが本当です。
同時に、自分では一貫とした一つの気持ちが保てないというのが、本当です。

それが、今の「心の現実です。

それを受け入れ、そこから「成長」へと向うためにはどう考えどう行動していくのがいいかを、考えましょう。

それが
4.どう行動すると「気持ち」はどう変化するのかへの理解
でもありますし、先の『「心の自立」とは「自ら選択すること」なり』に書いたのが、その一つの答えです。

「心の自立」に取り組むことです。
ぜひ、自分で選択肢を考えて自分で選択する、という「選択思考」の習慣を心がけましょう。


次の話をどう考えるかが、人生での大きな「選択」に、なってくるでしょう。


3.「人の気持ち」の全てが実は「自分の気持ち」

今度は「人の気持ち」として心に映るものの話です。

「自分の気持ち」とはに、今度はその全てが正しくないとも言えるような話になります。
なによりも、鵜呑みに考えないのが望ましいものです。



対人行動法の誤り

人の気持ち空想して、それに対してうまく行動し、人の気持ちをなんとかして収めさせる・・。
これを対人行動の姿勢とすることの、根本的な誤りを、ぜひ知って下さい。

それは2重の誤りです。


一つは、人の気持ち過度に空想しようとすることの、誤りです。

これの対照となる正解は、人の行動内容の客観的な事実と、その根底にある根本目的やその人の望みを、推測することです。


もう一つは、「気持ちを収める」ことを相手側の目標にすることの、誤りです。

これは4/16『「気持ちのおさまり」を求めてはいけません^^』で説明したように、まず自分自身の行動法として誤りです。
それを他人への行動法にするのとは、相手の気持ちを過度に空想する誤りの上に、相手側としての行動法の誤りを重ねるものと来たものですから、対人行動法の勘違いの極みとも言えるものに、なってしまいます。

まあさらに加えれば、相手の気持ちを操縦しようとする姿勢が、しばしば相手に苛立ちを与えます。良い結果になることは、万に一つもないような対人行動法です。

これの対照となる正解は、相手にとっても成長になるような、「選択肢を示し選択させる」といった行動法です。相手の気持ちを過度に空想して、こちらの神経を疲れさせる必要もありませんし、成長を得ることが、相手にとっても何よりも利益になることです。


「人の気持ち」の見え方の変化

「人の気持ち」見え方は、心が「一皮むける」ように治癒そして成長するごとに、、異なるものになってきます。私はこれを体験から知りました。

心を病んで未熟な時、「人の気持ち」は、空想の中で、迫ってくる、まとわりついてくるようなものとして空想されます。

心が一皮むけるように治癒そして成長するごとに、それは消えます。
その代わりに、まず相手の行動そのままクリアに見え、そこにはっきりと表明された気持ちだけをまず感じます。
それはもう相手から迫りまとわりついてくるように空想されるものではなく、相手の気持ちを感じ取ろうと意識した時に、こっちから拾いにいくという感じです。


前者「感受性」が高く、後者「鈍感」になったという風情も少しあるのですが、実際は、前者正確に相手の感情を感じ取れるのは、心を病んで未熟な人同士の場合です。

前者健康な人を相手にして感じ取る「相手の気持ち」は、全くの間違いであるのが大抵です。
私はこれをやはり、自分自身の体験から、知りました。

心が健康になった時人の気持ちはもう意識にまとわりついてはきませんが、その人に接すれば分かります。
自分で体験していれば、病んだ心の屈折も、その嘘偽りのない苦しみも分かりますし、それを理解できない普通の人の気持ちも、分かります。

結局、「人の気持ち」を感じ取れるのは、自分自身が体験した気持ちの範囲内でしかありません。


親愛への基盤の誤り

「相手の気持ちを思いやる」ことを親愛への基盤だと考えると、人間関係は育ちませんので注意しましょう。

それは本来、関係が壊れかけた時に必要になる意識姿勢です。


安定した親愛は、「相手の気持ちを思いやる」というより、互いの楽しみ喜び素直に表現され、共有されることで、相手の気持ち空想などする間もなく、お腹の底から楽しく嬉しくなる気持ちによってです。

それがない時は、まず自分自身の楽しみを探すのが、人との真の親愛に向うための正しい道です。


「相手の気持ちを思いやる」ことを対人関係の基盤に考えると、常に壊れかけの関係を演出するような話になってしまいますのでご用心です^^。


「こんな気持ち」「あんな気持ち」を感じてしまうこと。その全てを今の自分の「心の現実」として受け入れ、空想に映る「他人の気持ち」に惑わされることなく、絵に書いたような理想の気持ちが心に湧くのを待つのではなく、選択肢を考え、選択していく。
こうした生きる姿勢と、生きる経験の中で、心は成長治癒に向っています。

その先に、より豊か安定した「気持ち」湧き出る時が、待っています。


「感情を鵜呑みにしない」ための4点最後
4.どう行動すると「気持ち」はどう変化するのかへの理解

についても、ここでもうかなり出てきていますね^^。あと一息考察を加えて、この話締めにもっていきましょう。

実践の進め方と進み方 |   コメント(0)
「感情を鵜呑みにしない」とは(後)
「感情を鵜呑みにしない」とはどういうことかの、締めに行きましょう^^。


4.どう行動すると「気持ち」はどう変化するのかへの理解

「感情を鵜呑みにしない」4つの要点を説明する中で、どのような心の姿勢行動に向うことで、「気持ち」より豊かで安定したものに変化していくのか、すでにある程度触れてきました。


それはまず、「気持ち」というものが不変ではなく変わるもの、という認識ものごとを考えていくという、「選択」に始まると言えるでしょう。
ではその「選択」に立って、「気持ち」より豊かで安定したものへと変えていくは、どの方向にあるのか。

それに向うのが、ハイブリッド心理学実践です^^。


「今の気持ち」への理解

もちろん「気持ち」無視して理屈だけで行動するという話では全くなく、「今の気持ち」成長への原点として歩む道のりです。

「今の気持ち」として、「自分の気持ち」は、その揺れ動くものどれが本当かという思考法は、あまり役に立つものではありません。何よりも感情が揺れ動くような、不安定な心の土台にいることが、今の「心の現実」であることを受け入れ、いきなり完成形の自分を求めるようなものではない、自分の不完全さを受け入れた行動法を模索するのです。

一方「人の気持ち」として「空想」の中に湧くものは、実は「自分の気持ち」でしかありません。これも今言った「自分の気持ち」の一つとして、その「人の気持ち」事実なのかそれとも勘違いなのかよりも、空想上の人の気持ちに揺れ動くのが今の自分なのだという、「心の現実」として受け入れるのがいいでしょう。


そうした「気持ち」が、今の原点スタートラインになるのです。

それをどうしたら「こんな気持ち」に変えられるか・・ではありません!この発想が入り口となって、自分の心を無理に変えようとし、自分の気持ちを小手先でこねくり回そうとし、何が何だか分からなくなり、自分を見失い、混乱と焦りに駆られ、絶望が忍び込む、心を病む道が現れるのです。

揺れ動く「気持ち」把握し、受け入れたら、次は、「気持ちをおさめようとする」のではない行動法へ、向うのです。それをしようとするのは、一生懸命に自分を未熟に引きとどめ引き戻そうとする話に、なってしまいますので。
これは4/16『「気持ちのおさまり」を求めてはいけません^^』で言った通りです。


選択肢を考え選択する

では「気持ちのおさまりを求める」のではなく、何をするのか。

一言でいえば、「自分で選択肢を考え、自分で選択する」ことです。
「選択肢」については、人からの知恵や情報を仕入れるのが役に立ちますね。しかし最後の「選択」は、自分ですることです。

今の「気持ち」によってではなく、「意志」によってです!
「意志」「気持ち」の一つですが、選択肢を考え自分で選択しようとする中で心に現れてくる、今までのあれやこれやの「気持ち」から一本抜け出る、「強い気持ち」です。その時私たちは、それが心に現れる前の自分とは、一歩違う自分に、なるのです。


「今の気持ち」を不変と考えず、「気持ちのおさまり」を求めるのではなしに、選択肢を考え選択する。
そこで、「選択肢」として、「今の気持ち」「気持ちのおさまり」からは切り離した、「健康形」「成長形」を積極的に考えてみる。
そこから再び、「今の気持ち」「選択肢」を並べて、自分の心に問うのです。どうしたい?と。
4/14『「感情と行動の分離」で進める実践』で説明したように。

これが、「感情と行動の分離」です。


豊かで安定した心への道


では結局、どうすれば私たちの「気持ち」は、より豊かで安定したものへと変化していくのか。
それをまとめましょう。

最も大局的には、3つの流れがあると思います。


1.「望み」に向う

最大の本道になるのは、「望み」に向って自分を尽くすことです。これが「成長」そして「成熟」への、生涯を通しての本道です。
これが1つの流れです。


2.選択思考

では、「望み」に向かうことができないという問題へは、どうするのか。
「望み」に向かう、さらには「自分から望む」ためには、「心の強さ」が必要です。

これはまずは、「望み」に限定されない生活上の問題の全般で、「選択肢を考え自分で選択する」ことをするのがいいでしょう。これが心の強さを生み出します。
これがもう1つの流れです。

この流れの支えによって、やがて「選択肢」の中に、「望み」という特別な輝きをおびた選択肢が、見えてくるでしょう。


「選択」のテーマは、広く深い範囲にわたります。

日常の細かいことがらから、「価値観」へと。そして「神になるのをやめるひらめき」という、最も深い選択へと。


3.怖れの克服

「選択肢を考え選択する」ということができないという問題へは、どうするのか。
自分で「選択」をできるためには、「意志」の強さというものが必要になります。

このための、最も基本となる心の体力増進は、「怖れの克服」です。あまりに怯えていては、選択ができないからです。
基本的な「怖れの克服」への姿勢を持ち、まず注射心霊写真怖がるのを、やめることからです。
これがさらにもう1つの流れです。

この流れの支えによって、「選択肢を考え選択する」ということができるようになってくるでしょう。


この3つの流れを意識して、自分がまずどこから向うのがいいかを、考えてみて頂ければ^^。


そこでもう一つ知っておきたいのは、こうした流れの中で、「気持ち」一律に上向きになるのではなく、小さな、時には大きな、つむじ風を起こしながら、それを越えた先に、「未知の自分」になるということです。

そこには、4/21『「絶望」の名手になれ』で書いたような、絶望の谷間を通ることも、出てくるでしょう。でもそれは恐れるに足りるものではありません。

それが、「未熟」から始まる私たちの「心の成長」の、ありのままの姿なのです。


「心」は「気持ち」だけではない

最後に、ちょっとした感慨というか、視点を書いて、この一連の話を締めましょう。

それは、こうして説明した心の「成長」の道は、今まで私たちが抱いていた、何かの「信条」のようなものを、捨てる選択を問うものになるかも知れない、ということです。


それは、「気持ち」をめぐる信条です。こんな気持ちこそが大切だ、あんな気持ちは決して許せないといった。
「絶対に」という感覚をおびながらです。

それこそが、私たちの「心の成長」を見失わせ、人生を見失わせた、最大の原因としてです。


ここではもうそうした「信条」の、具体的な整理は省略しますが、一つ最近見かけたものを紹介しましょう。
地域の回覧版で、中学校のPTA新聞のようなものの中にあった言葉です。社会での「仕事」について、生徒に教えていること報告のようなもので、こんな言葉でした。

「どれだけ沢山できたかが大切なのではなく、いかに気持ちを込めたかが、大切なのです」と。


これは実際の社会で生きるための言葉ではありません仕事をする上では、どのような量を、どんな時間で作るかといった、「客観軸」がとても重要です。それを見ることができるにつれて、「気持ち」に余裕ができ、「気持ち」も充実してきます。
(参考:4/8『島野が神になるのをやめた時-5・社会を生きる自信』

そんな風に、「気持ち」だけに目を向ける言葉の一方で、「気持ち」以外のさまざまな視点全く学ぶことなく、社会に放り出されていく子供たち・・。

そこに何か、「今の気持ち」だけに見入り、「成長」を見失い、ただストレスに圧迫されていく、将来のうつ病予備軍大量に生産されている・・そんな印象を感じた次第です。


そこからの最大の転換が、「神になるのをやめるひらめき」になるのは、まず間違いないでしょう。
この話もそろそろ締めへと行けそうかと^^。

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