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「対人感情と姿勢」の4型-1
さて、ジャジャーンファンファーレも鳴らしながら(^^;)、ハイブリッド心理学の実践でも最も幹となる、『対人行動と対人感情』『仕事の普遍的スキル』の説明を始めたいと思います。

その手始めに、私たち「人間」の持つ「対人感情」と、それに応じた「対人行動姿勢」組み合わせのようなものを説明したいと思います。


「未熟」から「成熟」への変遷の形で、それを説明しましょう。


「人とうまくやっている人」の内面知れず・・

「人とうまくやっている人の内面が分からない」という声を、しばしばメール相談の中で、そしてネットの相談投稿で見かけます。

まず、ぜひご理解頂きたいのは、そうして人とうまくやっていけるという、行動の仕方の違う人の内面とは、対人感情というものそのものが、もう全く違ったものになってしまっている、ということです。

うまくやっていけないとお悩みの内面感情そのまま、彼彼女らも持ったまま、何かうまい手があって人とやっていけるようになる、という話などではない、ということです。


「自分を演じれていた自分」・・

うまくやっていけないと悩む内面に流れる感情とは、人にどう思われるかに揺れる不安であったり、うまくいっている他人への嫉妬の感情であったりするでしょう。

もちろん、というか多分、そうした感情は同じまま、というか同じ自分のまま、何とか表面では人とうまくやれてる自分を演じることに成功している人もいるでしょう。
しかしそれはやはり、薄氷の上の、ストレスに満ちたものであり、いずれ崩れてしまう可能性が高いものです。


事実、心の病に陥った方々の多くが、そうした自分を演じることに成功していた人生の時期を持っています。
もそうでした。自分史において「躁の時代」なんて呼び名をつけたくらい^^; 詳しくは『悲しみの彼方への旅』で^^。


そこで、「あの頃はこうできたのに・・」と、「自分を演じる」方法の追求にしがみ続けてしまうことが、根本的な克服をしばしば妨げるのかも知れません。

それがもう無理な話であるのは、それが主に「心の無酸素運動」に基づくものであるからであるのを、2/6『「心の力み」を捨てる』で説明しました。


心の別世界を見据える

安定した心で人とうまくやっていけるとは、基本的な対人感情そして心のあり方の全体が、もう全く別の世界のものになります。

対人感情つまり人に面した時の「気持ち」からして、全く違うものになっていますし、さらにそもそも「人とうまくやっていく」ということの捉え方からして、もう全く違うものになるのです。


幸いは、30年以上の歳月の中で、高校時代の対人恐怖症から、内面に人格障害を抱えた時期を経て、その後の長い社会人生活の中で大きな心の健康を回復し、さらに「全ての他人を愛することができる」という成熟した感情を自分自身の中に感じ取れるまでの、大きな変遷を身を持って体験しました。

そこで分かったこととは、心が安定して、より豊かな感情で人に向かうことができる「気持ち」になった時、それをうまく表現し、生かすような、対人行動法についての「考え方」も、もう全く違うものになってしまう、ということです。

ですからこれは逆に、対人行動法についての「考え方」が一つのものにこり固まると、心が安定して豊かな感情で人に向かえるようになる、心の治癒と成長もブロックされてしまうだろう、ということです。


そうして言えることとは、そうした心の別世界を見据えた、対人行動法についての「考え方」へと積極的に変えていくことが、心が安定して豊かな感情で人に向かえるようになる、心の治癒と成長を促し、加速させるだろう、ということです。


「対人感情と姿勢」によって如実に示される、こうした心の別世界を、4つの型として次に説明しましょう。

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対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「対人感情と姿勢」の4型-2
「対人感情と姿勢」の4型

私たち人間が、人生でたどりえる「対人感情と姿勢」の型は、大きく4つになるようです。

4つの型とは、次の通りです。
言葉の組み合わ せで示しましょう。「対人感情・対人姿勢」という組み合わせ。
I.気持ちオンリー・思いやり
II.心の自立へ・行動学
III.魂の望み・わが道を歩む
IV.無条件の愛・求めることなく満たされた心

幸いは、長い年月の先に、身をもってその全てを歩むことになりました。

それを振り返ると、 「1つ」「3つ」という配置として、イメージされます。
深い川をはさんでです。「受け身意識の闇の川」ですね。それをはさんで、

 -「未熟の故郷」にとどまる1つの型
 -心の成長へと歩み、その深い川に落ちながらももがいて抜け立て、
  「成長の地平」を大きな心の成熟へと歩んでいく、3つの型


というイメージです。


その全貌がようやく私の視界に捉えられるようになったのは、ごく最近、2007年も後半に入った頃です。


2002年「人生の見出し」の大転換を果たし、再び心理学へと向かってから、自分の心に一体何が起きたのかを、緻密な心理学として整理することに、5年以上もかけることになりました。
同時に、それが私の心の変化を加速させ、人間の心の全貌を視界に捉えることへと至ったわけです。

さらに、その中でもとくに、未熟の地にとどまる1つの型から、なぜ、そしてどのようにして私たちは抜け出すのか、それをこのブログでも書けるような、平易な絵図として私自身がイメージすることができたのも、『入門編』上下巻の執筆で全体を整理できたことを踏まえての、このごく1、2か月のことだったりします。

今ではもう全てが分かるという感慨を感じます。目に涙がにじむ感覚の中で・・。


まそうしたセンチな述懐はほどほどに(^^;)、さっそく説明していきましょう。

対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「対人感情と姿勢」の4型-3
I.気持ちオンリー・思いやり

対人感情と姿勢第1パターンは、「気持ちオンリー・思いやり」です。


「気持ち」で考えます。「こんな気持ち」だから、こう行動したい。できるかしら・・と。
「心を開いて」と。「思いやりで」と。

自分の行動「自分の気持ち」で考えるのと同じように、人の行動「人の気持ち」の表れとして捉えます。
人とうまくやっていくためには、「人の気持ち」を思いやることが大切だと考えます。


これは、それだけで害があるものではありません。心がもとから健康であれば。


「未熟」および「心を病む」という面の割合が大きくなるにつれて、が目立ってきます。

何よりも、心が窒息してくることです。自分でも気づかないままにです。
「気持ち」をどうしても「人に見せるためのもの」と位置づける結果、「心に力み」が生まれ、その行動の中で「反対の気持ち」が湧いて混ざり込んできたりもしてしまうのです。
それをさらに押さえつけ、人に見せるための「気持ち」を「維持」し、搾り出すために、さらに心に力みを加えていく。

心が壊れてしまうのです。


心を開いて自分の気持ちを人に伝えるなんて言っても、開いた中身が嫉妬憎悪だとしたら、伝えられた方もとんだとばっちりです^^;
それは分かっていると、先が見えない行き詰まりに、こんな気持ちを感じたくて感じたわけではない・・絶望感の中で涙した人生の時期を、私も体験しています。


人間関係も、うまく行かなくなりがちです。

詳しい心理メカニズムを勉強しなくとも、私たちは、「小さな思いやり」が時に「大きなお世話」(^^;)になることを、漫画の構図で知っています。

「思いやり」の裏にどんな我欲があるなんて話を詳しく論じるのはさておき、不完全な人間世界において、この対人姿勢は、どうしても変形してしまいがちです。
「思いやり合い支え合い」が、「気持ちのゴリ押し合い」「依存し合い」「詮索し合い」「束縛し合い」へと、果てはそれが「たかり合い」(^^;)のような姿へと。

「ワタシはこんな気持ちでいたのよ!」「オレだってこんな気持ちだったんだ!」と。まあまあご両人さん落ち着いて^^。
「こっちの気持ちをどうしてくれるんだ!」と。汗タラ^^;
「誠意を見せろ!」と。それって悪徳商法の常套文句なんですケド・・^^;


事実、「思いやり」とだけ考える思考法は、「村社会」「世間体」などによる束縛の中で実際人々が生きた、過去の時代においては、社会秩序と和の維持に役立ったのかも知れません。

個人の独立と自由を生活基盤に置く、これからの社会で人を導ける思考ではありません。


「人のことなど考えず自分のことだけ考えればいい」といった発想も、まずは「心の力み」への自己反発から「逆の気持ち」に肩を入れ込んだ、同じ次元のものであって、論外です。


あとの3つの型においても、「思いやり」は当然です。
そこに、揺れ動き流れ移る「気持ち」を超えたものへの目と、それへの「思いやり」が、加わるのです。

ですから、あとの3つの型「気持ち」がどう違うのかでは、まずはありません。
「気持ち」を超えたものが、行動の原理になってくるのです。


「気持ち」の変化を超えて一貫として向上するものへと向かう、「意志」が原動力になってきます。

対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「対人感情と姿勢」の4型-4
では「対人感情と姿勢」について、残りの3型をざっと説明しましょう。


II.心の自立へ・行動学

このII型「心の自立へ・行動学」になって現れるI型との違いが、I型と残り3型を分ける、決定的な違いになります。

I型「気持ちオンリー・思いやり」「気持ち」だけで考えて行動する型です。

II型になって、そこに「意志」が加わります。
「気持ち」に「意志」が加わったものによって行動するようになるのが、II型以降の3つの型だと言えます。


そうした「意志」を生かすために、「行動学」を役に立てることができます。
「思いやり」という、不安定で、対人関係向上への効果のいまいちな(^^;)行動法から、知恵とノウハウを活用した力強い行動法へと、向かうことができます。


同時にこのII型において、「気持ち」そのものに、変化が始まります。
いや、気持ちの内容そのものではなく、「気持ち」への向き合い方、姿勢の変化と言えるでしょう。

それは、「自分の気持ちを自分で受けとめる」という姿勢です。
この姿勢を、ハイブリッド心理学では「心の自立」と呼んでいます。

それが、気持ちの内容そのものの変化を、生み出し始めるのです。「浄化」つまりより清らかな気持ちへの変化をです。
あとの2つの型が生み出す、安定して豊かな心に向かって。


III.魂の望み・わが道を歩む

「気持ち」そのものの変化は、「望みの感情」に大きく現れます。


II型までにおける「望みの感情」は、基本的に「未熟」の世界です。
それは、人との競争に勝てるような、人に抜きん出た何かを持つことで、それによって人を惹きつけて愛されたいという、「与えられる」という形の願望です。
(参照:2/10『病んだ心から健康な心への道-2』


このIII型「魂の望み・わが道を歩む」になって、そうした要素が消え去ります。

人との競争などなく、自ら生み出し、自ら愛していくというという形の望みの感情へと。
これをハイブリッド心理学では、「魂の望み」と呼んでいます。


心の安定と豊かさが、次第に、異次元の世界へと増大していきます。
そこに、人が太古の昔から求めつづけてきた、人間の心の真実が現れ始めるように、私には感じられます。

ハイブリッド心理学では、そうした「魂の望み」の感情を原動力として人生を歩むことを、「生き方」の理想形として考えています。


IV.無条件の愛・求めることなく満たされた心

人間の心が至り得る、最後の対人感情と姿勢の型とは、「望みの感情」そのものが、もはやもう何かを求めることもなく、満たされているという心境に至るものです。

愛は「無条件」になります。つまり、そこに「命」あるものがあれば、心に「愛」が湧き出て、その気持ちが自分の心を満たしているのを感じます。

人を誰でも愛せます。
一方、この「気持ち」においては、人の魅力の高低を感じるという気持ちそのものが薄れてくるような印象を、私は感じています。そうした「セット」として、「無条件の愛」があるというものとして・・。


もちろんこの心境だけに満たされるようになった人間というのは、あまり現実的なものではないでしょう。

それでも、成熟した人間に現れる落ち着きや包容力というのは、こうした心境の要素の部分によるものだということなどを、見る目を持っておきたいものです。

そしてまた、「死」が近づいた時というのは、もう何もアクセクせず、この心境で穏やかに、この世界への、全てのものごとへの「愛」の中で、「死」を迎えたいものだと、私個人としては感じる次第です。


このあと、「意志」「心の自立」そして「心の浄化と魂の望み」といった、II型以降への心境変化への基礎について説明し、実践していきたい「行動学」へと説明を続けます^^。

対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「意志」と「行動学」
「気持ち」だけで行動する心のありかたから、「気持ち」に「意志」を加えて行動する心のありかたへ。

それが、「気持ちオンリー・思いやり」という最初の型から、心の安定と豊かさ、さらに清らかさを、異次元の心の世界へと向上させていく、「心の自立へ・行動学」以降を分かつ違いになります。


この「意志」と、関連する心の基礎要素について説明しましょう。


「意志」

「意志」とは、「受け身」ではなく「自発的」に、何かに向かって思考や行動をしていこうとする「強い気持ち」などと定義できます。
つまり「意志」「気持ち」の一種ですが、さまざまに揺れ動く「気持ち」一本にまとめてコントロールしていく、上位の「気持ち」だと言えます。


「意志」がないと、「気持ち」は、まるで先生がいなくなった幼稚園の教室のように、まとまりがなくなります。リーダーがいないスポーツチームのように、ばらばらで、作戦も立てられないまま、弱いチームになってしまいます。

そこに、「意志」というリーダー役が登場することによって、「気持ち」が一つにまとまった「強さ」が生まれます。


「意志」があるとは、それだけで「強さ」の感覚を生み出すものです。
私たちはそれを、「意志のある人」「意志のない人」という言葉だけでも、直感的に感じると思います。


「病んだ心から健康な心への道」において、「意志」を持つとは、次のようなイメージです。

それは、「受け身意識の川」の中で、「気持ち」という川の流れにただ流される状態から、川底に足をつけて、自分の足で立って歩くようになるという変化です。

「未熟」から始まる心の成長の歩みにおいて、「気持ち」の川の水は、最初は雨がふったあとの泥水のような世界でしょう。
そこから、より澄んできれいな水が流れる、上流の心の成長と成熟の地へと、歩んでいくのです。


これは「嘆きからの抜け出し」でもあります。
親が来て暖かく助けてくれるという甘い嘆きの中で鳴き続けるヒナでいることをやめ、自分の足で食べ物と寝場所を探しに行く、幼獣として生きていくことを選ぶということでです。
(参照:2/12『病んだ心から健康な心への道-5』


行動学

次に問題になるのが、「意志」によってどう行動するかです。


「意志」があっても、その使い方を誤ると、元の木阿弥です。
行動の仕方が相変わらずの「気持ちの思いやり」では、川の中に体を浮かせて泳ぎましょうという話です。
どんなに頑張っても、川の流れに流されていきます。「赤の水」が流れてきて、心に力みを入れ、疲れがたまってきます。
やがて嫌になってしまいます。
(参照:2/11『病んだ心から健康な心への道-4』

それでは「意志」も消えうせてしまいます。


川の流れに流されずに歩くためには、コツやノウハウがあります。

実際の川であれば、川の流れに真正面に向くよりも、横を向く方が、流れの勢いに負けなくなります。そこから、焦らずに、足を川底にしっかりとつけたまま、少しづつ歩いていきます。


対人行動においては、揺れ動く「気持ち」を超えて、一貫として目標にできる、別のものに目を向けることです。

一つは、人のその場その場の「気持ち」根本にあるものです。つまり、根本にある「望み」に目を向けることです。
自分の「気持ち」の根本にある「望み」に目を向けることです。
そして、人の「気持ち」の根本にある「望み」に目を向けることです。

もう一つは、「賢いルール」に目を向けることです。
これは2/21『「感情による決めつけ」の解除-5』でも触れましたね。それを実行すれば人に信頼されるし、それに反することをすれば、信頼されなくなる。そうした「原理原則」を知ることです。


この2つの着眼点によって、人から愛されない時に「自分が悪いのか・・」といった、気持ちで考える善悪思考を、解体していくのです。

善悪はまずは、はっきりとしたルールで考えます。
個人と個人の間の、曖昧なひいきの問題として考えないことです。もちろん個人的なひいきというものも、存在します。しかし個人的なひいきルール違反を許した時、ひいきした方もされた方も、社会全体からは「愚かな行動」として見られ、いずれうまくやっていけなくなります。


自分や他人の根本の「望み」に目を向け、賢いルールとなる「原理原則」を踏まえて、行動を決めていきます。

これを「行動学」と呼んでいます。

ハイブリッド心理学では、多少重なるものですが、3種類の行動学を重視しています。
「建設的対人行動法」「原理原則立脚型行動法」「ウインウイン行動法」です。これをあとで説明しましょう。


「心の自立」へ

「意志」によって自分の足で立ち、「行動学」によって歩き方を向上させていきます。
これは外面行動への姿勢になります。

一方、こうして「気持ち」を超えたもの行動の軸にすることで、内面感情においても、自分自身の「気持ち」への、根本的な姿勢の変化へと踏み出すことができます。


それが「心の自立」です。次の記事で説明しましょう。

対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「心の自立」とは-1
ハイブリッド心理学でも一番キモになる部分で、言葉を整理するのに結構時間をかけて練っている次第^^。


心の安定と豊かさそして清らかさへ

「心の自立」が、対人感情と姿勢において「気持ちの安定・豊かさ・清らかさ」異次元の世界へと治癒そして成長させていく、II型「心の自立へ・行動学」始まりを決定づけるものになります。


私の印象としては、次のような役割位置づけです。

「安定」へとまず貢献するのが、「行動学」です。
「清らかさ」を生み出し始めるのが、「心の自立」です。

そしてその両者が手を取り合って人生を歩む先に、「心の豊かさ」が訪れる。そんな印象です。


そうした「心の自立」とは何かを、この記事でざっと説明しましょう。


「自立」

まずは「自立」という、基本的な命題があります。
それをハイブリッド心理学では、次のように考えています。「命」が大元にある出来事としてです。

それは「自分」というものの位置づけを、次のように変えることです。

「親の愛に守られるべき存在」から。

「大自然を生きる一匹の存在」へ。


私はそれが、この現代社会を生きる人間においても、課せられている、「命」の摂理なのだと感じています。
「社会」という大自然を生きる、一匹の人間として、自分を位置づけることだと。


「心の自立」

もちろん人間は、一人では生けていけない存在です。人間には「完全な」自立というのは、ないのではないかと私は考えています。
あるのは、「依存」から「自立」へと旅立つ、心の歩みなのだと。外面では、完全な自立はないまま。

そこに、「心の自立」という、内面における大きな姿勢の転換の命題が出てきます。
ハイブリッド心理学では、こう捉えています。

「気持ちを人に受けとめてもらう」という心の姿勢から。

「自分の気持ちを自分で受けとめる」という心の姿勢へ。


「自分自身との関係」

もちろん、人に気持ちを伝えることをやめる、ということではありません。
「心の自立」とは、人に気持ちを伝えることに「意志」のフィルターを介在させるということだと言えるでしょう。

「気持ち」をただそのまま人に投げるのではな、いったん自分が受け取るのです。
そしてそれが自分と相手の「幸福」へと近づけることであるのなら、「気持ち」を相手に表現していく。
そんな姿勢です。

他人に、そして社会に向かうための、自分自身のための、「窓口」に自分がなるという姿勢です。


ですからここに、「人との関係」「人との絆」といったテーマに加えて、「自分自身との関係」「自分自身との絆」といった、もう一面が、心に加わることに、なるのです。

そこにおいて「自分自身」と書いたものが、ハイブリッド心理学「魂」と呼んでいるものに、なるのです。


「心の自立」という姿勢を境目にして、私たちの「気持ち」は、様変わりを始めます。より力強く、より澄んだものへと。
その概要を次に説明しましょう。

対人行動と対人感情 |   コメント(0)
「心の自立」とは-2
「本格的な歩み」へ

「心の安定と豊かさと清らかさ」において異次元の世界へと向かう、本格的な歩みを展望しましょう。

それは、対人感情と姿勢II型「心の自立へ・行動学」を視界にとらえることから始まります。


そこで「行動学」は、「建設の行動様式」「肯定形思考」を基本的な道具とした「一歩一歩の向上」を、日常の事柄一般から、「対人行動・社会行動」へといよいよ本格的に活用するものになります。

やはり何よりも、「対人行動・社会行動」において、気持ちに揺らぐことのない、安定して一貫とした行動ができることが、何よりも、私たちの心の安定を生み出します。

それによって、より良い対人関係を増やし、社会でよりうまく行動できるようになることが、何よりも私たちに「自信」を与え、外面内面ともに豊かな心の基盤になってくれます。


「心の自立」を足場にして

「自分の気持ちを自分で受けとめる」という「心の自立」は、大きく2つの側面で、これからの本格的な歩みへの足場になってくれるでしょう。


一つは、「自分の気持ちを自分で受けとめる」という姿勢の中で、私たちはまさに、自分自身の「望み」を知るからです。
自分自身の「望み」を、受けとめるのです。

そこから、「望みに向かい自分の全てを尽くす」という、「命の歩み」への、回帰が始めるのです。


「気持ちを人にうけとめてもらう」という姿勢の中で、私たちは、私たち自身の「望み」をあまり、知ることができません。

なぜなら「望み」とは、揺れ動く「気持ち」よりも、もっと深いところにあるからです。揺れ動く「気持ち」を超えて、耳を澄ませ、見据えなければ、分からないものなのです

「気持ち」のやり取りを人との関係とする姿勢の中で、私たちの「望み」は、見えなくなってしまうのです。


心の闇を超えて

同時に、私たちは「気持ち」のやり取りを人との関係とする中で、純粋な「気持ち」を失っていくのです。
なぜならば、「気持ち」が道具になってしまうからです。それは真実性を欠き「心の力み」によってこねくり回し、搾り出そうとする中で、私たちの心を窒息させていくものです。

その中で、自分が嘘だらけの偽善にまみれた存在だという、膿のような自己嫌悪感情を、「心の力み」のストレスによって自覚できないまま、のように蓄積させてしまうのです。

これは「未熟」に加え、「心を病む」という問題の程度に応じて、起きてくることです。

ハイブリッド心理学「内面の開放」の姿勢は、しばしばこの膿を流すものになることを、知っておいて下さい。
心から「前に進むことのできる自分の姿」が消え悶絶するような悪感情の時間が訪れます。しかしそれは一定の時間で消えます。まさに脳の中で膿が流れて消えたというように。


そして一つまっさらで安定した心の状態が訪れ、新たな歩みが始まるのです。

そこから、今度は、「気持ち」に基準を置くのではない、新しい行動法を、学び、実践していくのです。
「気持ち」よりも深いところにある、「望み」に耳をすませ、見据えながらです。


「本格的な歩み」は、今日掲載した『記事一覧・「最初の一歩」まで』で展望したように、「心の自立」の姿勢の関わり方を分岐点として、大分異なる3つの進み道が出てくる感じです。

それを説明して、「本格的な歩み」への助走段階の話の締めとしましょう^^。

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