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心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
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カテゴリ: (11)心の闇との決別 の記事一覧(作成順)

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心の闇との『決別』とは-1
これからハイブリッド心理学より本格的なお話をしたいと思いますが、『決別』という特別なものについてのお話も、ここで始めたいと思います。

『取り組み実践の全体』に、ハイブリッド心理学での「心へのほどこし」もしくは「実践項目」全体を絵にしています。
その中で、他の心理学や精神世界論などにもあまり言われていない、ハイブリッド心理学独特の、したがって最も重要な項目を、絵の上の方に入れています。
(10)未知の心への変化の理解
(11)心の闇との決別

(10)実践項目そのものというより、さまざまな実践項目を通して心はどう変化していくかという、流れの理解の話になりますね。
これは『(10)心の成長と治癒過程の理解』カテゴリーで説明中です。

ですから、実践項目としてハイブリッド心理学にまさに特有の、極めて重要なものと位置づけられるのが、まさに(11)『決別』という話になります。


『決別』とは何か。自らの心の中にあった、闇の根源とも言えるものとの、決別とは。
ちょっと抽象的で分かりにくい話かと思いますが、私自身として整理してみました。


「治癒」と「成長」

『取り組み実践の全体』の図で左右に描いているように、まず大きな2つの側面があります。

プラス思考の習得などの前進による、「成長」。これは健康な部分がさらに伸びることです。
癒しや、膿を流すカタルシスなどの前進による、「治癒」。これは病んだ部分が消えていくことです。


この2つの側面は、病気にかかった草木の姿でイメージできると思います。

病気にかかって茶色に変色してしまった葉っぱが、やがて緑を回復します。これが「治癒」
新しい枝が伸び、新しい葉ができて、が咲く。これが「成長」

このようにある「治癒」と「成長」は、根本的には「命」が生み出すものです。


『実践』・『選択』

私たちは、そのように根本的には「命」が生み出すものである「治癒」と「成長」を促すような、ほどこしをすることができます。

草木にを与えたり、栄養を与えたり、外気温度を調整するなど。
これが『実践』であり、私たちが意識的努力で行うものです。


『実践』が直接「治癒」「成長」を作り出すのではありません。「命」が作り出します。
『実践』で行うのは、命が治癒と成長を作り出すのを邪魔したり蓋をしたりするのをやめ、命の力を解き放ち、さらに促すための支えを、するわけです。


『実践』とは、『選択』だとも言っています。「破壊の行動様式」ではなく、「建設の行動様式」を『選択』する。「否定形の思考」ではなく「肯定形の思考」を『選択』する。


『選択』と『決別』

『決別』という言葉を、そうした『選択』の中でも、とくに深い意味を持っていることがらについて、使っています。

『決別』とは、そうしたさまざま『選択』を、さらに心の根底で決定づけるためのものになります。


心の根底で、こんな姿勢を持っていた。だから結局「破壊の行動様式」「否定形の思考」ばかりを「選択」してしまっていた。
そうした心の根底の姿勢を、根本的に変える
そうした心の決定的な方向転換に、『決別』という言葉を使っています。


『決別』

なぜ『決別』という言葉を使うのか。それは、私たちの心がまずそこから生まれた何かへの、別れを告げることだからです。

そして、その『決別』は、私たちが頭でそれがどう正しいと考えるかを越えて、「命」そのものに組み込まれ、定められた「転換」ではないかと考えています。

そのように、私たち自身の「命」に組み込まれ、定められている大きな「転換」に、私たち自身が耳をすませ、それに気づきそれが私たち自身に求めている通りに、その大きな「転換」を、私たち自身の「意志」によって「選択」する。
そうしたものに、ハイブリッド心理学では『決別』という特別な表現を使っています。


ですからそれは、私たち人間が体験する中でも、最も深い情緒を伴う、人生の大きな一歩になるのです。

それは、自分の中にあるさまざまな喜び悲しみ強さ弱さ、そして真実の全てを、同時に見据えた上で成す、新しい自分への旅立ちに、なるのです。
これはさまざまな文学の中で表現されてきた、人間の心の主題とも言えるでしょう。


「命」の力の蓋が開く時

そうした『決別』によって心に起きることとは、私たちの心に「成長」と「治癒」を生み出す「命」の力の、まさに蓋が開くことだと私は感じています。

『心のビンの蓋を開ける』で説明したように、かたくしまった心のビンの蓋を、四方八方から少しづつずらすことを実践していく先に、ある時に、心の蓋がパカっと開くのです。
そしてそこから、「命」のエネルギーが、私たちの心に、ほとばしり出てくるのです。


それは実際のところ、思考感情としてはどんな大転換なのか。
そのサマリ-を、次の記事で書いておきます^^。午後所用で都内に出かけるので、また明日かなと。

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(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
心の闇との『決別』とは-2
心の蓋が開き、人生を生きるための「命」のエネルギーが解き放たれるような、私たち自身の心の闇との「決別」について、ここでは大きな4つの側面サマリーしておきたいと思います。

2つの大きなテーマ領域で、それぞれ2つ大きな転換があります。つごう4つの側面です。


「心の使い方」の大転換

一つの大きなテーマ領域とは、基本的な「心の使い方」についてです。

そこでの一つの大きな転換は、「受け身から自己能動へ」もしくは「心の依存から心の自立へ」いう転換です。
これは「命」の摂理に従うものとして、と言えるでしょう。

もう一つの大きな転換は、「空想」そして「自意識」そのものを、捨てるという転換です。
それこそが、心の闇につながる落とし穴だったものとしてです。


「感情のあり方」の大転換

もう一つの大きなテーマ領域とは、「感情のあり方」についてです。

そこでの一つの大きな転換は、「怒り」を捨てることです。

「怒り」とは、敵と戦って怪我をしても生き延びるように、心身の機能を自ら低下させる、脳内の毒だからです。それがストレスを始め、心の問題の全ての根源なのです。
「怒りの放棄」は、ごく実践的な思考法から、最後には心の根底から「否定への衝動」を捨て去るところまで、ハイブリッド心理学の実践の大きなテーマになるものです。


怒りを心の根底から捨てる先に、私たちは心の闇から人生の輝きへと転換する、最大の転換のテーマを知ることになります。
それは「愛」における転換です。

ここではそれを手短に、こう言っておきましょう。
それは、「既知の愛」に別れを告げ、「未知の愛」に旅立つ転換なのだ、と。

それは別の表現で言えば、「嘘と結びつく愛」に別れを告げ、「真実に近づく愛」に旅立つ転換だと言えます。
そのために私たちは、「愛される愛」「自ら愛する愛」の違い、そして前者の中にある闇を、深く、詳しく学んでいくことがとても大切になります。
その先に、心の闇から人生の輝きへと転換する大きな扉を、開けることができるでしょう。


「スパイラル」

こうした「決別の転換」とは、心のビンの蓋が開く瞬間だと言えます。そこから、「命」のエネルギーが「心」へと解き放たれる瞬間だと。

ですから、この「決別」それだけを頭に入れて努力するという姿勢はちょっと無理があり、あくまで、心のビンの蓋を四方八方からすこしづつすらしていく、日々の地道な実践の積み重ねが、とても大切です。

その先に、蓋が開きそうな時が、いつか訪れるはずです。
その時こそ、心に蓋をしていたものの正体をしっかりと見据え、それを一気に取り去るのです。

それは一度で蓋が全開に開くようなものではなく、やはり、少しづつ、蓋が開く量が大きくなり、その都度、心に解き放たれる命の力の流れも、より力強いものになっていきます。
そしてその新しい自分で、再び、心のビンの蓋を四方八方から少ししづつすらしていく、日々の地道な実践の積み重ねが、始まるのです。


こうしたハイブリッド心理学の実践の道のりを、よく「スパイラル状」だと説明しています。「スパイラル」とは、「螺旋階段」のことです。

何度でも似たような、心の動揺や悩みを体験するかも知れません。しかしその都度、もう自分が以前の自分とは違う形で、その動揺や悩みに向き合っていることを、次第に自覚できるようになります。
その先に、やがて自分がもう明らかに、前の自分とは違うところにきていることを、知ることになるでしょう。

これをしばしば、「目に見えるものは変わらないまま、まず足元がしっかりしてくる」とも表現しています。


そうして、生涯終わることのない成長が、続くのです^^。


なお、このように歩む先にある自己の変化を、最も大きな視点から見た時、それは『魂の成長』というテーマで捉えられるものになってきます。
これはあと少し実践項目をざっと説明したあとで、説明を始めましょう。


まずは基本的な実践の一つ一つ、そして「決別」のそれぞれの側面について、引き続き説明をしていきます^^。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
「怒り」を捨てる-1
「怒り」の有害性を理解すること、そして「怒りを捨てる」ことが、ハイブリッド心理学の実践のスタートからゴールまでに一貫する、とても大きな実践になります。


私自身の心の治癒成長の歩みを振り返っても、「怒りの克服」が課題であることを知ったことが、私の人生が回復への歩みへと転じた、大きな節目だったように感じます。
それは大学院の頃のことで、『論理療法』からの学びだったと記憶しています。

それ以前においては、自伝小説『悲しみの彼方への旅』で書いたような、精神分析(有名なフロイトではなくカレン・ホーナイのもの)一本槍でした。
それは結局のところ、自己理解を進めることによって促される、病んだ心の自然崩壊だけが頼りという、とても危ない進め方(^^;)であり、本に描写した通り、ちょっとヤバイ状態(^^;)になってしまったわけです。それでも生来の科学的思考の資質や、偶然の救いにより、何とか危機を脱したわけです。


そしてそこから、大学院、そして長い社会人生活へと、ゆっくりとした治癒と成長の歩みが続くことになりました。ま当時からハイブリッド心理学があったら、もっと違った流れになれたでしょうけどね^^。
まあとにかく、そうして今までの心理学や心理療法に足りなかったもの、そして精神世界論と心理学のへただりを埋める、新しい総合的な心理学を作るのが後の宿命になるような前半生の節目へと歩んでいったわけです。

そして私の心の底から「怒り」の根っことも言えるものが完全に取り去られたのが、1997年のことでした。そこから私の心は、グングンと治癒と成長への歩みを開始しました。
そうして2002年の春、「ゼロ線の通過」「人生の見出し」など決定的な人生の転機が起こり、執筆活動に転じた次第です。


ちょっと私自身の歩みの紹介話が長くなりましたね^^。
そんな風に、「怒りを捨てる」ことが、人生の大きな転機になるものです^^。

この後の記事で、
・怒りの有害性
・怒りを捨てるための3つの実践

 1)思考法
 2)行動法
 3)価値観
についてそれぞれ簡単に説明していきます^^。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
「怒り」を捨てる-2
「怒り」の有害性

「怒り」がなぜ有害な感情なのか。

単純です。生理学的に、体内に有害な毒を回す感情だからです。
「怒り」がどう正しいかなんていう、心の問題より先にです。


動物行動学から言えるのは、「怒り」とはもともと、自分より強いかもしくは同等の敵と戦って、怪我をするのを前提として、それでも生き延びるような身体状態になるよう、脳から全身に下される信号として生まれたものです。
全身の血管が収縮し、血が脳に集められ、胃腸などの代謝機能は停止され、痛覚が麻痺します。

その結果、「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ」ということわざの通り、時に自分よりも強い敵を退散させるようなエネルギーを生み出すこともあります。
もちろん自分の心身健康を損う、「捨て身の強さ」の代償としてです。


人が「心を病む」ということの根底には、必ず、「怒る」ことが「正しい」という観念があります。
心身に毒を回す「怒り」という感情が、「正しい」という観念と結びついてしまい、抜け出せなくなってしまうのです。


「怒り」が身体にどのように悪影響を及ぼすかについて、印象的な記憶があります。
メール相談を続けいてる方の中でも、「怒り」の洪水の中で翻弄され続けた、最も深刻な事例にもなった女性は、皮膚の疾患に悩んでいました。
私はその数年前、似たような女性にプライベートで会ったことがあるのを思い出しました。当時私は交際相手探しをしており、互いが心理学に関心あるということで会うことになったのですが、その女性は最初、皮膚の炎症が広がってしまったので後日にしたいと言ってきたのです。そして後日会い、いろいろ話をする中で、その女性が他人全般への怒りと憎しみの中で生きているらしいことを知りました。

まるで判で押したように、「怒り」は人の肌に疾患として表れるようです。
「怒り」のストレス胃潰瘍などの疾患の原因になることは良く知られています。最近ではさらに、ガンを引き起こす原因も、やはり「怒り」などのストレスが関係していると伝えられるようになっています。


では「怒り」は心にはどのような影響を及ぼすのか。
先の『「万人に愛される」ことへの願い・・』でも書いた通りです。

それは、「愛」を「怒り」によって求めるようになるという、心の闇です。その「怒り」によって、自ら、求めているはずの「愛」を、破壊するようになるのです。
そしてそこから抜け出せなくなるのです。怒りが「正しいはずだ」という観念と結びつくことによってです。


ここには双方向の流れがあると言えそうです。
「愛」を「怒り」によって求めるようになった時、人の心は病みます。
一方で、人の心が病んだ時、その人は強制的に、「愛」を「怒り」によって求めることへと、駆られます。


ですから、健康な心の領域においては、自ら怒りを捨てて行くための実践がまずとても大切になります。
一方すでに病んだ心に対しては、深く優しく解きほぐす実践が大切になります。怒りを根底から取り除くためにです。


まずは、健康な心の領域において実践する、自ら怒りを捨てて行くための実践を説明します。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
「怒り」を捨てる-3
では、「怒りを捨てる」ための具体的な実践を説明しましょう。


「怒りを正す」のではなく・・

ここでもまず全体の中での、この話の位置づけを確認しておきます。

「怒りを捨てる」とは、怒りの感情を「正し」、消し去ろうとする実践ではありません
怒りを生み出すような生き方思考を、怒りを全く生み出さないような生き方思考へと転換するという「選択」を、自分自身に問いかける実践です。


この違いが決定的に大切です。
なぜなら、「怒りの感情」そのものを良くないものと見なし、「怒りの感情」そのものを治そうとするのは、まさに「怒り」によって押し進められることだからです。
これは結局、同じことです。怒りを怒りで追い払っても、そこにはまた怒りがあるだけなのです。

怒りの感情を問題視するのではなく、それを生み出す思考法を、問うのです。
その時、怒りは初めて、その根元からぐらつくことを始めます。


ですから、「怒りを捨てる」という話となると、まず世にありがちな、「なんでも感謝」「なんでも許し」(^^;)という、他の「気持ち」絞り出して塗り隠そうとするのとは、滅相もなく違う(^^;)のがハイブリッド心理学の進み方です。

絞り出すというのは、やはりその原動力が怒りになってしまうんですね。


論理療法からの思考法

怒りの克服が心の健康に極めて大切であることを私が学んだのは、『「怒り」を捨てる-1』で紹介したように、大学院時代に学んだ『論理療法』からであったと記憶しています。

そこで論理療法が言っていたこととは、もちろん何でも許して感謝しましょーではなく(^^;)、「怒りの有益性を見分けなさい」ということでした。


怒りの感情そのものを問題視するのではありません。
とにかく、怒ることが役に立つ場面と、怒ることが役に立たない場面を、見分けなさい、ということです。

そして「怒ることが役に立つ場面」として、次の2つの条件があると言っていました。
(1)相手が悪意によって攻撃してきた時、そしてかつ、
(2)それに対する現実的解決に怒ることが役に立つ


これは怒りの根本克服のためにはまだ弱い基準ではありますが、私の場合、それまでの「正しければ怒るべきだ!」的な怒りへの積極的な駆り立てを捨てるには十分役に立つものでした。

実際、私たちが怒りに駆られてしまう場面というのは、通常、相手が「悪意」によってというより、「不注意や無神経」によってという方がまず当てはまるものではあるでしょう。
そうした場面というのは、怒ることがすぐ役立つとは大抵言えないものです。


その基準が当てはまる場面とは、暴漢に襲われたとか、山でクマにはちあったとかの場合です。
その場合は、怒りを奮い起こして、まずは威嚇するのが多少は役に立つでしょう。まあクマに「悪意」はないとしても^^;


心を病む度合いが深刻になると、他人が自分に悪意を向けているという幻想(妄想)が起き始めるという問題があります。
これはかなり厄介な問題であり、とにかく「怒りは行動化しない」「破壊の非行動化」という鉄則をまず持ってもらうようにしています。
そこでまず破壊行動を現実に行ってしまい、生活基盤まで損なうことを何とかとどまらせながら、「感情と思考の分離」の実践を勧める先に、どこかで病んだ心の自然崩壊が起きます。それによって悪意を受けるという空想の強度が減少してきます。

比較的健康な心であってさえ、時に他人が自己中心的に横暴な態度を向けてきたと感じ取ることがよくあります。
実際は、相手は相手の事情で何か焦って行動しているような場合が大抵です。


基本的な思考法として、まずこうした「怒りの有益性の見極め」は、第一歩の実践としては良いでしょう。

ただしこれは、怒りを減らす役割はしても、怒りをなくす役割まではありません。
心が成長しておらず弱いほど、怒りという最後の手段しかない状態が続くからです。


「怒りを用いない行動法」を学ぶことで、怒りが根底から不要になります。
事実、そこに、怒りによる行動を遥かに凌駕する、最強の行動法があります。

たとえ相手が悪意の持ち主であったとしてさえ、こちらの意のままに相手を動かすような行動法です。
それが同時に、人間とは変わるものなのだ、「悪意」さえも固定されたものではないのだという、人への全く未知の視線を私たちに持たせることになるでしょう。

それが、全ての人間を愛することのできる、おおらかで強い心への道の、入り口になるでしょう。
それを次に説明します。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
病んだ心から健康な心への道-1
「感情と行動の分離」のまっすぐな姿勢

さて今日は、「怒りを用いない行動法」といった本格的な話をする前に、どのようにしてそうした『感情と行動の分離』のまっすぐな姿勢に向かうことができるようになるか、について説明したいと思います。

「感情と行動の分離」のまっすぐな姿勢とは、もちろん、単に感情と行動を切り分けるのを超えて、成長に向く姿勢です。
自分の心の成長と治癒をしっかりと見据え、「未知の自分」へと旅立つことにおいて、内面と外面の2面を見据える姿勢です。


先に『内面の開放の一つのゴール』で、心が満たされるまでの2つのコースがあることを説明しました。
外面行動がうまく行って、その満足と充実に満たされるコース
外面行動ガどううまく行くかに関わりなく、「魂の感情」に満たされるコース

このどちらもが、「未知の自分」へと旅立つ、「感情と行動の分離」のまっすぐな姿勢の先に、あるものです。


病んだ心から健康な心への道

そうしたまっすぐな姿勢に至るための、もう一つの道があります。もう一つの道というか、その道の先に、そうした2つのコースがあると言えるような、大きくて長い道です。
その道を通ることで、私たちはまっすぐな姿勢に至り、心が満たされる2つのコースに向かうことが、できるようになるわけです。

その道とは、他なりません。「病んだ心から健康な心への道」です。
ハイブリッド人生心理学の、主題となるものです。


「成長の地平」への道

この「病んだ心から健康な心への道」は、私の心の中で、深い川をはさんで、こっち岸から向こう岸に向かう、という情景としてイメ-ジされます。

こっち岸は、「未熟の故郷」です。
向こう岸は、「成長の地平」です。その先に、心が満たされる2つのコースが続いています。

その間に、深い川があります。それは、「受け身意識の闇の川」です。


この道は、何度でも通る道です。スパイラルです(『心の闇との『決別』とは-2』参照)。
そのたびに、私たちの心は、より開放され、よりまっすぐと、この人生をのびのびと生きる心へと、未知の自分へと、成長します。

この川を超えるのはとても大変なのですが、その先には、あまりにも得がたい喜びがあります。
ですから、この川の超え方が分かってくるごとに、私たちはむしろ自分から、その川に向かって、「未熟の土壌」につながれた命綱をたち切って、飛び出していけるようになってきます。


「受け身意識の闇の川」とはどんな川なのかの説明から、始めましょう。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
病んだ心から健康な心への道-2
ハイブリッド心理学が見出した『病んだ心から健康な心への道』とは、どんな道か。
情景のイメージとして書いてみましょう。それが文字通り、イメ-ジし安いものになると思います^^。


『病んだ心から健康な心への道』の情景

私たちの前に、人生の道のりが広がっています。

目を上げて、少し向こうを見やると、そこには「成長の地平」が広がっています。

それは人々が人生に向かい、成長している地平です。
自分もあんな風になりたい、そう思うかも知れません。成長している人々の実際の内面とはどんなものなのかは、見えないままにです。


自分もすぐあんな風に、人生の中で成長していきたい、と考えるでしょう。
すぐそうなりたいと考え、向こうにむかって歩きはじめます。

でもなぜか、なかなか前に進んでくれません。空回りしているのです。
足元がしっかりしていないのです。砂地に足を取られたり、泥に足が埋まってしまったりしています。

なぜなら、自分が今いるのは、「成長の地平」しっかりした地面の上ではなく、「未熟の故郷」もろい土の上だからです。


「未熟の故郷」

「未熟の故郷」足元がしっかりしないのは、大きく2つの要因があります。


一つは、ごく基本的な「未熟」によるものです。「望み」が、「与えられる」という形の望みであることです。

心が未熟であるほど、それは自己中心的で、甘えて我がままな願望という性質のものになってしまいます。
これは心の健康度に関わりなく、私たちが成長の途上にいる限り、そこから始まるのは仕方のないことです。


もう一つは、「心を病む」という要因です。

心を病む深刻さが増すほど、「望み」の感情が妨げられ、葬り去られ自分への否定感情と、他人への敵意と憎しみが流れるようになってしまいます。これは1/22『「心を病む」ということ-1』で説明しました。

程度の差こそあれ、「心を病む」という問題現代人に避けられないものだと、ハイブリッド心理学では考えています。
「未熟」の地に立つ心は、そうした心の部分を、大きさ割合の違いこそあれ、心の一部に抱えて歩み始めることが避けられないものと言えるでしょう。


その結果、「未熟の故郷」に立っている心の「望み」は、そして「成長の地平」でうまくいっているらしい人々の姿は、とても限定されたものに見えてしまいます。

それは、人との競争に勝てるような、人に抜きん出た何かを持つことで、それによって人を惹きつけて愛されたいという、「与えられる」という形の願望です。何かの能力美貌などによってです。
心を病む度合いに応じて、それが、他人を足蹴にして勝ち誇ろうとする、敵意と攻撃心に満ちた、すさんだ衝動になってしまいます。


もちろん、それを満たすものを持てる人など、そうそういるものではありません。しかも、自分から努力することなく「与えられるもの」としてなど。
さらに、他人への敵意と攻撃心が、人との良い関係を育てることを阻んでしまいます。社会をうまく生きることを、阻んでしまいます。

「望みに向かい自分の全てを尽くす」ことが成長への道だと言ったところで、そうした受け身に与えられる願望すさんだ衝動の先には、人生を生きる道があまり開かれないのが現実です。


心の叡智と隘路

心の叡智が示す答えは、とてもシンプルなものです。

「望み」の状態がどのようなものであろうとも、人生を前に進むための最善の方法が変わることはないのです。


感情に流されて行動するのではなく、感情の底にある自分の「望み」を良く知り、それに近づくためのことに「肯定形の思考」「建設の行動様式」で向かうことです。
これを「感情と行動の分離」と呼んでいます。

受け身に愛されるための条件と感じるものにせよ、そこに近づくための向上を、自分自身で生み出していくことです。「一歩一歩の向上思考」によってです。
競争心に駆られたとしても、他人を蹴落すのではなく、自分が向上することに意識を向けることです。


そうして自ら向上を生み出していく歩みの中で、内面感情も自ずと、きれいなものへと浄化されていきます。
それが、「成長の地平」の姿でもあるのです。


しかし、そうした「成長の地平」へと進むことを困難にするものが、立ちはだかっています。

「受け身意識の闇の川」です。
そこに落ちると、人生を前に進むのとは全く別の方向へと、思考と感情が自動的に動いてしまう「受け身の水」が、そこには溢れ流れています。

「赤」「青」「黄」の3種類(^^;)の水です。そこで自動的に動く思考感情と、抜け出しの知恵へと話を進めます。

(11)心の闇との決別 |   コメント(0)
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