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島野隆のブログへようこそ!

このブログは、
心の健康人生の輝きを最大限に伸ばすための新しい心理学
「ハイブリッド人生心理学」を分かりやすい言葉で語るブログです。

ハイブリッド心理学があなたを変えるのではありません。
変化への力は、あなたの心の底にある「命」が持っています。
ハイブリッド心理学は、その力を解き放つための導きです。
本当の心の治癒と成長に向かって!
 
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「戦わなければ、敵もいない」
さて今日も書いていこうかと!他にやることないので・・^^ゞ

・・と暇な訳なのではなく、今はとにかくこのブログを書いて、より多くの方にハイブリッド心理学をご紹介していけるためのテキストを用意するのが、ここまあ2、3か月私の最優先の仕事と心得ております^^。

話はさらに、ハイブリッド心理学の核心部分に踏み込みたいと思っています。『心の闇との決別』という、他の心理学や精神世界論にもなさそうな話を始めたいなと。
まずは『怒りを捨てる』という話からかなーと。


一方今日は月曜で、私もこの土日今シーズン初めての合宿OB参加で、ここ最近日帰り手短スキーに慣れた身にはかなりがっしりと滑り込み、帰ってきたらちょっとハイな気分を鎮めるためのお酒も多めに・・ときた翌日には、会社員時代によく悩んだ、けだるい月曜の感覚を味わっている風情です。

記事もすぐにはまとまらない一方、メール相談のアドバイスメール我ながら気にいった言葉を書きましたので、ご紹介しようかと。
『今日の格言』というカテゴリーを設け、こうしたつれづれに浮かんだ言葉など今後とも書いていこうかと思います。
カテゴリーをさっき一度『今日の名言』と思わず手が打っていたのですが、これはやめといて^^;


さて前置きが長くなりましたが、今日の名言もとい(^^;)格言。

「戦わなければ、敵もいない」。

これはメール相談で、出社拒否衝動と格闘している最中をつづってこられたご相談者の、多分まあ「何もかも嫌」的な感情の先で出てきたのであろう次の言葉へのコメントとして書いたものです。
>一体私は何と戦っているんでしょうか?
と。


まあ饒舌な解説は不要でしょう。
私たちは、嫌な相手、悪い相手がいて、戦わなければならないと、心の表面では感じます。
それは、必ずしも事実ではありません。戦おうとする気持ちを捨て、まっさらな心の目で世界を見た時、そこには敵の姿もない・・。そうした心の動きというものがあります。

これが当てはまるのは、まさに「自分の心」についてでもあります。

これも説明は不要でしょう。
自分のこの心をどうにかしなければ・・と考えるかも知れません。その目で自分の心と戦おうとするのをやめた時、そこにも、敵はいなくなるのです。
自分の心と戦わないことです。


先週は『一歩一歩の向上思考』について書きました。そこでは書きそびれましたが、そうした具体的な思考法「これから」を考える時は、もう「心」について考えるのはやめるという姿勢が大切です。
それは自分でじたばた考えるものではなく、「未知への成長」に任せるのが良いことです。

「けだるい月曜」に際しては、計算高く行くのがお勧めです。休める状況があれば休んじゃえー♪というのもアリでしょうし、駄目なら無理に「やる気」など問わず、ゾンビのような気分で(^^;)惰性で仕事を始めればいいのです。
そしてこの1週間にすべき仕事を把握することから始めるのがいいでしょう。そうしているうちに、仕事気分のエンジンも除々にかかり始めるでしょう。

まずはそうやって、だらだらと(^^;)「活動と休息」の一日のリズムを回復させることから、始めましょー(^^)/

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今日の格言^^; |   コメント(0)
「心を目指さない」・「無」になる・・
『病んだ心から健康な心への道』の続きを書く前に、『今日の格言』など一つ。

「心を目指さない」。
まあワンポイント格言というより、幾つかの話がややいもづる式に出てきますが、とりあえず『今日の格言』カテゴリーに放り込んでおきましょう。


こんな心になりたい。こんな心になれれば・・。
「今の心」で考える「心」は、どんな形で考えたところで、「今の心」の中で映しだせる範囲のものでしかありません。

本当の心の成長や治癒とは、そのような「こんな心に・・」と考えたのが無意味になるような、全く未知の心へと、全く未知の自分へと、変化していくことです。

「こんな心になれなければ」と、自分の心に力みを入れたり、自分を責めたりするのは、もちろんとても無駄なことです。
(2/6『「心の力み」を捨てる』などご参考)


「無意識の自己理想像」

一方、「こんな心で・・」「こんな自分で・・」という空想の中で生きるのが、我々人間の一面でもあります。
それは時に、自分でも自覚しないような形でです。

自分が「こんな心」であれているという、ほとんど無意識の感覚によって、なんとなく気分の高揚が持続することもある。


一方、それはもちろん永遠に続くものなどではなく、どこかで気分の調子が落ちて、心の底が「こんな心であれていない自分」を感じ取った時、自分でも理由が分からないブルーな気分になってきたりします。

まあそれをさらに自分で良くないことと考え、自責の感情で輪をかけるというのが雪だるま式に膨張したのが、まあ「うつ病」ではないかと、ちょっとに簡単に(ちょっと乱暴に^^;)言うメカニズムになるかと。
まあ実際のところ、こうしたメカニズムが働くと、本人には全く理由が分からず「病気」としか思えなくなるのは無理もない話です。


そんな時は、「無意識の自己理想像」の自己分析などするのが、多少は役に立つかと思います。
すこし前までの、気分が乗っていた時とは、「“こんな”自分であれている」という感覚があったな・・と。
今ちょっとブルーな気分とは、その“こんな”自分ではあれていない・・という感情なのだろうと。

その、“こんな”を浮き彫りイメージにしてみるわけです。

まあそれは大抵、やる気のある、人やものごとに向かっていく気分に乗っている、自分という類のものであったりするでしょう。


「無」になる・・

これは『自己理解』つまり内面側の実践の話になりますね。とりあえずそのカテゴリー作って記事書くのはまたとして。
感情はただ流し、まず理解するのみにする、という内面側の実践です。

そして、その先は、何もしません。感情はただ流し理解するまでです。


それでもその先の姿勢をちょっと言っておきますと、そこで「何もない現実」というものに、しばし心を晒すのがいいことです。
こんな自分であれている自分」という高揚も、「こんな自分であれていない自分」という憂うつも、「自分という空想」をめぐって起きているものです。

目を窓の外に向けると、そうした「自分という空想」のない、まっさらな「現実」があります。

心をそれに触れさせてみる。
ということは、意識としては、心を全くの「無」にする、という感覚になるでしょう。考えることを全て、ぱったりとやめる。
その時、心は見えない中で、小さな変化の歩みをするのです。


私自身、そのように「無になる」時間をけっこう持ちます。まあ感覚的には長めのも短めのも含め、1週間に1、2度くらいかなーと。
まるで動物がたちどまって、何もせずに停止している時のように、全ての意識を停止させ、無になるわけです。ま本当の「無」になっているのはほんの一瞬かもですが。


道に向かうのは「命」

今日この話を書いたのも、私自身、今日はちょっとやや長めにそうした「無の気分」を感じたためでもあります。

12月に本を出版し、より多くの方に知ってもらえるよう何かせねば・・と今年に入りブログを始めて1か月ですが、ちょうど中だるみ・・というわけでもないのでしょうが(^^;)、どうも今までの気分でキーボードを打とうとしないものが自分の中にあるのを感じた次第です。

まあ、「心」はこうすると良くなりますよ、目指す先とはこのような「心」ですよ、と、「心に取り組む歩み」イケイケゴーゴー気分(?^^;)で書くのがどうもそぐわないものを感じた次第。


実はそれが、今書こうとしている『病んだ心から健康な心への道』でもあると言えます。

それは最も大きな目で俯瞰した時、「こんな心へ」と私たちが「自意識」で考えて向かうものでは、なくなります。
それはもう私たちが歩むものなのではなく、私たちの「命」が歩むものなのです。

私たちの心は、その道を進むごとに、私たち自身の心について考えるのをやめる、「『無の境地』という充足」とでも言えるものに向かうことになります。
まあこの辺が、ハイブリッド心理学スピリチュアル東洋宗教最後のゴ-ル部分でかなり重なってくるもののように、私自身としても感じています。


『命の歩み』に戻るための取り組みということになりますね。
そんなものとしての『病んだ心から健康な心への道』の説明を、引き続き^^。

p.s
取り組み実践の道のりは、適宜「無」になって、ありのままの「現実」に向かう時間を持って頂くのがとても良いのですが、このブログについては、とにかく早いうちに「ハイブリッド心理学とはこんな内容です」という主なものをは書き上げるべく、ペースは落とさない所存ですp(^^)q

今日の格言^^; |   コメント(0)
「拒絶は落ち度ではない」
明日から月曜まで帰省などで、ブログもお休みいたしますが、その前に『病んだ心から・・-6』までと思いましたが、言葉を練るのに時間がかかりそうなため、『今日の格言』など一つ^^。


「拒絶は落ち度ではない」。

これは認知療法のベストセラー、デビッド・バーンズ『いやな気分よさようなら』からの言葉です。

私が社会人になって、自分の中にまだ大分残された病んだ心に取り組むため買って読んだ数少ない本の一つで、その中で、私の心に大きく役に立った印象の残る文章の一つです。

抜粋引用してご紹介しましょう。


 人から受ける最大の痛み拒絶です。これは恐怖の原因にもなります。
 拒絶にはいくつかの形があります。あなたがある人に恋愛感情を抱いていたとします。恐らく、あなたの外見人種宗教個性的な特徴が問題になります。または、背が高すぎたり、低すぎたり、太すぎたり、やせすぎたり、歳をとりすぎていたり、若すぎたり、利発すぎたり、愚鈍すぎたり、積極的すぎたり、受け身すぎたり、等々のことでしょう。あなたが、相手の親密につき合いたい理想のイメージに合わなければ、その誘いははねつけられ、冷たくあしらわれます。
 これはあなたの落ち度になりますか。明らかに違います。その人は主観的な好みと趣味のために、あなたを受け入れなかったのです。チェリーパイよりアップルパイの方が好きというのと同じです。これはチェリーパイはもとから好かれないということでしょうか。ましてや恋愛感情というのは、ほとんど無限と言えるほど多様なものです。


これは、「愛されない」ことを、「自分が悪いのか」といった「善悪」の思考でとらえることの誤りですね。


これは次に予定の『病んだ心から・・-6』でとりあげる「黄色の水」つまり「善悪」の水の話に関係します。

望んだ通りに「愛されない」ことを、「誰が悪いのか」といった「善悪」の思考で考え始めた時、人は「受け身意識の闇の川」から抜け出すことを考えようもない、その川の住民と化してしまいます。

「愛」を、「善悪」を超えた目で見る思考が、その抜け出しのために重要になってきます。
まあハイブリッド心理学最もキモになるあたりの話でもあります。これからじっくりと書いていきますので^^。


なおこの後バーンズは、人間性に問題があって拒絶されたと思われるケース」への考え方心得など書いていますが、今読み返すとちょっと文章の切れが悪い印象を感じます。

それはその本があくまで認知療法の本ということで、「気分を良くする」ことに主眼を置いているためではないかと。


ハイブリッド心理学のスタンス違います
もし人間性に問題があって嫌われるような出来事があったのなら、どのように自分に人間性を損なったものがあったのかを、しっかりと見つめ、ありのままに、苦しみ、もがくことです。その時こそ、私たちの人間性は浄化へと向かい始めるのです。

全ての命を愛することのできる、安定した心へと向かってです。
これはこのブログで一通り書いていきたい、ゴールの場所になってきますね^^。

今日の格言^^; |   コメント(0)
生き方の方向転換表^^
今日は記事の続きを練る前に、現在進行形のメール相談(新規受付は現在休止中ですm(_ _)m)でのアドバイスから紹介しようと思います。

「生き方の方向転換表」として、人生を大きく立て直すことに取り組んでおられる方へのアドバイスとしてまとめたものです。
こうしたものは、ハイブリッド心理学として紋切り型のものはなく、ご相談者に合わせて時折用意する感じです。


このご相談者の場合も、生きるか死ぬかの瀬戸際から、病んだ心の崩壊も経て、今立ち直ろうとしている段階です。
まずは安定した生活リズムの回復目標と言える段階と言えるでしょう。

そうした、ご相談者特有の状況に合わせてカストマイズした表ですが、ご参考になると思います^^。
このケースでは、「大きな画用紙に書いて壁に貼って、毎朝復唱してみて♪」とアドバイスしておきました^^;


まあハイブリッド心理学の格言集みたいな感じで、『今日の格言』カテゴリーにて。

生き方の方向転換表

(1)人生
「力」ではなく「賢さ」
好きに生きていい
 「こう生きなければならない」ものなんて何もない
「何が正しいか」ではなく「何が楽しいか」

(2)生活
・現実問題を一つ一つ解決
・あとはのんびり♪

(3)対人行動
「思いやり合い支え合い」ではなく
 「共同提案と共通目標共通利益」
・人はまず一人が基本
喜び楽しみの共有で行動する

(4)謝り癖を治す
・誤るのは「損害の責任」がある時(大抵ない^^)
「ごめんなさい」「残念です」「ありがとう」

(5)全体
感情現実は別
  別々の目で見ていく
不完全なまま成長していく
  自分は神さまじゃないので完璧にはなれない

今日の格言^^; |   コメント(0)
真の自尊心・「自己への中庸の目」
さてこのあと、島野自身の過去を振り返って、引き続き心理学の説明よりも実感として何が重要だったかを、ざっと書いてみたいなと思っています。
特に深刻にお悩みの方向けの、先の『病んだ心から健康な心への道-6・「本格的な歩み」の全貌』で説明した「3本の道」の中でも「BCコース」の話になりますね。


そうして振り返った時、大きな転機になったバーンズ『いやな気分よさようなら』の言葉があり、『今日の格言』カテゴリーで載せておこうと思います。


この本からの言葉はすでに『「拒絶は落ち度ではない」』で取り上げていますが、多分この本から私が受けた最大の感銘が、次の言葉だったと感じています。

それは大学院の頃に何とか前向きの感情を自分の中に見出し始め、社会人になってから少しして、また何か学ぼうと読み始めたその本の中のその言葉に、薄暗い曇天の雲間から差し込む光を見たような、涙が出てくるような感銘の言葉であったのを記憶しています。


それを私は「自己への中庸の目」と呼んでいます。

「中庸」とは、これも私の定義ですが、「多面を同時に見る」ことです。多面を持つ、見えない一つの本質への目を持つことです。
それを、「自分」というものを見ることにおいて、向けるのです。

これは「真の自尊心」への姿勢と言えます。


バーンズ自身「中庸」という言葉を使っていたかは、ちょっと本が積み重なったダンボールの中なので確認省略ですが(^^;)、言葉はメモっていたものがありますので引用しましょう。

 自尊心とは自分自身の強さと不完全さの両方をしっかりと見すえた上で、自分で行う一つの主張なのです。まやかしの優越感を捨てて自分のプラス面を評価し、自己卑下や劣等感を感じることなく、弱い面にもスポットライトを当てることです。この態度こそ自己愛と自己を尊敬するエッセンスを具体的なものにするのです。それは勝ち取らなければならぬものではなく、第一勝ち取ることができるようなものでもないのです。
第13章「仕事だけがあなたの価値を決めるのではない」P.356より。ただしチョー分厚い現行版の前の版で。現行版では多少ページがズレているかも知れません)

この言葉は私に大きな影響を与えたものであり、自伝小説『悲しみの彼方への旅』でも、それを私自身の言葉で言い直しています。
それも掲載しておきましょう。

 彼が進むべき道は、「多面を同時に見る」中庸の目の先にあります。自らの短所を自己卑下に陥ることなく見据え、ひとつの制約条件として受け入れると同時に、自分の長所を傲慢に陥ることなく認識し、それを役立てることです。
 そして自分を、長所と短所の差し引き合計の結果として捉えるのではなく、さまざまな側面を持つひとつの本質として、前に進む存在であることを宣言することです。
 真の自尊心は、その姿勢によってこそ導かれます。真の自尊心は決して「高い評価」を与えられることによって「獲得」されるものではありません。主体的存在としての自己の可能性に向かって生きていく意志として、自ら選択するものなのです。認知療法のデビッド・バーンズが述べたように、真の自尊心とはそのようにして、「勝ち取らねば」ならないものではなく、「勝ち取る」ことができるものでさえないのです。

(12章『現実への帰還』P.246より)

う~んいつ読んでも感動の言葉。(^^;)

今日の格言^^; |   コメント(0)
「愛という名の鳥カゴに入るな」
先日メール相談で浮んだ言葉で、我ながら気に入ったものがありますので、『今日の格言』として^^。

「愛という名の鳥カゴに入るな」

続けるならば、「それは自分自身の心が用意した罠なのだ」と来ます。


これは生活の糧を得るために結婚する、といった状況が最も典型的なものかも知れませんが、かなり一般化できる話です。
それはつまり、「相手の愛を得る」ことが、「相手の期待通りの人間になる」ことの代償だという感覚を持つという、心の罠です。

それは必ず、次第に自分の心を窒息させ、自分を窒息させるその鳥カゴつまり自分がその中に守ろられるものだと感じた、「相手の心」そのものへの怒り破壊衝動を引き起こします。
これは当然、「相手の期待通りの人間になれない自分」という自己像を生み出しますので、「相手の愛に支えられ生きていける自分」という自己像が、必然的に「生きていけない自分」という袋小路の自己像に化けてしまいます。


こうした感情動揺の中で、人は動揺していく連鎖の感情の、終わりの方にばかり目を向け、さらに動揺していきます。

しかし本当の問題は、「相手の愛を得る」とは「相手の期待通りの人間になる」ことだと自分自身が考えた、実に小さくて致命的な勘違いによって、あとは全てがもう自動的かつ必然的に起きることです。

その後の動揺の全てが、無駄です。


どうすればいいか。ここでは一言で表現しておきましょう。

全てをバラバラに分解して、それぞれ別々に向き合うことです。
の感情。
生活上の現実問題。そこにおいて例えば結婚は、そこに「共通目標共通利益」があるならば、「愛」とは全く無関係であっても、建設的な行動と位置づけられます。

それを自覚できることが、「心の自立」です。何も自分で経済力つけることが「心の自立」ではありません


「心の自立」自活能力は、まずは一応無関係です。自分に相手への愛情を強いることなく守って欲しいという願いを相手に表明できることが、「心の自立」です。


そうした別々の側面がある、自分の心の行き先を、決して頭でまとめようとしないことです。
答えは、決まり文句ですが(^^;)、「命」が出します。

たとえば「守って欲しい」と相手に伝えた後、相手が図に乗るようなら、嫌になって、撤回して一人で生きる道を探すのもアリです。
相手が誠実に「あなたを守りたい」と心から言うのを見た時、自分に強いる必要もなく相手への愛情が湧くかも知れない。
それはもう心に任せることです。


こうした、内面感情外面現実問題が交錯する、私たちのさまざまな人生課題への本格的思考法を、これから具体的に解説していきます^^。

今日の格言^^; |   コメント(0)
「競争ではなく出会い」
これも『今日の格言』として、心の成長と治癒本格的な歩みさまざまな視点で登場するであろうことがらを書いておきましょう。

それは「競争ではなく出会い」なのだ、という話。


人生には、自分が相手に評価され選ばれるかに、不安緊張を強いられざるを得ないような、重要な場面というものが幾つかあります。
まあ就職結婚などは、その代表ですね。

そうした重要な場面で、私たちには、それが「競争」なのであり、とにかくその先頭の方に行けないと駄目なのだと感じるという、ストレスに駆られるような感情を体験しがちです。


一方に、全く別の見方、そしてそれにもとづく、全くストレスなくそうした場面に臨むことのできる「気持ち」の世界があります。

それは「競争」ではなく「出会い」なのだ、ということです。


確かに、「能力」「人柄」「容姿」には、仕事に応じて必要なものや、人それぞれが相手に期待する好みといったものがあり、それを評価基準とすれば確かにそこには「競争」が生まれ得ます。

しかし、そうした評価基準最高の人だけが就職できたり結婚できたりするわけでもなく、まあ平たく言えば、互いの身の丈に応じて妥協するのもお互いさまです^^;
さらに世の中には、別の評価基準や好みで、相手を求めている職場があるし、人々がいる。

つまり、評価基準も、相手に求めるレベルも、千差万別であり、私たちはまずその中で、何かしら仕事を見つけられれば、また相手を見つけられれば、就職もできるし結婚もできる、かなりの範囲があります。


何かが失われ「競争」が心に現れた時・・

それを考えれば、誰でもストレスなく臨むことができるはずですよ・・なんていう安直な話は、ハイブリッド心理学では言いません。


言えるのは、まず見据えたいものがある、ということです。

それは一つは、そうした「競争」の感覚のストレスによって、ただ自分自身を潰していくという、私たちの心の中にある、一つの闇です。

そしてもう一つは、自分を「唯一無二の存在」として受け入れることができた時、「自分の可能性の全てを尽くす」という歩みの中で、たとえ全てが望み通りにならなかったとしても、「全てをやり尽くした」という満足感が私たちの心に生み出すであろう、人生の充実と、心の豊かさがある、ということです。

この2つを分けるものの正体が、重要になってきますね。これはこのあとの記事でじっくりと浮き彫りにしていきますので。


今私が伝えておきたいものとは、そうした「競争」が人生の中で心に登場した時のことを、ぜひ一度思い返してみるといいでしょう、という話です。

私の記憶では、それは中学生頃です。狭い教室に閉じ込められ、自由を失って少し沈んだ心の中で、最高の成績であるとか、とくべつに容姿が優れているとか、スポーツで活躍するとか、何か人の目を集めるような特別なものを持った者だけが人の好意を集めることができるのだ、という心の視界が生まれたことです。人への競争心や嫉妬の感覚と共にです。

私の記憶では、自分自身でその感情を飲み込み、見えなくした一方、競争心に駆られているのはむしろ他人だと人に批判の目を向けるようになったと感じます。そこから私は心を病んでいったのです。


全ての大元は、自分自身の中にあり、それは中学生頃の最初の時に、起きていたものの方です。
その時、私たちの中で、何かが失われたのです。そしてその代わりに現れたものが、私たちがそれによって私たち自身を潰すものに、なっていくのです。

そこで失われたものとは、間違いなく、自由な心で「自分自身から愛していく」という、開放的な気持ちでしょう。その対象であれ物事であれです。


もしそのように「失われた瞬間」を思い出すことができるなら、「競争ではなく出会い」なのだという視界を、ストレスが残る中でであっても、あるいは見出していけるのではないかと思います。

その先に、ティーンのその頃に失われたものを、取り返す歩みがあるものとして・・。

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